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オーケストラ・アンサンブル金沢第293回定期公演PH
2011年1月6日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの夏
2)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの秋
3)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの冬
4)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの春
5)(アンコール)ピアソラ/オブリビオン
6)シュトラウス,J.U/喜歌劇「こうもり」序曲
7)バルトーク/ルーマニア民族舞曲(抜粋)
8)リスト/メフィスト・ワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」
9)ヨハン&ヨゼフ・シュトラウス/ピッツィカート・ポルカ
10)レハール/喜歌劇「パガニーニ」第1幕〜カプリッチョ
11)レハール/ワルツ「金と銀」
12)(アンコール)ブラームス/ハンガリー舞曲第6番
13)(アンコール)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜ワルツ
●演奏
井上道義指揮*6-13;マイケル・ダウス(リーダー&ヴァイオリン*1-5;ヴァイオリン*10)
オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
Review by 管理人hs  

新春恒例のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のニューイヤーコンサートを聞いてきました。スターライト席の効果もあり,今回も音楽堂は,ほぼ満席でしたが,このコンサートは,OEKの定期公演の中でも特に人気が高いのではないかと思います。ステージ上には明るい色の花が飾られ,新春公演らしい気分と熱気が溢れていました。

OEKのニューイヤーコンサートは,井上道義さんが音楽監督になって以降,特に趣向が凝らされるようになってきました。今回は,かつての”ニューイヤー・コンサートの顔”マイケル・ダウスさんと井上さんの揃い踏みとなりました。前半のダウスさんの弾き振りのステージでは,井上さんは登場せず,前半と後半とで指揮者が違うという,これまでにないタイプの演奏会になりました。

前半は,弦楽セクションのみで,ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」が演奏されました。この曲は,以前,今回同様ダウスさんの弾き振りで,ヴィヴァルディの「四季」と組み合わせて「八季」として演奏されたことがあります(CD化もされています)。

もともと「四季」として作曲されたわけではなく,聴いた印象も「どこが四季なのだろう?」という曲ではありますが,ヴィヴァルディの「四季」の一部がコラージュ風に紛れ込んでいるデシャトニコフ編曲版だと,バロック音楽,現代音楽,タンゴ...といった複数の様式が混在する多様式性が強調されており,どこかシュニトケの合奏協奏曲を思わせる雰囲気になっているのが面白いところです。ダウス&OEKがこの曲を取り上げるのはが2回目ということで,大胆かつ優雅で,時に洒落っ気も感じさせてくれるような演奏でした。前回同様,ステージの照明も少し赤っぽくして,ラテン系の気分を強調していました。このコンビの十八番といっても良い曲だと思います。

演奏曲順は,「夏」「秋」「冬」「春」でした(CDでもこの順でした)。ピアソラの「四季」は,南半球の四季なので,「ハッピー・ニューイヤー」といえば「夏」ということになります。その点で,この並びは,新春に相応しいと言えます。

「夏」では,音程を意図的にずり下げるように演奏する部分に独特な面白さがあります。ヴィヴァルディの「冬」が出てきて,バロック音楽風になったかと思うと,いきなり,非常に過激な不協和音になったり,非常にスリリングで,ユーモラスな演奏になっていました。

「秋」では,ダウスさんのヴァイオリンだけではなく,カンタさんのしっかりと歌うチェロも大活躍でした。「冬」は,もともと,タンゴとバロック音楽の折衷のような音楽です。後半,パッヘルベルのカノンのようになるのが特に印象的です。この部分は,とても可愛らしい雰囲気があり,ホッとさせてくれるような魅力的な演奏になっていました。

最後の「春」は,とても躍動感がありました。OEKのコントラバス・パートは2名なのですが,とても充実した音を出しており,やはり,タンゴのリズムの肝は迫力のある低音だな,と実感しました。この曲の最後の部分,つまり全曲の最後の部分では,「おや?」と思わせるように,ヴィヴァルディの「四季」の中の「春」が,静かに,しかし唐突に出てきます。前回聞いた時は,チェンバロが演奏していた記憶がありますが,今回は,第2ヴァイオリンがフラジオレットで演奏していました(多分)。この唐突さは,聞きようによっては,結構不気味ですが,今回のダウス&OEKの演奏では,ちょっと小粋という感じに響いていました。

前半の演奏時間はやや短めだったこともあり,アンコールで,同じくピアソラのオブリビオンが演奏されました。この曲は,いろいろな楽器で演奏されることがあり,ピアソラの作品の中では,「アンコールの定番」といっても良い曲です。今回の演奏は,ストレートにダウスさんの美音に浸らせてくれるストレートな演奏でした。演歌っぽくならず,すっきりと垢抜けているところがダウスさんらしいところです。

後半は井上道義さんが登場し,”ニューイヤーらしい”プログラムとなりました。ただし,「こうもり」の後は,バルトーク,リスト,レハールと,「ハンガリー尽くし」になっており,少しひねりを効かせているのが井上さんらしいところです。

