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NHK交響楽団第1689回定期公演
2010年12月10日(金)15:00〜 NHKホール(東京都渋谷区)
ブリテン/戦争レクイエムop.66
●演奏
シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団(コンサートマスター:篠崎史紀)
タチャーナ・パヴロフスカ(ソプラノ),ジョン・マーク・エンズリー(テノール),ゲルト・グロホウスキー(バス)
東京混声合唱団(合唱指揮:松井慶太),NHK東京児童合唱団(合唱指揮:加藤洋朗)
Review by 管理人hs  

東京出張のついでに,NHK交響楽団の定期演奏会を聞いてきました。この日に行われている演奏会ならば,とりあえず何でも良かったのですが,@NHK交響楽団の定期公演を一度聞いてみたかった,ANHKホールに一度行ってみたかった,という理由でこの演奏会を選びました。

ホールに入ってみると,4000人近く収容できるホールだけあって,すべてがゆったりしていました。特に階段がやたらと広いのが印象的でした。全体の印象としては,昔ながらのホールを拡大したような雰囲気で,贅沢な雰囲気はなかったのですが,その分,気楽に演奏を楽しむには,丁度良いと思いました。それにしても,放送用のマイクが沢山ありました。定期公演の中継や録画をテレビで見ている限りでは,目立たないのですが,そこら中に張り巡らされている感じでした

今回は,E席1500円(3階席の後方の自由席)を選んだのですが,ステージまでの距離はそれほど遠いとは思いませんでした。今回のような大編成の作品の場合,パイプオルガンのステージも含め,全体を見渡すことができたので,この場所を選んだのは正解だったのかもしれません。ただし,音響的には3階席だと,「ちょっと遠いかなぁ」という印象を持ちました。この片は,どの点を重視するかのトレードオフということになるでしょう。

今回演奏されたブリテンの戦争レクイエムについては,タイトルだけは聞いたことはあったのですが,全く内容についての予備知識がない状態でした。タイトルを見た印象だと,第2次世界大戦で亡くなった人の魂を鎮めるためのミサ曲といういう感じで,実際そういう曲なのですが,聴いてみて,通常のミサ曲とは一味違う,一筋縄ではいかない作品だと感じました。

まず,開演までに曲の内容についてプログラムの解説をしっかり読んでみました(後藤菜穂子さんという方による,大変分かりやすいものでした)。曲の構成は,通常のレクイエムとほぼ同じで,次の6つの部分から成っています。
  1. 永遠の安息を与えたまえ
  2. 怒りの日
  3. 奉献唱
  4. 聖なるかな
  5. 神の小羊
  6. われを許したまえ
歌われる歌詞も,通常のレクイエムのラテン語のテキストと同じ...かと思ったらそうではなく,ところどころオーウェンという人による英語による反戦の詩が挟み込まれていました。

今回のオーケストラの編成も独特で,通常の大編成のオーケストラに加え,合奏協奏曲のソリスト的な感じで,室内オーケストラがステージ中央の指揮者前にいました。そして,歌詞のラテン語の部分と英語の部分をそれぞれのオーケストラとソリストが担当していました。さらにこれに,「別世界からの声」として,オルガンと児童合唱が加わっていました。解説をもとに整理すると次のようになります。

グループ1 ラテン語の祈り 合唱+ソプラノ 大編成オーケストラ
グループ2 英語の詩 テノール+バリトン 室内オーケストラ
グループ3 別世界の声 児童合唱 オルガン
これだけの大編成ですので,ステージ上は「いっぱい」とうことになります。

この作品は,第2次世界大戦中にドイツ軍の空襲によって破壊されたイギリスのコヴェントリー市の大聖堂の再建記念として,1962年に初演されたものです。ブリテンの構想では,多国籍の独唱者によって歌われることになっており,今回の公演では,その構想どおり,ソプラノ=ロシア,テノール=イギリス,バリトン=ドイツという分担になっていました。鎮魂するだけではなく,平和に対する積極的なメッセージを投げかけようとしているあたりに,20世紀(=戦争の世紀)らしさが感じられます。戦争をモチーフにしている点に加え,複数の様式を1つの作品の中に盛り込んでいる点で,ショスタコーヴィチの声楽独唱付きの交響曲に通じる性格を持つ曲のようにも思えました(ちなみに12月のNHK交響楽団の定期公演Bは,ショスタコーヴィチの交響曲第8番でした。これは,第2次世界大戦中に作られた作品ですので,意図的な選曲だったのかもしれません。)。

