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オーケストラ・アンサンブル金沢第312回定期公演ファンタジーシリーズ/クリスマス公演
2011年12月23日(金・祝),24日(土) 両日とも15:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
フンパーディンク/歌劇「ヘンゼルとグレーテル」(全3幕・日本語上演)
●演奏
グレーテル:西野薫(ソプラノ)/ヘンゼル:直江学美(ソプラノ)/魔女:志田雄啓(テノール)/父:星野淳(バリトン)/母:長澤幸乃(ソプラノ)/露の精:安藤明根(ソプラノ)/眠りの精:稲垣絢子(ソプラノ)

佐藤正浩指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
バレエ:エコール・ドゥ・ハナヨ・バレエ,合唱:OEKエンジェル・コーラス

演出:藪西 正道

Review by 管理人hs  

ヨーロッパの都市では,クリスマス・シーズンに「くるみ割り人形」などと並んで,歌劇「ヘンゼルとグレーテル」が上演され,家族で鑑賞するということが多いようです。金沢でもその気分を味わおうということで,今年は,クリスマス・イブとそのイブの2日連続で,「ヘンゼルとグレーテル」公演が行われました。私はそのうちの,23日の公演を観て来ました(23日公演は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演として行われました。)。

石川県立音楽堂の邦楽ホールでは,これまでもたびたび小編成のオペラ公演を行っており,成果を上げてきました。オペラ公演は,純粋な定期公演に比べると,総合芸術だけあって,多面的に突っ込みを入れられるのが楽しいところです。逆に言うと,「完璧な公演はなかなかない」ということになりますが,そのことがまた魅力的で,人間的な点でもあります。今回の公演もまた楽しめる内容でした。

フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」は,子供でも楽しめるという,西洋のオペラでは珍しい作品です(オペラの題材は,不倫,殺人ばかりですね)。「ヘンゼルとグレーテル」も原作の方は,童話ならではの残酷さがあるのですが,オペラ版の方は,家族愛を中心によりマイルドで親しみやすい内容になっているのが特徴です。そういう作品を,「大人1人で楽しめるものだろうか?」と観る前は思ったりしましたが,ほとんど違和感なくオペラに浸ることができました。

この日は,邦楽ホールの客席の前方をオーケストラピットとして使っていました。もともと700席程度のホールですので,考えてみると大変贅沢なオペラ上映ということも言えます。

序曲は,オペラの終盤で「祈りの音楽」として出てくるホルンの重奏で始まりました。この日のOEKの編成は,弦楽器が5人だけ,管楽器はホルン以外は1人だけというコンパクトな編成でしたが,楽器は一通り揃っており,小規模ホールで聞く分には,物足りなさは感じませんでした。もともとフンパーディンクのこのオペラは,ワーグナーの影響を受けた後期ロマン派的な重厚さのある作品なのですが,軽やかさと同時に,各楽器の音がくっきりと聞こえる濃密な雰囲気がある演奏は,独自の魅力を持っていました。

序曲の間,ステージ上でもいろいろと動き回っていました。小道具を使って魔女が空中を横切ったり,森を暗示させるセットが出てきたり,「目で見るライトモチーフ」的に雰囲気を高めていました。その後,ヘンゼルとグレーテル一家のセットが背後から舞台前方にスッと出てきましたが,こういったスムーズな動きが可能なのも,邦楽ホールならではです。オペラ全体を通じて,舞台転換のストレスを感じることなく,作品のストーリーを楽しむことができました。

最初の場は,ヘンゼルとグレーテルが留守番をしている場でした。「おかあさんといっしょ」に出てくるような,「トントントン」といった擬音が入る歌が出てきて,ちょっと照れくさかったのですが,次第に気にならなくなりました。グレーテル役の西野薫さんとヘンゼル役の直江学美さんは,ほとんど出ずっぱりで,大変だったと思いますが,お二方とも役柄にぴったりの歌と演技でした。大人が子供の役を演じるのは「どうかな?」と見る前は思っていたのですが,大人だからこそ,子供を演じられるのだと思います。特に,全編を通じて,しっかりもののグレーテルにぴったりの張りのある声を聞かせてくれた西野さんの声は素晴らしいと思いました。直江さんの方は,もう少し落ち着いた声質で,こちらも男の子役にぴったりでした。

