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オペラ「高野聖」金沢公演(新作初演)
2011年12月09日(金)19:00〜 金沢歌劇座
池辺晋一郎/歌劇「高野聖」(全2幕・新作初演)
原作:泉鏡花,脚本・演出:小田健也,総監督:大賀寛
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大勝秀也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
上人:中鉢聡(テノール),女:川越塔子(ソプラノ),親仁:豊島雄一(バリトン),薬売り:清水良一(バリトン),茶屋の女:浪川佳代(ソプラノ),天秤棒の男:鳴海優一(テノール),女の亭主:設楽香菜子,私:鴨川太郎(バリトン),回想の中の男:本庄亮,回想の中の女:堀早苗,回想の中の子供:江東優匡,人形操作:山本さくら
合唱:高野聖合唱団(合唱指揮:松下京介)
Review by 管理人hs  

金沢歌劇座がリニューアルオープンしてから,「カルメン」「ラ・ボエーム」「トゥーランドット」「椿姫」と名作オペラが年1回ぐらいのペースで上演されてきました。それと同時に,国産の室内オペラが石川県立音楽堂の邦楽ホールの方で上演されてきました。今年の12月は丁度その設定が逆になるような感じで,金沢歌劇座で,池辺晋一郎さん作曲による,新作の日本語のオペラ「高野聖」が上演されました。

池辺さんのオペラについては,過去,金沢では「てかがみ」「耳なし芳一」といった作品が上演されてきました。今回初演された「高野聖」は,金沢出身の文豪・泉鏡花の小説が原作という点がまず注目でした。そのせいもあるのか,いつものクラシック音楽の演奏会とは一味違った会場の雰囲気を感じましたが,全曲を通じて,緊張感が途切れることのない充実感のある作品で,堂々たる,風格のある作品に仕上がっていました。

プログラムに書かれた解説によると,池辺さんの持論は,「オペラは演劇的でなければならない」とのことです。今回の作品も,そのとおり演劇的な構成感が感じられました。くっきりとしたメロディラインのある曲は少なめで,音楽も単純に流れるというよりは,ストーリー展開や会話をしっかり支えているといった感じでした。オペラにしては,セリフが多過ぎるかなという気もしましたが,内容が詰まった密度の高さが,池辺さんのオペラの持ち味という印象を持ちました。

不安気な気分を盛り上げる,わずかに湿度を持ったような序曲的な音楽に続き,第1幕が始まりました。幕が開くと,ステージ上には,見事なセットが広がっていました。遠景には少しかすんだような山並,前方にはこれからドラマが展開される山中の谷川などが巧く配置されていました。これまで金沢で上映されたオペラの中でも,もっとも豪華なセットだった気がします。飛騨の山奥の暗い雰囲気を重厚かつ鮮やかに伝えてくれました。

物語は,敦賀の宿でたまたま同宿することになった,「私」と「上人」の出会いのシーンから始まります。「上人」から聞いた話がオペラの物語ということで,主要部分は回想シーンということになります。

続いて,合唱曲となりました。合唱団は,黒子のような衣装で身をつつみ,セットや照明と一体となって,”飛騨の山奥そのもの”を,文字通り,体を張って演じていました。今回の作品を大きく盛り上げ,演出の効果を高めていたのが,オペラ上演のために特別に編成された高野聖合唱団の皆さんの歌と演技でした。最初に歌われた歌は,覚えやすいメロディで(...といいつつ,今となっては思い出せませんが),山奥の場を表現するようなライトモチーフのように使っていた気がしました。

上人役の中鉢さんは,前回金沢で上演された「耳なし芳一」の時も主役ということで,池辺さんのオペラには欠かせない歌手と言えそうです。今回もまた充実した歌を聞かせてくれました。前述のとおり,メロディアスな曲は多くはなかったのですが,その分,中鉢さんは,ほとんどステージ上に出ずっぱりという感じでした。大変なエネルギーが必要な役柄だったと思います。中鉢さんは,自然でありながら,常にドラマを内に秘めたような素晴らしい声の持ち主です。それが最初から最後まで一貫しており,しっかりと緊張感を維持していたのが見事でした。

ストーリーの方は,ちょっとモーツァルトの「魔笛」を思わせるような,災難の連続といった場になります。蛇やら蛭やらが,いろいろと出てくる「怪奇現象」のシーンですが,合唱団の演技と照明の変化をまじえた,抽象的な表現を取ることで,子供っぽい雰囲気になるのを防いでいました。

この部分では,池辺さんの職人芸的な音楽も見事でした。蛭の森のヒンヤリ&ヌメッとした感じと,蛭が気味悪く上から降ってきて,「痛く」「かゆく」なるような感覚が見事に表現されていました。赤い照明を使うことで,ショッキングな感じも出していましたが,その中にウィットも感じさせてくれました。以前,池辺さんの作品で「カユイ曲」というのを聞いた記憶がありますが,映画音楽や劇音楽を沢山書いてきた池辺さんの本領発揮という場面でした。

大勝秀也さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢の演奏も生き生きとしたものでした。この蛭の場では,ティンパニが面白い音を出していましたが,全曲を通じて,特にパーカッションがかなり華々しく活躍していたのが印象的でした。北島三郎の「与作」でお馴染み(古い?)のヴィブラスラップも盛大に活躍していました。