第1曲の「永遠の安息を与えたまえ」は,出だしからしっかりと低音が響いており,スケールの大きさを感じさせてくれました。不気味な音の動きを提示するなど,全体の序曲のような位置づけだったと思います。また,この部分では,テノールのジョン・マーク・エンズリーさんの抒情的な歌が特に印象的でした。

この曲は,合唱が大活躍する作品です。東京混声合唱団の歌唱は,全曲を通じて非常に雄弁でした。曲の途中,かなり頻繁に立ったり座ったりしていましたが,どこか演劇的な要素があると思いました。デュトワさんの作る音楽については,暗い情念の世界を描くというよりは,複雑な音の組み合わせを,しっかりと整理して聞かせてくれるような洗練された印象を持ちました(これは,遠い席で聞いたせいもあるかもしれません)。

第2曲の怒りの日は,大変長い楽章でした。「怒りの日」が長いレクイエムと言えば,ヴェルディのレクイエムを思い出しますが,トータルの演奏時間,各楽章の時間配分についても,ヴェルディと共通するところもあると思いました。楽章の初めの方で,ブラス・セクションのファンファーレが印象的に出てくるのも,「怒りの日」らしいところです。その他,行進曲風にスネアドラムが入るあたりに,ショスタコーヴィチの交響曲を思わせるところがありました。

独唱では,セットで動くことの多い,テノールとバスのリリカルでバランスの良い歌が,ここでも印象的でした。そして,「満を持して」という感じで登場した,ソプラノのタチャーナ・パヴロフスカさんの歌が見事でした。非常にドラマティックな声で,ホールいっぱいにロシア的といっても良いような,濃い情感が広がりました。

第3曲の「奉献唱」は,旧約聖書の寓話のパロディ的な内容とのことです。レクイエムに皮肉を入れる辺り,いかにもイギリス的です。それにしても,旧約聖書中のアブラハムとイサクの寓話をもとに,ヨーロッパの多くの若者を殺していけにえにする,という内容は,何とも強烈です。

この曲では,室内オーケストラの方の響きにストラヴィンスキーの「兵士の物語」などを思わせるような,ブラックユーモア的な感覚がありました。こういった部分は,デュトワさんの明快な音楽作りにぴったりだと思いました。ステージ中央に室内オーケストラがいるという楽器配置自体,同じブリテンの「若きアポロ」と似た形です。この曲は,1年半ほど前に,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会で演奏されたことがあります,音の使い方もよく似ていると思いました。

この曲では,大人の合唱や皮肉に満ちた音楽と対比的に出てくる児童合唱も効果的でした。ちなみに,今回の児童合唱ですが,ステージ上ではなく,舞台裏で歌っていました(カーテンコールの時に初めてステージに登場し,大きな拍手を受けていました。)。

第4曲の「聖なるかな」では,独特のサウンドを楽しむことができました。プログラムの解説によると。「インドネシアのガムランの響きを模したもの」とのことで,金属的なサウンドが,独特の神秘性を感じさせてくれました。「ホザンナ」の部分も,歌詞に相応しく,光に満ちたような響きを作っていました。ただし,華やかな音ではあるけれども,単純な賛美とも「清らかな祈り」とも一味違った音楽となっていました。いちばん最後の部分で,神への賛歌に疑問を差し挟むように,「死体は生き返るのだろうか」というバリトンの問いが出てくるのですが,この部分も不気味かつ痛切でした。

第5曲の「神の小羊」は,全曲の中でいちばん短い曲です。英詩とラテン語の歌詞が交互に出てきますがが,特に最後に,テノールが「平和をお与えください」とラテン語で歌う部分が,ポイントとなります。英語でない点が象徴的で,この作品全体のテーマを暗示していました。

