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中嶋彰子&マティアス・フレイ デュオ・リサイタル:金沢歌曲の夕べ
2011年9月5日(月)19:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)シューベルト/歌曲集「美しい水車屋の娘」〜「止まれ」「休み」「邪悪な色」「しぼんだ花」,
2)ベートーヴェン/11のバガテル〜アンダンテ変ロ長調op.119-11
3)ベートーヴェン/6つのバガテル〜プレスト ロ短調op.126-4
4)シューベルト/光と愛
5)シューベルト/野ばら
6)シューベルト/楽に寄す
7)シュトラウス,R./万霊節
8)ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜「愛の死」
9)デンツァ/フニクリ・フニクラ
10)デンツァ/舟歌(日本初演)
11)ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」〜私の名前を知りたければ
12)マルティーニ/愛の喜び
13)トスティ/四月
14)フリードマン/ウィーン風舞曲
15)デンツァ/ダンス(日本初演)
16)マイアベーア/アッペンツェーラー地方の牛追い歌
17)スッペ/喜歌劇「ボッカチオ」〜恋はやさし野辺の花よ
18)シュトルツ/プラーターにまた花が咲き
19)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜唇は語らずとも
20)(アンコール)ジーツィンスキー/ウィーン,我が夢の街
●演奏
中嶋彰子(ソプラノ*4-8,10,12-13,15,17,19-20),マティアス・フレイ(テノール*1,4,9-11,15-16,18-20),ニルス・ムース(ピアノ)
Review by 管理人hs  

土曜日に行われた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演ファンタジー・シリーズに登場したばかりのソプラノの中嶋彰子さんとテノールのマティアス・フレイさんですが,今度は石川県立音楽堂邦楽ホールに場所を移し,お二人によるデュオ・リサイタルが行われました。ピアノ伴奏は,定期公演の時には指揮をされていたニルス・ムースさんでした。

演奏会は,中嶋さんとムースさんのトークを交えて行われました。各曲の選曲の狙いなどを楽しく説明されていましたが,今回は,シューベルトの歌曲,後期ロマン派の歌曲,イタリアの歌曲,お得意のウィーンの音楽,そして,何と「トリスタンとイゾルデ」の中の「愛の死」...と大変多彩なプログラムでした。編成的にもテノールとソプラノのデュオによる「日本初演」の作品や,ピアノ独奏曲も入っており,”歌曲のデパート”に入ったような楽しい内容の演奏会となりました。

まず,テノールのフレイさんの独唱で,シューベルトの「美しい水車屋の娘」の中から4曲が歌われました。20曲セットの連作歌曲の中からストーリー展開順に選んだ抜粋ということになります。フレイさんの歌は,まだまだ勉強中という感じで,やや単調でしたが,大変軽い声のドイツの歌手ということで,この歌曲のイメージによく合っていました。

次にピアノのムースさんの独奏でベートーヴェン晩年のピアノ小品2曲が演奏されました。どちらも親しみやすさの中に独特の深さや味を持つ作品です。ただし,2曲目のプレストの方は,ダイナミックで技巧的な作品ですので,ちょっと危なっかしい感じがしないでもありませんでした(この曲については,FMやCDでポリーニとかアシュケナージの演奏で聞いたことがあったので,その鮮やかさが今でも印象に残っています。)。

次のコーナーでは,シューベルトの二重唱曲がお2人によって歌われた後,中嶋さんの独唱でお馴染みの歌曲が2曲歌われました。今回のプログラムでは,随所に珍しい曲を入れていましたが,良いアクセントになっていました。この曲もお2人のハモリが心地よく響いていました。

「野ばら」は,お馴染みの短い民謡風の小品です。中嶋さんの歌からは大きなドラマが伝わってきて,「さすが」と思いました。丁寧な歌いっぷりでしたが,表現は自在で,曲の最後の部分に向けて,大きく盛り上がるようなスケールの大きさを感じました。「楽に寄す(この曲の邦訳は文語体で書いた方が雰囲気が出ますね)」でもメゾ・ソプラノを思わせるような貫録のある歌を聞かせてくれました。

その後,リヒャルト・シュトラウスとワーグナーの曲が続きました。この辺は,ピアノ伴奏によるリサイタルならではの選曲だと思います。どちらも「今が旬」といった感じの,しっとりとした,そして脂がのった,ロマンティックな気分溢れる歌を聞かせてくれました。「トリスタンとイゾルデ」の方は,実際のオペラでは,重い声のソプラノが歌うことになっていますが,中嶋さんの歌も大変熱く,聞きごたえがありました。威圧的になり過ぎず,どこか可憐な雰囲気がある点で,等身大のイゾルデという印象でした。

後半は,フレイさんの「フニクリ,フニクラ」で始まりました。お馴染みのナポリ民謡ですが,ミュンヘン出身ということもあるのか,イタリア語ではなく(イタリア語を話せるわけではないのですが,明らかにパヴァロッティとかが歌っている歌詞とは違っていました),どこか歌いにくそうな感じでした。フレーズの繰り返しの多い曲で,途中,ピアノ伴奏と合わなくなりかける場面がありましたが(恐らく,フレイさんが「うっかり」したのだと思います。),ピアノのムースさんが機転を聞かせて見事なカバーをし,ほとんど問題なく切り抜けていたは「さすが」だと思いました。

