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池辺晋一郎の超クラシック放談!音楽堂アワー:バレンタイン・スペシャルコンサート
2010年2月14日(月)19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール
第1部 対談 池辺晋一郎&上杉春雄
1)バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第2巻〜プレリュードとフーガ第2番ハ短調BWV.871〜872
2)池辺晋一郎/大地は蒼い一個のオレンジのような...

第2部 コンサート
3)リスト/「愛の夢」第3番
4)リスト/パガニーニによる大練習曲〜第3曲「ラ・カンパネラ」
5)池辺晋一郎/ヴァイオリンの花束〜コンチェルティーノ第2番
6)池辺晋一郎/ヴァイオリンの花束〜かゆいときのうた
7)シューベルト/幻想曲ハ長調,D.760(op.15)「さすらい人」
8)(アンコール)池辺晋一郎/テグピュール(切り紙細工)
●演奏
上杉春雄(ピアノ),江原千絵(ヴァイオリン*5,6),池辺晋一郎(ピアノ*8)
対談:池辺晋一郎,上杉春雄
Review by 管理人hs  

バレンタインデーの夜,池辺晋一郎さんによるトークイベント「音楽堂アワー」に出かけてきました。石川県立音楽堂で,年数回,音楽堂アワーが行われるようになって数年になりますが,実は参加するのは初めてでした。今回は,バレンタイン・スペシャルということで,トークだけではなく,演奏の方も通常の演奏会並みに(...というよりは。それ以上だったと思います)充実しており,「スペシャル」の看板に相応しい聞き応えのある内容でした。

前半は池辺さんのトークが中心でした。「音楽とは?」という大きなテーマから始まった後,今回のゲストのピアニストの上杉春雄さんにちなんだ内容(上杉さんはお医者さんでもあるのです)に展開していきました。「音楽は自然から生まれたものである」というお話は,以前にも聞いたことはあったのですが,作曲者が「重い」とか「軽い」といった意図で作ったものが,聞き手の方にも「重い」「軽い」としっかり伝わるというのは考えてみると大変不思議で,興味深いものでした。音楽が「自然」だからこそ,人間の間で共感できるという説明は,「なるほど」というものでした。クラシック音楽の普遍性の秘密が分かった気がしました。

前半は,トーク以外にも上杉さんによるピアノ演奏もありました。まず,バッハの平均律クラヴィーア曲集第2集の中から第2番が演奏されました。バッハと言えば,厳格というイメージがありますが,この曲のこの演奏は大変軽やかな演奏でした。いかめしいところはなく,今回のトークのテーマと絡めて言うと,「平常心」で演奏された大変自然な演奏だったと思います。上杉さんは,平均律クラヴィーア曲集を熱心に取り上げていらっしゃるようなので,次回は是非,この曲集の全集を聞かせて欲しいものです。

前半の最後では,池辺さんのピアノ曲が演奏されました。1980年代後半,何かの音楽コンクールのために書いた「大地は蒼い一個のオレンジのような...」という,いかにも詩的で絵画的なタイトルを持った作品でした。エリュアールという詩人の「愛すなわち詩」という詩集(バレンタインデーにぴったりのタイトル?)の中の一節によるもので,かなり渋い曲でしたが,どこか暗い情熱を感じさせてくれるようなところがありました。ちなみにこのエリュアールという詩人の奥さんですが,後にダリの奥さんになった人とのことです。

後半は,上杉さんを中心とした通常の演奏会になりました。まず,バレンタインデーに相応しく,ゆったり,しっとり演奏されたリストの「愛の夢」第3番で始まりました。甘くなり過ぎず,大人の渋さを感じさせてくれるような抑制の効いた演奏だったと思います。

続く「ラ・カンパネラ」は,硬質な音が「鐘」にぴったりでしたが,華麗というよりは誠実さを感じました。鐘が乱打されるのではなく,きっちりと奇麗に鳴り響くような演奏でした。その中で,自然に沸き上がってくる熱さはライブならではの感覚でした。

その後,オーケストラ・アンサンブル金沢の第2ヴァイオリン首席奏者の江原千絵さんのヴァイオリンとの共演で,池辺さん自身の作品が2曲演奏されました。最初のコンチェルティーノ第2番は,近代フランスのヴァイオリン・ソナタを思わせるような粋で洒落たセンスを感じさせてくれる曲でした。池辺さんがヴァイオリンを習っていた娘さんのために書いた曲で,何回も駄目出しをされ,何回も書き直した作品とのことです(こういうエピソードを聞けるのもこのシリーズならではです)。江原さんのヴァイオリンのシュッとしたスマートな感じは,曲のイメージにぴったりでした。