第6曲「われを許したまえ」は,葬送行進曲風の雰囲気で始まります。大太鼓や乾いた音の太鼓の音を中心として,全曲のクライマックスを築くような,スケールの大きな,ドラマティックな音楽を聞かせてくれました。上手側の客席にあるパイプオルガンには,いつの間にか奏者が座っており,音楽を大きく盛り上げていました。楽章全体を通じて,悔恨の歌といった趣きがありましたが,特にテノール(イギリス兵)とバリトン(ドイツ兵)のやり取りは,不気味なドラマを見るような,生々しさがありました。

最後の部分では,これまで別々に演奏していたものが一体となるような統一感があり,「アーメン」の歌詞と清澄な響きの中で締められるました。解説に書かれていたとおり,そう簡単には安息は得られないだろう,という不穏さを残しているあたりが,「20世紀のレクイエム」らしいところです。この点は,1960年代前半当時の国際情勢も関係していたのかもしれませんが,「戦争は繰り返してはいけない」というメッセージをしっかりと突き付けていたと思います。

全曲を通じて,演奏者の人数の割に大編成で圧倒するような部分は少なく,深刻さだけではなく,論理的かつ精緻に設計されているような部分も多い曲という印象を持ちました。もちろん,ソプラノの歌に代表されるような情念の世界に訴える部分では深い余韻を感じさせてくれるのですが,パズルを組み立てるような,理詰めの部分も持ったレクイエムだと思いました。そういう点で,デュトワさんらしい,知情のバランスが取れた演奏は,曲想に相応しいと言えます。

また,暗く重い内容を扱っていながらも,多彩な要素を効果的に組み合わせることで曲に変化をつけていました。かなり複雑な曲なので,1回聞いただけでは,消化し切れなかったのですが,逆に言うと,繰り返し聞いてみたくなるような奥深さを持った曲とも言えます。今回は,たまたま聞いた演奏会だったのですが,滅多に聞けない公演に巡り合えて,とても運が良かったと思いました。

PS.この曲の初演は,当初,テノールがイギリスのピーター・ピアーズ,バリトンがドイツのディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ,ソプラノがソヴィエトのガリーナ・ヴィシネフスカヤ(チェロのロストロポーヴィチ夫人)という豪華メンバーで行われる予定でしたが,当時のソヴィエト政府はこのことを許可せず,ソプラノは,急遽ヘザー・ハーパーに変更になりました。ただし,翌年,デッカによるレコード録音では,当初の計画どおり,ヴィシネフスカヤが加わって行われたとのことです。


原宿駅周辺からNHKホールまでの写真
今回初めてNHKホールに行きました。JR原宿駅からの写真を撮影してみました。
JR原宿駅の表参道口
NHKホールまでの案内図 明治神宮の南参道への入口
表参道側は非常に奇麗なライトアップをしていました。 歩道橋の上から撮影 夜景モードで撮影したのですが,あまり鮮明に撮れませんでした。
歩道橋から原宿駅を撮影 東京オリンピックの頃に作られた五輪橋の欄干 国立代々木競技場とNHKホールの間では,大規模な工事を行っていました。
国立代々木競技場のサイン 代々木競技場の体育館では,丁度何かの競技が終わったところらしく,歩道橋は人で溢れていました。 終演後の表参道方面です。相変わらず大勢の人がライトアップを眺めていました。
(2010/12/14)

関連写真集


NHKホール


NHKホールの入口


終演後,合唱団が引っ込むところ


ホールの入口の掲示。今回は,オーボエの北島章さんの定年前の最終公演とのことでした(そういえば,プレコンサートでも北島さんが出演されていました)。北島さんは,石川県出身の方なのですが,今回,この公演を聞けたのも何かのめぐり合わせだったのかもしれません。


終演後のロビーを建物の外側から撮影したところです。


NHKホールの前の掲示板。右側はこの日の公演内容です。


相変わらず大量のチラシをもらいました。今年の大晦日の「一日でベートーヴェン交響曲全集」は,ロリン・マゼールが指揮をするようです。


左側が12月の定期公演のパンフレット(無料配布)。右側は定期会員に配布されるフィルハーモニーの12月号です。300円で販売していたので購入してみました。音楽雑誌のように読み応えのある内容でした。