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大震災からの復興支援コンサート
2011年4月18日(月) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)(献奏)バッハ,J.S/管弦楽組曲第3番〜アリア
2)グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
3)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」〜間奏曲第1番,第3番
4)シベリウス/交響詩「フィンランディア」op.26
5)ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調,op.95「新世界から」
6)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜メインテーマ「颯流」
7)(アンコール)池辺晋一郎/NHK大河ドラマ「独眼流政宗」〜メインテーマ
●演奏
井上道義*2,5-6,山下一史*3-4.7指揮仙台フィルハーモニー管弦楽団(コンサートマスター:伝田正秀);オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*2,5-7,安永徹(リーダー・ヴァイオリン)*1
Review by 管理人hs  

未曾有の大災害,東日本大震災から1ヶ月。「できることを何かしなければ」とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と石川県が考えた演奏会が,仙台フィルハーモニー管弦楽団を石川県立音楽堂に迎えての「大震災からの復興支援コンサート」でした。

あまりにも大きな被害のせいで,本拠地・仙台での演奏会を当面開くことができなくなった仙台フィルですが,室内楽編成によって,音楽の力で被災者を勇気づけるための活動を始めています。大変な状況の中で,音楽を演奏し続けている仙台フィルを応援しようというのが,このコンサートの趣旨です。

演奏会は,まず,バッハのアリアの献奏で始まりました。この演奏のリーダーは,安永徹さんでした。安永さんは,4月22日に金沢で行われるOEKの定期公演に出演されるために金沢に来られていたのですが,今回の趣意に賛同する形で出演することになったのだと思います。

曲は,安永さんが,OEKと仙台フィルの弦楽奏者全員をリードする形で演奏されました。追悼のために,この曲が演奏されることはよくありますが,これだけの大編成で演奏されるのは,オーセンティックなアプローチが主流になりつつある現在,とても珍しいことです。非常にたっぷりと,しっかりとした歩みを感じさせる演奏で,大編成ならではの表情の豊かさと,高級車がゆったりと走るような,何とも言えない,安心感と余裕を感じさせてくれました。

しかし,演奏を聞いているうちに,震災後,テレビのニュースで流されてきた被災地の光景であるとか,これから長く続く復興へ向けての苦労が頭に浮かんでしまい,重苦しい気分を感じてしまいました。震災の犠牲者のための捧げる演奏ではあったのですが,まだまだ復興への道筋が見えていない現時点では,途方に暮れる日本人(もはや,東日本の人たちだけの問題ではなくなっていると思います)のための冥想の音楽になっていた気がしました。

その後,一旦団員が袖に戻った後,仕切りなおしで通常の演奏会が始まりました。最初の曲は,グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲でした。この演奏は,OEKと仙台フィルの合同演奏で,コンサートマスターのサイモン・ブレンディスさんをはじめとして,OEKの奏者がトップを担当していました。指揮もOEKの井上道義さんでした。

この演奏ですが,重い空気を断ち切り,仙台フィルの活動を応援しよう,という演奏会の意図を体現したような激しい音で始まりました。「悲しみを吹き飛ばせ」という言葉が聞こえて来そうな,100名を超える奏者たちのエネルギーが充満したような演奏でした。とても速いテンポで演奏していたこともあり,弦楽器奏者たちの激しいボウイングが特に印象的で,見ているだけで,「演奏しているんだ」という充実感が伝わってきました。途中,チェロの合奏で出てくる,滑らかに歌うようなメロディの清々しさも印象的でした。アッチェレランドが掛かった終結部も感動的でした。最後の音の後,勢い余ってお客さんの方に向いてしまう「見せる指揮」も井上さんならではで,盛大な拍手が起こりました。

その後,舞台転換の時間を利用し,今回の演奏会に急遽登場することになった,安永徹さん,山下一史さんをステージに呼び,震災に関連したトークを行った後,仙台フィル単独のステージになりました。

まず,シューベルトの「ロザムンデ」のための音楽から2曲演奏されました。仙台フィルがフル編成でステージに登場するのは,1ヶ月以上無かったので,団員の皆さんにとっては,私たちが想像できないような感慨があったのではないかと思います。

ただし,実のところ,何故この曲が選ばれたのかはよく分かりませんでした。特に間奏曲第1番の方は,他に演奏された曲が有名曲ばかりだったので,ほの暗く,地味な印象を持ちました。しかし,その噛み締めるような「普通の」演奏を聞きながら,仙台フィルの皆さんにとっては,「普通」であること自体がいちばん嬉しいのではないかと感じました。間奏曲第3番の方は,OEKの演奏でもお馴染みの曲です(ラ・フォル・ジュルネ金沢2011でも演奏されることでしょう)。こちらもさりげない日常の中の美しさをさらりと描いたような演奏でした。

