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ヴェルディ:オペラ「椿姫」金沢公演
2011年1月21日(金)18:30〜 金沢歌劇座
ヴェルディ/歌劇「椿姫」(全3幕,イタリア語上演,日本語字幕)
●演奏
現田茂夫指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
演出:十川稔
ヴィオレッタ:森麻季(ソプラノ),アルフレード・ジェルモン:佐野成宏(テノール),ジョルジョ・ジェルモン:青山貴(バリトン),フローラ:佐藤路子(ソプラノ),ガストン子爵:直野良平,ドゥフォール男爵:木村孝夫(バリトン),ドビニー公爵:藤山仁志(バリトン),医師グランヴィル:大畑理博(バリトン),アンニーナ:浪川佳代(ソプラノ),ジュゼッペ:大木太郎(テノール),使者:塩入功司(バリトン),フローラの召使:水野洋助(バリトン)
合唱:新国立劇場合唱団,バレエ:貞松・浜田バレエ団,横倉明子クラシックバレエ団
Review by 管理人hs  

久しぶりに金沢歌劇座に出かけてきました。調べてみると,2009年8月以来のこととなります。歌劇座は,金沢市観光会館と呼ばれていた時代から数回改修を行っており,2007年に「金沢歌劇座」としてリニューアルオープンしましたが,昨年ずっと,再度,改修を行っていました。具体的にどこが変わったのか,一見よく分からなかったのですが,ネットで調べてみると,「はりを撤去することで,ステージから天井までの高さが,5.9メートルから8.5メートルになり,大掛かりなセットも搬入可能になった(北國新聞の記事による)」とのことです。

というわけで,今回の公演の狙いは,「本格的なオペラ公演にも対応できるようになりました」とアピールすることにありました。そして,そのとおりの,王道を行くような正統的な「椿姫」を楽しむことができました。

今回の「椿姫」のもう一つの特徴は,新潟・富山・石川・福井・兵庫の各県の5会場で6公演を行うという点です。ヴィオレッタ,アルフレード,ジェルモンの主役クラス3人を日本を代表する歌手で固め,衣装や舞台を本格的なものにする代わりに各県の文化振興事業団等の共同制作にすることで,公演回数を増やし,コストを抑えるという工夫がされていました。これまで金沢歌劇座で何回かオペラを見てきましたが,地方都市発の本格オペラの制作としては,今回のやり方が最適解なのかもしれない,と思わせるような立派な内容でした(地元の合唱団が出ないのは,ちょっと寂しい気はしましたが)。

まず,幕が閉じたまま,お馴染みの前奏曲が始まりました。今回の公演は,全曲を通じて大変じっくりと演奏されていましたが,この前奏曲での丁寧さが,全曲を一貫していました。キレの良さや軽やかさを感じさせる部分,各楽器が室内楽のように歌と絡み合う部分などオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ならではの,適応力のある演奏を聞かせてくれました。

前奏曲の後,幕が開きました。緞帳ではなく,真紅の幕というのが,本格的なオペラらしく,ワクワクさせてくれました。歌劇座のステージ自体は,本格的なオペラハウスほどには広くはないのですが,今回のセットと照明は非常によく出来ており,シンプルでありながら,豪華な感じを,幕が開いた瞬間に感じさせてくれました。全幕を通じて,6本の柱の間に,可動式のついたてのようなものが置いてありましたが,これらの使い方が特に効果的でした。

第1幕は,広間での宴会の場ということで,大勢の人が登場するのですが,新国立劇場合唱団の皆さんの歌はさすがでした。群衆シーンがこれだけ映えていたのも,プロの合唱団ならではだと思います。立ち居振る舞いがとても自然で,堂々としていました。

続いて,ヴィオレッタの森麻季さんとアルフレードの佐野成宏さんを中心とした「乾杯の歌」になります。佐野さんの方は,髪型がプログラムの写真と全然違うのでどこにいらっしゃるのか最初はよく分からなかったのですが(今回も,2階席後方で聞いていたせいもあります),いかにも男前な声が聞こえてくるとすぐに分かりました。

森さんの方は,これぞパリの上流階級という感じの大変豪華な衣装を着ていましたので,すぐに分かりました。浜崎あゆみが紅白歌合戦とかで着そうな(?),巨大なスカートでしたが,それを大変エレガントに着こなしており,これもまた,ヴィオレッタのイメージどおりでした。森さんは,一声聞いて,「森さんだ」と分かるしっとりとした透き通る声です。黒髪と白いドレスの組み合わせが,何とも高貴なヴィオレッタでした。

