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オーケストラ・アンサンブル金沢第298回定期公演M
2011年4月4日(月)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
2)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調,BWV.1004
4)メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調op.90「イタリア」(改訂版)
5)メンデルスゾーン/劇音楽「夏の夜の夢」〜スケルツォ
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5,三浦文彰(ヴァイオリン)*2-3
Review by 管理人hs  

新年度最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期演奏会は,金聖響さん指揮によるオール・メンデルスゾーン・プログラムでした。序曲「フィンガルの洞窟」+ヴァイオリン協奏曲+「イタリア」交響曲ということで,OEKが頻繁に演奏している名曲ばかりを集めた「メンデルスゾーン・フルコース」です。序曲+協奏曲+交響曲という組み合わせは,やはり王道ですね。

まず,「フィンガルの洞窟」です。透明感のある響きで静かに始まりましたが,ベートーヴェンの曲を演奏する時のようなノンヴィブラート奏法ではなく,ヴィブラートをかけて十分に歌っていたのが特徴的でした。途中からは、しっかりと覚醒し、ドラマティックに盛り上がりました。メリハリが効いていると同時に、細かいニュアンスの変化を付けたバランスの良い演奏だったと思います。

後半に出てくる、クラリネットが第2主題を美しく演奏する部分を聞くと、いつも「メンデルスゾーンはいいなぁ」と思います。この部分は私にとっては,チェックポイントになっているのですが,今回の演奏は,耽美的に沈み込むというよりは,スッキリとメロディが浮き上がって来るような演奏でした。

この日のティンパニは,菅原淳さんでした。特に目立っていたわけではないのですが,その演奏になぜか注目してしまいました。これは他の曲の演奏についても言えたのですが,菅原さんの音は,全く押しつけがましくなることはありません。それでいて,オーケストラの響き全体を常にしっかりと支えており,演奏全体の品格とスケール感を高めていました。さすがと思いました。

続いて,まだ十代のヴァイオリニスト,三浦文彰さんの独奏で,おなじみのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。三浦さんは,2009年のハノーファー国際コンクールで史上最年少優勝を果たした方で,3月のOEKの定期演奏会に登場した郷古さんと同世代・同性の期待の若手奏者です。昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢でのしっかりとした演奏を聞いて以来注目していたのですが,今回の協奏曲も,期待どおりの演奏でした。

メンデルスゾーンと言えば「育ちの良い」作曲家の代表ですが,三浦さんの演奏にもその雰囲気がありました。まず,音が素晴らしく,聞いているだけで,気持ちが温かくなりました。冒頭から頑張って個性的に演奏してやろう,といった力んだ感じは全く無く,正攻法で余裕を持って演奏していた点に好感を持ちました。音には底光りするような輝きがあり,常にやわらかな微笑みをたたえていました。その素直な歌がメンデルスゾーンにぴったりでした。

第2楽章もまた,落ち着きある演奏で,じっくりとひたすら美しく聞かせてくれました。ケレン味や毒の無い,非常に健康的な演奏だったと思います。そういう意味では主張の弱い演奏だったのかもしれません。ただし,変わったことをしていないのに,新鮮さや豊かさを感じさせてくれる辺り,ただ者ではない「生来のソリスト」といったスケールの大きさを感じました。連日,大震災や原発事故の報道が続く中,”安心・安全”を感じさせてくれる演奏を聞くことができ,耳が洗われた方も多かったのではないかと思います。

第3楽章も慌てて走ることのない演奏でした。最初の部分は,オーケストラとテンポがずれることの多い”難所”と言ってもよい箇所ですが,息もピタリと合っており,円満さやのびやかさを感じさせる地に足の付いた演奏でした。終結部に向けての技巧の冴えも鮮やかで,うるおいや若々しさも感じさせてくれました。若い奏者を暖かく支えていた,OEKの演奏ともども,一言で言って「曲想にぴったり」という演奏でした。

アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番のサラバンドが演奏されました。アンコールについても,3月の郷古君と似た選曲だったのは何かの因縁でしょうか。2人は好敵手としてこれからも活躍して行くことでしょう。ほのかな暖かみとさりげない優しさを感じさせてくれるような演奏でした。

