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La Musica The 9th Concert
2011年5月15日(日)14:00開演 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コダーイ/ジプシーがチーズを食べる
2)コダーイ/夕べ(Este)
3)バルトーク/4つのスロヴァキア民謡
4)シェーファー/「17の俳句」〜「13.一村を挙げて宵宮の祭笛」「14.盆踊り太鼓手拍子鳴りやまず」「15.奉曳をなお盛り上げる木遣歌」
5)ヒル/Voices of autumn(秋の声)
6)Dobrogosz(星野富広作詩)/組曲「ざくろ」〜「ZAKURO(ざくろ)」「KOSUMOSU(コスモス)」
7)ラター/レクイエム
8)(アンコール)ニルソン/映画「歓びを歌にのせて」〜ガブリエラの歌
9)(アンコール)コダーイ/夕べの歌(Esti dal)
●演奏
ラヂッチ・エヴァ*1-6,大谷研二*7指揮声楽アンサンブル ラ・ムジカ
岡本えり子(フルート*7),加納律子(オーボエ*7),大澤明(チェロ*7),渡邉昭夫(ティンパニ*7),平松智子(グロッケン*7),碑島律子(ハープ*7),黒瀬恵(オルガン*7),鶴見彩(ピアノ*3,6),今野淳(コントラバス*6),山田信隆(ドラム*6)
Review by 管理人hs  

声楽アンサンブル ラ・ムジカの第9回演奏会を聞いてきました。ラ・ムジカは,1年少し前に同じ石川県立音楽堂コンサートホールで第8回演奏会を行いましたが,今回は,2001年の創設以来,この合唱団を指導されてきたラヂッチ・エヴァさんのさよなら公演になってしまいました。

メイン・プログラムのラターのレクイエムの演奏前に,大谷研二さんから,「ラ・ムジカの指揮をされてきたラヂッチ・エヴァさんがハンガリーに帰国されることになったので(もう帰国されてしまっているとのことです),今回は団員それぞれが,エヴァさんへの思いを込めて演奏する」といったアナウンスがありました。エヴァさんとラ・ムジカさんについては,外から見ていても名コンビだと思っていたので,非常に残念ではありますが,人間の世界に「永遠」というものはありません。私自身もエヴァさんへの惜別の思いを抱きながら,今回の演奏会を聞きました。

最初のステージでは,エヴァさんの出身地である,ハンガリーの曲が歌われました。コダーイの「ジプシーがチーズを食べる」というのは,タイトル自体,以前,どこかで見たことがある気がします。演奏前のエヴァさんのとトークでも「有名な曲」とのことでした。心地よく澄んだハーモニーの美しさと生き生きとしたビート感がバランス良く共存した演奏でした。「レバレバ...」といったオノマトペ(?)も独特の面白さとエキゾティズムを生んでいました。

コダーイの「夕べ」では,ちょっと重い湿り気のある「静かな夜の空気」を感じさせてくれました。初めて聞く曲でしたが,とても気に入りました。ソプラノのソロも素晴らしかったと思います。このコーナー最後の4つのスロバキア民謡は,民謡を素材としていることもあり,同じバルトークのルーマニア民族舞曲の合唱版といった構成の生き生きした作品でした。素朴さと洗練味の両方を楽しめるような演奏だったと思います。

エヴァさんとラ・ムジカによるハンガリーの作品は,彼らの十八番といっても良いレパートリーだと実感したステージでした。

第2ステージは,「日本の世界」ということで,日本語の曲が歌われました。面白かったのは,すべて,曲は外国人によるものだという点です。エヴァさんが演奏前のトークで語っていたとおり,「外国人から見た日本」という点で,このステージもまた,このコンビにぴったりの選曲でした。しかも,このステージでは,いろいろと趣向を凝らした演出やパフォーマンスを楽しむこともできました。

まず,衣装です。このステージでは,ラ・ムジカの皆さんは,法被(はっぴ)で登場しました。「17の俳句」から今回選ばれた3曲は,どれも祭に関係のある句だったこともあり,雰囲気にぴったりでした。1曲目では,「少し合唱団の人数が少ないかな?」と思っていたら,途中で客席から別働隊が入ってきました(法被を着て,客席から登場すると「8時だョ全員集合!」を思い出す世代です)。それぞれが,別々に歌っている感じが,お祭りのザワザワとした雑踏の雰囲気にぴったりでした。立体感のある面白い効果を出していました。

2曲目では,歌詞にあるとおり手拍子が入ったり(複雑なリズムだったので,歌いながら叩くのは大変だったと思います),3曲目では,粋な木遣歌のソロが入ったり(男声のソリストが見事なノドを聞かせてくれました。演奏後は,「ヨッ!」という掛け声が入っていました),大変楽しい作品でした。

次の「秋の声」は,とても静かな曲でした。タイトル自体,俳諧的ですが,どこか鐘の音を思わせるようなボワーンとした響きがあり,聞きながら,思わず一句詠みたい気分になりました。

