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ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ金沢公演
2011年6月10日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
ブラームス/交響曲第4番ホ短調op.98
ブラームス/交響曲第1番ハ短調op.68
(アンコール)ブラームス/交響曲第2番ニ長調op.73〜第3楽章
●演奏
ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ
Review by 管理人hs  

週末金曜日の夜。石川県立音楽堂コンサートホールで,ブラームスの交響曲2曲を聞いてきました。演奏は,ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)です。このコンビは,金沢公演の後,大阪でブラームスの交響曲全集を演奏するので,この日は,その半分が演奏されたことになります。演奏されたのは,特に人気の高い4番と1番の組み合わせ,しかもチケット代もリーズナブルということで,会場はほぼ満席でした。

最初に4番が演奏されました.。全く力んだところのない演奏で,オーケストラのくっきりとした音の美しさが自然に伝わってくるような演奏でした。楽器の配置は,コントラバスが下手側に来る古典的な対向配置でしたが,弦楽器の奏法はノン・ヴィブラートではなく,オーソドックスなスタイルで演奏されていました。「チェンバー・オーケストラ」という割には,意外に人数が多く,弦楽器の編成は,12−10−8−6−5ぐらいでした。

それでも,曲全体の雰囲気は大変すっきりとしていました。センチメンタルに響くこともあるこの楽章ですが,甘さを排して,ストレートに音の美しさを感じさせてくれるような演奏になっていました。往年の巨匠によるブラームスと比較すると,やや軽めかな,という印象はありましたが,私自身,重過ぎる演奏が好みではないので(どうも,耳がOEKの演奏に最適化されつつあります),ぴったりでした。

MCOのサウンドには,演奏の精度の高さを感じさせる透明感と音の深みとが共存しており,物足りなさは感じませんでした。テンポ設定も堂々としたものでした。第1楽章冒頭から,比較的遅めのテンポを取っていましたが,要所要所でのキレ味の良いリズムや木管楽器を中心としたクッキリとした音色が特徴で,全体として爽快な後味が残りました。特に木管楽器の鮮やかな響きが印象的でした。

各楽章とも,後半のヤマ場になると,大きくうねるように盛り上がるのですが,もったいぶったようなタメを作りません。大きな動作でストレートにスパっと音を切るのが若々しく,ハーディングらしさを感じさせてくれました。

第2楽章も穏やかに始まりましたが,甘くなることはなく,クリアに演奏を聞かせてくれました。途中,チェロの合奏で出てくる熱いメロディも,強さを感じさせてくれました。第3楽章は,堂々としたテンポで演奏されましたが,停滞するようなタメがないので,とてもキレ味の良い爽快感がありました。

第4楽章は,特に面白い演奏だったと思います。まず楽章の最初に木管楽器で呈示される主題の惚れ惚れとするような鮮やかさと押し出しの強さに感激しました。変奏が進むにつれて,次々と音色が変わるのですが,その鮮やかさも印象的でした。非常に力のあるフルートのソロをはじめ,各部分がしっかりと演奏されていたので,大変聞きごたえがありました。各変奏をじーっと聞いているうちに,どこか20世紀の音楽を聞いているような気分になりました(これは,公演の2日前に聞いたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演のプログラムの影響かもしれません)。ブラームスの音楽の持つ現代性を浮き彫りにしていたような気がしました。曲の最後の部分では,テンポを上げ,熱く盛り上げていましたが,それでも常に曲全体を俯瞰しているような冷静さが感じられました。大変スケールの大きな演奏になっていたと思いました。

演奏会の後半は,第1番が演奏されました。作曲順だと,1番,4番の順ですが,やはり1番は最終楽章が盛り上がりますので,この順番の方が自然ですね。この曲でも,曲全体を見通したようなメリハリがはっきりしており,各楽章ごとに大きなクライマックスを切れ味良く築いていました。ブラームスに命がけで立ち向かうといった壮絶さがなく,音楽する喜びが伝わってくるのがこのコンビの良さだと思います。

第1楽章序奏のティンパニの連打が続く部分は,深刻な雰囲気はなく,どちらかと言うと柔らかさを感じさせてくれました。自然体の演奏だったと思います。この曲でも木管楽器の鮮やかさは素晴らしく,音全体に暖かみを加えていました。主部では,大変流れの良い音楽を聞かせてくれた後,楽章の最後の方で大きく盛り上げていました。ハーディングさんとMCOは,楽譜にある音を鮮やかに再現しているのですが,それが恣意的ではなく,自然な音楽の流れになっているのが素晴らしいと思いました。

第2楽章は,緩い雰囲気で始まり,オーボエのソロをはじめとして,オーケストラの自発性にゆだねているような伸びやかさを感じました。楽章最後のコンサートマスターによるソロの部分は,全く危なげがなく,凛とした音で締めてくれました。第3楽章は第4楽章への序奏という感じで,速目のテンポで,すっきりと演奏していました。ここでもクラリネットをはじめとした木管楽器の音が冴えており,前へ進もうとする推進力のある演奏を聞かせてくれました。