二重唱で歌われた「舟歌」は,地味で穏やかな曲でした。今回が日本初演とのことでしたが,こういう静かな曲がひっそりと埋もれていたということに,どこかロマンを感じてしまいました。

「セヴィリアの理髪師」のアルマヴィーヴァ伯爵のアリアは,フレイさんの軽い声質にぴったりでした。途中,舞台袖から中嶋さんの声が一節入ってきましたが,この二人で「セヴィリアの理髪師」を上演するのもありかなと思いました。

マルティーニの「愛の喜び」は,エルヴィス・プレスリーの「愛さずにいられない」の原曲です。ここでは中嶋さんの声の低音の魅力を感じることができました。フランス語が分かるわけではないのですが,その語感に浸っているだけで,「人生はね...」と語りかけてくるような味わい深さを感じ取ることができました。

トスティの「四月」は,タイトルだけは聞いたことはありますが,しっかり聞くのは今回が初めてです。とても親しみやすい曲で,会場が中嶋さんの伸びやかな声にしっかりと満たされました。もう一度,聞いてみたいなぁと思いました。

次にお二人の二重唱が入る予定でしたが,ピアノのムースさんが勘違いをし,フリードマンのウィーン風舞曲がピアノ独奏で演奏されました。これが粋な演奏でした。調べてみると,このフリードマンというのは,ショパンの曲の演奏でも知られたポーランドのピアニスト,イグナツ・フリードマンのことのようです。曲順を間違っても,どこか憎めないところのあるムースさんならではの,リラックスしたワルツでした。

その後,二重唱が2曲続けて歌われました。デンツァのダンスは今回が日本初演とのことでした。ラテン風の情熱を持った,なかなかノリの良い作品でした。次のマイアベーアの作品も日本初演でしたが,「牛追い歌」ということで,ムースさんの説明によると「ヨーデル」のような感じの曲とのことでした。ただし,裏声を使っているわけではなく,牛に向かって繰り返し呼びかけるような,ちょっと野趣のある独特なフレーズが印象的でした。

プログラムの最後は,お得意の,そしてお待ちかねの,ウィーンの歌のコーナーでした。「恋はやさし」は,先日の定期公演同様,日本語の歌詞で歌われました。この中嶋さんの歌は,何度聞いても素晴らしく魅力的です。田谷力三さんのレトロで庶民的なイメージもまた良いのですが,こちらのシリアスなムードの方が「本物」だろうと思いました。

「プラーターにまた花が咲き」は,「プラーター公園は花ざかり」というタイトルで呼ばれることもあります。作曲者のシュトルツは,指揮者としても有名な人ですが,曲の感じとしては,古き良き時代のミュージカルという感じです。フレイさんの声は,その気分にぴったりでした。「マイ・フェアレディ」とか「南太平洋」とかでは,テノールは準主役的なキャラクターですが,その辺のムードがありました。というわけで,フレイさんの歌を聞きながら,こういった古典的なミュージカルを金沢歌劇座でOEKの演奏で上演というのもありかな,と思ったりしました。

プログラムの最後は,「メリーウィドウ・ワルツ」でした。定期公演のアンコールで出てくるかなと思っていたのですが,今日の最後にようやく出てきました。「待ってました」という感じです。フレイさんの初々しさと中嶋さんの成熟した歌は絶妙の取り合わせでした。女性の方にリードされているような感じが最高でした(先ほどから,同じようなことばかり書いていますが...このコンビで「メリー・ウィドウ」の全曲など見てみたいものです。)。

アンコールでは,ウィーンの曲の定番の「ウィーン,我が夢の街」が二重唱で歌われました。

今回の金沢公演では,オーケストラとの共演とリサイタル公演の2種類が行われましたが,特に中嶋さんは,どの曲についても完成度の高い歌唱を聞かせてくれ,素晴らしいと感じました。中嶋さんの声は,高音だけではなく,中低音も大変魅力的で,聞いていて安心感がありました。ピアノのムースさん(実は旦那様のようです)との掛けあいにもユーモアがあり,演奏会全体をアットホームなムードにしていたのも良かったと思います。中嶋さんは,10月のNHK交響楽団の定期公演で,アンドレ・プレヴィンさんと共演し,ドイツ・レクイエムのソロを担当されるようです。是非,将来金沢にも再演して頂き,いろいろな歌を聞かせて欲しいものです。
 (2011/09/08)

関連写真集


.公演のポスター


公演の案内


今回もサイン会が行われました。今回,2回公演を聞いてきたのですが,どちらもいちばん安い席に座ったので,合計2500円でした。ということもあり,中嶋彰子さんの最新の2940円のCDをついつい買ってしまいました。


フレイさんとムースさんのサインです。フレイさんに「また来ました」と言ったところ,「I remember you」などとおっしゃっていました。というわけで,フレイさんには妙に親近感を持ってしまいました。今回が日本デビューということですが,今後の活躍を見守りたいと思います。