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オーケストラ・アンサンブル金沢第305回定期公演ファンタジー・シリーズ
2011年7月14日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(抜粋)

(配役)
ドン・ジョヴァンニ:岩瀬昌弘(バリトン)
ドンナ・アンナ:尾崎比佐子(ソプラノ)
ドン・オッターヴィオ:小林峻(テノール)
ドンナ・エルヴィーラ:川中恵子(ソプラノ)
レポレロ:藤川晃史(バス)
騎士長及びマゼット:楠木稔(バス)
ツェルリーナ:田邉織恵(ソプラノ)
小間使い:後藤瀬里奈

●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),ナビゲーター:笑福亭松喬,演出・脚本・構成:響敏也
Review by 管理人hs  

7月から8月にかけて,世界的にオーケストラ業界は”シーズン・オフ”ということで,元々,どのオーケストラも,定期公演を行うことは少ないのですが,今年の オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の場合,海外公演を控えていることもあり,金沢で行われる7月の定期公演は,このファンタジー公演1回となっています。

今回は,「ぺらぺらオペラ笑劇場」の第2弾として,落語家の笑福亭松喬さん,大阪音楽大学オペラ研究室の皆さんとのコラボレーションで,モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のハイライトが演奏されました。指揮は金聖響さん,演出・脚本・構成は,プログラム解説でもお馴染みの響敏也さんでした。

「ぺらぺらオペラ笑劇場」というのは,落語とオペラを合体させて,一般的に敷居が高いと思われているオペラを気楽に楽しんでもらおうという,演奏会形式による上演です。歌手の皆さんはオペラの衣装を着て,ステージ奥で簡単な小道具を使って演技をしていましたが,もっぱら上方のベテラン落語家の笑福亭松喬さんの語りによって,イマジネーションを膨らませながら(=経費節約),気軽に楽しくオペラを鑑賞するというスタイルです。

まず(これはこの「ぺらぺらオペラ笑劇場」の特徴の一つなのですが),序曲ではなく,松喬さんの出囃子で始まりました。金聖響さんが入ってきたので,「ドン・ジョヴァンニ」の最初の劇的な和音が「ジャーン」と鳴り渡るのかと思ったら,松喬さんの出囃子が粋に始まりました。ミスマッチかと思いきや,とてもしっくり決まっていました。

松喬さんが指揮者の隣の見台に着席し,ナレーションが始まりました。上方落語の場合,見台と呼ばれる台を落語家の前に置くのが普通なので(これはお隣の邦楽ホールから借用してきたものだと思います),ちょうど良い,譜面台代わりになっていました。

前回は,プログラム前半でオペラ史全般の流れを概観していたのですが,今回は2回目ということで,2幕からなる「ドン・ジョヴァンニ」全体を前半と後半に分けて,しっかり取り上げてくれました。ハイライトとはいえ,各幕切れのアンサンブルをはじめ,聞きどころをしっかり聞かせてくれましたので,聞きごたえも十分でした。

さて,今度こそ本物の序曲です。金聖響さんの指揮はいつもどおり,古楽奏法を意識したもので(楽器の配置も,いつもどおりコントラバスが下手側に来る,古典的な対向配置でした。ティンパニもバロックティンパニを使っていました。),ドラマティックでありながら,軽快で,透明感のある音楽を聞かせてくれました。最初はそれほど感じなかったのですが,中間部分は,ものすごく速いテンポで演奏していました。ドン・ジョヴァンニと言うと,個人的には「重厚!」という印象を持ってしまうのですが,青春ドラマが始まるのではないか,と思わせるような序曲になっていました。

そのまま第1幕の最初の部分に入り,ドン・ジョヴァンニが騎士長を殺害してしまう場になります。今回のキャストは,大阪音楽大学オペラ研究室を卒業・修了された方と現役の大学院生の合計7名でした。「ドン・ジョヴァンニ」に出てくる男性の主要登場人物は,ドン・ジョヴァンニ,レポレロ,騎士長,マゼットと低音域ばかりなのですが,今回の場合,やはり若い方中心ということで,かなり小粒で軽量級に感じました。レポレロやマゼットなどは,あまり立派すぎてもよくないのですが,もう少し,濃い味わいが欲しい部分もありました。

また,最初の部分のアンサンブルでは,金聖響さんのテンポに歌手が乗り切れていない感じもありました。この辺は段々と調整されてきましたので,オペラ全体としては,金聖響さんのペースによる,大変軽やかなドン・ジョヴァンニになっていたと思います。

さて,その後の展開は,ナビゲーション役の松喬さんの独擅場という感じでした。レチタチーヴォやセリフが全部カットされている代わりに,松喬さんが人情味たっぷりの関西弁で,状況を説明していました。これが大傑作でした。ステージ奥では,歌手の皆さんが演技をしていますので,イタリア映画に「なんでやねん」と関西弁の吹き替えを入れているような,夫婦漫才とか世話物歌舞伎を思わせるような,何とも言えない面白みがありました。松喬さんのナレーションには,妙に艶っぽく感じさせてくれる部分があり,次第に「浪速恋しぐれ」的な情緒と本来の「ドン・ジョヴァンニ」の世界とが渾然一体となってくるような快感がありました。

