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いしかわミュージックアカデミー日本海交流コンサートwith 井上道義&オーケストラ・アンサンブル金沢
2011年8月27日(土)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)レスピーギ/リュートのための古代舞曲とアリア第3番
2)サラサーテ/カルメン幻想曲,op.25
3)コルンゴルド/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
4)ミルシュタイン/パガニーニアーナ
5)ラヴェル/ツィガーヌ
6)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
●演奏
山根一仁*2, クララ=ジュミ・カン*3-4, 南紫音*5, ホァン・モンラ*6(ヴァイオリン)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-3,5-6;IMA弦楽アンサンブル*1

Review by 管理人hs  

このところ演奏会通いが立て込んでいます。今日は,いしかわミュージックアカデミー(IMA)の受講生で,その後,国内外のコンクールで活躍している若手ヴァイオリニストと井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演する日本海交流コンサートを聞いてきました。

IMA期間中,いくつか関連の演奏会が行われてきましたが,この演奏会は,その「締め」ということになります。ここ数年,IMAの成果が(特にヴァイオリン部門で)顕著に現れてきていることもあり,この日本海交流コンサートの雰囲気が年々華やかな感じになっています。神尾真由子さんやホァン・モンラさんのように受講生だった人が講師になって帰ってきたり,IMAを中心に正のスパイラルが出てきているのも須らしいことです。

個人的には,フル編成のOEKの演奏を聞くのは,7月中旬以来ということで,まずはオーケストラの音を石川県立音楽堂のコンサートホールで聞けたのが嬉しかったのですが,今回の主役は,やはり,4人の若手ヴァイオリニストでした。

今年は次のとおり,素晴らしいコンクール受賞歴を持った方々が勢揃いしました。
  • 山根一仁:2010年 日本音楽コンクールで優勝
  • クララ=ジュミ・カン:2010年 インディアナポリス国際ヴァイオリンコンクール優勝
  • 南紫音:2005年:ロン=ティボー国際音楽コンクール2位
  • ホァン・モンラ:2002年パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール優勝

まず最初に,IMA弦楽アンサンブルとOEKによる合同の演奏が行われた後,この順に各奏者とOEKとの共演が続きました。ヴァイオリン協奏曲的な作品ばかりが続く変則的な演奏会でしたが,それぞれの個性が発揮されており,「若手ヴァイオリニストの競演」といった趣きのある華やいだステージとなりました。

山根一仁さんは,今回登場したヴァイオリニストの中では唯一の男性奏者&最年少でした。今年の3月のOEKの定期演奏会で郷古廉さん,4月の定期演奏会で三浦文彰さんという男子高校生ヴァイオリニストの演奏を聞いたばかりですが,山根さんは,さらに学年が下で,現在高校2年生です。昨年IMAを受講し,IMA音楽賞を受賞した後,その勢い(?)で日本音楽コンクールで優勝,ということでIMAの主催者側としても,我が子の活躍を見るように嬉しかったのではないかと思います。

さて,山根さんの演奏ですが,若い高校生ならではの演奏でした。特に最後の部分の物凄いスピード感は,十代の奏者らしさがダイレクトに出ており,清々しさを感じました。この部分では,徐々にテンポを速くしていくのかと思ったら,最初から結構テンポが速く,その点でもスリリングでした。曲自体,大変変化に富んでいますが,山根さんの演奏は,表現の幅がとても広く,井上道義さんのコミカルな指揮と相俟って(井上さんは,奏者を盛り上げるのが本当にうまい!),生き生きとしたオペラのハイライトを見るように楽しむことができました。ちょっと粗っぽいかな,という部分はありましたが,井上さんが語っていたように,これから体を作っていけば(何か高校野球の選手についてのコメントのようですが。),さらにスケールの大きな奏者になることでしょう。「伸び代」を感じさせてくれる奏者でした。

それにしても「十代男性ヴァイオリニスト3羽カラス」(私が勝手につけたネーミングです)ですが,皆さん揃って,スマートな方でしたねぇ。衣装も詰襟風でしたが,この辺にも流行があるのでしょうか?

続いて,クララ=ジュミ・カンさんが登場しました。クララさんは,昨年IMAを受講した後(最終調整という感じ?),山根さん同様,その勢いで,インディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクールで優勝しています。クララさんは,昨年のこの公演に続いての登場ですが,さらに貫禄を増していました。今回は鮮やかな裾の長い青のドレスで登場しました。辺りを払うような雰囲気があり,既に完成されたヴァイオリニストと思いました。

今回演奏されたコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は,この日のプログラムでいちばん楽しみにしていた作品でした。OEKが演奏するのも,初めてだと思います。

コルンゴルトは,20世紀前半に活躍したオーストリアの作曲家です。非常に才能が豊かで,若くして多くの名声を得たのですが,ユダヤ系であったため,その後,アメリカに亡命せざるを得なくなり,ハリウッドで映画音楽の作曲家として活躍することになった「不遇の作曲家」と言っても良い作曲家です。しかし,近年再評価が進んでおり,今回演奏されたヴァイオリン協奏曲など,徐々に作品が演奏される機会が増えてきている作曲家です。

このハリウッド大作映画の香りと20世紀の作品らしい斬新さを兼ね備えたような,非常に魅力的な作品をクララさんは,時に濃厚に,時に鮮やかに聞かせてくれました。第1楽章冒頭のロマンティックな気分など,最高でした。演奏後,井上さんは「クララさんは大変忙しく,2週間でこの曲を仕上げた(すごい)」と語っていましたが,そうとは思えない,大変完成度の高い演奏で,ピンとした音で過不足なく曲の魅力を伝えてくれました。オーケストラとの掛けあいも大変堂々としていました。

