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もっとカンタービレ第25回:バロック音楽の夕べ
2011/03/07 19:00〜 石川県立音楽堂 交流ホール
1)ビーバー/戦闘(バッターリャ)ニ長調
2)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調,BWV1048
3)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調,BWV1050
4)バッハ,C.Ph.E./チェンバロ協奏曲イ短調,Wq26
5)パッヘルベル/3台のヴァイオリンとバッソコンティーヌオのためのカノンとジーグニ長調
6)ファルコニエーリ/2台のヴァイオリンと通奏低音のためのチアコンナ(シャコンヌ)ト長調
7)コレッリ(ジェミニアーニ編曲)/合奏協奏曲ニ短調op.5-12「ラ・フォリア」(原曲:コレッリのヴァイオリン・ソナタによる)
8)(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜エア
●演奏
アビゲイル・ヤング,原田智子*1-5,7-8,藤田千穂*1,4,7,8,江原千絵*1-2,4-8,イエジュ・イ*1,4,7,8(ヴァイオリン),デルフィヌ・ティソ*1-4,7-8,石黒靖典*1-2,4,7-8,大隈容子*1-2(ヴィオラ),ルドヴィート・カンタ*1-4,大澤明*1-2,4,6-8(チェロ),スンジュン・キム(チェロ*2,5,7-8;打楽器*1),今野淳(コントラバス*1-4,7-8),岡本えり子(フルート*3),高本一郎(バロックギター*1,6-7;テオルボ*1-2,5-8),北谷直樹(チェンバロ)
Review by 管理人hs  

もっとカンタービレ:オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズの第25回は,今年度の最終回ということもあり,非常に多くのお客さんが入っていました。恐らく,回数券を使い切りたいという理由があるのだと思います。毎年年度末の公演は大入りですね。

今回は,チェンバロ奏者の北谷直樹さんを中心とした,バロック音楽特集でした。その演奏ですが,期待を大きく上回る,スリリングで,熱い演奏の連続でした。室内楽というよりは,通常の室内オーケストラ編成に近い曲もあり,大変聞き応えがありました。今回の会場の石川県立音楽堂交流ホールの場合,ステージと客席の距離が非常に近いので,演奏者と聴衆との間の自然に一体感が出てきます。そのメリットを生かした,生気溢れる,いかにもライブといった演奏をしっかり堪能できました。

バロック音楽については,ロマン派の音楽などに比べると,「静かな音楽」「優雅な音楽」という印象を持つ人もいると思いますが,今回の演奏は,そのような先入観を裏切り,「バロック音楽も当時のポピュラー音楽(=民族的な踊りの音楽)なんだ」ということを実感させてくれました。

最初に演奏された,ビーバーの「戦闘(バッターリャ)」からびっくりでした。この曲は連続的に演奏される8曲からなる組曲ですが,最初の曲から,いきなり足踏みが始まり,野性味たっぷりでした。アビゲイル・ヤングさんを中心とするヴァイオリンの切れ味も素晴らしく,過激といっても良い演奏を聞かせてくれました。バロックギターの音が入ると,さらに熱気が増し,「バロックというよりはロック」というスリリングな演奏を聞かせてくれました。

2曲目は,現代音楽を思わせるような無調音楽になりました。各楽器がそれぞれに別の曲を演奏することで,酔っ払った様子を描いているとのことですが,何とも型破りな音楽です。その他の曲も変化に富んでいました。粗野な音の打楽器(チェロのスンジュン・キムさんが担当)の上でヴァイオリンがソロを聞かせたり,のどかな雰囲気で各楽器が美しく絡み合ったり,退屈する暇はありませんでした。7曲目で,再度,ドタンバタンと足踏を含む戦闘的な曲が出てきた後,8曲目で,哀感漂う「負傷した銃士たちの嘆き」となり,全曲が締めくくられました。

この日の弦楽器の演奏は,どの曲についても,基本的にノンヴィブラートで演奏しており,OEKメンバーの演奏スタイルが古楽器専門アンサンブルのように一変していました。これはやはり,演奏の核となっていた北谷直樹さんの力によるのだと思います。プログラムに書かれていたプロフィールによると,北谷さんはアルノンクールに師事したチェンバロ奏者ということで,常に新しさを目指している演奏家なのではないかと,1曲目を聞いただけで強く思いました,

