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オーケストラ・アンサンブル金沢第306回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
岩城宏之メモリアルコンサート
2011年9月8日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)望月京/三千世界(OEK2011年度委嘱作品・世界初演)
2)ラフマニノフ(イウッツォリーノ編曲)/ヴォカリーズ嬰ハ短調op.34-14
3)プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」〜ある晴れた日に
4)ヴェルディ/歌劇「運命の力」〜神よ,平和を与えたまえ
5)ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 op.95「新世界から」
6)(アンコール)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第4番
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
濱真奈美(ソプラノ*2-4)
Review by 管理人hs  

2011〜2012年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演シリーズの実質的な開幕となる第306回定期公演 岩城宏之メモリアルコンサートを聞いてきました。内容は,まず今年度のコンポーザー・オブ・ザ・イヤー,望月京さんによる新曲を演奏し,次に岩城宏之音楽賞受賞者であるとソプラノの濱真奈美共演し,最後に「新世界」交響曲で締めるという内容で,ほぼ満席の会場は,大変盛り上がりました。

演奏会に先立ち,今年度の岩城宏之音楽賞の表彰式が行われた後,OEKの現コンポーザー・オブ・ザ・イヤー,望月京(みさと)さんの新曲「三千世界」が演奏されました。

OEKは岩城さん時代から,数多くの現代曲を演奏してきましたが,今回の望月さんの作品はその中でも特に斬新な響きを持った作品でした。冒頭部から打楽器の特殊奏法を多様したり,チューブのようなものをブンブン回して風のような音を出したり,弦楽器がゴニョゴニョ,パチパチとノイズを出したり,管楽器がスースー音を出したり,銅鑼に「の」の字(?)を書いて奇妙な音を出したり...「オーケストラからこんな音が出るんだ」という驚きの連続でした。拒否反応を示す人がいても当然という曲でした(実際,私の近くの座席に珍しくブーイングをしている人がいました。)。それでも,私自身,とても面白い曲だと思ってしまいました。

プログラムに書かれた望月さん自身の解説を読みながら考えてみたのですが,「音楽」を「空気の振動」「エネルギーの増減」といった物理学の観点から組み立て直した曲という印象を持ちました。メロディはほとんどなく,楽器製作者からみると想定外の奏法ばかりが出てくる曲ですが,奇妙ではありけれども,いろいろな音がしっかりと組み合わさって,エネルギーが流れているな,と感じました。

途中,少しだけ,「クラシック音楽の断片」のようなものが管楽器などに出てきました。この部分は,暗い宇宙空間の中に,有機的な生物が住んでいる地球のような星が浮遊している,という感じがして,面白いと思いました。

曲の最後の方で,井上道義さんが,突如変な行動を取り始めました。何かをクチャクチャつぶやき始めた後,上手側にゴロンとうつ伏せに這いつくばり,指揮棒を逆さに持って,床を叩き始めました。この部分は意味不明だったのですが,後でアンコールを演奏する時に井上さん自身から解説がありました。

この部分は,「指揮者のためのカデンツァ」だったようです。この部分を利用して(?),本日の演奏会のサブタイトルにもなっている,故岩城宏之さんへのオマージュとするという意図でした。寝ころんで床を叩く動作は,子供の頃病弱だった岩城さんが,寝ころんだまま木琴を演奏していたというエピソードを表現したものでした(1年前に上演された,井上さんによる新作能「大魔神」でも同じエピソードを扱っていました)。この日,岩城宏之音楽賞の表彰式のために,岩城さんの奥さんの木村かをりさんが来賓として来られ,丁度,上手側2階席の最前列でこの演奏をしていたので,その目の前でパフォーマンスをしてやろう,というのが狙いだったのだと思います。

演奏会後のサイン会で,望月京さん自身に,「あんなのになると思っていましたか?」と尋ねてみたところ,「楽譜には細かく書いてあったんですがねぇ...」と苦笑しながら首を振っていました。井上さんの方にも,この曲について「あれには驚きました」と話しかけてみたところ,「お客さんを喜ばせないとね」と語っていました。サイン会を活用した「立体インタビュー(?)」を皆さんも是非やってみてください。

