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オーケストラ・アンサンブル金沢第297回定期公演PH
2011年3月21日(月・祝)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
2)ドビュッシー(ビュセール編曲)/小組曲
3)ルーセル/小組曲op.39
4)ラロ/スペイン交響曲ニ短調.op.21
5)(アンコール)サティ/ジムノペディ第1番
6)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番〜ラルゴ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-5,郷古廉(ヴァイオリン*4,6)
プレトーク:池辺晋一郎
Review by 管理人hs  

不幸にして起こってしまった東北関東大震災から10日。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に今回の地震で大きな被害を受けた宮城県多賀城市出身のヴァイオリニスト郷古廉さんが登場しました。郷古君は,まだ17歳の高校生です。災害後の混乱の中,金沢に来たというだけで立派なのですが(何と12時間かけて来られたそうです),そこはさすが,既にプロのヴァイオリニストとして活躍している注目の若手奏者だけあって,気力みなぎる堂々たるスペイン交響曲を聞かせてくれました。

第1楽章から,演奏全体に高揚感がありました。郷古君は,とても細身の方で,雰囲気的にも,「今どきの若者」風の洗練されたスマートさを持っているのですが,音には芯の強さがあり,時に野性的といっても良いような迫力のある表現を聞かせてくれました。指揮の井上道義さんとにらみ合うように演奏するシーンもあり,オーケストラとヴァイオリンの間に火花を散らすような緊張感がありました。一瞬も聞き逃せない演奏でした。

郷古君については,井上さんが公式サイトで「郷古君は僕が出会うことを長年待ち望んでいた ほんとの日本から出た男のクラシックバイオリニストだ。」と非常に高く評価しており,既に何回も共演をしているのですが,一歩も弾かずにマエストロと渡り合う様子を見て,その理由が分かった気がしました。特に第1楽章は,いろいろな思いをヴァイオリンに込めるように,ゴツゴツした感じで演奏していたのが印象的でした。ラプソディックと言って良いほど,自在な演奏で,井上さんからみれば,少々合わせにくそうな部分もありましたが,それがまた,スリリングな魅力を生んでいました。その一方,第2主題のような,静かな部分でじっくり聞かせる優しい表現も魅力的で,「本当に17歳?」と思わせるような表現力の豊かさと余裕がありました。本当に度胸のあるヴァイオリニストだと思いました。

第2楽章はスケルツォ風の軽い楽章です。余裕たっぷりの軽妙さと,若者らしい瑞々しさを合わせ持っており,絶好の間奏曲になっていました。第3楽章は,ハバネラ風の楽章で,第1楽章同様,オーケストラとヴァイオリンが堂々たるやり取りを聞かせてくれました。郷古君のヴァイオリンは,ここでも表現力豊かで,心の中にある様々な思いを強く主張しているようでした。

この曲では,全曲を通じて,OEKの演奏のレスポンスの良さも印象的でした。いつもにも増して集中力の高い演奏で,第3楽章の最後の一音の暴力的なまでの迫力など,ハッとさせられるような部分が随所にありました。

この部分もそうだったのですが,今回の演奏については,どうしても”震災直後”という意識で聞いてしまう箇所がありました。第4楽章最初のトロンボーンの和音の深さ。その後に続く郷古君のヴァイオリンに漂う悲しみに満ちたな美しさ。それが次第に熱く熱く盛り上がり,大きな感動のクライマックスを築いていました。この第4楽章については,災害で亡くなられた方々を悼むレクイエムのように聞いてしまいました。

最後の第5楽章は,それを吹っ切るようなスムーズで伸びやかな演奏でした。華麗な技巧をたっぷり聞かせると同時に,渾身の力で駆け抜けるような清々しさがありました。井上音楽監督は,郷古君に対して,「本当に来てくれた良かった」と語っていました。誰もがそう思ったのではないかと思います。震災後の復興には想像を絶する大変さがあると思いますが,郷古君の演奏からは「希望」を感じることができました。

その後,オーケストラのみで,サティのジムノペディ第1番が演奏されました。これは,アンコールというよりは,やはり,OEKメンバーによる鎮魂の気持ちを込めての演奏だったと思います。オーボエの水谷さんの音がストレートに耳に染みました。

