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オーケストラ・アンサンブル金沢第309回定期公演マイスター・シリーズ
10月14日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューマン/「マンフレッド」序曲, op.115
2)シューマン/ピアノ協奏曲イ短調, op.54
3)(アンコール)シューマン/トロイメライ
4)シューマン/交響曲第1番変ロ長調, op.38「春」
5)(アンコール)ベートーヴェン/劇音楽「アテネの廃墟」序曲
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1-2,4-5
山本貴志(ピアノ)*2,3

Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演の常連指揮者の一人,金聖響さんは,ここ数年,年ごとにテーマを決めて,大阪でシリーズものの演奏会を行っています。今年のテーマは「ザ・ロマンティック!」です。そのシリーズ3回目の公演「シューマン 愛する人への想い」(10月15日)に合わせて,金沢での定期公演も,オール・シューマン・プログラムになりました。OEKとしては,大変珍しいレパートリーです。

シューマンという作曲家については,内面に複雑な思いを溜めこんだ,鬱々とした作風という印象があり,それほど熱心に聞いてこなかったのですが,今回の演奏,特に協奏曲と交響曲は,名演と言っても良い演奏だったと思います。OEKの編成は,通常編成に,トランペット1,トロンボーン3,ホルン2を追加していましたが,その重苦しくなり過ぎない響きが,私にはぴったりでした。それと何と言っても山本貴志さんのピアノです。今回の演奏は「ただ者ではない」凄い演奏でした。

最初に演奏されたマンフレッド序曲は,CDは持っているのですが,ほとんど聞いたことのない曲です。どちらかというと”苦手”な曲なのですが,今回の演奏は,すっきりと汚れを落としたような新鮮さがあり,すんなり聞くことができました。冒頭の響きから,ふんわりとした空気感があり,スケールの大きな史劇ドラマ的な気分を持っていました。

楽器の配置は,金聖響さんがOEKを指揮する時の「いつもの配置」でした。コントラバスが下手奥,ステージ中央にチェロ,ヴィオラと並ぶ対向配置で,そのこともあるのか,内声部をはじめとした音の動きがくっきりと聞こえてきました。ただし,今回の弦楽器の奏法は,特にノン・ヴィブラートを強調しているようなところはありませんでした。その点では,「普通」の演奏だったのですが,すっきりとした明解さはいつもどおりでした。

今回のコンサートマスターは,お久しぶりの登場のOEK名誉コンサートマスター,マイケル・ダウスさんでした。弦楽器の人数については特に増員していなかったのですが,故岩城宏之さんがしきりと言っていたように,「フル編成オーケストラに負けない迫力のある響き」を聞かせてくれました。

2曲目に演奏されたピアノ協奏曲は,シューマンの曲の中では,OEKが比較的よく取り上げている作品です。今年の新人登竜門コンサートでも演奏されたし,何と言っても,ルネ・マルタンさんも絶賛したという,今年のラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で,アルド・チッコリーニさんと共演したのがこの曲です。

今回,ソリストとして登場した山本貴志さんの演奏は,本当に素晴らしい演奏でした。山本さんは,2005年のショパン国際コンクール(ラファウ・ブレハッチが優勝した回)で第4位に入賞した,期待の若手ピアニストなのですが,これほど自分の世界をしっかりと表現できるピアニストだとは思いませんでした。

冒頭,強いけれでもとてもマイルド音で始まった後,一気に,シューマンの世界へ...というよりは,山本さんとシューマンが渾然一体になったような,曲への熱い思いが溢れ出てくるような世界へと入って行きました。山本さんは小柄な方で,演奏の前後はとても礼儀正しく深々とお辞儀をされていたので,「普通の人」に近い印象だったですが,曲が始まると豹変し,大きく上を見上げたり,鍵盤に覆いかぶさるように下を向いたり,かなり大きな演奏動作で,曲の中に没入していました。

演奏家によっては,大きな動作が嫌味に感じられる場合もあるのですが,山本さんの場合,その音がしっかりとコントロールされた美しさを維持しており,モーションの大きさに相応しい,十分な聞きごたえがありました。何よりもピアノのタッチが美しく,音楽が大きく盛り上がる部分でも,鍵盤を叩きつけるような堅さがありません。弱音の表現力はさらに素晴らしく,思わず引き込まれてしまいました。音は小さくなっても,内容がいっぱい詰まっているような感じで,一瞬も聞き逃したくないという感じの演奏でした。

基本的なテンポは,情感がしっかりと込められている分,かなり遅めで,しかも大胆かつ頻繁に揺れ動いていました。かと言って,センチメンタルな甘さに溺れるような演奏というわけでもありません。結局のところは,シューマンの音楽と山本さんの音楽がぴったりとシンクロした,個性的でありながら,これがシューマンだ,としか言いようのない異様に迫力のある音楽を聞かせてくれました。シューマンが意図した詩情が十全に発揮された演奏だったと思います。

OEKの演奏も,この山本さんのオーラを強く受けていたようで,第2楽章の途中で出てくるチェロの歌・歌・歌...など,山本さんの作るピアノにぴったりの雰囲気でした。この楽章に溢れる暖かく,包み込まれるような音楽は,山本さんとOEKとの相性の良さをしっかりと示していました。