というわけで,作曲者と指揮者のそれぞれの思惑のぶつかり合いがライブの面白さですね。作曲者としては複雑な気分だったと思いますが,今回の演奏は,「三千世界(岩城記念版)」といったところだったと思います。井上さんがトークで語っていましたが,「三千」を「ミチ」と読むと,井上さんの名前の「道」と重なる部分がなります。この辺になると,「池辺さんの世界」という感じですが,「三千」ならぬ「ミチ世界」とした方がぴったりの演奏だったのかもしれません。

次のコーナーでは,金沢市出身のソプラノ,濱真奈美さんが登場しました。3曲歌われましたが,どの曲でも,濱さんの声に備わっているドラマの力が印象的でした。

ラフマニノフのヴォカリーズは,さりげなくサラリと始まりました。最初はウォーミングアップのように,軽く歌っていたのですが,曲が進むにつれて,じわじわと濃厚さを増していくのが快感でした。

続いて,お得意の「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」が歌われました。ここで声の雰囲気がロシアからイタリアに一転したのが鮮やかでした。濱さんは,この役を260回も演じているとのことで,蝶々さんが体に染み込んでいるような生気のある歌を聞かせてくれました。

「運命の力」の中の「神よ平和を与えたまえ」もドラマティックな歌でした。全体としてはちょっと泥臭い感じでしたが,声自体にドラマティックな迫力が内包されており,音楽の流れに沿って,熱さと感動が高まっていくのがライブ的でした。今回は,岩城音楽賞の受賞記念ということで,地元の音楽ファンからの拍手も特に熱く,非常に白熱した歌になっていました。

# 昔から思っているのですが,濱さんのレパートリーとマリア・カラスのレパートリーは重なっている気がします。夜になると石川門付近にはカラスが沢山集まっていますが,濱さんの声を聞きながら「石川のカラスだ」と呼びたくなりました。余談でした。

OEKに対する声援は,石川県立音楽堂での定期公演の時がいちばん大きいと信じているのですが,それと同時に,音楽堂という場が出来たこともあり,この10年間で地元のアーティストに対する愛着や声援も大きくなってきている気がします。世界的に有名なアーティストの演奏を楽しむのも良いことですが,もう少し身近なレベルでアーティストを応援できる環境になりつつあるのが,金沢の良いところだと思います。その基礎を作ったのが岩城宏之さんということで,今回の濱さんの歌は,今回の演奏会の趣旨にぴったりでした。「地元の支援を活力として,世界へ」というのがこの賞の狙いだと思います。今後も濱さんの活躍を見守りたいと思います。

後半はOEKの定期公演で演奏されることが少ない,ドヴォルザークの「新世界から」が演奏されました。この曲を聞くのは,4月に東日本大震災後のチャリティーコンサートで聞いて以来ですが,定期公演となると,かなり以前に,ルドヴィーク・モルローさん指揮で聞いて以来だと思います。

というわけで,OEKにとって「新世界から」は,新鮮な気分で演奏できる名曲です。これはありがたいことだと思います。井上さんも語っていたとおり,「名曲はたまに演奏する方が良い」という面もありますね(私自身も「新世界から」は,なるべく日常的に聞かないようにしている曲です。)。そのことが演奏にも表れており,水谷さんによるイングリッシュホルンをはじめとして,「どこを取っても各パートの見せ場の連続!」という生き生きとした演奏でした。

今回は,いつものレビューとは違い,どの辺を見ながら今回の演奏を楽しんだかについて,チェックポイントを上げながら,解説風に紹介してみたいと思います。

まず,演奏前,メンバーをチェック。コンサートマスターは,サイモン・ブレンディスさん。管楽器の首席奏者などを確認。「オーボエが加納さんなので,イングリッシュホルンは水谷さんだな。フルートは上石さんで,クラリネットは遠藤さん...」という感じ。金管楽器の方は,トロンボーン3人に常連のエキストラの皆さんが入っているのをチェック。チューバは,元NHK交響楽団の多戸さん。「岩城宏之さん絡みの公演にはぴったり」。ティンパニは菅原さんで,その他のパーカッション渡邉さん。下手の方に目をやり,ホルンにコンスタン・ティモキンさんなど2人エキストラが加わっていることを確認。弦楽器は,各パート2名ずつぐらい追加しており,第1ヴァイオリンが10名ぐらいいることを確認。コントラバスの首席奏者は,8月末から石川県立音楽堂に入り浸り(?)の文屋さん。