ちなみに第1曲目での配置は次のとおりでした。

今回は,もう1人のゲスト奏者である高本一郎さんによる,テオルボとバロックギターも演奏に加わっていました。どちらも大変珍しい楽器でしたが,良い効果を出していました。高本さんの音が加わることで,ビートがよりくっきりとした感じになり,各曲での推進力を増していた気がしました。ちょっとザラリとした感触も面白く,通常のバロック音楽の演奏会とは一味違った気分を出していました。

ちなみにテオルボという楽器ですが,間近で見るとかなり大きな楽器でした。チェロを抱きかかえているぐらいに見えましたが,棹の部分がかなり長かったので,バズーガ砲を抱えているようにも見えました。

続いて,バッハのブランデンブルク協奏曲第3番と第5番が演奏されました。どちらもキリリとした速いテンポによる,ビートの効いた演奏で,聞いた後,新鮮な印象が残りました。

第3番は,演奏前の北谷さんのコメントによると「3尽くししの曲」です。各楽器の奏者は3人ずつ,配置は3角形,「タララ・タララ...」と3つの音から成るモチーフが積み重ねられて行きます。

3という数字にこだわる辺り,いかにもバッハらしく,律儀な職人技をしっかりと感じさせてくれます。ただし,今回の演奏は,そういった理詰めの部分を忘れさせてくれるような,ノリの良さが特徴的でした。キビキビとアクセントをくっきり付けることで,「3」のモチーフが強調されると同時に,全曲を通じて大変熱気のある演奏を聞かせてくれました。

ヤングさんの透明感のあるヴァイオリンの響きが印象的だった第2楽章に続き,再度,第3楽章ではノリの良い雰囲気に戻ります。この楽章は12/8拍子ですが,速い3拍子系統の曲ということで,ここでも「3の原理」がしっかりと生きていました。

第5番の方は,チェンバロ協奏曲的な作品ということで,ステージの配置転換が行われ,独奏用の黒っぽいチェンバロがステージ真ん中に置かれました。ただし,編成的には第3番よりも小さく,第1楽章全体の雰囲気もこれまでの曲に比べると地味な感じでした。

もう一人のソリストであるフルートは,岡本えり子さんでした。とても暖かく素朴な感じの音を聞かせてくれ,他の楽器としっかり溶け合っていました(恐らく,木製のフルートを使っていたのではないかと思います。)。

第1楽章後半に出てくるカデンツァは,この曲のいちばんの見せ場です。延々と続くチェンバロの音を聞いているうちに,「スーッ」と気が遠くなり,別世界に連れて行かれてしまうような感覚になってしまいます。途中,一瞬,間を入れた後,急にギアをチェンジするように一気に走り出す部分があったのですが,この部分の技巧の素晴らしさとセンスの良さも印象的でした。

第2楽章は,フルート,ヴァイオリン,チェンバロだけによる,ひっそりとした,緩い音楽となり,両端楽章としっかりコントラストを付けていました。第3楽章はキビキビとした推進力のある演奏でした。ワンツー,ワンツーといったビート感が感じられるような高揚感が見事でした。演奏全体に溢れる愉悦感も魅力的でした。

後半は,クリスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲で始まる...はずだったのですが,チェンバロの弦が切れたとのことで,数分間,ステージ上で調律師の方が,トントンと作業をされていました。チェンバロの弦の張替え作業というのは,珍しい光景なのではないかと思いました。ただし,前半最後の北谷さんの演奏を見ていると,「さもありなん」という気もしました。

さて,この協奏曲ですが,とても良い曲でした。大バッハの子供の作品ということで,古典派の曲に近い部分もあります。個人的には,お父さんの作品よりも分かりやすいのではないかと感じました。第1楽章は調性が短調ということもあり,ピリっと引き締まった感じで始まりました。この楽章では,低弦楽器の迫力や,強弱のコントラストも印象的でした。基本的なモチーフが何回も出てきましたが,それをパート間でやり取りしながら進めていくあたりも「室内楽シリーズ」ならではでした。北谷さんのチェンバロは,この曲でも大変流麗で,協奏曲らしい見せ場をしっかり作っていました。

第2楽章では,気持ち良く音楽が流れていきました。涼しげなチェンバロの音が特に美しく,ベトつくような部分は全くありませんでした。第3楽章は再度短調に戻りますが,深刻さはなく,ピリッとした運動性と明快な気分に覆われていました。曲全体のバランスが良く,カッチリとまとまっている中に魅力的な楽想がしっかりと詰め込まれており,大変良い作品だと思いました。クリスティアン・バッハの作品は,モーツァルトにも影響を与えたと言われていますが,これを機会にいくつか,チェンバロ協奏曲を聞いてみたいと思いました。