これはかなり主観的な感想なのですが,この2曲を聞きながら,辛い状況の中でもしっかりと日常生活を送ろうと務めている,東北地方の方々の粘り強さを感じてしまいました。

前半最後も,仙台フィル単独でシベリウスの「フィンランディア」が演奏されました。この曲については,どうしても,震災と重ね合わせて聞いてしまいます。会場にいたお客さんの多くも同様だったと思います。

まず,冒頭の金管の音が非常にシリアスに響いていました。このリアルな音は,どうしても震災の恐怖の象徴として聞いてします。中間部の美しいメロディは,被災者への祈り,復興への祈りの音楽でした。静かさの中に爽やかさと強さがあり,とても印象的でした。終結部をはじめ,随所で出てくる,力強く立ち上がるような主題からは勇気を感じました。圧倒的な力...とまではいかないけれども,しっかりと困難に立ち向かうような演奏で,感動的でした。

「フィンランディア」の曲の由来と震災とは直接関係はないのですが,今,東北地方の人たちが聞いて,いちばん励まされるオーケストラ曲は,この曲かもしれないな,と感じました。

後半は,再度,仙台フィルとOEKの合同演奏による演奏でドヴォルザークの「新世界から」が演奏されました。こちらの方は,「ルスラン」とは逆に仙台フィルがトップを担当しており,仙台フィルの伝田正秀さんがコンサートマスターでした。

「新世界から」と言えば,名曲中の名曲です。室内オーケストラのOEKにとっては,滅多に演奏できない曲ですが,仙台フィルの皆さんにとっては,もしかしたら「演奏し過ぎている曲」かもしれません。しかし,それだからこそ,今回の演奏には,意義があったと思います。いつもは当たり前に演奏したり,聞いたりしているメロディやリズムやハーモニーが,とてつもなく美しく,楽しく,ありがたいものとして聞くことができました。名曲の力を再認識できました。

第1楽章の序奏部から,緊張感に満ちていました。恐怖感すら感じさせるような,非常にゆっくりとしたテンポで始まりました。ティンパニの強打も見事で,曲のスケールを非常に大きなものにしていました。その一方,「新世界」ならではの美しいメロディの数々も感動的でした。すべての音を大切に大切に演奏するような,かみしめるような演奏を聞きながら,仙台フィルの皆さんは,音楽している「この時間」をしみじみ味わっているんだろうなぁと感じました。演奏者と聴衆が一体になって,音楽に酔っているような演奏でした。

第2楽章は,すっきりとしたテンポの中に悲しみが滲んでいました。イングリッシュホルンの透き通るようなの音を聞きながら,「涙がこぼれないように...」と気丈に振舞っているような優しさを感じました。その他の楽器の演奏についても,デリケートな弱音が素晴らしく,「別世界」に連れて行ってくれるようでした。

第3楽章は,ティンパニの強打,キラキラ光るトライアングルを中心に大変小気味良い演奏でした。中間部ののどかなムードは,震災前の自然とに人間との幸せな関係を表現しているように感じてしまいました。第4楽章へは,ほとんど休止を置かず,そのままの勢いで流れ込んでいきました。まず,第1主題の力強さに感激しました。OEKと仙台フィルが一体となって作る強い響きには,大きな困難に対して,ひたむきに立ち向かっていくような迫力がありました。ヒロイックな格好良さにすっかり痺れてしまいました。その一方,この楽章でも,途中で出てくるクラリネットやチェロの弱音の表現のデリケートさが素晴らしく,「新世界」交響曲の魅力をスケール感たっぷりに堪能させてくれました。

曲の終わりに近づくに連れて,だんだんと「終わって欲しくないなぁ」という気持ちになってしまいました。きっとこの日のお客さんは皆そうだったと思います。この曲は,最後の部分で,大きく盛り上がった後,スーッと長く糸を引くように静かになって終わるのが特徴ですが,今回の演奏を聴きながら,本当に名残惜しいなぁと感じました。

というわけで,演奏後は,すぐには拍手はしたくはない気分でした。会場の拍手もそういう感じだったのですが,段々と大きく盛り上がり,そのうちに立ち上がる人も出てきました。井上道義さんが,何回目かに登場し,「私はあまり知らないのですが...」と語った後,始まったアンコール曲が,NHK大河ドラマ「利家とまつ」のテーマでした。