しばらくすると,お母さんとお父さんが家に戻ってきます。長澤雪乃さん演じるお母さんは,やけに生活に疲れているいるようで,思わず親側の視点から同情してしまいました。ちなみに,グリム童話の原作では,「継母」ということで,ヘンゼルとグレーテルを森に捨てろとお父さんに命じる冷酷なキャラクターなのですが,オペラ版では普通のお母さんです。

お父さん役の星野淳さんは,この日のキャストの中でいちばん声量があり,朗々とした声を会場いっぱいに響かせていました。1階の客席側から「ランラララー」と歌いながら登場すると,ホール全体が,一気に「芝居小屋」という感じになり,雰囲気が盛り上がりました。ユーモアと大らかさのある歌で,「ドイツのお父さん」というイメージを強く感じさせてくれました。

その後,一瞬,魔女が登場して(金沢弁をしゃべっていた?),森の怖さを暗示した後,第2幕になりました。今回のセットは非常にシンプルなもので,気づいてみるといつの間にか第2幕になっているという感じでした。この小回りの効いている感じが,舞台全体のコンセプトとぴったり合っていました。照明も巧く使われていました。

第2幕では,まず,ヤマハ音楽教室のCMでお馴染みの曲(ドレミファソーラファ,ミ・レ・ドーと歌っている曲ですね)が出てきます。「こびとが森に立っている」という曲らしいのですが,聞き覚えのあった子供たちも多かったと思います。その後,カッコウの鳴き声が出てきたり,平和な場面が続きます。この部分では,木管楽器の音がとても奇麗に響いていました(カッコウの鳴き声自体は,打楽器奏者が笛を吹いていたようでした)。カッコウの声に合わせるように,イチゴをついつい食べ過ぎてしまう辺りは,観ていてオペラ的だなと思いました。

怪しいこだまが聞こえてきて(照明が変わり,舞台裏から合唱が聞こえてきました),少しずつ雰囲気が変わっていった後,稲垣絢子さんの「眠りの精」が登場しました。子供に砂を掛けて眠らせるというシーンで,何ともロマンティックでした。稲垣さんの優しい声と相俟って,陶然とした雰囲気に包まれました。

続いて前半の見せ場である,夢の中に14人の天使が登場する場になります。ステージにスモークが出てくる中,舞台袖から,エコール・ドゥ・ハナヨ・バレエの14人のダンサーが次々と白い衣装で登場し,ヘンゼルとグレーテルを取り囲みます。夢の場をバレエで表現することはよくありますが,幻想的な気分がさらに大きく盛り上がりました。音楽と雰囲気がぴったりとマッチし,時間が止まってしまったような気分になりました。

その後,休憩が入りました。後半は第3幕です。

ホルンが楽しげな動機を演奏した後,それがいろいろな楽器で繰り返され,幕が開きます。今度は,安藤明根さんの「露の精」が登場し,眠っている二人を起こします。とても可憐な声で,前半に出てきた,「眠りの精」と好対照でした。オペラ全体としても,シンメトリカルな構成になっていると感じました。親しみやすいメロディとともに,緻密に計算された構成になっている点が,名作として現在も繰り返し上演されている理由なのではないかと感じました。

この部分は,グレーテルの見せ場にもなっています。オペラ全体を通じて,グレーテルの方が利発で,ヘンゼルはおっとりとした感じですが,ここでもグレーテルの方が先に「露」に反応して目覚めます。その後,グレーテルがヘンゼルを起こすのですが,この部分での,西野さんの燐とした高音が見事でした。

その後,お菓子の家が出てくるのですが...この家はちょっと期待はずれでした。お菓子の絵の描かれた背景という感じでした。と感じたのも,この日,音楽堂の玄関に,「リアルお菓子の家」が置いてあり,ついつい,こういう立体的な家を期待してしまっていたからです。

