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オーケストラ・アンサンブル金沢第310回定期公演ファンタジー・シリーズ
2011年9月3日(土)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シュトラウス,J.II/喜歌劇「こうもり」序曲
2)モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」〜愛しい人の愛のそよ風は
3)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョバンニ」〜何というふしだらな〜あの人でなしは私を欺き
4)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」〜間奏曲第3番
5)ニコライ/歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」〜さあ早くここに,才気,陽気な移り気
6)ベートーヴェン/「レオノーレ」序曲 第3番
7)モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
8)シュトラウス,J.II/喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」〜来たれ!ゴンドラ
9)レハール/喜歌劇「メリーウィドウ」〜ヴィリアの歌
10)シュトラウス,J.II/皇帝円舞曲
11)ジーツィンスキー/ウィーン,我が夢の街
12)ロンビ/シャンパン・ギャロップ
13)レハール/喜歌劇「ロシアの皇太子」〜きっと来る人
14)シュトラウス,J.II/ポルカ「雷鳴と稲妻」
15)(アンコール)スッペ(小林愛雄訳詞)/喜歌劇「ボッカチオ」〜恋はやさし野辺の花よ(日本語による歌唱)
16)(アンコール)カールマン/喜歌劇「チャールダッシュの女王」〜踊りたい
●演奏
ニルス・ムース指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),中嶋彰子(ソプラノ*3,5,9,11,13,15-16),マティアス・フレイ(テノール*2,8,11,16)

Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2011-2012シーズンの最初の定期公演を聞いてきました。当初,台風が四国地方を直撃している中,出かけようかどうしようか迷っていたのですが,非常に台風のスピードが遅く,当面,北陸地方への影響はほとんどなさそうだったので,自転車で出かけてきました。

例年は,「岩城宏之メモリアルコンサート」で新シーズンが始まるのですが,東日本大震災による公演のキャンセルの影響もあり,今年はファンタジー公演での開幕となりました(そのため,定期公演の回数も「310回」と飛んでいます。)。交響曲の入る定期公演で始まる方が落ち着くのは確かですが,ファンタジー公演ならではのリラックスした公演で始まるのも悪くはありません。シーズン開幕前夜祭という感じの演奏会でした。何よりも,今回の主役,ソプラノの中嶋彰子さんの歌が素晴らしいものでした。オペレッタの中のアリアを中心に,どれもこれも品が良く,大人の女性の魅力に溢れた歌を聞かせてくれました。

演奏会の選曲・構成は,指揮のニルス・ムースさんによるものでした。ウィーンに縁のある作曲家の作品を並べていましたので,ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを思わせる雰囲気もありました。予想よりも(公演チラシを見ると中嶋さんのリサイタルのような印象),声楽の入らない曲が多く,むしろオーケストラ演奏の間に,声楽曲が入るという感じでした。中嶋さんの歌を目当てに来られた人には,ちょっと物足りなかったかもしれませんが,オーケストラの定期公演としては,この形の方が落ち着くと思いました。

最初に,お馴染みの「こうもり」序曲で始まりました。演奏会の最後が「雷鳴と電光」でしたので,この2曲を得意としていたカルロス・クライバーを意識していたのかもしれません(拍手が終わらないのに,指揮を始めるシーンが何回かありましたが,これもクライバー的?)。ムースさんの指揮ぶりは,かなり動作が大きく,出てくる音楽も揺れが大きかったのですが,全体的に表情付けはやや作為的な気がしました。というわけで,ムースさんには申し訳ないのですが...逆に,ちょっと冷めて聞いてしまいました。

実は今回,当日にチケットを買ったこともあり,念願の(?)スターライト席(500円)で聞いてきました。今回は,3階バルコニー席のかなり前の方ということで,オーケストラを上から見下ろす形になりました。ステージの半分近くは死角になり(私の席からは第1ヴァイオリンはほとんど見えませんでした),音についても「下の方で鳴っているな」という感じなのですが,かなり変わった角度からオーケストラを楽しむことができるのが面白いところです。ステージに近いせいか,管楽器など誰が演奏しているのか個別に区別が付きそうなぐらいでした。音については,段々と慣れてきたのですが,ちょっと違和感を感じたのは,いつもとは全然違う座席で聞いたせいもあったからかもしれません。

