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オーケストラ・アンサンブル金沢第303回定期公演M
2011年6月8日(水)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シェーンベルク/室内交響曲第1番ホ長調op.9
2)吉松隆/左手のための協奏曲「ケフェウス・ノート」
3)(アンコール)カッチーニ(吉松隆編曲)/アヴェ・マリア
4)リンドベルイ/ジュビリーズ(2002)
5)アダムズ/室内交響曲(1992)
6)(アンコール)アダムズ/室内交響曲(1992)〜終結部
●演奏
板倉康明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-2,4-6
舘野泉(ピアノ*2,3)
Review by 管理人hs  

板倉康明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。前回のリープライヒさん指揮の定期公演も大胆な内容でしたが,今回の定期公演は,さらにその上を行くような演奏会でした。リープライヒさんの時は,現代的であっても,どこかヨーロッパ音楽的な匂いはあったのですが,シェーンベルクから始まったこの日のプログラムは,一般的なクラシック音楽からは,かなり離れた曲が中心でした。

今回のプログラムは,吉松隆さんの「ケフェウス・ノート」を除くと,弦楽器の編成が非常に小さく,ホルンなどの一部の楽器を除くとほとんど各パート1名といった感じの独特の編成の曲ばかりでした。そういう意味では,「もっとカンタービレ:OEK室内楽シリーズ」に近い内容でしたが,たまにはこういう「室内楽に近いオーケストラ」という試みも面白いと思いました。

演奏された曲の中では,舘野泉さんが独奏者として登場した吉松隆の左手のための協奏曲「ケフェウス・ノート」がいちばん楽しめました。吉松サウンドといっても良い,詩的で静かで透明感のある雰囲気で始まった後,途中で,山下洋輔さんも顔負けの肘を使った奏法が出てきたり,全く退屈する暇のない作品でした。

吉松さん自身,「現代音楽撲滅運動」といったことををしきりに言ってこられたのと関係があるのか,OEKが吉松さんの作品を本格的に取り上げたのは今回が初めてのような気がします。吉松さんの作品には,出世作といっても良い「朱鷺によせる哀歌」という名曲があります。石川県では,いしかわ動物園でトキを飼育していますので,今,OEKが演奏するのにふさわしい曲だと思います。そのうちに,OEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーにどうかな,と密かに期待しています(ちなみに,井上道義さん指揮による「朱鷺によせる哀歌」のCDもありますね。「ショスタコーヴィチ好き」というつながりもありそう?)。

この曲は,心地よく透明感のある静かな弦楽合奏の上に,ピアノがポロリポロリと演奏するという感じで始まった後,悠揚迫らざる雰囲気で大きく盛り上がっていきます。この辺りには,吉松さんが好きなシベリウスの音楽に通じる気分があると思いました。2管編成の曲なので(ホルンを2本追加する必要はありますが),OEKのサイズでも十分対応できる作品ということで,石川県立音楽堂のコンサートホールでゆったりと聞くにはぴったりの作品でした(まだ,CD化されていないようなので,石川県立音楽堂でレコーディングするという可能性はない?舘野さんもOEKもavexからCDを出しているので「あり」かもしれません。)。

舘野さんは,「左手だけで演奏するピアニスト」ということで,この作品を重要なレパートリーとして何回も演奏されています。舘野さんのピアノには,メッセージをトツトツと物語るような”静かな雄弁さ”があります。シンプルだけれども一音一音に魂が込められているようでした。

中間部になると,曲想が変わり,癒しの気分だけではなく,芯の強さや熱さも感じさせてくれました。舘野さんは,65歳を超えた頃に脳溢血により右半身付随になった後,その後リハビリによって「左手のピアニスト」として復活されました。この部分では,左手で超高音を演奏したり,肘打ちで激しい音を出したり,体を張って(?)のパフォーマンスが続きました。この演奏を聞いて,「私も頑張らないと...」と力が沸いてきた人も多かったのではないかと思います(私もそうです)。それでいて,舘野さんは,演奏が終わった後は,何事もなかったかのように穏やかな優しい表情をされていました。それももまた舘野さんの人柄なのだと思います。

舘野さんが「左手のピアニスト」になったことで,この曲をはじめとして,数多くの「左手のための作品」が作られました。恐らく,これらの作品の中から,後世の「左手のピアニスト」が繰り返し演奏する曲が出てくることでしょう。今回の舘野さんの演奏を聞きながら,「自分らしい生き方とは何だろうか?」といったことを考えてしまいました。

アンコールでは,吉松隆編曲によるカッチーニのアヴェ・マリアが演奏されました。休憩時間中,「どこかで聞いたことがあるけど,思い出せない曲やねぇ」といった会話をしている人の声が耳に入ったのですが,確かにそういう作品です。数あるアヴェ・マリアの中でも近年特に人気の高まっている曲で(カウンター・テノールのスラヴァが歌って有名になった曲です),切々と秘められた熱い情感が伝わってくるような演奏でした。