後半は,交響曲第4番「イタリア」が演奏されました。金聖響さんとOEKは昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢では,「普通版」の「イタリア」を演奏しましたが,今回は,滅多に演奏されることのない,改訂版による演奏を聞かせてくれました。これは中々面白い試みでした。

第1楽章は,通常版と同じだったのですが,2楽章以降は,微妙にメロディが違ったり,楽器の絡み方が違ったりしており,「へぇ」「ほぉ」「別の曲みたい」と心の中で突っ込みを入れながら聞いていました。

金聖響さんが玉木正之さんとの共著で講談社現代新書から出している「ロマン派の交響曲」という本で,この改訂版について触れているのですが,そこで触れられているとおり,第2楽章,第3楽章については,より複雑で,曲の深みを増している部分がある気がしました。第2楽章は,全体にクールで,イタリア的なムードが後退している代わりに,フルートの音の動きなどにバッハの曲を思わせるところがあり,とても面白いと思いました。

第3楽章は,より優美でしっとりとした感じでした。ただし,ずっと同じところをグルグル回っているようで,やや運動性が少ない気がしました(これは,繰り返しをしっかりと行っていたからなのかもしれません)。

第4楽章については,やはり「普通版」での,一気呵成に暗く燃えるようなストレートさの方が良いと思いました。管楽器の音の動きなどは,より細かく,緻密な感じはしましたが,「生煮えのイタリア料理」といった感が無きにしもあらずでした。

そう考えると,やはり聞きなれた第1楽章は素晴らしいと思いました。くっきりとした明快さを持った,切れ味の良い音楽を聞かせてくれました。音楽はしっかりとコントロールされ,じっくりと考えられた音楽となっていました。それでいて楽章全体の雰囲気は自然体で,締め付ける感じはありません。所々,目の覚めるような鮮やかさもあり,中間部の盛り上がりも十分でした。総合的に見て,やはり聞きなれている版の方が良いかなと感じました。

ただ,「イタリア」のような超名曲の場合,たまに「別の版」で演奏する試みも面白いと思います。今回はプレトークはなかったのですが,演奏前に,そのことに触れてもらった方がさらに良かったかもしれません。

アンコールでは,「夏の夜の夢」の中のスケルツォが演奏されました。このアンコールも定番です。過去,OEKの演奏で10回ぐらい「イタリア」を聞いてきた気がしますが,その後は,大体この曲がアンコールだったと思います。非常に軽快な音楽ですが,無理矢理速く演奏することはなく,吹きやすいテンポで,キビキビとした音楽を聞かせてくれました。

終演後は,恒例のサイン会がありました。今回は,金聖響さん,三浦文彰さんに加え,この日エキストラで参加していた,仙台フィルハーモニー管弦楽団のトランペット奏者の森岡正典さんからもサインを頂くことができました。今回,森岡さんが参加していたのは,4月18日に急遽行われることになった仙台フィルとOEKによる「大震災からの復興支援コンサート」の関係もあったのだと思います。「4月18日にも聞きに来ます。がんばってください」と話しかけたところ,大変嬉しそうな顔をされました。音楽家にとっては,演奏するのが仕事ですが,音楽ファンとすれば,やはり演奏会に通い,良い演奏に大きな拍手を送り,応援することが仕事かな,と改めて思いました。

今回の演奏会は,NHK-FMの収録を行っていました。5月29日の「FMシンフォニーコンサート」で放送するとのことです。是非お聞きになってください。 (2011/04/08)

関連写真集

公演の立看板


4月18日に急遽行われることになった,「大震災からの復興支援コンサート」の案内と趣意書


クラシック音楽以外でも公演中止がいくつか出てきました。7月の歌舞伎公演も中止になってしまいました。看板


この日のサイン会も盛況でした。


金聖響さんからは,著書の「ロマン派の交響曲」にサインしてもらいました。漢字のサインは初めてもらった気がします。


三浦文彰さんのサイン


仙台フィルのトランペット奏者の森岡正典さんのサイン。メンバー表のページに頂きました。