その後は,ダンス音楽風の作品が続きました。パッヘルベルの「カノンとジーグ」は,その前半部分が「パッヘルベルのカノン」として大変よく知られています。今回のように,「カノンとジーグ」という形で演奏されるのは,比較的珍しいことです。カノンの部分は,一般的に演奏されている”ロマンティック”な演奏に比べるとかなり速いテンポで,あっさりとした印象でしたが,時折,テオルボやベースの音がしっかりと聴こえてきて,面白い味を出していました。ヴァイオリン3人のスリリングなやり取りも鮮やかで,聞きなれた名曲の違った魅力を再発見させてくれました。

ジーグの部分は,大変躍動的でした。英国起源の舞曲という曲の性格がしっかりと表れた演奏だったと思います。終結部に向かって,どんどん高揚していく雰囲気も大変楽しいものでした。

ファルコニエーリのチャナコンナは初めて聞く作品でした。北谷さんのお話によると,このファルコニエーリという作曲家は,大変お酒好きだったとのことですが,この曲の雰囲気にもそういう酔っ払ったような感じがあり,ノリノリといった感じの音楽を聞かせてくれました。北谷さんは,最初の方で,景気を付けるようにチェンバロの胴体を叩き,高本さんのバロックギターは,ポップスに通じるような気持ち良いストロークを聞かせてくれました。曲全体に渡って,「ウェストサイド物語」の「アメリカ」を思わせるような「ご機嫌」なリズムが続き,客席は大いに盛り上がりました。

プログラムの最後は,ジェミニアーニがコレルリのヴァイオリン・ソナタの「ラ・フォリア」を合奏協奏曲に編曲したものが演奏されました。まず,バロックギター(テオルボだったかもしれません)だけでさりげなく始まった後,北谷さんのチェンバロが,それに即興的な感じで絡んでいきました。この辺の何が起こるか分からないような,ちょっとニヒルな感覚が最高でした。

その後,弦楽器類が加わり,お馴染みの「ラ・フォリア」の変奏を熱く展開していきます。この部分での北谷さんのチェンバロのテンションの高さは尋常ではありませんでした。それに応えるヴァイオリンのヤングさんやチェロの大澤さんをはじめとするOEKメンバーの演奏も名技性たっぷりの熱いものでした。ピリッと引き締まった雰囲気の中で,痺れるような熱さが続き,興奮の絶頂の中で全曲が終わりました。満員の交流ホールの中で聞くからこそ味わえるような,一期一会的な名演だったと思います。

今回の演奏は,OEKの皆さんも大満足だったようで,演奏後は,にこやかな笑顔で北谷さんと健闘を讃えあっていました。恐らく,終演後は美酒(?)を味わえたのではないかと思います。

アンコールでは,クールダウンも兼ねて,お馴染みのバッハの管弦楽組曲第3番の中のエアが演奏されました。作曲された当時のテンポ感に合わせた演奏ということで,パッヘルベルのカノン同様,かなりすっきりとした演奏でした。このタイプの演奏は,以前,ニコラス・クレーマーさん指揮のOEKで聞いた記憶がありますが,今回はさらに小さい編成による演奏ということで,相対的にベースの音の動きがよく聞こえました。今回は,低弦にさらにテオルボも加わっていましたので,時の動きをしっかり刻むような安定感も感じました。

今回の演奏会は,終演時間が9:15ぐらいになり,ボリューム的にもたっぷりでした。感覚的には,通常の1.5倍分ぐらいの充実感を感じました。過去の「もっとカンタービレ」シリーズの中でも特に面白く刺激的な内容だったと思います。終演後の,北谷さんとOEKメンバーの楽しげなやり取りを見ながら,2回目の共演を是非期待したいと思いました。「何じゃこりゃ!」というような音楽をどんどん発掘していって欲しいものです。 (2011/03/09)

関連写真集


公演の案内掲示



交流ホールの上部からのぞき込んでみました。

JR金沢駅では,3月11日の特急「雷鳥」号のラストラン関係の展示がされていたので,撮影してきました。






個人的に,この列車のデザインには,懐かしさ一杯です。