もう一つの曲の方は,池辺さんらしい洒落っ気のある,小品でした。タイトルが「かゆいときのうた」ということで,思わず間寛平の顔が浮かんできて困ったのですが,聴いているうちに本当にゾクゾクとしました。フラジオレットを使ってコソコソコソコソ...と演奏し始めると,ピタリとツボにはまってしまい,背筋がゾクゾクゾクゾクしてしまいました。金沢弁で言うところのの「こそがしい」曲でした。

モーツァルトの曲に「音楽の冗談」という曲がありますが,池辺さんには,「音楽による治療」という曲集などを作って頂いて,お医者さん兼ピアニストの上杉さんに弾いて頂けるとピッタリだと思うのですが,いかがでしょうか。

演奏会の最後は,ラ・フォル・ジュルネ金沢2011にちなんで,シューベルトの「さすらい人」幻想曲が演奏されました。私自身,一度生で聞いてみたかった作品で,実は,今回,この曲を聞くことがいちばんの目当でした(有名な曲なのですが,何故か金沢で演奏されるのを聞いた記憶がありません)。

上杉さんのピアノは,最初の印象的な連打から颯爽としており,どの部分を取っても弛緩したところのない,求心力のある演奏を聞かせてくれました。すべてが自然の理に適った演奏で,曲が進むに連れて,風格や力感が自然に盛り上がってくるようでした。

上杉さんは,優秀なお医者さんらしく,とても誠実な雰囲気を持った方で,そのキャラクターがそのままピアノにも出ていました。ただし,小さくまとまっているのではなく,「音楽=自然」のルールの中で伸び伸びと演奏されている感じでした。曲の最後の方のがっちりとした対位法的な部分から,手に汗を握るようなスリリングなコーダへと繋がる流れも素晴らしく,「良い曲だなぁ」と改めて実感させてくれるような演奏でした。

アンコールでは,池辺さんが東京芸術大学に入学する前に書いたというピアノ連弾曲がお二人によって演奏されました。リズムがちょっとラテン風で,とても楽しい作品でした。演奏会の「締め」にぴったりでした。

今回は,「スペシャル」ということで,大変よくお客さんが入っていました。池辺さんのトークも(もちろんダジャレも絶好調),上杉さんの演奏も充実(質・量ともに),ということでお客さんは,皆さん大満足だったと思います。3月の「音楽堂アワー」は,青島広志さんと池辺さんによるトークということで,これもまた凄いことになりそうです。

PS.前半の池辺さんのトークですが,かなり以前,同様の話を聞いた記憶があります。ただし,全く退屈させることはなく,今回も「なるほど」と感じさせてくれました。やはり,音楽の根本に関連する話題だからなのでしょう。次のようなお話をされていました。

  • 音楽は操れるものではない。生き物のように意志を持っており,場合によっては戦わなければならない。
  • それは,音楽は自然界にあるもの(「風の音」など)が起源だからである。
  • ゴムホースをグルグル回すと音が出るが,ドミソ...と音が高くなっていく。このドミソについては,自然界にあるものなので,どうしようもない(ホースで実演)。
  • 逆に短調の和音は,自然界にない音なので,気持ち悪いと昔の人は感じていた。
  • この自然界にあるドミソが基になって,音階や和音や調性が出てくる。
  • 調性の話から,平均律の話へ。どの音から始まっても和音を作れるのが平均律である。ただし,これはどの和音も間違いということでもある。
  • 医学と音楽の共通点は?共に自然界にある生き物を扱っている点で共通する。人間の体は,昔から基本的にはずっと変わらないものである。それと同様に,音楽についても勝手に変えることはできない。
  • 例えば,音は放置しておくと自然に落ちてくるものである。トリルで音を下げる時は,半音だけ下げる方が自然に聞こえるが,その自然さと戦い,1音下げる方が,力強さを感じさせることができる。その方が面白いということもある。それが音による演出である。
  • 作曲家が「重い」という意図を込めて書くと,聞く方も「重い」と感じてくれる。この共感がないと音楽は成立しない。絵を描く人も見る人も,赤い色を赤いと感じていないと美術が成立しない,のと同様。
(2011/02/16)

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公演のポスター


上の窓から会場を見てみました。