第1幕では,このスター歌手2人が熱く絡む部分が特に聞き応えがありました。幕切れの「ああ,そは彼の人か」から「花から花へ」へと続く部分は,森さんの見せ場です。森さんの声は,とても軽いので後半のコロラトゥーラの部分にぴったりなのですが,「ああ,そは彼の人か」の部分での恋に落ちたことを悩む,しっとりとした表現が印象的した。軽く透明な声なのだけれども,思慮深さを感じさせてくれました。

「花から花へ」の部分については,この曲のイメージ的に,もう少し奔放で享楽的な気分を持っていたのですが,森さんの歌はとても繊細で上品な感じでした。森さんのキャラクターに相応しい歌だったと思います。ちなみに,曲の最後に出てくる難易度の高い超高音も見事に決めてくれました。本来は1オクターブ低いのですが,やはりこちらの方が会場は盛り上がります。

ここで20分の休憩が入りました。今回は,各幕ごとに20分の休憩が入りましたが,このゆったりとした時間配分も良かったと思います。

第2幕は,パリ郊外の田舎の豪邸の場になります。基本的なセットは第1幕と同じでしたが,照明を工夫し,テーブルの置き方を変えることで,全く違った場になっていたのが面白いと思いました。背景の色合いが夕焼けから夜に移っていくのもロマンティックでした。

最初に佐野さんによる軽めのアリアが出てきました。今回,佐野さんは,絶好調ではなかった気がしたのですが,アルフレートらしい,ストレートさと豪快さがあり,スケールの大きさを感じさせてくれました。

そして,ジョルジョ・ジェルモン役の青山貴さんが登場します。今回の公演では,森さん,佐野さん,青山さんの3人の歌が核になっていましたが,特にこの青山さんの歌唱が圧倒的な迫力を持っていました。年齢的には,父と息子が逆でも良さそうなものですが,まず,声の威力が素晴らしく,佐野さん,森さんと対等かそれ以上の貫禄を聞かせてくれました。青山さんの歌を聞くのは,今回が初めてだったのですが,この青山さんの歌に触れることができたのが,個人的には,今回の公演のいちばんの収穫でした。

「椿姫」をドラマとして見た場合,第2幕で,ヴィオレッタが,ジェルモンの説得によって,アルフレートとの縁を切ろうとする部分がポイントとなります。今回,青山さんの声量豊かで余裕のある説得力十分の歌を聞いて,「別れるのも仕方ないか」と納得しました。老人役というよりは瑞々しさを感じさせてくれるようなところがありましたが,その惚れ惚れとするような美声には有無を言わせぬ魅力がありました。

第2幕第1場の最後の「プロヴァンスの海と陸」も立派な歌だったのですが,「天使のように清らかな娘がいる」や「お泣きなさい」と森さんと絡む部分での,重みと人間味のある歌も見事でした。ヴィオレッタはこれを受けて,まさに「泣く泣く」あきらめることになります。アルフレードに別れの手紙を書く場では,クラリネットがしっかりとヴィオレッタに寄り添っていました。これもまた泣かせてくれました。

第2幕第2場は,「フローラの家の客間」ということで,全く別の場面になります。ただし,ここで休憩は入らず,一旦幕が閉じた後,ちょっと間を置いて,幕が開くと,すでにスペイン風の赤を基調としたセットに変わっていました。今回のセットと照明ですが,各場面ごとに色調が分けられており,各場面ごとに鮮やかな印象を残してくれました。こういった舞台転換や照明の切り替えが行いやすくなったのも,今回の改修の成果なのかもしれません。

この場では,バレエが活躍します。今回の5都市での公演では,それぞれの地元のバレエ団が登場することになっており,金沢公演では,横倉明子クラシックバレエ教室のダンサーが鮮やかなスペイン風の衣装で登場しました。その他,闘牛士風の衣装を来た3人組の男性ダンサーが登場しましたが,こちらの方は,貞松・浜田バレエ団の皆さんでした。シリアスな展開が続く中で,効果的なアクセントになっていました。