(参考ページ) http://ongakudoishikawa.blog14.fc2.com/blog-entry-135.html

ここからは,魔女VSヘンゼルとグレーテルのシーンとなりますが,ここでもヘンゼルの方がすぐに捕まってしまい,魔女VSグレーテルということになります。魔女役はアルトまたはテノールが指定されているのですが,今回はテノールの志田雄啓さんが演じていました。歌っている内容がやや聞き取りにくかったのがちょっともどかしい気はしましたが(この日は,あらすじを伝える字幕があったので,大きな問題ではありませんでしたが),濃いキャラクターを見事に演じていました。

ほうきを使って歌う場では,照明がぐるぐる回る中,小悪魔ならぬ小魔女(エコール・ドゥ・ハナヨ・バレエの皆さん)を引き連れて,楽しげに歌い,気分を大きく盛り上げてくれました。男声歌手が手下を連れて演じると,ちょっとマイケル・ジャクソンのミュージックビデオ風になるかな,などと楽しみながら見てしまいました。

ただし,魔女は,唯一の敵役なのですが,やけに弱かったですね。やはりこの辺は,子供を対象とした作品だからかもしれません。土俵際で肩透かしを喰って,あっさり自分でかまどに飛び込んでしまった感じでした。あまりリアルにやりすぎると,後味の悪さがあるのかもしれません。

その後,大詰めの場になり,グレーテルが魔法を解く呪文を唱えると,これまで閉じ込められていた子供たちが,解放され,舞台上に「わーっ」と勢揃いします。この自然でふだん着っぽい雰囲気がとても良かったと思います。見ているだけで,嬉しくなりました。そして,OEKエンジェル・コーラスの皆さんが「14人の天使たち」の祈りの歌を歌いました。この部分も,分かってはいても,感動的です。序曲の中では,ホルンの重奏で,前半最後ではバレエと一緒に,そしてこの部分では児童合唱で,とそれぞれに違う表情で演奏されることで,懐かしさに似た感動が沸いてきました。

さらにこの場にお父さんとお母さんも入ってきて,再会シーンとなります。この部分も,分かっていても感動します。クッキーになってしまった魔女の小道具が出てきて,魔女のオチが付いた後,歓喜のエンディングで幕となります。

オペラの最初の部分では,「おかあさんといっしょ的かな?」と感じていたのものが,音楽と共にエピソードを積み重ねるうちに,段々とリアルな感動に変化してきました。この辺が,この作品の魅力なのだと思います。

今回は,小編成のオーケストラを補強するように,ピアノが加わっていました。これも効果的でした。リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」を思わせるような,切れ味の良さもあり,オリジナリティのある,OEK版「ヘンゼルとグレーテル」となっていました。終演後は,全キャストにエコール・ドゥ・ハナヨ・バレエの皆さん,OEKエンジェル・コーラスの皆さんが加わってのとても良い雰囲気のカーテンコールが続きました。

邦楽ホールでの小編成OEK伴奏によるオペラとしては,来年2月にメノッティのオペラ「泥棒とオールド・ミス」他が上演されますが,小規模ホールならではの迫力のあるシリーズとして,今回ぐらいの入場料金で2回上映という形で定着していくことを期待しています。「ヘンゼルとグレーテル」についても,時々,この時期に,再演して欲しいものです。(2011/12/24)


関連写真集


公演の立看板。右に写っているのは,同じ日にコンサートホールで行われた,石川県音楽文化協会による荘厳ミサの演奏会の看板です。


音楽堂の玄関です。


交流ホールでは,ピティナのコンテストを行っていました。この日の音楽堂は,3ホールともフル稼働ですね。


OEKの次の定期公演を紹介するパネルが出ていました。


邦楽ホール前です。ANAクラウンホテルによる,本物のお菓子で出来た「お菓子の家」です。


邦楽ホール側の入口です。