前半の2倍ぐらいの人数のフル編成のOEKがステージに登場し,さらに井上さんが登場すると,急に明るくなったような気がしました(”明るい”と言ってもそれほど深い意味はありません)。「こうもり」序曲が始まると,水を得た魚と言う感じで,音楽が生き生きと動きだしました。ピアソラも良いけれども,やはり新春の気分には,シュトラウスの音楽がぴったりです。

「こうもり」序曲は,起伏に富んだ魅力的なメロディが次々と湧き上がってくる傑作です。ダイナミックに盛り上がったかと思うと,悪戯を仕掛けてほくそ笑むようなユーモアがあったり...井上さんのキャラクターにぴったりの作品です。曲の出だしの部分など,合っているのか合っていないのか分からないような不思議な指揮でしたが,そういう部分も含め,井上さんらしさ全開の演奏でした。後半のワルツの部分は,非常に大げさに表情豊かに演奏しており,「こうもり」は,こうでなくては,というピタリとはまった演奏になっていました。いつもどおり,随所で非常にクリアに聞こえて来る加納さんのオーボエも魅力的でした。

その後は,バルトーク,リスト,レハールとハンガリーの音楽が続きました。

バルトークのルーマニア民俗舞曲は,再度,弦楽合奏のみによる演奏になりました。その間,井上道義さんのトークが入りました。「ステージ転換の時間を利用して...」ということでしたが,その後の曲間でも全部トークが入っていましたので,このトークもまた「ニューイヤー・コンサート名物」の一つと言えるでしょう。

バルトークのこの曲は,時々演奏しているお馴染みの作品です。冒頭のゆっくりした部分を初め,松井直さんのリードする弦楽合奏は大変艶やかでした。その後も,全般的に大変じっくりと演奏しており,最後の曲で一気に力強く盛り上げる濃厚さのある演奏になっていました(なお,今回の演奏では,何故か途中1曲カットされていました。全曲演奏しても長くない曲なので何か井上さんの意図があったのだと思います。)。

リストのメフィスト・ワルツは,今年,リスト生誕200年と言うことで選ばれたのかもしれません(ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでも演奏されていましたね)。OEKが演奏するのは,初めて(だと思います)の曲ですが,交響詩を思わせるような,ドラマ性のある音楽を楽しめました(ただし,「ワルツ」というタイトルにしては,全然ワルツっぽく聴こえない曲ですね。)。最初の部分をはじめとして,じっくりとゴツゴツとした感じで演奏しており,悪魔的な気分を漂わせていました。その後,甘い雰囲気になったり,しっとりと落ち着いた雰囲気になったり,起伏に富んだ音楽をくっきりと聞かせてくれました。特に途中で出てくる,木管楽器を中心に次々とソロで演奏する箇所での丁寧な演奏ぶりは,室内オーケストラとしてのOEKならではだと思いました。生で聞くと特に面白い曲だと思いました。

続いて,お馴染みのピツィカート・ポルカが演奏されました。大変リラックスした演奏で,すっきりとスマートにまとめられていました。随所でユーモアを感じさせるのは,井上さんらしいところです。

次のレハールの喜歌劇「パガニーニ」の中のカプリッチョは,今回の演奏会いちばんの”華”でした。曲は,もったいぶったような感じの音楽で始まりました。プログラムには,マイケル・ダウスさんのヴァイオリン独奏が入ると書いてあるのですが,その姿は見えません。一体どこから?と思って期待していると,パイプ・オルガン前のステージにダウスさんがスッと登場しました。曲のタイトルどおり,パガニーニの曲を思わせる技巧的なパッセージが続く曲なのですが,ダウスさんはいつもどおり,この高〜い場所から,平然と聞かせてくれ,見事な絵になっていました。さすがダウスさんという恰幅の良い,格好良い演奏でした。

ちなみに,このオルガンステージは,2階席と同じぐらいになりますので,1階席から見ると,「屋根の上のヴァイオリン弾き」という感じに見えたと思います。一度,このミュージカルに出てくる曲を,このスタイルで聞いてみたいものです(映画版では,往年の名ヴァイオリニスト,アイザック・スターンが演奏していました。)。

さて,演奏会のプログラムのトリです。今年は,同じレハールのワルツ「金と銀」で締められました。この曲を聞くと,なぜか「昔懐かしい遊園地」という気分になるのですが,今回の演奏を聞いて,何と良い曲だろうと思いました。さらに大好きな曲になりました。

出だしの部分から,キラキラとした音が出てきて,文字通り「金と銀」という気分を作り,ワクワクさせた後,井上さんは,非常にたっぷりとタメを作って聞かせてくれました。「ソドー...」と音が上昇していく部分の弦楽器の響きが濃厚で,超カンタービレという感じの熱さを持った演奏を聞かせてくれました。各奏者もワルツのリズムに合わせるように,揺れて(というよりはうねって)おり,湧き上がるような魅力に酔わせてくれました。終盤でこの最初のワルツのメロディが再現してくる部分では,「今回はいつもより大目にタメを作っております」という感じで,長〜く音を伸ばしており,大変ユーモラスな感じになっていました。コンサートを締めるのにぴったりの聞き応えのある演奏でした。

