OEKfan > 演奏会レビュー
ウラディミール&ヴォフカ・アシュケナージ ピアノ・デュオリサイタル
2011年9月29日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
プーランク/2台のピアノのためのソナタ
ラフマニノフ/組曲第1番「幻想的絵画」op.5
ムソルグスキー(ヴォフカ・アシュケナージ編曲)/禿山の一夜
ラヴェル/マ・メール・ロワ
ラヴェル/ラ・ヴァルス
(アンコール)シューマン(ドビュッシー編曲)/ペダルピアノのための6つの練習曲〜第4曲
●演奏
ウラディミール・アシュケナージ,ヴォフカ・アシュケナージ(ピアノ)
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂コンサートホールで行われた,ウラディミール&ヴォフカ・アシュケナージ父子によるピアノ・デュオリサイタルを聞いてきました。この演奏会は,お二方による来日2日目の公演で,フランスとロシアの近現代の作曲家による2台のピアノのための曲が5曲演奏されました。

今回は,何と言っても,現代を代表するピアニスト,ウラディミール・アシュケナージさんのピアノ演奏を金沢で聞けるということが注目でした。これは私だけではなく,他のお客さんの大半もそうだったと思います。近年は指揮者としての活動が中心になっているとはいえ,アシュケナージさんが,現在,世界でいちばん有名なピアニストの一人であるとことは疑う余地はないと思います。ポリーニ,アルゲリッチといった1970年代以降メジャー・レーベルで活躍している大ピアニストが比較的レコーディングに慎重であるのに対し,アシュケナージさんは,恐ろしく幅広いレパートリーを高水準で聞かせてくれています。こういうピアニストはアシュケナージさん以外にはいないと思います。レパートリーを「やり尽くした」感があるのか,現在は指揮活動中心ですが,近年は,そのことがかえって「ピアニスト,アシュケナージ」の稀少性を高めている気がします。

ただし,今回のアシュケナージ父子による,2台のピアノによる演奏は,根本的にピアノ独奏のリサイタルとは違うと感じました。2台のピアノと言えば,ラベック姉妹,アルゲリッチといろいろな男性ピアニストといった,2人のソリストが「華麗&丁々発止」と絡み合うという印象があったのですが,今回のデュオは,もう少し濃密で,がっちりと制御された室内楽といった印象を持ちました。ただし,それが堅苦しくはなく,詩的で抒情的な雰囲気を持っているのが素晴らしいと感じました。

ウラディミール・アシュケナージさんのピアノをたっぷりと聞きたかった,という人には,物足りなさは残ったかもしれませんが,今回の”ピアノ2台によるシンフォニックな室内楽”といった演奏は,また違った次元の聞きごたえを感じさせてくれました。

最初のプーランクの作品は初めて聞く曲でした。プログラム・ノートによると「緊迫感に満ちた作品」とのことでしたが,それほどシリアスな印象は受けませんでした。冒頭の不協和音も,むしろ美しく感じました。この曲では,ヴォフカさんが中心だったようで,全体にかっちりとまとまった演奏という印象を受けました。もう少し弾けてもらった方が面白い気はしましたが,いかにもプーランク的な「象のババール」の雰囲気を思わせるような部分もあり,悪くない導入となっていました。

ちなみに2台のピアノの配置ですが,下手側にウラディミールさん,上手側に息子のヴォフカさんが座っていました。プログラム・ノートによると,「互いにパートを交替しながら演奏することもある」とのことですが,父上が低音でしっかりと支え,息子さんがキラキラとソリスティックに活躍する,というパターンが多かったように思えました。

続いて,ウラディミール・アシュケナージさんお得意のラフマニノフの曲が演奏されました。演奏された組曲第1番「幻想的絵画」も,今回初めて聞く作品でした。これが本当に美しい演奏でした。同じ音型が繰り返される箇所が多かったのですが,それが全く退屈ではなく,全曲を通じて,詩的ですっきりとしたロマンティシズム溢れる音楽が心地よく響いていました。

父上の方が,全体を通じて低音部でしっかり支えていることが多かったのですが,そのさりげないスケールの大きさは,やはりロシア的と言えそうです。その上にヴォフカさんのピアノがキラキラときらめき,詩的な世界をさらに大きく広げていました。タイトルにあるとおり,幻想的な雰囲気が,伸びやかに表現された素晴らしい演奏でした。父子チームならではのインティメートさも感じられ,個人的には,この日演奏された曲の中で特に気に入った演奏でした。

後半最初に演奏された,「禿げ山の一夜」は,ヴォフカさんがお馴染みのリムスキー=コルサコフ版を,ピアノ2台に編曲したものでした。オーケストラ版で聞くほどには,原色的な感じはなく,曲の前半部なども,おどろおどろしい感じはしませんでした。これはこのチームのキャラクターのような気もしました。全曲を通じて,2人によるカッチリとした掛けあいが素晴らしく,純粋な器楽アンサンブルとしての面白さのある編曲・演奏だと思いました。

