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オーケストラ・アンサンブル金沢第307回定期公演マイスター・シリーズ
2011年9月17日(土)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
汝,調和の司祭よ:ヘンデル合唱祭「神々しき調べ」(原作:リヒャルト・アルムブルスター,翻訳:有馬牧太郎,日本語脚本:響敏也)

(使用されている音楽)
1)ヘンデル/オラトリオ「エジプトのイスラエル人」〜主は雨に変えて,雹を降らせ
2)ヘンデル/オラトリオ「エジプトのイスラエル人」〜主が葦の海を叱りて,海は干上がりたもう
3)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜ハレルヤ
4)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜御子が我らに生まれたもうた
5)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜田園交響曲
6)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜羊飼いが夜野宿しながら
7)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜いと高きところに,栄光が神にあるように
8)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜序曲
9)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜御身の敵はかく倒れる
10)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜カファルサラマより
11)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜見よ,勇者は帰る
12)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜行進曲
13)ヘンデル/オラトリオ「ユダス・マカベウス」〜主をほめ歌えよ
14)ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」〜シバの女王の入城
15)ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」〜さあ,別の調子を試みよう〜堂を震わし天を突け
16)ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」〜速やかに立ち去れ怒りより〜流せ涙を,かいなき愛に
17)ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」〜竪琴と歌を用いて,紙をほめたたえよ
18)ヘンデル/「水上の音楽」組曲第1番ヘ長調〜序曲,アダージョ・エ・スタッカート,アレグロ
19)ヘンデル/王宮の花火の音楽〜序曲,歓喜
20)ヘンデル/オラトリオ「イェフタ」〜ああ,主よ,御身の御意志は何と測りしれぬことか
21)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜アーメン
●演奏・出演
井上道義(ヘンデル役),西村雅彦(ロマン・ロラン役)
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
合唱:シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団*1-3,7,9,11,13,15-17,20
岡村知由紀*6,11,ミニヨン・リー*11(ソプラノ),カロリーナ・シコラ(メゾ・ソプラノ*17),ミヒャオ・ヴァイダ・ホワピツキ(カウンターテノール*10,13),リヒャルト・レッシュ(テノール*13)

Review by 管理人hs  

井上道義さんは,以前から「指揮者」のカテゴリーに収まりきらない活動をされてきましたが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督になられて以降,さらに楽しいパフォーマンスを見せてくれるようになりました。「クラシック音楽の演奏会のあり方を変えたい」という冒険精神が旺盛であると同時に,本当に「遊ぶこと」が好きな方なのだと思います。

ついに(?)今回の定期公演では,井上さん自身,指揮を全くせず,役者に専念していました。こういうケースはとても珍しいのではないかと思います。俳優の西村雅彦さん,ロルフ・べックさん指揮OEK,シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(SHMF)合唱団と一体となって,ヘンデルの音楽人生をドラマティックに描く「ガラ・コンサート」ということで,これまでになかったようなタイプの演奏会となりました。

OEKの定期公演では,毎年一度ぐらい,井上さんがパフォーマンスを見せてくれる,シアター・ピース的な公演が含まれていますが,今回はそれがさらに進化していました。井上道義さんがカツラ+衣装付きでヘンデル役を,西村雅彦さんがヘンデルの伝記を書こうとしているロマン・ロラン役を演じていました。ヘンデルの作曲人生をオラトリオを中心に年代順に追っていくのが基本ストーリーでしたが,この2人の役者の活躍もあり,演奏会全体が一つのオラトリオになっているような,まとまりの良さとスケールの大きさがありました。

まず,今回は井上道義さんの演技がお見事でした。井上さんは,過去,語り&演技入りの公演を何回も行ってきましたが,今回のヘンデル役は,これまででいちばん良かったのではないかと思いました。もともとアルムブルスターという方によるドイツ語のシナリオがあり,それを響敏也さんが日本向けに脚色した内容だったのですが,しっかりとヘンデルになり切っていました。

その演技にリアリティを加えていたのが,ロルフ・べックさん指揮OEK+SHMF合唱団によるヘンデルの音楽の数々でした。さらに客観的にヘンデルを見つめる評伝作家,ロマン・ロランによる「解説」を加えることで,全体の構成に立体感も加わっていました。井上さんの演技が外向的だとすれば,西村さんの方は内向的で,その渋いナレーションが,全体を引き締めていました。

ヘンデルのオラトリオといえば,何といっても「メサイア」を思い出しますが,今回はそれ以外にも「エジプトのイスラエル人」「ユダス・マカベウス」「ソロモン」「イェフタ」といった,日本では上演される機会の少ないオラトリオの中の楽曲がハイライトで取り上げられました。絶好の「ヘンデルのオラトリオ入門」という内容でした。

