OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第292回定期公演F
2010年12月20日(月)18:30〜 石川県立音楽堂コンサートホール
チャイコフスキー/バレエ「くるみ割り人形」(全幕)
●演奏
鈴木織衛指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
演出:マレック・テュマ,バレエミストレス:カロリーナ・ヴィヴェット,バレエマスター:アリエル・ロドリゲス

バレエ:ドイツ・エッセン市立歌劇場バレエ(アナ・カロリーナ・レイズ(マリー),マリア・ルーシア・セガリン(金平糖の女王,ルイーゼ),アルメン・ハコビヤン(客人,チョコレート(アラビアの踊り)),ノア・エルデソウキ(ウィルヘルム,コクリューシュ王子),サイモン・シュイルゲン(客人,花のワルツ),ドラガン・セラコヴィック(客人,ネズミの王様,花のワルツ),イーゴル・フォルコフスキー(ドロッセルマイヤー,花のワルツ),マラット・オータエフ(くるみ割り人形),オレクサンドレ・シルヤエヴ(シュタールバウム,花のワルツ),ワタル・シミズ(フリッツ,トレパック)

石川県立音楽堂特別編成バレエ団(内井美穂(シュタールバウム夫人,チョコレート(スペイン)),作田和香奈,橘安奈,玉村都,古川桃子,谷内麻耶(フランス人形),巻孝明(ムーア人,お茶(中国の踊り)),喜多桃子(雪の女王),アリエル・ロドリゲス(雪の王様,あし笛(あし笛の踊り)),旭若菜,池田瑠美,大竹真悠子(チョコレート(スペイン)),土中梢(コーヒー(アラビアの踊り))不動百合香,渋谷陽香(お茶(中国の踊り)),藤原彩香(あし笛(あし笛の踊り)),川嵜茉祐,新保佳甫,宮崎真未,横倉未緒(花のワルツ)))

児童合唱:OEKエンジェルコーラス
Review by 管理人hs  

今年も沢山の演奏会に出かけてきましたが,その締めくくりとして,石川県立音楽堂で行われたチャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」全幕を観てきました。今回の公演は,12月20日にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演ファンタジーシリーズとして行われた後,その翌日,特別公演として同一内容でもう1回行われました。このバレエの全幕の見るのは,実は今回が初めてだったのですが,2回行って当然という大変楽しめる内容でした。本当に良い作品だと思います。同じチャイコフスキー作曲による「白鳥の湖」「眠れる森の美女」と比べるとややコンパクトな印象がありますが,最初から最後まで見所がぎっしり詰まっており,全く退屈することなく,全曲を楽しむことができました。音楽の流れも素晴らしく,何のストレスも感じませんでした。

2回行っているのは,客席前方の座席を取り払い,オーケストラ・ピットとして使っている関係で,通常の定期公演よりも収容人数が少なくなっていることもあります。音楽堂コンサートホールのステージはそれほど高くはありませんので,1階席前方のお客さんにとっては,多少ステージが見づらかったかもしれませんが,音響的には,通常の定期公演とほとんど変わらないままに,ステージ上のバレエを楽しむことができます。音楽堂のステージは,大勢でダンスをするには,多少窮屈なのですが,「定期公演」の名前どおり,特に音響面で贅沢さのあるバレエ公演になっていたと思います。

今回,主要な役柄は,ドイツのエッセン市立歌劇場バレエが担当し,それ以外の部分を今回の公演のためにオーディション等で選ばれた,石川県立音楽堂特別編成バレエ団が担当しました。公演後のカーテンコールを観て,大勢の地元ダンサーが登場していたんだなぁ,と感心しました。OEKは,過去数回,「くるみ割り人形」は取り上げられてきましたが,地元ダンサーとのコラボレーション企画としては,最適の作品と言えそうです。

一方,エッセンのバレエ団の方は,多国籍チームで,ロシア,ブラジル,アルメニア,エジプト,セルビア,ウクライナ,そしてドイツと非常に多彩なメンバーでした。これまでOEKは,ヴィースバーデン,マグデブルクといった歌劇場のバレエ団と共演してきましたが,その時も多国籍な感じでしたので,バレエの世界は,特に国際交流が進んでいるのかもしれません。

さて,公演のほうですが,おなじみの小序曲で始まりました。この曲は,低音が楽器が全く入らない変わった編成の曲で,その弾むような繊細さは,バレエの開幕の期待を高めるのにぴったりです。実は,「くるみ割り人形」は,私が小学生の頃,初めて意識的に聞いたクラシック音楽です(もちろん組曲版の方ですが)。そういうこともあり,この曲(特にこの小序曲)を聞くと特に懐かしい気分になります。

鈴木織衛さん指揮のOEKの演奏は,全曲を通じて,とても生き生きとした鮮やかな音を聞かせてくれました。バレエの場合,オーケストラは「伴奏」となってしまうことが多いのですが,”音楽堂バレエ”の場合,通常の定期公演どおり,シンフォニックかつ表情豊かな音が聞こえてくるのが売りだと思います。この日は,トロンボーン,テューバ,打楽器などを増強しており,第1幕終盤のネズミとの戦争のシーンをはじめとして,オーケストラの音が大変ダイナミックでした。