曲の終盤,朝になって悪霊が退散する部分では,余裕のあるゆったりとした気分の中に緊張感が漂う,独特のムードがありました。誠実な清々しさのある空気感もアシュケナージ・ファミリーのキャラクターが素直に出ているようで,良いなぁと思いました。

最後に,ラヴェルのマ・メール・ロアとラ・ヴァルスが演奏されました。

マ・メール・ロアは,オーケストラ版による実演を何回か聞いたことがあります。恐らく,ウラディミールさんも,オーケストラ版の指揮をされたことはあると思います。ここではその父上中心の演奏だったようでした。全般にアシュケナージさんらしく,余裕のある中庸の表現で,大仰なところのない演奏でした。オーケストラ版ほど色彩感はないので,甘さ控えめのメルヘンの世界といった感じでしたが,その力みのない表現が演奏全体を聞きやすいものにしていました。

この曲のオーケストラ版だと,第3曲「パゴダの女王レドロネット」に,「ベタな中国」という感じで銅鑼が入る部分があり,ちょっと苦笑してしまうことがあるのですが,ピアノだと丁度良い具合に感じました。プログラム・ノートに,第5曲「妖精の庭」に出てくるグリッサンドのことが書かれていましたが,この指を痛めそうな部分は,ヴォフカさんが担当していました。曲の前半,控え目だけれども精緻な美しさに満ちた表現が続いた後,最後の曲でしっかりと余裕を持って盛り上がるという構成もとてもバランスの良いものでした。

最後のラ・ヴァルスも,しっかりとしたアンサンブルの楽しさが伝わるような演奏でした。この曲については,ちょっとグロテスクで退廃的なムードが漂う,といった印象を持っていたので,「まじめ過ぎるかな?」とも思ったのですが,二人ががっちりタッグを組んで,オーケストラの演奏を再現しているような,シンフォニックなまとまりの良さは素晴らしいと思いました。甘さや華麗さを抑えた,ちょっとくすんだ色合いのあるラヴェルというのも面白いと感じました。

アンコールでは,シューマン作曲,ドビュッシー編曲によるペダルピアノのための6つの練習曲という珍しい作品が演奏されました。家庭的な暖かさのある小品で,音楽家だらけのアシュケナージ・ファミリーによる演奏会の締めに相応しい演奏でした。

演奏後はサイン会が行われました。新発売CDの販売促進の会という感じでしたが,すっかりラフマニノフの組曲が気に入ってしまいましたので,この曲が収録されていた,お2人による新譜をついつい買ってしまいました(今回の公演は,リーズナブルな価格設定の上,公演パンフレットも入場料に含まれているという良心的な演奏会でした。そのこともありCDを購入しました)。

サイン会では,お2人に話しかけてみました。ヴォフカさんは今回,紙の譜面ではなくiPadを使っていましたので,「iPadをステージで見るのは初めてです」と話しかけてみたところ,「日本で買った」とおっしゃられていました(今回買ったのかは不明ですが)。「とても便利そうですね」と言ったところ,うれしそうに「そのとおり」といった感じの反応をされていました。iPadに変わったとしても,「譜めくり」(iPadの場合,何と呼ぶのでしょうか?フリックと掛けて,「譜リック」という感じでしょうか?)役がいたのも面白いと思いました。

ちなみにお父上の方は従来どおりの楽譜を使っていました。やはりiPadの画面は,特にお年寄り(?)にはまだまだ読みにくいのではないかと思います。

ウラディミール・アシュケナージさんは,2013年にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と全国ツァーを行うということですので,「金沢にまた来られることを楽しみにしています」と言ってみました。個人的には,アシュケナージさんの引き振りで後期のモーツァルトのピアノ協奏曲などを期待しています...が,そこまでは伝えられませんでした。

いずれにしても,最近はピアニストとしてのアシュケナージさんを聞く機会が減っていますので,そのことだけでも大満足の演奏会でした。今回の演奏会を機会に,今後も金沢でアシュケナージ・ファミリーの演奏を聞けることを期待しています。アシュケナージさんのもう一人の息子さんはクラリネット奏者ということですので,OEKメンバーとの室内楽というのも面白い気がします。 (2011/10/01)

関連写真集

公演ポスター。息子さんの方がかなり背が高いので,ステージ上でお2人が並んだ時の雰囲気は,どこか微笑ましい感じがありました。


サイン会には長蛇の列ができました。


上が父上,その下が(はっきり見えませんが)ヴォフカさんのサインです。父上の下に書くあたり,奥ゆかしさ(?)を感じてしまいました。


この秋,石川県立音楽堂で行われるピアノ関連の立看板が出ていました。とても明快で分かりやすいと思います。