まず,「エジプトのイスラエル人」の中の合唱曲が序曲的に演奏されました。SHMF合唱団の実力は,既に過去のOEKとの共演で金沢の音楽ファンにもお馴染みですが,今回もまた,力強さと軽やかさを兼ね備えたような完成度の高い歌を聞かせてくれました。冒頭の曲からテンションが高く,一気に劇場的な気分にお客さんを引き込んでくれました。

その後,夕日の中,ウェストミンスター大聖堂の鐘の音が聞こえる場になりました。井上ヘンデルのナレーションが入った後。客席からご本人が登場。いわゆる「コスプレ」ということで,会場が華やぐと同時に和やかな雰囲気になりました。西村ロランの方も,客席から登場。西村さんは,大変芸の幅が広い俳優ですが,今回のような西洋風の衣装もとてもよく似合います。基本的に西村さんは,舞台下手奥の台の上,井上さんは指揮者の右隣の鍵盤楽器(?)の前で演技をされていました。

最初の「エジプトのイスラエル人」という曲は,旧約聖書のモーゼの話ということです。SHFM合唱団の歌は大迫力でした。ただし,人数はそれほど大きくないこともあり,「総天然色の「十戒」」といった感じでは全くなく,OEKの引き締まった演奏とともに,「本格的バロック音楽」といったシリアスさを感じさせてくれました。

次は「メサイア」コーナーでした。世の中の情勢を見るのが上手かったヘンデルは,オペラの作曲からオラトリオに転換していくのですが,その代表作が「メサイア」です。「ハレルヤ」コーラスは軽やかでコンパクトな雰囲気で始まりましたが,SHMF合唱団の皆さんはソリスト集団ですので,マスとしての響きの充実感も十分なものでした。きっちりと型にはまっていながら,自在な動きもある大変バランスの良い演奏を聞かせてくれました。

その後は,「メサイア」第1部後半のクリスマスのエピソードの部分が演奏されました。「メサイア」と言えば,12月のイメージがありますが,その雰囲気が満載された,個人的にも大好きな部分です。ノン・ヴィブラートのさらりとした響きが美しい田園交響曲に続き,ソプラノの独唱曲となりました。今回は合唱団員の岡村さんという方がソロを歌われました。瑞々しさと程よい暖かみがあり,曲のムードに合っていました。この部分の最後の「Glory to God」には大変鮮やかな気分がありました。SHFM合唱団による無駄なところがない,引き締まった歌は,宗教音楽には特に相応しいと思いました。

「ユダス・マカベウス」のコーナーは,序曲で始まりました。途中からフーガのような感じになりますが,その緻密でクールな響きと流れの良さがOEKらしいと思いました。このコーナーでは,2本のホルンが加わっていたのも特徴でした。演奏するとき,立って演奏しており,祝祭的な気分を高めていました。金星さんは,かなり小型の楽器を使っており,野性的なムードもありました。

「ユダス・マカベウス」は,各種表彰式でお馴染みの「あの曲(タイトルは知られてないけれども誰もが知っているあの曲。原題は「見よ,勇者は帰る」で,日本では「得賞歌」と呼ばれています)」だけが有名ですが,その曲周辺一帯の楽しげな雰囲気も聞きものでした。カウンターテノールによるレチタティーヴォ(結構,男性的な声でした)の後,有名な「見よ...」の部分になります。ここでは,2本のホルンの伴奏の上で2人のソプラノが晴れやかなメロディを歌い,高揚する気分を伝えてくれました。その後,行進曲風になっていきます。乾いた音の太鼓の音が入るなど,臨場感たっぷりの生き生きした部分が続きました。最後の部分では,カウンターテノールとテノールの独唱が入りました。華やかなメリスマが流れ良く続き,オラトリオのクライマックスをしっかりと楽しむことができました。

ちなみに,この「見よ...」のテンポ感は日本で一般的に演奏されているものと,原曲とではかなり違いますね。原曲だと,「チャン/チャンチャ/チャン/チャ...」行進曲風に弾むような感じですが,日本でやる場合,「チャーン,チャーンチャ,チャーン,チャーン/チャララララ...」と2倍ぐらいのテンポでなだらかに感動を込める感じで演奏されます。この辺は日欧の感覚の違いが表れているようで,なかなか面白いと思います。

後半は「ソロモン」の中の「シバの女王の入城」で始まりました。この曲も有名な曲です。細かい音の動きが心地よく連なり,後半への絶好の序曲となっていました。その後,井上ヘンデルが,「ヘンデル・サウンド」の秘密について語り始めました。「独唱から始まり,それが翼を広げ,大合唱になっていく...」といった感じでしたが,この「翼を広げ」という表現は良いですね。詩的なインスピレーションを広げてくれるようです。