今回,終演後のサイン会の時に,井上さんに「「金と銀」はとても良かったです」と話しかけたところ,「グスタフ・マーラーと通じる部分がある」ととても真面目に答えて頂きました。これだけじっくり聞かせてくれた後だったので,妙に納得してしまいました。将来,マーラーの交響曲第5番の「アダージェット」とレハールと組み合わせて,ニューイヤーコンサートで演奏してみるというのも,ちょっと不健康な感じで面白いかもしれません。

このところ「アンコール控え目」のOEKですが,今回は,ニューイヤー・コンサートということで,やらないわけには行きません。ただし,「ドナウ&ラデツキー」という定番コースは取らず,ここでもハンガリー尽くしでした。お客さんの中には「ラデツキー行進曲で手拍子」をやりたかった方もいたと思いますが,井上さんとしては,「金沢らしいオリジナリティ」にこだわりたかったのだと思います。

まず,ブラームスのハンガリー舞曲第6番が,緩急自在で楽しく演奏された後,再度マイケルさんが登場し,井上さんとの共演で,メリー・ウィドウ・ワルツが甘〜く演奏されました。今回は,「パガニーニ」の時とは違い,井上さんとダウスさんは至近距離に居たのですが,イントロ部分で,何と何と井上さんが,ひざまずきながら,”Michael, I love you!"と熱く「愛の告白(?)」をした後,井上さんは,マイケルさんのヴァイオリンの動きとピタリとシンクロさせるような指揮を見せてくれました。

マイケルさんと井上さんが背中合わせに立ち,2人がぴたりと同じように左右に揺れていました。こういう”シンクロナイズド・コンダクティング”というスタイルを見るのは初めてです(OEKの皆さんは,笑いをこらえるのに大変だったかも?)。このお2人でないと実現不可能な「新春大サービス」という感じのステージでした。

今回は,前半と後半とで指揮者が違い,最後に合体(?)するという構成でしたが,こういう形はやはり珍しいと思います。井上さんが演奏前のトークで語っていましたが,演奏会のあり方自体を変えていこうというのが,井上路線のようです。考えてみると,通常の演奏会を前半と後半で全く別の内容に分けた場合(井上さんは,「前半は五嶋みどりのリサイタル,後半はOEKというのもありかも」ということを語っていました。),ラ・フォル・ジュルネの45分×2と似た感じになりますので,”熱狂”好きの金沢市民としては,”ノー・プロブレム”とも言えそうです。いずれにしても,これからも井上さんの試みはさらに続きそうです。

終演後はこのお二人のサイン会があり,さらにその後は,昨年に続いてOEKの銘入りの「ドラ焼き」が無料で,団員の方から直接,配られました。レセプショニストの皆さんは色とりどりの着物で見送ってくれるし,何とサービスの良いオーケストラだろうと思いました。OEKは,本当に応援のしがいのある,ファン冥利につきるオーケストラだと再認識したニューイヤー・コンサートでした。

PS.この日は,プレコンサートも充実していました。途中から聞いたのですが,管弦合わせて9人編成というのは,プレコンサートとしては最大規模だと思います(クラリネットは2本も入っていました)。シュトラウスの曲を演奏していましたが,恐らく,1月9日の彦根公演ではこのスタイルで演奏するのだと思います。ウィーン・フィルのメンバーからなる,ウィーン・リング・アンサンブルが全く同じ編成でシュトラウスの曲を演奏することがありますが,それを意識した編成だと思います。

PS.今回は,プレトークがなかった代わりに,開演直前に山腰音楽堂館長と井上道義さんのあいさつがありました。その中で2011年に海外公演を行うというお話がありました。夏頃にフランスとドイツに15回目となる海外公演を行うのですが,いずれも向こうから招待されての公演とのことです。今年もOEKの活躍に注目していきたいと思います。
(2011/01/08)

関連写真集


入口の立看板と門松


玄関には正月飾り


ラ・フォル・ジュルネ金沢2011の幟も登場していました。


新ね恒例のOEKメンバーのサイン入り立看板


音楽堂の壁面には凧が飾られていました。


終演後,OEK団員がエスカレータ下でドラ焼きを配布


これが「OEK」の銘入りドラ焼き。茶菓工房たろうさんの提供によるものです。


お正月にちなんで,鏡餅との共演(鏡餅の方はプラスティックで出来ていますが...)


もったいなかったのですが,賞味期限があるので食べてきました。「もちどら」というのが商品名のようです。


終演後のサイン会で,井上道義さんとマイケル・ダウスさんから,新年のあいさつのページにサインを頂きました。