このステージの最後の組曲「ざくろ」の中の2曲は,ドラムとコントラバスとピアノが加わっての演奏でした。ドラムの方ですが,通常のドラムセットではなく,コンガのように,手でポンポコ叩くような楽器で,どこかラテン的でユーモラスな味を出していました。そのリズムの上で,心地よいハモリを伴って同じような歌詞が何回も何回も繰り返し歌われていました。可愛らしさと親しみやすさと,ちょっと不思議な感触とが混じり,とても新鮮に響いていました。NHKの「みんなの歌」に出てきてもおかしくないような,面白い曲でした。

次の「コスモス」もとても聞きやすい曲でした。もともと伸びやかで気持ちの良い曲だと思うのですが,パーカッションやコントラバスが加わることで,さらに自由さを増していた気がしました。

後半はお待ちかねのジョン・ラターのレクイエムが演奏されました。ラ・ムジカは,以前からOEKメンバーとの共演で,ちょっとマイナーだけれどもとても良い作品を取り上げてきました。この曲については,マイナーというほどではありませんが,金沢で演奏されるのは珍しいことです。今回は,実は,このレクイエムを目当てに聞きに行きました。

ラターのレクイエムは,フォーレのレクイエムの系統を引く,静かで,美しく,親しみやすい作品です。2月にフォーレのレクイエムを聞いたばかりだったので,「これは是非,セットで揃えたい」と思った方もあったかもしれません。

この曲の器楽部分の編成は,フルート,オーボエ,チェロ,ティンパニ,グロッケン,ハープ,そして,オルガンという変則的なものでしたが,この響きが非常に色彩的かつ透明で,悲しみを秘めているはずのレクイエムがとても聞きやすいものになっていました。これはフォーレのレクイエムにも共通する性格ですが,ラターの方は,ミュージカルにでも出てきそうな親しみやすいメロディや黒人霊歌を思わせる気分など,クラシック音楽のカテゴリーに収まらないような分かりやすさがあるのが特徴です。

ラ・ムジカの皆さんは,第1曲から,本当にじっくりと歌ってくれました。オルガンとハープとティンパニの音が合わさった独特の安定感のあるサウンドの上に,透明感たっぷりの声がスッと入ってきて,暗闇に光が差し込んでくるような鮮やかな気分の変化を感じさせてくれました。

第2曲の冒頭のチェロ,その後に続く,オーボエやフルートなど,各楽器のソリスティックな活躍も鮮やかでした。大澤さんのチェロの深い音は,黒人霊歌風の気分にぴったりでした。第3曲では,ソプラノの独唱が入りました。ラ・ムジカのメンバーが歌っていましたが,感動に満ちた,とても暖かい歌でした。

第4曲では,グロッケンの音が加わり,気分はすっかりクリスマスでした。キラキラとした響きが印象的で,中盤のクライマックスを作っていました。第5曲は,「アニュスデイ」でしたが,よく聞いていると英語の歌詞も混ざっていました(その他の曲でも英語の歌詞が混ざっていました)。そのこともあり,どこかミュージカルを思わせるような雰囲気がありました。

第6曲は「羊飼い」が出てくる曲ということで,オーボエの加納さんが活躍していました。この音色を聞くだけで,泣けてきた人があったのではないかと思います。最後の第7曲は,鼓動のようなティンパニの音が戻ってきて,第1曲に戻ったような感じになります。この歌詞も英語が混ざっており,前半部分は,どこかゴスペルっぽい気分があると思いました。ソプラノのソロも感動的でした。最後の部分では,エヴァさんとの名残を惜しむかのように,じっくりと歌われました。歌詞の最後の方で,第1曲と全く同じメロディが再現してくるのですが,この部分での「エテルナ(永遠)」という言葉が,とても優しく響いていました。

アンコールでは,まず「ガブリエラの歌」が歌われました。この曲は前回の演奏会でも歌われた,エヴァさんとラ・ムジカのお得意のレパートリーです。ここでは,過去にラ・ムジカに参加されていた方も含めた合唱団がバックコーラスをつとめる中,エヴァさんが,心の奥の方から力が沸き出てくるような感動的な歌を聞かせてくれました。歌詞の中に「新しい人生を歩む」といった言葉が出てきましたが,今のエヴァさんにぴったりの内容だったと思います。ラターのレクイエムとの取り合わせもぴったりでした。

通常はこれで演奏会は終わりかもしれませんが,今回はさらに,東日本大震災の被災者のためにコダーイの合唱曲が歌われました。「夕べの歌」という心に染みいるような静かな歌ででした。エヴァさんについては,またハンガリーから来ていただくことは可能だが,震災で亡くなられた方にはもう会えない...そういう思いを込めてのアンコールだったのだと思います。

今回の演奏会は,ラ・ムジカの皆さんにとって大きな節目になる公演でしたが,私たち金沢の音楽ファンにとっても忘れられない演奏会になったと思います。エヴァさんの歌が金沢で聞けなくなるのは,とても寂しいことですが,何年か後にまた金沢に来て,ガブリエラの歌を聞かせて欲しいものです。
(2011/05/19)

関連写真集


入口の掲示


OEKの定期公演300回記念ということで,コンサートホール入口前には定期公演に出演したアーティストたちのサインが掲示されていました。


こちらは過去の定期公演のチラシ類です(実は,我が家にも保管してあります)。


第1回定期公演のチラシです。今と比べるとかなり地味ですね。