その後,第4楽章が,ほとんどインターバルなしで始まりました。序奏部は精妙に演奏されていましたが,神経質な感じはなく,「早く先聞きたい」と思わせるような期待感を持たせてくれました。有名なアルペンホルンの部分は,堂々と格好良く演奏されていました。続くフルートの演奏は,第4番の時同様,主役が登場して来たような立派さがありました。まとまりのよいトロンボーンのコラールの部分に続いて,「第9」に似た主題が弦楽器に出てきますが,この部分は大変軽やかで,楚々とした雰囲気がありました。厚く陶酔的に演奏されるのも好きなのですが,ハーディングさんとMCOの演奏はセンスの良さを感じさせてくれました。その後の部分は,各パートが次々と花が開くように伸び伸びと演奏しており,気持ち良く聞くことができました。この主部はもう1回繰り返されるますが,2回目になると,今度はもっと濃い表情を聞かせてくれ,次第に音楽が大きく立ちあがってくるようでした。

コーダでは,テンポを上げ,キレの良い音がサクサクと続く,躍動感溢れる音楽になっていました。このまま一気に走るのかな,と思ったのですが,いちばん最後の音は,長ーく伸ばした後,スッと音が減退していくような感じで締めていました。金聖響指揮OEKのブラームス第1番もこういう終わり方をしていたのですが,力で威圧するようなところのない美しいエンディングでした。終わった後,一瞬間が飽き,残響が聞こえるぐらいでした。とても新鮮な終わり方でした。

熱心な拍手に応え,アンコールでは,交響曲第2番の第3楽章が演奏されました。この曲では,吉井瑞穂さんの美しいオーボエ・ソロが素晴らしく,ソリストのように活躍していました。ハーディングさんはほとんど手を動かさず,上半身を揺らすだけで指揮をしていましたが,MCOとの関係の良さを見せてくれるようなアンコールでした。

終演後,サイン会も行われ,長蛇の列が出来ていました。実は,この日は休憩時間が25分もあり,その間,ハーディングさんが,ロビーに出てきて,自ら募金のお願いをしていました(ゴールドリボン基金という小児がんの子供を支援する団体の募金でした)。今回は,ステージ上だけではなく,休憩時間と終演後にも,すぐ間近でハーディングさんに接することができたことになります。ハーディングさんは,募金してもらうたびに,深々と頭を下げたり,気軽に握手したりしていましたが,その気さくさにも好感を持ちました。

ハーディングさんは,2012年7月のOEKの定期公演に登場することになっています。きっと,OEKファンだけではなく,OEKメンバーも,その虜にしてくれるのではないかと思います(会場では,OEKのメンバーの姿も大勢見かけました。)。1年後が今から楽しみです。

PS.公演のプログラムに,「豆知識Q&A:マーラー・チェンバー・オーケストラとは?」という記事がありました。これがなかなか楽しめました。その中に「チェンバー・オーケストラという名前を持っていますが,大編成の曲も演奏するのですね?」という質問がありました。回答は,「「チェンバー」というのは,編成以上に演奏姿勢の問題」「マーラーやブラームスを演奏する時も,室内楽を演奏するような精密な音づくりを目指す」とのことでした。これは,OEKの演奏姿勢にも通じると思いました(そう考えると,OEKもマーラーもあり?)。

もう一つ面白かったのが,「MCOは,どこが本拠地ですか?」という質問です。「MCOはツアー型オーケストラ」「聴衆のいる所が,私たちのホームグラウンドです」との回答でした。これを読んで,従来のオーケストラがデスクトップ・パソコンだとすれば,MCOはどこでも持ち歩けるけれども高性能なノートPCのようなものかな,と類推を働かせてしまいました。ノートPCがあればどこでも仕事が出来てしまう「ノマド・ワーキング」という働き方が注目されている現在,MCOは,そういう意味でも最先端なのかな,と思ったりしました。

今回の来日公演では,兵庫県芸術文化センター管弦楽団とMCOとの合同公演も行われ,佐渡裕さん指揮でマーラーの交響曲第3番が演奏されるようです。そのうち,OEKとの合同公演も夢ではない,と思いました。自由なスタイルによる高性能オーケストラということで,今後も目の離すことのできないオーケストラであることは間違いないでしょう。(2011/06/10)

関連写真集

入口の看板


こちらはポスター


今回の日本ツァーのパンフレット。有料販売しても良いような感じのものでしたが,無料配布でした。


来年のOEK定期聞公演にハーディングさんが登場することを知らせる案内。手書きだとインパクトがあります。


休憩時間中。募金箱を持つハーディングさん(の後ろ姿)

サイン会では,1999年録音のベートーヴェンの序曲集の解説書にサインを頂きました。オーケストラはMCOではありません。