一方,弦楽器の方には,しっとりとした味わいがあり,全曲を通じて高級感が漂っていました。鈴木さんの作る音楽は,いつもどおり大変流麗で,憂き世の出来事をすっかり忘れさせてくれました。「ファンタジーの世界」に浸らせてくれたのは,このチャイコフスキーの音楽を鮮やかに再現した鈴木さん指揮のOEKの力が大きかったと思います。

さて,第1幕ですが,ステージ中央にクリスマスツリーが置かれた広間のシーンで始まります。マリーにくるみ割り人形がプレゼントされた後,夢の世界になり,クリスマスツリーが巨大化します。簡素なセットだったのですが,ちゃんとクリスマスツリーが動いており,「おっ」と思いました。

ここから後の流れが特にスムーズでした。ネズミ軍団と人形の兵隊軍団の戦争は,何といってもチャイコフスキーの音楽が効果的で,「おもちゃならこういう戦争をするだろうなぁ」的なリアリティがありました。「暴力的過ぎないけれども結構切迫感はある」という世界でした。ダンサーたちの動きも直線的で,2つのチームがかなり複雑に交錯していたのも楽しめました。上の階から見ると,シンクロナイズド・スイミングを見るような面白さがありました。

その後,くるみ割り人形が王子に変身し,情景も一転します。この部分での,王子とマリーのダンスシーンも爽やかでした。続いて,「白鳥の湖」を彷彿とさせる,コール・ド・バレエ(群舞)のシーンになります。この場は,「雪が降っている情景」なのですが,ここにさらにOEKエンジェル・コーラスが,「アーーアーーアーアアーー」と加わり,さらに気分が盛り上がります。

この部分をどう処理するのかを密かに楽しみにしていました。どう見てもステージ上に児童合唱が登場するスペースはなかったので,舞台裏で歌うのかな?と思っていたところ...オルガンステージの部分に照明が辺り,白い服を着たエンジェルコーラスがスッと浮き上がってきました。この効果は見事でした。

ステージ奥のスクリーンは,「ただのスクリーン」だと思っていたのですが,光の当て方によっては半透明になる材質で,音もなく天使が現れるといった非常に幻想的な効果を出していました。今回の舞台は,あまり贅沢な雰囲気はなかったのですが,この部分の演出は「お見事!」という感じでした。

第1幕の後,しっかりカーテンコールもありました(音楽堂なのでカーテンも幕もないのですが)。ネズミ軍団,兵隊軍団,エンジェルコーラスと地元の子供たちが大活躍した第1幕でした。

第2幕は,さらに現実離れし,お菓子の国の世界になります。「くるみ割り人形」自体,夢のように流れていくような美しい(そして,後から思い返すと,それだからこそ,ちょっと切なくなったりする)作品なのですが,第2幕の方は,本当にあっと言う間に終わってしまいました。楽しい時間は本当に短く感じるものです。

ここで,”バレエ的”には主役であるお菓子の国の女王の金平糖の精とコクリューシュ王子が登場します。「くるみ割り人形」をライブで見るのは今回は初めてなので,比較はできないのですが,今回の,「マリーとくるみ割り人形」,「金平糖の精とコクリューシュ王子」の2つのペアは,はまり役だったと思います。特に金平糖の精の方は,ファンタジーの世界の中の大人の味をしっかりと加えており,舞台が引き締めていました。

その後,ディベルティスマンの部分になり,各国の踊りが続きます。イメージどおりの衣装で,イメージどおりの音楽に乗って,イメージどおりのダンスが踊られます。型にはまっているとも言えるのですが,それだからこそ,かえってダンサーの個性が生き生きと浮き上がってくるようなところがあり,大変見ごたえがありました。

それにしても,この部分の音楽は,クラシック音楽というジャンルを越えて,そのまま映画音楽やCMの音楽として使えるような曲ばかりです。1曲だけでなく,次々と続くのが贅沢で,チャイコフスキーの音楽の巧さを感じました。各曲ごとに,それを鮮やかに視覚化した,ダンサーたちに次々に拍手が送られ,会場が段々と熱く盛り上がっていきました。この辺もライブならではです。

鮮やかな赤の衣装のスペインの踊り,艶っぽい雰囲気満載のアラビアの踊り,ずっと一本指を立て,独特の挨拶の仕草を強調していたのがコミカルだった中国の踊り,優雅な雰囲気が気持ち良かったあし笛の踊り...と,どれも目に焼きつくような鮮やかさでしたが,この中では,ソロで踊ったトレパックのダンサーの躍動感が特に印象的でした。プログラムを見ると,ワタル・シミズさんという日本の方で,エッセンのバレエ団で活躍されています。これからの活躍に注目していきたいと思います。