というわけで,これぐらい奏者の名前が分かると,かなり積極的に親近感を持ちながら聞くことができます。

第1楽章の序奏部では,ゆったりと静かに始まった後,ホルンの音に注目。この部分は指揮者によって結構違いがあります。その後,フルートなどが続き,一瞬間があって,弦楽器がドラマティックに入ってきた後,ティンパニが炸裂...という流れを楽しみます。菅原さんのティンパニはいつものことながら,「仁王立ち」という感じの存在感がありました。この辺は,格好良い部分の連続ですが,今回の井上さんの指揮は,こういう部分で「キラリ」という感じで緊張感を感じさせてくれました。

今回は弦楽器は10型の編成でしたので,通常のフル編成のオーケストラよりは少し小さいと思いますが,迫力に不足する部分はありませんでした。贅肉が少ない分,大げさになり過ぎず,キレの良い音楽を聞かせてくれました。主部に入ると,まずホルンが颯爽と第1主題を演奏します。井上さんならではの流麗な音楽が続いた後,第2主題(ドヴォルザークの場合,メロディが沸き出てくるので,第○主題かよく分からないのですが)でフルートの上石さんが優しいメロディを涼しげに演奏しました。ここもチェックポイントです。この第1主題と第2主題のメリハリを味わうというのが,交響曲を聞く面白さの一つだと思います。

呈示部の終わり近くになると,繰り返すかどうか予想します。「新世界」の場合,滅多に繰り返さないですね。この曲の場合,メロディが覚えやすいので,やはり繰り返すとしつこいのかもしれません。「振り出しに戻る...」という感じになります。というわけで,この日の演奏も繰り返しはしていませんでした。

展開部になると...ここまで書いてきて,少々疲れてきたので,省略しますが,再現部に向けてどんどんエネルギーが溜まっていくような,山あり谷ありといった雰囲気が聞きどころです。最近では(「新世界」には限らないのですが),「いろいろな主題がしつこく繰り返されているなぁ」とか「地道に音を刻んでいるなぁ」とかいうのを聞くのが大好きだったりします。再現部が終わって,終結部になると,トランペットの吹き方に注目しています。相当マニアックなのですが,トランペットの音がクレッシェンドしているか,まっすぐ吹いているかに注目しています。この日のOEKのトランペットのお2人の音はヒロイックにまっすぐ突き抜けて聞こえてきて,大変爽快でした。

第2楽章は,まずテンポに注目しています。「家路」とかキャンプファイヤーの「遠き山に...」のイメージがあり,ほとんど日本の歌のようになっていますので,たっぷりとした演奏を期待したくなるところもありますが,交響曲の第2楽章としては,それほど「情感たっぷり」という演奏は少ない気がします。井上さんのテンポ感も,もたれるような感じではありませんでした。かといって物足りないわけではなく,水谷さんのイングリッシュホルンの,ほのかに哀愁を帯びたまっすぐな音が会場を支配していました。しっかり歌うにしても,あまりベトつかない,というのがやはり交響曲ですね。

このイングリッシュホルンが入ってくる前のトロンボーンとチューバによるハーモニーも聞きどころです。OEKの正式メンバーでない方々ばかりによるアンサンブルなのですが,お馴染みの常連さんということで,とてもバランスの良いハーモニーでした。

第2楽章では,楽章の終盤,「弦楽器の首席奏者とそのお隣さんによる室内楽」みたくなる部分もチェックポイントです。この雰囲気は,OEKの本領発揮という感じでした。ちなみに今回の長身のヴィオラの首席奏者は,見なれない方でしたが,お名前はどこかで見たことがある気がします。

楽章の途中,コントラバスが「ボン,ボン,ボン,ボン...」と演奏する上で,木管楽器がたっぷりと歌う部分あります。この箇所も「新世界だなぁ」という部分ですね。今回は,文屋さんが参加されているということで,特に注目してしまいました。

第3楽章はとても引き締まったスケルツォでした。この楽章では,トライアングルの音に注目しています。今回は,それほど派手に聞こえてこなかったので,特に引き締まって聞こえてきたのかもしれません。