この曲を聞いたとたん,すぐに意図は読めてしまったのですが,いかにもOEK好み(?)の「ご当地アンコール」が2曲続けて演奏されました。以前,仙台フィルと OEKが合同公演を行ったときも,岩城宏之さんと外山雄三さんとでアンコール合戦をしたことがありましたが,今回は,「利家とまつ」と「独眼竜政宗」という,NHKの大河ドラマのテーマ曲の組み合わせによるアンコール合戦となりました。

「利家とまつ」は,すっかりOEKのアンコールの定番曲になっています。ただし,これだけの大編成で聞くのは久しぶりのことです。演奏会の途中から,ステージの奥に置いてある,ピアノ,チェレスタ,チューブラベル,ドラの存在が気になっていたのですが(アンコールのための楽器だと気付いたのですが),これらを総動員しての大きくうねるような演奏で,会場の気分をさらに高揚させてくれました。

続いて,「独眼竜政宗」のテーマが演奏されました。このテーマ曲は,実は石川県立音楽堂の洋楽監督を務めている池辺晋一郎さん(今回の発起人の1人です)の作曲ということで,考えてみるとこれしかないという選曲だったと言えます(さらに言うと,大河ドラマのサントラ盤での演奏は岩城宏之さんでした)。この曲は,仙台にちなんだ曲ということで,山下さんが指揮されました。その指揮ぶりはいつもにも増して情熱的で,最後の部分などは,バーンスタイン風にジャンプしていました。

震災支援の演奏会で,まさか大河ドラマのテーマ2連発が出るとは...予想もできないことでした。金沢と仙台にちなんだ曲を,金沢と仙台のオーケストラが合同で演奏するという光景は本当に素晴らしく,2つのオーケストラが兄弟の契りを結んだように思えました。その後,井上さんに促されて山下さんから感謝の言葉がありました。「このまま仙台に帰りたい。そしてまた金沢に戻ってきたい」(違っていた?)という言葉もまた,嬉しいものでした。

これで演奏会は終わり,団員はステージを後にしたのですが,拍手の方は鳴り止みませんでした。しばらくして,井上道義さんと山下一史が再登場し,さらにそれに先導されて,仙台フィルのメンバー全員もステージに呼び戻されました。

客席のお客さんは,ほぼ全員が立ち上がっていました(帰りかけるタイミングだったこともありますが)。拍手は手拍子に変わり,会場からは,「仙台,がんばれ」といった掛け声も掛かっていました。こういう光景を演奏会場で見るの初めてのことでした。驚きと感動のスタンディングオベーションの中,金沢と仙台の堅い絆を実感した瞬間でした。

*演奏後のホール内の光景です。


今回の演奏の入場料は,諸経費を除いた全額が仙台フィルに寄託されるとのことです。フル編成の仙台フィルがステージで演奏するのは,震災後は,今回が初めてでしたが,それが金沢で行われたことを誇りに思いました。仙台市で普通にオーケストラを楽しめるようになるには,まだまだ時間が掛かりそうですが,そのためのエネルギーを仙台フィルの皆さんにプレゼントすると同時に,私たち自身の中にもエネルギーが沸いてきたような気がしました。金沢のお客さんは,こんなに熱かったんだ,ということに気付かされた,演奏会でした。

PS. 第1曲目の演奏後のトークの時,井上さんが「何か音がする」という感じで辺りを見回した後,最前列のお客さんのところに降りて,「補聴器が原因でした」と語るシーンがありました。困ったアクシデントでしたが,これをユーモアで切り返し,会場のムードをリラックスさせるという術は誰にも真似できないものです。

ちなみに,このトークの時,井上さんは,安永徹さんのことを「ルート(音楽家らしく,「トール」をさかさまにした呼び方です)」と呼んでいました(「博士の愛した数式」みたいですね)。お二人の意外な関係を見た思いです。こう呼べるのも,井上さんぐらいかもしれないですね。

PS.開演前のロビーでのプレコンサートも充実していました。私がホールに着いた時は,ハープの上田智子さんが演奏されていましたが,続いてサクソフォンの筒井裕朗さんの演奏が始まりました。甘い響きが開演前のロビーに美しく響き渡っていましたが,トークによると,3月11日の震災の日,筒井さんは福島県にいらっしゃったとのことでした。本当に何が起こるか分からないですね。 (2011/04/20)

関連写真集


公演のポスター


ロビーに置いてあった寄せ書き。私も書きました。


終演後,仙台フィルの皆さんがお出迎えをしてくれていました。


階段の下でも。お客さんの方からも「がんばってください」と声を掛けている方が大勢いらっしゃいました。