中嶋さんとムースさんによって,今回の公演のプログラムについての説明のトークが入った後,もう一人の歌手のテノールのマティアス・フレイさんによって,モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」のアリアが歌われました。フレイさんは大変若く,大変軽い声質の方でした。「若々しい」というよりは「青い」という感じのところはありましたが,その純真さのある声は,フェルランドのアリアのイメージにはよく合っていました。

続いて中嶋さんが登場し,「ドン=ジョヴァンニ」の中のドンナ・エルヴィーラのアリアが歌われました。中嶋さんの声は,フレイさんとは音圧が違いました。くっきりと,キレがあり,リアルさのある歌を聞かせてくれ,「さすが」と思いました。

その後,お馴染みのシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番が演奏されました。OEKは,この曲を何回も演奏していますが,ムースさんのテンポ設定は,非常に遅く,聞いていて停滞感を感じてしまいました。今回は,中嶋さんの歌が主役だと思うので,この曲の演奏については,もう少しサラリと流してもらった方が良いと感じました。途中に出てくる,クラリネットの木藤さんとオーボエの加納さんのソロはいつもながらお見事でした。

「ウィンザーの陽気な女房たち」の中のアリアは,初めて聞く曲でしたが,ロッシーニのアリアを思わせるようなコロラトゥーラ風の部分があったり,楽しめる曲でした。コミカルな気分とシリアスな気分とがうまくブレンドされており,とてもバランスの良い歌だったと思いました。

前半最後は,ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番で締められました。この演奏は,今回,オーケストラ単独で演奏された曲の中ではいちばん楽しめました。今回の公演では,8月末まで石川県立音楽堂でコントラバスの講習会を行っていた文屋充徳さんがエキストラで参加していましたが,まず,そのコントラバスの音に迫力がありました(バルコニー席から真正面の位置にコントラバスがあったからかもしれません)。静かな部分が続く,前半を中心に凄みを感じさせてくれました。

途中,場外からトランペットの信号音が聞こえてくる見せ場がありますが,この日は何と2階席の扉の外から演奏させていました。2回目に信号音を演奏する時は,さらに近づいてきて,客席の中から演奏していたのではないかと思います。通常は舞台袖辺りで演奏することが多いので,とてもドラマティックでした。今回はスターライト席の前方だったのですが,2階席奥にトランペットの藤井さんが入ってくるのが見えました。こういうシーンを見られるのもスターライト席ならではの楽しみです。

その他,スターライト席(の前方)だと,オーケストラの中に入っているような気分になり,ちょっとした音の刻みなども面白く聞ける気がしました。ベートーヴェンの曲には,同じ音型の「繰り返し」やパート間での「受け渡し」が多いので,じっくりと味わってしまいました。

後半は,モーツァルトの歌劇「魔笛」序曲で始まった後,再度,中嶋さんとムースさんのトークが入りました。後半は,同じスターライト席の範囲内で座席を移動し,右サイドのステージから遠い側に座ってみました。これはルール違反なのですが,音の違いを実験してみたくなり,やってしまいました。こちらの方だと,ステージがかなり遠くなり,臨場感は少なくなるのですが,音はバランス良く聞こえます(いつも聞いている場所の雰囲気に近いということですが)。

次の曲では,フライさんがヴェネツィアの船頭の衣装で登場し,シュトラウスの歌劇「ヴェネツィアの一夜」の中のアリアを歌いました。フライさんは途中,一旦退出した後,3階席のバルコニー席の最前列から再登場しました。上の方から朗々と歌われるのを聞くのは,とても気持ち良いのですが,歌う側もさぞかし気持ち良かっただろうな,と思いました。

ちなみにこの曲のアレンジは,コルンゴルトによるものでした。原曲を知らないので何とも言えないのですが,今回のダイナミックな演出にはぴったりでした。先週,コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲を実演で聞いたばかりだったので,不思議な因縁を感じました。