ドン・ジョヴァンニが「殿さん」になっていたり,マゼットを「しばいたり」「どついたり」,カタログが「愛人名簿」になっていたり,字幕でも笑わせてくれました。響敏也さんによる,関西のエスプリ(?)満載の脚本は最高でした。

その他,最初の場ですぐに殺害され,床に倒れたままになっている騎士長が[邪魔」になるので,起き上って退場したり,指揮台横の「めくり」を黒子がめくるだけで,場面が「夜」から「朝」に変わったり(この時,同時にオルガンステージ上でも黒子が「月」を裏返して「太陽」にしていました),随所に「ぺらぺら」風の演出が盛り込まれていました。この少々安っぽいけれども合理的な進行も関西風だと思います。個人的には大好きです。

第1幕では,ドン・ジョヴァンニとツェルリーナによる「お手をどうぞ」の部分が,印象的でした。ドン・ジョヴァンニ役の岩瀬さんは,まだ大学院生ということで,現代の大阪に住んでいても違和感のないスマートさがありました。ツェルリーナは,軽い声のソプラノが歌う役柄ですが,田邉さんの声はとてもしっかり,良く通っており,「しっかりもの」という印象を与えてくれました。

女性歌手では,ドンナ・エルヴィーラの川中さんの声がしっかりとまとまっており,「まともな女性」というキャラクターを感じさせてくれました。ドンナ・アンナの尾崎さんの方は,貫禄は感じたのですが,若いドン・ジョヴァンニに比べると,ちょっとバランスが悪く感じました。

第1幕の最後の部分では,動作を一旦止め(リモコンで「ピッ」),各人物名をおさらいしていました。こういう点も含め,「これ以上,分かりやすくできない?」というぐらい分かりやすさにこだわった上演になっていました。その後,第1幕切れのアンサンブルをしっかり聞かせて前半は終わりました。

第2幕最初は,アイネ・クライネ・ナハト・ムジークの第2楽章の優雅な音楽に乗せて,マイムで状況を説明する場で始まりました。第2幕の方も基本的に同じパターンなので,やや単調さは感じましたが,第1幕同様にテキパキと進んだので,だれるところはありませんでした。

後半では,マンドリンの伴奏の上で歌う,ドン・ジョヴァンニの「セレナード」や,前半やや影が薄かった,唯一の男声高音のドン・オッターヴィオのアリアなどが聞きものでした。オッタービオ役の小林さんは,強いキャラクターは感じさせてくれませんでしたが(もともとそういう役柄?),とても若々しい声で,純粋さを感じさせてくれました。

全曲のクライマックスとなるドン・ジョヴァンニの「地獄落ち」の部分ですが,松喬さんが語っていたとおり,騎士長の石像が,かなり珍妙なもので(遠くから見ていたので,詳細は分からなかったのですが,何か台車の上に乗って,黒子が前後に動かしていました。騎士長役の人は顔だけ上の方から出している感じ),シリアスな音楽とはややミスマッチな部分はありました。序曲冒頭の和音が再度ここで出てくるのですが,私の頭の中には,なぜか「ジャーン」と書かれたマンガの吹き出しが浮かんできてしまい,苦笑してしましました。ただし,石像が動くというのは,リアリティを追求しにくい,マンガ的な部分でもあるので,「ぺらぺら」オペラならではのちょっと安っぽい像というのも「あり」だと思いました。

その分,最後の大団円の部分は,聞きごたえがあり,どこか爽快でした。ドン・ジョヴァンニ以外の登場人物が,彼のことを懐かしむような暖かみを感じました。最後の最後で,ドン・ジョヴァンニが現代風の衣装を着て再登場し,スマートフォンを持って,ステージを横切って行ったのですが(カーテンコールの時にこの”オチ”の説明をしていましたが,これは”無くもがな”という感じ),この作品を,重苦しい悲劇としてではなく,ドン・ジョヴァンニ的な生き方はいつの時代にも不滅です(困ったものだけれども,それが人間),といった風に好意的に解釈していたのかな,と感じました。

というわけで,今回もまた,しっかりとオペラを楽しむことができました。あくまでも「落語版ドン・ジョヴァンニ」(しかも,ハイライト)ではあったのですが,オリジナルにはない面白さや完成度の高さがありましたので,OEKの名物の公演の一つとして極めていって欲しいと思ったりしました。今回の演奏は,ストーリーが大変分かりやすく要約されていながら,丁度良い具合に見ごたえもあり,これ以上ない「ドン・ジョヴァンニ」入門になっていました。是非,ぺらぺらオペラの第3弾に期待したいと思います。

PS. OEKは,これまでモーツァルトのオペラについては,「フィガロの結婚」「魔笛」「コジ・ファン・トゥッテ」を上演してきました。今回の「落語版ドン・ジョヴァンニ」で,取りあえずモーツァルトの主要オペラについては完結ということになります。次の段階として,もう少しマニアックなオペラに挑戦していって欲しい気もします。それとやはり,普通の「ドン・ジョヴァンニ」も見てみたいと思います。(2011/07/15)

関連写真集

l公演の立看板


音楽堂内には「ふれあい伝統芸能ランド」のノボリが沢山出ていました。


公演後は,大サイン大会になりました。まず,聖響さんと松喬さんのサイン


左上から響敏也さん,岩瀬さん,尾崎さん,小林さん,川中さん,藤川さんのサイン


楠木さん,田邉さん,後藤さんのサイン