第3楽章は,より外向的な音楽ということもあり,ライブならではの楽しさに溢れていました。最初の方は余裕たっぷりのテンポで始まったのですが,楽章が進むにつれて,スピード感が増していくようでした。シューマンお得意の「3拍子の行進曲」風の部分のデリケートさ,縦横に動き回る音階的なパッセージの幻想味...音楽がどんどん乗ってきて,エンディングは大変スリリングなものになりました。上述のとおり,山本さんのテンポ感はかなりラプソディックでしたので,合わせるのは大変そうでしたが,山本さんの方をじっと見ながらの聖響さんの指揮ぶりからは,「ピタリと付けてやるぞ!」という気迫が伝わってきました。鳥肌が立つような,ライブならではの一騎討ちのような面白さを堪能できました。

シューマンのこの曲には,内面的・外面的,いろいろな要素が詰め込まれていますが,そのどれもを満足させてくれるような見事な演奏だったと思います。

演奏後の拍手も大きく,アンコールでトロイメライが,たっぷりとしたテンポで演奏されました。暖かみのある音色が会場内に広がると,一気に山本さんの世界に切り替わりました。最後の部分は特にゆっくりと演奏していましたが,「夢よさめないで」といった趣きがあり,絶品でした。

山本さんの演奏からは,技術的な完璧さを目指すというよりは,自分自身の表現を貫きたいという「強さ」「個性」を強く感じました。山本さんが,金沢で演奏会を行うのは,今回が初めてだと思いますが,是非また金沢で演奏会を行って欲しいものです。今度は,リサイタルも良いですね。

後半は,交響曲第1番「春」が演奏されました。こちらも前半に劣らぬ,インパクトのある演奏でした。

金聖響さんは,過去OEKとシューマンの交響曲第3番「ライン」を演奏したことがありますが(急病の岩城さんの代役の定期公演で演奏。ラ・フォル・ジュルネ金沢でも取り上げたことがあったかもしれません),第1番「春」については,定期公演で取り上げられること自体初めてのことです(定期公演以外では,OEKが設立されてすぐの1989年3月に天沼裕子さん指揮で一度取り上げています。22年前!ですが...これを聞いていたりします)。

冒頭のファンファーレから非常に鮮やかで,高解像度で撮影された田園風景を眺めるような美しさがありました。すっきりと抜けるような明るさと,ゴツゴツとした力感が共存しており,演奏会のメインディッシュとして聞く交響曲に相応しいスケール感がありました。

主部に入ってからも躍動感はあるものの,テンポは落ち着いており,隅々までくっきり,伸びやかに表現されていました。全曲の設計がきっちりとなされた上で,自然体で音楽の流れを聞かせるような,大らかさと自信を感じました。随所に出てくる管楽器のソリスティックな活躍も聞きものでした。

第2楽章の響きも厚ぼったくなく,さわやかな空気の流れを感じました。その一方で,管楽器によるシリアスな表情を持った演奏も印象的でした。第3楽章はスケルツォなのですが,それほど荒々しさはなく,余裕のあるワルツといった趣きがあったのが面白いと思いました。トリオもそれほど慌てる感じはなく,くっきりとした響きを聞かせてくれました。

最終楽章も,各楽器のソリスティックな音の動きが鮮やな演奏でした。ホルンをくっきりと強調したり,ヴァイオリンの細かい音の動きまでしっかり聞こえてきたり,このコンビらしい演奏になっていたと思います。じっくり演奏しているのですが,全体がさり気なく弾んでいるのも印象的でした。「春」のタイトルに相応しい楽しさがありました。

楽章の最後の方に出てくる,ホルンとフルートと続くカデンツァの後,全曲を締めるコーダになります。この部分のスピード感は聖響さんらしいところで,実に格好良いエンディングになっていました。

この曲では,踊るようなシンコペーションのリズムが何回も繰り返し出てくるのですが,このようにとても鮮やかに演奏されていたので,演奏会が終わっても,頭の中に「ターンタタッタ・タタタタ...」というリズムが残ってしまいました。とても気持ちの良いシューマンでした。

アンコールでは,ベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲という,意表を突く曲が演奏されました。最初はかなり不気味な表情を持っており,「一体何の曲だろう?」という感じでしたが,曲が進むにつれ,「これはベートーヴェンだな」と分かってきました。ゴツゴツとした表情と後半の流れの良さのコントラストが面白い演奏でした。

というようなわけで,今回は,「どこを抜き出しても充実」という,シューマン特集を堪能できました。これで,金聖響/OEKのコンビで,シューマンの1番と3番を聞いたことになりますので,今後は,2番と4番も取り上げて欲しいと思います。 (2011/10/15)

関連写真集

公演の立看


アンコールの案内です。

今回もサイン会が行われました。


金聖響さんのサインです。ベートーヴェンの4番と8番のCDです。このところ,聖響さんは漢字で書かれることが多いようですね。


山本貴志さんのサイン。ショパン・コンクールのライブ録音CDに頂きました。