その他,演劇で使われるような「リアルな効果音」を要所で使っていたのも特徴でした。伝統的なオペラでは,オーケストラの楽器だけを使って効果を出すのが普通ですが,池辺さんは,「何でもあり」という方針を持っていらっしゃいます。オーケストラの音以外の方が目立つのは本末転倒と思いますが,今回ぐらいの使い方ならば,演劇的な効果が高まるので,全く問題ないと感じました。

さて,そのリアルな「馬の鳴き声」に続いて,いよいよもう一人の主役の「女」が登場します。蛭やら蛇やらの「嫌な感じ」の後ということもあり,爽やかな色合いの着物で登場した川越さんは,その美しさが特に際立っていました。「女」に引かれる「上人」の気持ちもよく分かりました。「女」の初登場の時間帯が遅かったこともあり(「トゥーランドット」ほど遅くはありませんが...),プリマドンナらしい鮮やかさのある「待ってました!」という感じの登場でした。

その後,前半の「見せ場」というか「濡れ場」になります。「女」は,「魔女」の片鱗を見せながら,秘密の谷川に近づき,「上人」との絡み合うシーンとなります。このシーンでは,「女」がどこまで見せるか?が「お楽しみ」でしたが,結果的には,「片方の肩を見せる程度(?)」でした。ただし,この部分でも池辺さんの音楽が素晴らしく,木管楽器などを効果的に使って,妖艶さをしっかりと表現していました。背景の合唱団が「まなざし」を感じさせるような不思議な雰囲気を作っていたのも印象的でした。

この部分は,じっくりと時間を掛けて描いており,大変見ごたえ・聞きごたえがありました。ただし,ぬいぐるみのような,コウモリやら猿やらが飛んできて,この場が中断される辺りについては,「もうひと捻り」欲しい気がしました。

第2幕になると,「女」の夫であるとか,親仁などが登場してきます。夜になって,獣たちが集まってくるシーンは,照明と音楽が一体になり,異様な雰囲気を作り上げていました。ただし,この付近は,ちょっと長く感じました。何かを表現しているようだけれども,そのセリフがよく分からない,という場面が続き,ちょっともどかしさを感じました(今回,所々であらすじを説明するような字幕が入っていました。これは良かったと思います。)。

続く「別れの朝」の場以降は,照明の雰囲気が変わっていました。続く「夫婦滝」のシーンに掛けて,美しい場の連続という感じでした。滝のシーンでは,実際に水は使っていませんでしたが,滝の中に「女」が立っている幻想的な光景を巧く表現していました。この部分での名残惜しさも印象的でした。

その後,「悪いことは言わぬ,立ち去りなさい」と語る,親仁の歌となりました。豊島雄一さんの声は,大変立派で,説得力十分でした。「椿姫」の図式で考えると,「上人」「女」「親爺」は,それぞれ,アルフレートとヴィオレッタとジェルモンに該当するのかな,と感じました。この部分も歌詞の内容はよく聞き取れなかったのですが,それでも説得力を感じさせてくれる,豊島さんの立派な歌でした。

最後,「女」は,赤い着物で登場しました。プログラムの「あらすじ」では,この部分について,「真実の愛を知った女は,「私は魔女ではありませぬ」と切々を歌い続ける」と書かれていましたが,この着物の色で,「血が通った人間」になったことを表現していたのかもしれません。全曲いちばんの聞かせどころといったアリアになっていました。川越さんの声には,凛とした張りがあり,ドラマのクライマックスをしっかりと築いていました。今回のオペラについては,何と言っても,主役の2人の歌手の熱さのある歌が,素晴らしかったと思います。

その後,最初の場の敦賀の旗籠の場に戻り,「上人」の歌で全曲が結ばれました。個人的には,全体を回想形式にせず,「女」の歌で締めた方がドラマティックにまとまる気がしたのですが,最初に戻ることで,作品全体の構成ががっちりとしたものになり,重量感を増していたのも確かでした。

作品の上演時間は,20分の休憩を含めて約3時間でした。もう少しストーリー展開をスピーディにし,セリフが少なくても良かった気がしましたが(このところ仕事が忙しく,この日は特に疲れ気味だったこともあります。),このレビューを書きながら作品を振り返ってみると,「もう一度観てみたいな」「あの雰囲気は良かったな」という気分になります。

この作品は,金沢公演の後,富山県高岡市,東京でも上演されます。繰り返し上演をしていくうちにさらにしっくりと馴染んでくる作品のような気がします。機会があれば,是非,もう一度観てみたいものです。そういう意味で,”金沢文芸オペラ”の第1弾(勝手にシリーズ化していますが)としては,成功していたのではないかと思います。犀星と秋声には,オペラ向きの作品は少なそうですが,今度は是非,金沢を舞台にしたオペラなど観てみたいものです。そして,金沢歌劇座の定番レパートリーとして定着していって欲しいと思います。

PS. 今回,「茶屋の女」「天秤棒の男」のキャストは,オーディションで選ばれた石川県・富山県関係者が出演していました。この路線も継続して欲しいと思います。

(2011/12/14)

関連写真集


公演の立看板


こちらはポスター。ポスターの背後は,「臨時クローク」になっていました。


各幕の時間が書かれた案内です。