続いて,再度,郷古君が登場し,バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番の中のラルゴをひっそりと演奏しました。これも鎮魂の演奏だったと思うのですが,歌うというよりは,静かに語り掛けるような雰囲気がありました。その語り口には,秘めたような強さがあり,迫力がありました。宮城県からはるばる来た1人の若者が,震災のことをしっかり受け止めながら演奏している姿が感動的でした。そして,その姿は,復興に向けての第一歩なのではないか,と感じました。静かだけれどもエネルギーに満ちた演奏で,聞いていて前向きな気分になりました。

今回の演奏会では,前半最初に井上音楽監督による挨拶があった後,オーケストラメンバーとお客さんの全員で,まず黙祷を行いました。その後,一旦仕切りなおし,通常どおりの演奏会が始まりました。特に曲目を変更することなく,ロッシーニの明るい曲を演奏してくれたのが本当に良かったと思います。

ロッシーニの序曲は,”愛すべきワンパターン”といった曲ですが,それが本当に新鮮に響いていました。普段は当たり前のように聞いている,井上さんとOEKの演奏に,しっかりと生命力が宿っていることを実感できました。オーボエの加納さんの音を聞きながら,「普通にオーケストラの生演奏を聞けることは,とても幸せなことなんだ」としみじみ思いました。ロッシーニの曲らしい終盤のグルーブ感に加え,いつもにも増して,明るく透明な演奏を楽しむことができました。

その後演奏されたドビュッシーとルーセルの作品には,いつくしむような優しさといかにもフランス音楽らしい,品の良さがありました。

ドビュッシーの小組曲は,有名な作品で,OEKも何回か演奏しています。第1曲の「小舟にて」が特に有名です。とてもじっくりとしたテンポで演奏しており,濃厚な聞き応えがありました。第2曲の「行列」もじっくりと演奏しており,可愛らしさよりは,スケールの大きさを感じました。第3曲のメヌエットでは,オーボエとイングリッシュホルンをはじめ,管楽器が大活躍でした。いかにもフランス音楽らしい,洗練された音楽の魅力をしっかりと楽しませてくれました。第4曲の「バレエ」は,井上さんのキャラクターにぴったりの曲です。タンブリンなどの打楽器の音をはじめ,鮮やかだけれども決してうるさくならない演奏で,華やいだ優雅さを感じさせてくれました。

ルーセルの方も同じく「小組曲」というタイトルですが,こちらの方は,それほど知られていない曲です。ドビュッシーに比べると,不思議な響きのする曲でした。第1曲の「朝の歌」は,ちょっとイカレタ(?)ワルツという感じで,井上さんにぴったり(?)のムードがありました。第2曲の「田園曲」は,ホルンの高音が美しいのどかな曲でしたが,その中にどこか妖艶なムードがありました。「牧神の午後」に通じるような気だるさが何とも魅力的でした。第3曲「仮面舞踏会」は,夜会の雰囲気というよりは,どこかワイルドな雰囲気がありました。

この演奏の後の休憩時間,井上音楽監督と池辺晋一郎さんをはじめ,OEKのメンバーが客席に降りて,募金活動を行いました。故岩城宏之氏以来のOEKの伝統のバケツ募金です。その結果,100万円以上の義援金を集めることができたとのことです(このお金は,郷古君を通じて,多賀城市に寄付されます。)。

今回の演奏会は,未曾有の大震災の直後という特殊な状況の中での演奏会でした。それだからこそ,音楽の有難みを,いつも以上に強く実感できた気がします。お客さんにとっても演奏者にとっても,忘れようにも忘れられない演奏会だったのではないかと思います。 (2011/03/23)



ラ・フォル・ジュルネ金沢2011の準備も着々と進んでいます。

JR金沢駅前の鼓門の奥にラ・フォル・ジュルネ金沢のタペストリーが出現
近くから撮影 音楽堂の前にも看板が登場
音楽堂内の廊下の柱には青島広志さんのイラストが出現



関連写真集


公演の立看板



音楽堂の公演でも中止になったものがありました。


アンコール曲目


義援金の集計結果


終演後のサイン会。テレビの取材も来ていました。


郷古廉さんのサイン


井上道義さんのサイン