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石川フィルハーモニー交響楽団特別演奏会:2011ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭
2011年10月16日(日) 14:00 石川県立音楽堂コンサートホール
モーツァルト/ディヴェルティメント ニ長調, K.136
マーラー/交響曲第9番ニ長調
●演奏
花本康ニ指揮石川フィルハーモニー交響楽団

Review by 管理人hs  

「2011ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭」のイベントの一つとして行われた,石川フィルハーモニー交響楽団の特別演奏会を聞いてきました。

この演奏会の注目は何と言っても,マーラーの交響曲第9番でした。近年,金沢でも,マーラーの交響曲が演奏される機会は,少しずつ増えてきているのですが,6番以降の曲が演奏されるのを聞いたことはありません(以前,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が,編曲版による「大地の歌」を演奏したことはあるぐらい)。特に,今回演奏された第9番は,マーラーの交響曲の総決算であるだけではなく,調性のある交響曲史の到達点,といった名曲です。私自身にとっても,この曲を実演で聞くのは今回が初めてでしたので(もしかしたら金沢初演?),一体どういう世界が広がるのかを楽しみにしながら演奏会に臨みました。

演奏は,大変立派なものでした。この曲は,アマチュア・オーケストラが簡単に取り組めるような作品ではありませんが,曲の全貌をしっかり伝えてくれる誠実さの感じられる演奏でした。

マーラーの9番は長く複雑な曲なので,今回は,プレトークの時に指揮者の花本さんが「お薦め」されていたとおり,プログラム・ノート(花本さん自身によるものです)を見ながら聞いてみました。この内容が,時系列に沿って具体的に書かれた素晴らしいものでした。曲全体の見取り図を見るように,構成がよく分かった気がしました。以下,このプログラムノートの記載を参考にしながら,レビューを書いてみたいと思います。

第1楽章の出だしは,序奏部で,次のような動機が,精密に組み合わさって始まります。
(1)第4ホルンとチェロによる「不整脈のようなリズム」(バーンスタインがこう呼んだそうです。うまい喩えです。)
(2)ハープによる鐘を模した動機(今回は,OEKとの共演でもお馴染みの上田智子さんが加わっていました。)
(3)第2ホルンによるファンファーレ風の動機
さすがに,出だしのこの部分は,バランスが不安定な感じがしました。遠く離れたところにいる楽器が,点描的に順に出てくるので,いろいろな点で演奏するのは難しい部分なのではないかと思いました。

第2ヴァイオリンに出てくる第1主題から後は,スムーズに音楽が流れていきました。実は,もっと不健康な雰囲気のある演奏が好みだったりしますが,今回の演奏は,弦楽器の音色がとてもきれいで,堂々とした足の運びを感じさせてくれました。曲の要所で何回か出てくる音楽的なクライマックスも荒れた感じはなく,しっかりと統率されていました。

展開部に入ると,ミュートを付けたテューバ,トロンボーンなど,聞きなれない響きがいろいろと出てきます。精妙に演奏する部分については,細かく聞くと問題点はあったのだと思いますが,いろいろな楽器がうごめいているような雰囲気が面白い部分です。その後,交響曲第1番「巨人」以来,マーラーの交響曲のトレードマークのようになっている,トランペットのファンファーレが出てきます。この日のトランペットは,大健闘だったと思います。後の楽章でも大活躍していました。その後は,ちょっとけだるいような「よくわからないけど不安...」といった感じの部分になります。その停滞した感じがまたマーラーらしくて良いなぁと思いました。

再現部からコーダに掛けては,コンサートマスターのソロであるとか,フルートとホルンによるカデンツァなど,個人技が聞きものでした。特にヴァイオリン・ソロの甘い音が世紀末風の気分をしっかり盛り上げてくれました。楽章の終結部は,楽章の冒頭同様に弱音主体になるので,特に神経を使う部分だったと思います。ピッコロの音が最後に入るのですが,これも印象的でした。

第2楽章では,3種類のレントラー舞曲風の主題が,順に出てきます。最初のレントラーは,じっくりと「らしい」テンポで演奏されていました。2番目のレントラーについては,もう少し俗っぽい感じにして,1番目のレントラーとのコントラストを明確にしてもらっても良いかなと思いました。3番目のレントラーはいちばんテンポが遅いものですが,こちらももう少し崩れた感じの方が良いかなと思いました。楽章の最後では,木管楽器のソロが連続する部分が印象的でした。軽やかに音が連なっていき,とても面白く聞けました。

