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協奏曲の夕べ〜二大国際コンクール優勝者を迎えて
2011年10月17日(月) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調, op.73「皇帝」
3)チャイコフスキー/四季〜十月
4)モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調, K.488
5)ショパン/マズルカ op.67-4
●演奏
上原彩子*2-3, スタニスラフ・ブーニン*4-5(ピアノ)
山下一史指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1-2,4

Review by 管理人hs  

先週の金曜日から4日の間に3回,石川県立音楽堂に来ています。この秋,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,「芸術の秋」というよりは「ピアノの秋」という感じで,名ピアニスト,話題のピアニストとの共演が続いています。この日も,「協奏曲の夕べ〜二大国際コンクール優勝者を迎えて」ということで,2002年チャイコフスキー国際コンクールで優勝した上原彩子さんと,1985年ショパン国際コンクールで優勝したスタニスラフ・ブーニンさんという2人の人気ピアニストが山下一史指揮OEKと共演登場するという,贅沢な内容の演奏会でした。

一つの演奏会に2人の人気ピアニストが順に登場するというのは,珍しいことです。主催者としては,チャイコフスキーコンクールの優勝者対ショパンコンクールの優勝者という意図があったようですが,そろそろ,コンクール歴については,無視してあげたいところですね(特にブーニンさんには)。

前半はまず,モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲で始まりました。スムーズだけれども慌て過ぎないテンポで,カチっとまとまった演奏でした。トランペットとティンパニが合わさったアタックの音が心地よく響いていました。

その後,上原彩子さんのピアノで,ベートーヴェンの「皇帝」が演奏されました。OEKはこの曲を,いろいろなピアニストと何回も何回も演奏していますが,今回の上原さんのピアノには特に華麗な演奏でした。第1楽章最初の音階を駆け上がる部分から,スコーンと抜けるような明るさとしなやかさがありました。今回は3階席で聞いたのですが,ホールいっぱいに上原さんのピアノの音が気持ち良く広がっていました。

第1楽章では,途中,一瞬「おやっ?」という部分はあったのですが,キラキラと星がきらめくような玲瓏(れいろう)さのある高音からたくましさを感じさせる低音まで,この楽章の魅力をしっかり伝えてくれました。OEKの演奏にもパンチ力があり,演奏全体の勢いをさらに増していました。

第2楽章もくっきりとした演奏で,しっかりとした聞きごたえがありました。管楽器とピアノのコラボレーションも印象的でした。第3楽章は,若々しいテンポ設定で,ここでも勢いと力感がありました。

上原さんのピアノの音には,磨き上げられた美しさがあるのですが,その表現には,神経質なところはなく,外向的な華麗さがあるのが魅力です。今回の演奏は,「皇帝」のタイトルに相応しい,堂々としたスケールの大きさを感じさせてくれる演奏でした。

後半はブーニンさんの独奏で,モーツァルトのピアノ協奏曲第23番が演奏されました。曲の長さやスケール感からすると,「皇帝」が後半に来るのが普通ですが,ここはやはり先輩のブーニンさんに敬意を表したのかもしれません。演奏自体も,上原さんの「皇帝」に劣らない,個性溢れる演奏でしたので,この配列で全く問題はありませんでした。

ブーニンさんと言えば,ショパンコンクールで優勝した頃から,一癖も二癖もあるような演奏を聞かせてくれていました。曲によっては,「ついていけない」と思うケースもあったのですが,今回演奏については,ピタリと波長があってしまいました。

オーケストラによる主題呈示に続き,ピアノが第1主題を演奏して演奏に入ってきますが,この部分では,予想外に,衒いのない素直な演奏を聞かせてくれました。あまりに普通だったので「何か企んでいるかな?」と思っているうちに第2主題になりました。

ここで,唐突なほどほどの大き目の間を取り,「暗さ」と「ひっかかり」を強調をしていました。ピアノの音量もぐっと抑えられ,音色も急に曇った感じなり,突然,孤独感に襲われてしまったような気分になりました。ブーニンさんならではの,癖のある表現でしたが,こういった部分が実にファンタジスティックで,魅力的でした。

ブーニンさんのペダルの踏む音は非常に大きく,所々でガーンという感じの音を立てていました(これは,ピアノの先生方から見れば「悪い見本」だと思いますが)。そういった点を含め,自在に演奏を進めるカデンツァ辺りからは,ジャズ・ピアノに通じるような自由な精神を感じました。左手をピアノの蓋付近に乗せたまま,右手だけで演奏するようなシーンも何回か出てきました。こういう自由な奏法もブーニンさんならではといったところです。

第2楽章もシチリア舞曲の揺れるような感じは無視してゴツゴツと演奏していました。どこかグールドの演奏する「孤独なバッハ」といった印象があり,これもまた私には魅力的でした。フルート,クラリネットといった管楽器の演奏も侘しい雰囲気を強調していました。クリアだけれども,ちょっと世をすねたような世界が非常に個性的でした。

最終楽章については,若い頃のブーニンさんは,猛スピードで演奏していましたが(ブーニンさんが初来日(多分)した時に外山雄三指揮NHK交響楽団と共演したライブ録音CDを何故か持っています),この日の演奏は,かなり落ち着いたテンポでした。じっくりと演奏することにより,陰影がくっきりと付けられていました。ブーニンさんの音は硬質なので,ひんやりとした印象があるのですが,そこには,ファンタジーの世界に遊ぶといった趣きがありました。OEKもしっかりとこの世界に溶け込んでいました。

人によって受ける印象は違うと思いますが,モーツァルトの形式の中でやりたいことをやった自由さと,不自然なほどの暗さが散りばめられた演奏は,私には大変魅力的でした。

お2人はそれぞれ,盛大な拍手に応えて,ピアノ独奏曲のアンコールを演奏しました。チャイコフスキーの「四季」の中の1曲とショパンのマズルカの中の1曲ということで,絵に描いたようにバランスの良く,両コンクールの作曲者の作品を取り上げていました。

上原さんの演奏した「四季」の中の十月は,上原さんが得意とする,十月の演奏会のアンコールの定番なのだと思います。静かだけれどもメランコリーの溢れる演奏で,「皇帝」の時とはまた別の世界を聞かせてくれました。

ブーニンさんの演奏したマズルカは,もともと引っかかりのある曲なので,ブーニンさんにぴったりの作品と言えます。透明感と詩的な世界が自然に広がった素晴らしい演奏でした。

今回はOEKではなくピアニストが主役の演奏会でしたが,こういう演奏会を金沢で行うことができるのも,OEKという存在があるからでしょう。”ビエンナーレ”ということで2年に1度ぐらいはこういうフェスティバル的な雰囲気のある演奏会を楽しむのも良いものですね。

PS.この日は,はじめピアノ2台がステージ上にありました。お2人が同時に演奏することはありませんでしたので,不思議だったのですが,どうも調律が違っていたようです。こういった部分にプロのピアニストのこだわりが出てくるようです。  (2011/10/21)

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公演のポスター


アンコール曲の掲示