その後,アルフレードが,賭けで勝って儲けた大金をヴィオレッタに投げつけるというシーンになり,再度ドラマティックな展開を見せます。ここで,ジョルジョ・ジェルモンが水戸黄門のように「この愚か者め」と出てきて,騒ぎを鎮めます。そして,三者三様に,別々の歌詞で,後悔する気持ちや,悲しみを歌う場面になります。以前は,このシーンにはあまり注目していなかったのですが,実に心に染みました。今回は,ステージ上の字幕を全く読まずに舞台だけを見ていたのですが,歌詞は分からなくとも,切々とした思いが交錯している様子が,立体的に伝わってきました。新国立劇場合唱団の気分の盛り上げ方も素晴らしく,「ヴェルディのオペラだねぇ」などと思いながら,幕間は余韻に浸っていました。

第3幕は,第1幕への前奏曲がさらに弱々しくなった形で始まります。OEKの弦楽器の繊細さが,十全に発揮されていました。

この幕では,ヴィオレッタが病魔に取り憑かれる中,夢うつつの区別が付かなくなる部分の演出が印象的でした。今回の十川稔さんの演出は,全曲を通じて,ドラマを歪めることなく,リアルに物語の流れを感じさせてくれましたが,この部分には,現実からフワっと浮遊するような不思議な感覚がありました。窓の外からパリの雑踏の音が聞こえてくるような描写と合わせ,静と動の対比,生と死の対比を美しく,幻想的に描いていました。

森さんの声は,幕を追うごとに凄味と熱気を増して行きました。死の直前の部分の歌は,命のこもった絶唱となり,最高の輝きを見せてくれました。見終わった後,「ヴィオレッタが亡くなった代わりに,聴衆の方に生命力が伝わったのではないか」と感じました。オペラの多くは,主人公が亡くなって終わるのですが,それを観て元気が出るのは,このエネルギーの移動があるからに違いないと,「オペラにおけるエネルギー保存の法則(?)」を実感できた,終幕でした。

終演後は,幕の間から出演者が何回も何回も出入りして,歌手たちが盛大な拍手を受けていました。特に森さんに対する拍手が盛大でしたが,今回の公演の場合,すべてのバランスが良かったと思います。公演全体として,奇を衒わず,じっくりとヴェルディの作品の素晴らしさを100%伝えてやろうという気持ちがしっかりと伝わってきました。イタリア・オペラの王道を行くような完成度の高い公演だったと思います。

金沢歌劇座は,建物全体としてはオペラハウスというほどには豪華な感じはありませんが,今回の公演を見て,「手軽に本格的なオペラを楽しめる場所」になったなぁと実感しました。この公演は,OEKのある金沢市がイニシアティブを取った5都市による共同制作方式の第1作ということになりますが,価格設定が低めに抑えられたことも含め,誰もが納得できる内容だったと思います。これからの富山・福井・新潟・兵庫公演(これにはOEKは出ませんが)についても,大きな成果を上げるのではないかと期待しています。

PS.「カルメン」「ラ・ボエーム」「トゥーランドット」と,ここ数年,歌劇座で行ってきた,地元の学生や合唱団等を巻き込んだ公演も良かったのですが,やはり,作品をそのまま他県にまで持っていこうととなると難しい面があるのかもしれません。

今回は,その代わりに,主役以外については,オーディションで選んだ各県関係の歌手を使っていました。この試みは良かったと思います(石川県関係では,アンニーナ役の浪川佳代さんが,第3幕で存在感を示していました。声がしっかりと聞こえてきました)。

ただし,アマチュアを含めたオペラについても,別の形で模索していって欲しいものです。

PS.歌劇座の座席は音楽堂に比べると窮屈なので,着膨れしてしまう冬場は特にクロークが欲しくなります。今回は,その対策として,特設クロークが用意されていました。ありがたいサービスでしたが,入口部分が窮屈になるので,もう一工夫欲しいかなと思いました。試行錯誤して定着させていって欲しいものです。
(2011/01/22)

関連写真集


公演の立看板


金沢歌劇座の正面


縦長の大きな看板も出ていました。


入口付近の特設クローク


入口付近には,赤いじゅうたんが敷かれていました。

帰りは,ライトアップを眺めながら帰りました。


金沢21世紀美術館前のオラファー・エリアソンの作品


しいのき迎賓館

広坂通りのライトアップ


石川近代文学館