中間部は木管楽器が楽しげに戯れる,スラヴ舞曲のような部分になります。こういった部分で,大きく気分を変えるのは井上さんらしいところです。井上さんの指揮の揺れる動作に合わせて音楽も揺れます。「踊り」のような指揮によって,視覚的にも楽しませてくれるのが,井上さんの指揮の魅力ですね。

楽章の後半では,第1楽章の主題が「不穏な回想シーン」という感じで再現してきます。今回の演奏では,この辺のドラマにとても迫力がありました。第3楽章と第4楽章はアタッカで続くこともあります。今回は緊張感が途切れない程度で間を取っていたと思います。

第4楽章の最初の部分は,ぐいぐい音楽が進んでいく力感が魅力的でした。ただし,井上さんの指揮ぶりは,強引ではなく,あくまでも自然な推進力だったが良いと思いました。ここでもトランペットの爽快さが印象的でした。第4楽章では,しばらくして出てくる,シンバルに注目しています。1回だけ静かに「シャーン」と叩くというのが昔から気になっています。存在感があり過ぎても無さ過ぎてもだめで,しかも一発勝負ということで,神経を使う部分だと思います。渡邉さんの音は理想的な「シャーン」だったと思います。

シンバルの音で場面が転換したように楽章の気分が変わった後,クラリネットのソロが出てきます。今回の遠藤さんのソロは,本当にお見事でした。あたりが静まったところを見計らうように,濃密で情感がこもった歌が沸き出てきました。思わず,ジーッと耳を凝らして聞いてしまいましたが,オーケストラの皆さんも同様だったかもしれません。

その後もこういう感じで,各パートごとの活躍を自分のことのように楽しみながら聞いてしまいました。こういう聞き方をしてしまうのも,「「ファンだから」ということに尽きるのでしょう。それとやはり,「新世界」が名曲だからでしょう。

楽章の最後の部分は,高揚感たっぷりのトランペットの音を核として,大きく盛り上がりますが,いちばん最後の音は,デクレッシェンドしながら,長ーく伸ばされます。この音がどれくらい延ばされるのか予想するのが最後のチェックポイントです。今回は丁度良いぐらいの長さだったでしょうか。充実感を感じながらも,スーッと静かに終わるうちに,夢から現実に戻される...「くるみ割り人形」のような感じ?...そういう感じの終わり方でした。

というようなわけで,長々と書いてしまいましたが,今回の演奏は,名曲の素晴らしさをストレートに楽しませてくれるような正攻法の演奏だったと思います。演奏後,井上さんは,まず管楽器奏者の方に歩み寄り,各パートを順に立たせていました。親指を立てる仕草を見せるなど「大満足」という雰囲気でしたが,我々,聴衆の方も「大満足」でした。規模の大きな交響曲を実演で聞くのは,随分久しぶりですが,「やっぱり交響曲はいいなぁ」と思ったお客さんも多かったと思います。

アンコールでは,ドボルザークのスラヴ舞曲第4番が,のんびりと慈しむように演奏されました。スラヴ舞曲は,アンコールなどでちょくちょく演奏されるのですが,井上さんのチャーミングな指揮で聞くと「珠玉の作品」という感じに響きます。

私の場合,こんな感じで定期公演を楽しんでいるのですが,今回は,特にその期待に応えてくれるような多彩な内容だったと思います。北陸朝日放送がテレビ収録しており,CD収録も行っていましたので,放送とCDの方にも期待したいと思います。

PS 新シーズンの最初ということで,少し「席替え」がありました。私は変更なしですが,客席の方に,ちょっと新鮮な雰囲気がある,というのはこの時期の「季語」のようなものですね。

PS この日はプレコンサートも充実していました。弦楽四重奏で,ドヴォルザークの「アメリカ」の第1,2,4楽章が演奏されました。このプレコンサートが定着したのも,10周年の成果の一つだと思います。 (2011/09/10)

関連写真集


.公演のポスター。今回のスポンサーは北陸銀行でした。


濱さんへの花が飾られていました。


9月10日〜11日の音楽堂のイベントのお知らせ&出演者が掲示されていました。


アンコール曲の掲示


入口には音楽堂10周年記念の展示。過去のカデンツァが掲示してありました。


サイン会がありました。井上道義さんにはいつも頂いているので,まだサインを頂いていない,CDを持って行ったのですが...兼六園の木と一体化してほとんど読めなくなってしまいました。


左側が濱さん,右側が望月さんのサインです。