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オーケストラ・アンサンブル金沢第308回定期公演PH
2011年10月6日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/付随音楽「エジプト王タモス」K.345(抜粋)
2)モーツァルト/クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
3)(アンコール)ソンドハイム/悲しみのクラウン(Send in the Clowns)
4)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 op.92
●演奏
ポール・メイエ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4,ポール・メイエ(クラリネット)*2,3
プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の10月の定期公演,今回はフランス出身の世界的クラリネット奏者,ポール・メイエさんの指揮&演奏による,モーツァルトとベートーヴェンというプログラムでした。メイエさんがOEKと共演するのは,ラ・フォル・ジュルネ金沢2009以来,2回目です。その時は井上道義さん指揮のOEKとの共演で,モーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏しましたが,今回はメイエさんの”吹き振り”によってこの曲が演奏されました。

# この時の演奏は,北陸朝日放送によってライブ収録され,DVDとして発売されています。さらにこのDVDは,第16回プロ音楽録音賞放送メディア放送作品部門最優秀賞を受賞するという栄誉を受けています。

今回は,この”吹き振り”クラリネット協奏曲に加え,指揮者としてのメイエさんがどういう音楽を作るのかが聞き物となりました。

まず,モーツァルトの付随音楽「エジプト王タモス」の中から,幕間の音楽4曲が演奏されました。実演で演奏されるのは珍しい作品ですが,実はOEKは以前にもこの曲を定期公演で演奏したことがあります(2006年11月のジャン=ピエール・ヴァレーズさん指揮の公演。今回と同じ4曲が演奏されたのではないかと思います。)。

全部で10〜15分程度の長さでしたが,4曲から成っていることもあり,小さな交響曲を聞くようなまとまりの良さがありました。モーツァルトの短調作品についてよく言われる「疾走する悲しみ」といったムードで始まりますので,25番をさらに一回り小さい「小小交響曲」といった感じでしょうか。メイエさんの作る音楽は非常に軽快で,さらさらと音楽が流れていました。”疾走”よりもっと軽い”浮遊する悲しみ”といった印象でした。

短調といっても重く沈み込むことはないので,コース料理の最初に出てくるサラダのようでした。演奏会の最初に演奏される曲としてはぴったりだったと思います。第2曲で活躍してい加納さんのオーボエの音もその雰囲気にぴったりでした。

続いて,お待ちかねの,”吹き振り”です。非常に珍しいケースですが,実際のところは,手で指揮をすることはほぼ不可能ですので,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんにオーケストラのリードはお任せし,純粋にソリストとして演奏しているようでした。恐らく,リハーサルの段階で,「こういう感じで行きたい」というイメージや「これぐらいのテンポで」という最低限の約束事をOEKに伝え,後は「出たとこ勝負でいきましょう」という感じだった気がします。

そういう意味では,ジャズのセッション的なムードがあったのかもしれません。演奏全体の自由度が高く,古典的な形式の範囲内で,伸び伸びとクラリネットとオーケストラが戯れあうという,”これがモーツァルトだ!”という自由自在の演奏でした。

井上道義さんには悪いのですが,ラ・フォル・ジュルネの時以上に自由な雰囲気のある演奏だった気がします。モーツァルトの曲の多くには,神童のまま大人に成長してしまった,天真爛漫さがあります。今回のメイエさんとOEKによる演奏も,ちょっと前のめり気味の快速のスピードに乗った,変幻自在の演奏でした。ヤングさんを中心としたOEKの演奏も,メイエさんに全くを引けを取らない積極性があり,ぐっと踏みこんでくるような迫力がありました。曲全体としては,非常にストレートな演奏にも関わらず,魅力的なニュアンスの変化満載の演奏でした。

メイエさんのクラリネットの音には輝かしい明るさがあり,音楽全体にピンとした勢いがあるのが魅力的でしたが,そのテンポがふっと遅くなったり,ちょっと音量が小さくなったり,さらには,音楽がパタっと止まるような間が出来ると,一瞬,陰りが漂います。この一瞬の変化がモーツァルトですね。強さとしなやかさが交錯し,クラリネットとオーケストラが自在に対話する,大変面白い演奏でした。