この吉松さん以外のプログラムでは,指揮の板倉さんの「選曲の妙」がフルに発揮されていました。

演奏会の最初に演奏されたシェーンベルクの室内交響曲第1番は,調性はあるのですが,「なくなる寸前」という感じで,かなり歯ごたえがありました。楽器編成は上述のとおり,各楽器,ほぼ1名でした。弦楽器は5人だけで,管楽器の方は木管楽器を中心にかなり多彩な楽器を使っていましたので,木管アンサンブルに弦楽器が少し加わったような,独特のサウンドを作っていました。リヒャルト・シュトラウスの初期の作品に管楽アンサンブルのための曲がいくつかありますが,その辺とも通じる気分を感じました。

ただし,曲全体としては,各楽器が各楽器がソリスティックに主張しあい,明確な線と線が複雑に絡み合うような感じでしたので,最初の方などは,聞けば聞くほど頭の中が混乱してしまう,といった印象を持ちました。調性や様式感はあるけれども,せわしなくて聞きにくいなぁ―そういう感じの作品でした。楽器の中では,時々,信号音のように格好良く入ってくるホルンの音が印象的でした。響き自体は面白かったので,各楽器の演奏するモチーフを覚えると,もっと面白く聞ける作品かもしれないと思いました。

この日は,プレトークで池辺晋一郎さんがこの曲について熱心に語っていたようなので(残念ながらほとんど聞けませんでした),それを聞いてから聞けば良かったかなと少々後悔しました。演奏後,楽器のセッティングのための時間を利用して,指揮の板倉さんが,この曲について「ロマン派音楽の最後の作品」「主和音で解決する作品」「ドビュッシーの「牧神の午後」と同じ調性で書かれている」とか面白そうな話をされていたのですが,今回のようなトンガッタ選曲の場合,こういった話は演奏前に聞けた方が良かったですね。

後半最初に演奏された,M.リンドベルイのジュビリーズも同系統の作品でした。こちらの方は,アンサンブル・アンテルコンタンポランから委嘱された曲で,ピエール・ブーレーズの75歳の誕生日を記念して書かれた作品とのことです。

OEKのメンバーは指揮者の板倉さん同様,上下とも黒の衣装(「いかにも現代音楽」という出で立ち)に変わり,ステージは「もっとカンタービレ」風になりました。単一楽章の曲かと思っていたのですが,6つぐらいの曲が集まった曲でした。楽器編成はシェーンベルクと通じるような各楽器1人という編成で,鋭く尖った響きがしていました。20名程度の編成にも関わらず,とてもよく音が出ており,さすがOEKと思いました。

途中,金管楽器がファンファーレのようなフレーズを演奏する部分があったり,どこかシベリウス風味を感じさせるようなところがあるな,と思って聞いていたのですが(作曲者のリンドベルイはフィンランド出身という先入観があったからかもしれません。ちなみにトロンボーン奏者のクリスチャン・リンドベルイとは別人です),演奏後の板倉さんの話によると,「この曲は,吉松さんの曲と同じ属9の和音(?)を使っているので通じる部分があるので選曲した」とのことでした。その他,木管楽器が速い動きの名人芸を見せたり,パーカッションが多彩な表情を見せる曲があったり,意外に面白く聞くことができました。

演奏会最後に演奏された,アダムズの室内交響曲は,そのタイトルどおり,シェーンベルクの曲を意識しているのですが(シェーンベルクの曲を引用しているとのことでしたが,流石にそこまで聞きとることはできませんでした),それほど堅苦しい感じはなく,ドラムスがリズムを刻み,シンセサイザーが所々で加わるなど,不思議なノリの良さとサウンドを持った作品でした。

終楽章でのコンサートマスターの松井さんによる激しいカデンツァ風の演奏をはじめとして,各楽器の見せ場も沢山ありました。ドラムスを担当していた渡邉さんは,特に活躍が目立っていました。最初は,単純にリズムを刻んでいたのが,段々と複雑なリズムになり,楽器が加わり...と,ドラムに注目するだけでも楽しむことができました。リズム・パターンが繰り返されるうちに,少しずつ変わっていく「ミニマルミュージック」は,個人的には好きなのですが,演奏者にとっては,相当大変なことでしょう。演奏後は,皆さんお疲れ様でした,という感じだったと思います。

第2楽章は静かな楽章で,トロンボーンのソロが入ったり,シンセサイザーがオルガンの音を思わせる音を入れたり,独特の陶酔的な気分を作っていました。両端楽章が急速だったで,そのコントラストも楽しむことができました。アンコールでは,この室内交響曲の最後の方がもう一度演奏されましたが,「格好良いけれども,ちょっと変?」といった感じの印象的な作品でした。

というようなわけで,今回の定期公演は,新しいもの好きのOEKにとっても珍しいぐらいの大胆な選曲の公演でした。それでもお客さんがとてもよく入っていました。「スターライト席」「お試し会員」「舘野さんの人気」の相乗効果だと思いますが,こういう新しいプログラムを自然に受け入れて,楽しもうとするお客さんが増えつつあるのはとても良いことだと思います。聞いているうちに「普通のクラシック音楽」が懐かしくなったりしましたが(これは,6月10日のダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ金沢公演に期待),いろいろな刺激を得るためにも,時にはこういう定期公演も良いかなと思いました。(2011/06/11)

関連写真集


入口の看板。となりにはダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラの公演の看板も出ていました。


アンコールの掲示



この日もサイン会が行われました。


ピアノの時いとは違い,右手で書かれた舘野さんのサイン。実に味があります。


指揮者の板倉さんのサインです。