ここまでで既に40分ぐらい時間が掛かっていたと思いますが,その後,曲が進むに連れて,どんどん調子が上がってきたように感じました。

第3楽章はテンポが速い部分が多く,技術的な難易度が高い楽章です。まずはいちばん最初のトランペットの信号音がお見事でした。しっかりとした音で,ビシッと決めてくれたので,楽章全体も引き締まった雰囲気になりました。その後も真っ向勝負でマーラーの音楽に立ち向かうような気分のある演奏になっていました。花本さんの統率が素晴らしいと思いました。

この楽章では,冷静さと狂乱とが見事に合致した,聞きごたえ十分の圧倒的な音楽を作っていました。フーガの部分も生き生きとしており,相当練習を積んでこられたのだろうなぁと感じました。楽章の中間部で出てくる,トランペットの音がここでも見事でした。第4楽章につながる,シンボリックな存在感をしっかりと示していました。コーダでは,さらにスピードアップしていましたが,それでもしっかりと地に足が付いた感じがあり,華やかさと同時にまとまりの良さを感じさせてくれました。

第4楽章も見事でした。何よりも弦楽合奏のうるおいのある響きとバランスの良い厚みが曲想にぴったりでした。着実に「天国に近づきつつあるな」という共感に満ちた音を聞かせてくれました。深い意味を感じさせるようなファゴットの音も良かったし,「大地の歌」を思い出させる東洋的雰囲気のあるハープと木管楽器の絡みも印象的でした。そしてこの楽章でも,生命力の限りを尽くすような趣きのあった金管楽器によるクライマックスが感動的でした。

最後の「息絶えるように終わる」部分も集中力抜群でした。チェロ,第2ヴァイオリン,ヴィオラといった地味目のパートが,段々と溶け合っていくような不思議な感じが魅力的でした。ただし,暗く沈みこむのではなく,「死の恐怖」を超越したような明るさが感じされました。この響きは,マーラーの作曲の意図どおりだったのではないかと思います。

演奏後,長い間があった後,長丁場を労うような暖かい拍手が長く続きました。

この日の演奏は,どの楽章もテンポ設定が丁度良く,それほど重苦しい感じはしませんでした。「マーラーの楽譜をしっかり再現しよう」という思いだけが伝わってくる,真摯さのある演奏だったと思います。マーラーの交響曲第9番にはライブ録音のCDに名盤と呼ばれるものが多いのですが,今回,初めてこの曲の全曲をライブで聞いて,その理由が少し分かった気がしました。各楽器の音の生々しさやそれらが表現する葛藤のようなものについては,90分近く音楽に浸るのがいちばんのようです。

今回は,マーラーの前にモーツァルトのディヴェルティメントK.136が演奏され,さらにその前に指揮者の花本さんによるプレトークも行われました。ディヴェルティメントの方は,さすがにマーラーの後だと印象が薄くなってしまいましたが,面白い組み合わせだと思いました。ソナタ形式の歴史の最初と最後を並べるという発想は新鮮でした。

花本さんはプレトークで,モーツァルトのソナタ形式の作品の呈示部を繰り返す際に「気持ち良さを感じる」と語っていました。「第1主題(主調)→第2主題(属調)→第1主題(主調)...と続くことで解決された感じになる。モーツァルトの曲については特に気持ち良さを感じる」とのことです。この聞き方についても「なるほど」と思いました。ソナタ形式の曲で呈示部の繰り返しを行うことについての説得力のある説明になりると感じました。

このように,今回の演奏会は,演奏以外の点も含め,曲を楽しんで聞いてもらおうという意図がしっかりと伝わってくる,充実した内容の演奏会でした。マーラーの交響曲のような作品は,ちょっとやそっとこのとでは,演奏できないと思いますが,是非,今後も大曲に挑戦をしていって欲しいものです。難曲に挑戦し,それを見事に成し遂げた今回の演奏会は,楽団員の皆さんにとっては,大きな自信につながったことでしょう。そういう意味で,石川フィルの皆さんにとって,記念碑的な演奏会になったのではないかと思います。 (2011/10/19)

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