第2楽章は,今の季節にぴったりの秋の高い青空のような澄んだ世界が広がりました。非常にデリケートな弱音が出てきましたが,それが神経質にはならず,あくまで自然な表情を持っているのが,素晴らしいと思いました。

第3楽章もまた,疾走感のある即興性の感じられる演奏でした。ちょっとせっかちかな?と思えるぐらいでしたが,それが曲の気分にぴたりとはまっていました。さらりと深く考えずに演奏しているようで,実は味わい深い,という素晴らしい演奏でした。明るさと勢いのある演奏だっただけに,曲が終わった後に何とも言えない寂寥感が漂うようなところもありました。メイエさんとOEKとの信頼関係抜群の演奏が生んだ,「モーツァルトらしいモーツァルト」だったと思います。

アンコールでは,メイエさんの独奏で,ソンドハイムの「悲しみのクラウン(Send in the Clowns)」という曲が演奏されました。シンプルで短い曲でしたが,その中に深い味わいがありました。こちらも,とてもセンスの良い「聞かせる」演奏でした。

後半は,メイエさんは指揮に専念し,OEKが従来から何回も何回も演奏している,「十八番」ベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されました。この演奏については,軽快さはあるものの,粘着するようなしつこさが感じられず,やは物足りなさを感じました。この曲に何を求めるかによると思いますが,私としては,リズムの激しさと同時に,各楽章とも,じわじわと高揚してくるようなベートーヴェン的な盛り上がりが,やはり欲しいかなと思いました。

第1楽章の序奏から大上段に構えるところはなく,ダイナミックな起伏の変化があまり感じられませんでした。これは敢えてそうしていたのだと思いますが,楽章全体がスーッと流れて,すんなり終わってしまった印象でした。ちなみに呈示部の繰り返しは行っていました。第2楽章も穏やかで,悲壮感というよりは脱力感を感じました。第3楽章は,その軽さが曲想に合っており,スマートで粋なスケルツォになっていました。

第4楽章も快速のテンポで演奏された軽快な演奏でしたが,やはり熱さは感じませんでした。コーダの部分での高らかに鳴り響く,爽快なトランペットの響きはとても印象的で,全楽器が一体になってのビシっと揃ったキレの良い,明るい音楽は魅力的でしたが,やはり,あまり汗臭さがなく,「秋の運動会」的な気楽な印象を持ってしまいました。

OEKは,この曲を本当によく演奏しているので,井上道義さんと違ったアプローチの演奏を聞けるのはとても良いことなのですが,ベートーヴェンの交響曲については,やはり曲全体を通じての”うねり”のようなものを期待したくなります。改めて,自分の「好み」を再確認できた演奏となりました。

というようなわけで,メイエさんの本領は,今のところ,やはりクラリネットの演奏で発揮されるのかなと実感した次第です。機会があれば,金沢で,メイエさんのクラリネット・リサイタルの公演を期待したいものです。

PS.井上道義さんのサイトで,次のように結構辛辣なことを書かれているのを発見しました。「さすが厳しい指揮の先生」という言葉です。 この年のラ・フォル・ジュルネ金沢で,メイエさんがシンフォニア・ヴァルソヴィアを指揮していたことを思い出しました。
http://www.michiyoshi-inoue.com/2009/05/
 (2011/10/08)

関連写真集

公演の立看。この横顔を使ったデザインはなかなか斬新で良いですね。


アンコールの案内です。会場では英文で書かれていましたが,ツィッターの方では「悲しみのクラウン」と邦訳が紹介されていました。


サイン会の掲示です。今回もまた長い列ができていました。


メイエさんのサインです。ポールとメイエが左右に分かれていますが。ラ・フォル・ジュルネ2009のライブ収録DVDに頂きました。


コントラバスのマルガリータ・カルチェヴァさんのサインです。サイン会の途中から参加されました。

カルチェヴァさんも,すっかりお馴染みとなりましたね。演奏中,いつもとても良い表情で演奏されていますので,ファンも多いのではないかと思います(私もそうです)。