ディヴェルティスマンの最後は,ギゴーニュママとキャンディーボンボンという曲でした。この曲は,組曲に入っていないこともあり,これまであまり印象に残っていなかったのですが,今回のステージでは,「コメディエンヌ部門の主役」になっていました。

まず舞台に,ギゴーニュママ・デラックスという感じの大変大柄な女性がゆったりと入ってきました。これまでのバレエのテンポと違うので,「何かあるな」と思ったら,そのデラックスなスカートの中から,キャンディボンボン役の子供たちが何と8人も次々と出てきました。何かの外国の童話にこういうシーンがあったような気がしますが,大変楽しい演出でした。

そして,「くるみ割り人形」全曲中の「花」である,おなじみの「花のワルツ」となります。気持ちよいテンポ感とボリューム感のある演奏に乗って,大勢のダンサーが華やかにワルツを踊る場面ということで,会場全体が幸福感に包まれました。群舞シーンの場合,やはり,音楽堂のステージだとやや狭いと思うのですが,逆にその密度の高さが熱さを伝えてくれるようでした。実は,ディベルティスマンの部分で,結構「来ていた」のですが,「花のワルツ」部分では,幸福感たっぷりのステージが次々と続くのを見ながら,ついつい涙腺が緩んでしまいました。

その後,グラン・パ・ド・ドゥになります。この部分については,吉田都さんが踊るのを映像で見たことがあります。まさに「待ってました」という感じの部分です。「くるみ割り人形」の初演当初は,グラン・パ・ド・ドゥがなかなか出てこないので,不評だったと聞いたことがありますが,今から思うと,この構成が最適だと思います。

最初のアダージョの部分は,実は「ただの音階」を演奏しているだけのような曲です。それがチャイコフスキーの手に掛かると,大変ロマンティックでゴージャスな音楽になります。紅白歌合戦の終盤,大物演歌歌手が出始めてくると(変な喩えですみません),「ここからは大人の時間です」と言っているような感じになりますが,丁度そういう気分の切り替えを感じさせてくれるような音楽です。

その後,王子と金平糖の女王がそれぞれソロを踊ります。王子は,ノア・エルデソウキさんというエジプトの方でした。3階から見ていたので,高さはよく分からなかったのですが,非常に伸びやかな踊りで,見ていて格好良いなぁと感じました。

金平糖の女王は,マリア・ルーシア・セガリンさんというブラジルの方でした。曲の方は,チェレスタが大活躍する「超」が付く有名な曲ですが,ダンスと一体になると大変繊細で,幻想的な雰囲気が広がります。こちらも大変優雅な踊りでした。そして,コーダの部分で,2人が華麗に円を描くように舞います。音楽だけで聞くよりは,生で見るのがいちばんという部分です。

グラン・パ・ド・ドゥの後は,全曲のフィナーレになります。「花のワルツ」の辺りから,クライマックスの連続なのですが,それぞれに時間の流れ方や踊りの見せ方が違うのが大変贅沢です。この部分では,第2幕に出てきた人がほとんど全員出てきて,一緒になって踊ります。実はこういうシーンにも弱く(?),ここでもウルっとしてしまいました。

「8時だヨ全員集合!」の最後の部分(古くてすみません。またまた,変な喩えですみません)では,毎回「ババンバ,バンバンバン」と皆で一緒にフリを付けて締めていましたが,最後に皆で一緒に踊るというのは,「楽しい夢」のいちばん良い締め方なのではないかと思いました。

その後,最初の場面の音楽となり,ステージも現実に戻ります。マリーがくるみ割り人形を床に置いておしまいとなりますが,詩的な気分とちょっと切なくなる気分が交錯する余韻も言うことはありませんでした。

今回の「くるみ割り人形」全曲公演を見て,歌舞伎や能などにも通じるようなバレエの「型」も良いものだな,と感じました。楽しいディヴェルティスマンの後に,グラン・パ・ド・ドゥが続き,全員で踊る...というのは固定的なパターンなのですが,それを見ながら,「しっくり来るなぁ。こういう世界にはまってみたい」などと思ってしまいました。

私の場合,数年に一度しかバレエを生で見ていませんが,この「くるみ割り人形」については,多くの地元ダンサーに登場の機会を作ることができるので,「毎年」とは言わないとしても,定期的に上演するのに最適だと思います。新装された金沢歌劇座のステージだとどうなるのかな,という興味もありますので,是非,金沢でのバレエ公演を増やしていって欲しいものです。

今回の公演は,観て元気が出てくるような内容でした。1年を締めるのにぴったりの公演だったと思います。(2010/12/23)

関連写真集


入口の立看です(ピンボケ)


音楽堂玄関の飾り段々と豪華さを増しているような感じです。


先日,音楽堂で国際生物多様性年のクロージング・イベントが行われたのですが,その名残でしょうか?


サイン会の様子です。エッセンの主要ダンサーが勢揃いしていました。この日は音楽堂の職員もサンタクロースの格好などをされていました。


階段に居た雪だるま


サイン会はまだまだ続いていました。


この日の公演パンフレットです。


小さくて読めませんが,10人分のサインを頂きました。