レハールの「メリーウィドウ」の中の「ヴィリアの歌」は,ウィーンのオペレッタの定番中の定番です。中嶋さんの声は,とても上品でしっとりとしたものでした。大変じっくりとしたテンポで歌われましたが,その中に瑞々しさもあり,いつまでも浸っていたいような心地良さがありました。

その後,皇帝円舞曲が演奏されました。最後の部分は,さすがに,「ちょっとタメ過ぎかな...」と思ったのですが,聞いていて幸せだなぁと感じました。シュトラウスのワルツというのは,そういう音楽なんですね。

そして,中嶋さんとフレイさんの2人による二重唱で,この日のハイライトと言っても良い「ウィーン,我が夢の街」が歌われました。途中,二人によるダンスも挟まれ,優雅に聞かせてくれました。

シャンパン・ギャロップの前には,「ふるまい酒」ならぬ「ふるまいシャンパン」のサプライズがありました。フレイさんが袖に戻って,シャンパンの瓶を持ってきた後,「ポン」と栓を抜くと,音楽が始まるという趣向でした(その後,ステージマネージャーさんがモップを持って来て,ステージを掃除するというのもユーモラスでした。)。曲の間,中嶋さんとフレイさんはウェイター&ウェイトレスのように客席の間を回り,会場はとても和やかな雰囲気になりました。

その後のレハールの「ロシアの皇太子」の「きっと来る人」は,中嶋さんの独唱でした。前曲とは対照的にしっとりと聞かせてくれた後,最後は大きく歌い上げて,演奏会のクライマックスを作っていました。

プログラム最後の「雷鳴と電光」は,最初に演奏された「こうもり」序曲に対応するように,颯爽としたテンポで演奏されました。シンバルも炸裂し,華やかに演奏会を締めてくれました。

当然,アンコールが演奏されました。まず,中嶋さんの歌で,かつての浅草オペラ時代に流行した「恋はやさし野辺の花よ」が日本語でが歌われました。一般的にはテノールの田谷力三さんの楽天的な雰囲気の印象がある曲ですが,それとは対照的に,非常にしっとりと歌われ,心に染みました(ただし,調べてみるとオリジナルはソプラノのようですね)。CD録音し,シングルカット(死語?)でもしたら,大ヒットするのではないかと思わせるようなグッと来る歌でした。

アンコールの2曲目は,中嶋さんとフレイさんの二重唱で,カールマンの曲が歌われました。演奏会の中心がオペレッタでしたので,その雰囲気を壊さない良い選曲だったと思いました。

さて,このお二人による公演ですが,定期公演に続いて,その明後日,デュオ・リサイタルが行われます。フレイさんの方は,中嶋さんに比べると流石に貫録に不足する部分はありましたが,シューベルトの「美しき水車屋の娘」の中の数曲を歌うということで,期待したいと思います。声質がぴったりだと思います。今度は邦楽ホールで行われるので,中嶋さんの声の迫力もより強く味わえるのではないかと思います。 (2011/09/04)



スターライト席からの光景
L列前方からの光景。こういう感じで見えます。ただし,かなり前かがみになる必要はあります。 普通の状態だとこんな感じで,左半分はほとんど見えません。 R列の後方だとこういう感じになります。右半分はほとんど見えません。

関連写真集


今回の定期公演単独の立看板はありませんでした。


こちらは公演のポスターです。


終演後にサイン会が行われました。ムースさんと中嶋さんのサインです。中嶋さんに「恋はやさし」のアンコールが良かったと話しかけたところ,「日本のソプラノはこういう曲を歌わないといけない」と非常に熱心に語られていました。この曲を収録した中嶋さんのCDを是非買わないといけないかなと思っているところです。


マティアス・フレイさんのサインです。


アルド・チッコリーニさんとOEKによる金沢共演のポスターが掲示されていました。


アンコール曲の掲示


8月末に音楽堂で行われた井上道義さんによる指揮講習会の写真が掲示されていました。


同じく8月末に音楽堂で行われた文屋充徳さんによるコントラバス講習会の写真も掲示されていました。


音楽堂の外には9月中旬に行われる「金沢おどり」の雪洞が飾られていました。