続いて,この言葉の実例紹介のような形で「ソロモン」の中の曲が3曲歌われました。クライマックスでは,合唱が壮麗に鳴り響くと同時に,全曲を通じてしっかりと強いビートが効いており,安定感があるのは,ロルフ・べックさんらしい点だと思います。

続いて,管弦楽曲のコーナーとなり,「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」の中から数曲が演奏されました。「水上の音楽」は,スピード感のある引き締まった演奏でした。ここでもホルンが立ちあがって演奏しており,ワイルドさを強調していました。

「王宮の花火の音楽」は,管楽器の編成がOEKにとっては大きいので,OEKの定期公演では,「水上の音楽」ほどは演奏されません(もしかしたら今回が初めて?)。野外用の作品ということで,オリジナルは巨大吹奏楽団のような編成です。今回もホルン4,オーボエ3,トランペット3という感じで増強されていました。演奏もこの3楽器が核となっていました。下手にホルン,真ん中にオーボエ,上手にトランペットという形に分かれていましたので,音がステージ一杯に広がっていました。その掛けあいが聞きものでした。特にお祝いの音楽向けの高音続出のトランペットが聞きものでした(井上ヘンデルも「お疲れ様!」という感じでトランペットを讃えていました。)。

その後,ヘンデルが最晩年に失明した後に書いた「イェフタ」の中の1曲が演奏されました。オラトリオのストーリーとは関係はないのですが,失明したため,手は動くのに思うように作曲できなくなった苦しみが伝わってくるような演奏でした。この部分で,井上さんはステージ上方のオルガン・ステージまで登り,何と,ヘンデルのオルガン協奏曲の一節を自ら演奏されました(はっきりとは分からなかったのですが,ご自身で演奏されていたのだと思います。)。かなり不器用な感じで演奏されていましたが,そのことにより,かえって,狂気が混ざったような迫力を生まれていました。この部分は,演劇的な観点からすると,演奏会全体のクライマックスだったと思います。

最後に「メサイア」の最後の「アーメン」が演奏されました。合唱団のみで「アーメン」とフーガで歌い始め,トランペットとティンパニが加わって,大きく感動的に盛り上がっていく部分です。優しさと強さがしっかりと染み渡るような演奏で,演奏会全体を暖かく感動的な気分で締めてくれました。

バッハと比べると,少しマイナーなところのあるヘンデルですが,こうやって聞きどころばかりを集めて聞くと,大変聞きごたえがあります。オラトリオの場合,聖書の中の話を題材とし,しかもどの曲も長いので,日本人には特に難解さを感じてしまう部分があるのは事実です。取りあえずは,こういうハイライト形式で近づくというのは,悪くないなぁと思いました。

ただし,今回の場合,途中で拍手を入れるかどうかで迷いました。演劇のように全部を見た後,拍手をする方が相応しい気もしたし,オペラのように曲が終わるたびに拍手をしても良い気がしました。この日は,演劇のような感じで捉えている人が多かったようで,全曲が終わったところで盛大な拍手が入りました。

今回,ヘンデルの音楽を評するセリフの中で,「美しさ」「強さ」「壮麗」「前向き」といった言葉が何回か出てきていましたが,考えてみると,これらは井上道義さん自身の美意識にも通じる気がします。というようなわけで,井上ヘンデルはハマリ役でした。

井上道義さんとOEKは,今年の夏,シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭に出演してきたばかりですが,今回の演奏を聞いて芸術監督を務めるロルフ・べックさんは,「今後もぜひ」と思ったのではないかと思います。

PS.ロマン・ロランがヘンデルについての評伝を書いているとは知らなかったのですが,今回の作品のような内容を本当に記しているのか,今度確認したくなりました。

PS.「今日をどう生きるかが大切」といった「良いセリフ」が途中で出てきました。これは,井上さんの自身のセリフのように聞こえました。音楽のような時間芸術の場合は特にこのことは重要だと思います。
 (2011/09/19)

関連写真集

公演の立看板。隣には,もうすぐ始まる「金沢おどり」の灯篭。


この日は,全国のオーケストラのファンクラブの方も聞きに来られていました。そちらの会合には出席できませんでした。


カフェ・コンチェルトには,アルド・チッコリーニさんと井上道義指揮OEKが共演したラ・ロック・ダンテロンの映像が流れていました。


この日から「金沢ジャズ・ストリート」という,ジャズ版ラ・フォル・ジュルネのようなイベントが金沢市内で始まりました。鼓門の下では,ビッグバンド・ジャズを演奏していました(高校生?)。


ラ・フォル・ジュルネの時ほどの人出ではありませんが,多くの人が聞いていました。

この一帯で,公衆無線LANのサービスが始まったとのことですが,どうもうまく繋がりませんでした。