この曲を実演で聞くのは今回初めてだったのですが,そのオーケストレーションもとても面白いものでした。それほど大きな編成ではないのですが,鍵盤系打楽器,チェレスタ,ハープ,チューブラベルなどが加わっており,冒険活劇映画のクライマックスを思わせるような部分が随所にありました。第2楽章などは抒情的で優しい雰囲気なのですが,宇宙空間を思わせる静謐感が漂い,独特の魅力がありました。第3楽章は,どこかコミカルな味があり,生き生きとした躍動感を伝えてくれました。要所要所でホルンが力強い音で入ってくるのも,ハリウッドのSF映画的ですが,今回の演奏でも大変豪快に演奏されており,曲の雰囲気を爽快なものししていました。

余談ですが,この曲の最初の部分を聞くと,以前NHKで放送していた「シャーロックホームズ」シリーズ(ジェレミー・ブレットが演じていた「定番」)のテーマ曲を思い出します。結構似ていると思うのですが,いかがでしょうか?CDで聞くとしたら,レトロな感じのする,ハイフェッツの古い演奏がその雰囲気にぴったりです。

曲全体としては,バーバーのヴァイオリン協奏曲にも似た雰囲気があります。来年辺り,IMA日本海コンサートで,今度はバーバーのヴァイオリン協奏曲なども聞いてみたいものです。

休憩後,南紫音さんが登場しました。南さんがロン=ティボー国際音楽コンクールで2位に入賞してから少し時間が経ちましたが(それでもまだ大学生です),昨年,第21回出光音楽賞を受賞されたり,CDを発売されるなど,こちらも順調にキャリアを伸ばされています。また,既にOEKとは何回も共演されています。

今回の南さんの衣装は,図らずもクララ=ジュミ・カンさんとほとんど同じような鮮やかな青色でしたが,そのイメージどおりの深さと落ち着きを感じさせてくれる演奏でした。ラヴェルのツィガーヌは,IMA関係のコンサートでも頻繁に取り上げられる作品です。冒頭部分から激しく野性的に演奏されることもありますが,南さんの演奏は,あまり重苦しい雰囲気にはならず,鮮やかにまとめていました。もう少しオーケストラと激しくぶつかりあって欲しいかな,という部分もありましたが,こちらも着実に成長されていることを示していました。

最後に,今回からIMAの講師にもなったホァン・モンラさんが登場しました。以前にもモンラさんがIMAの演奏会に登場したことはありますが,私自身,協奏曲の演奏を聞くのは今回が初めてのことです。今回演奏された,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は,名曲中の名曲ということで,過去何回も聞いてきました。近年の演奏では,昨年,井上道義さん指揮OEKとの共演で聞いた五嶋みどりさんによる限界まで張りつめたような緊張感漂う演奏を思い出しますが,それとは対照的な演奏でした。

モンラさんの演奏は,「暖色系・脱力系」といった演奏でした。もちろん技巧的にはしっかり安定しているのですが,くすんだ落ち着いた色合いのある演奏で,聞きながら,「さすが大人だ(一般的にはまだまだ若手という年齢ですが)」と実感しました。技巧を華やかに誇示しても面白い曲ですが,今回のような「優しい表情」主体の演奏というのも大変新鮮でした。その分,展開部の最初の方など,オーケストラが気持ち良く,伸び伸びと開放的に演奏しているのが良いコントラストになっていました。

第2楽章はもともと優しい表情中心の楽章ですが,弱音器付きのさらにくすんだ音でデリケートに聞かせてくれました。ただし,ここでもそれほど神経質な弱音という感じはなく,あくまでも自然体という歌を聞かせてくれました。遠藤さんのクラリネットなどの木管楽器との絡みもしっくりなじんでいました。第3楽章も速いテンポにも関わらず,慌てた感じにはならず,気付いてみたら凄い,という演奏でした。

この曲については,これだけ何回も演奏されてくると,いろいろなタイプの演奏を聞きたくなります。今回のモンラさんの演奏は,「熱演」を敢えて避けているようなところがあり(その点では,物足りないと感じた人もあったかもしれません),私には,大変面白く聞くことができました。

最後になってしまいましたが,最初に演奏された,OEK弦楽セクション+IMA弦楽アンサンブルによるレスピーギのリュートのための古代舞曲とアリア第3番も楽しめました。IMA単独で演奏するのかと思っていたのですが,OEKとの合同によるかなりの大編成の弦楽合奏でした。これがまた素晴らしい演奏でした。

BGM的に使われることもある曲ですが,今回の演奏には,壮大な叙事詩を見るようなスケール感がありました。第1曲のゴージャスな滑らかさ,第2曲の冒頭部のヴィオラとチェロの美しさなど各曲ごとにドラマを感じさせてくれました。第3曲,第4曲と次第にシリアスさを増し,最後の部分で,壮麗な大聖堂が築かれ,悲劇のエンディングを見るような聞きごたえがありました。日頃,室内オーケストラの編成で聞くことが多いので,今回のような演奏もとても新鮮に感じました。

この演奏の時には,現在音楽堂で並行して行っている文屋充徳さんによるコントラバス講習会の受講生3名もコントラバス奏者として参加していましたが,さらにステージ上には,今日から行われる「井上道義による指揮講習会」の受講生のメンバーまで座っていました(「皆さん,ステージ上でOEKを指揮したいでしょう?」と「餌」を見せる意図?)。8月末の音楽堂でのイベント総結集という感じで,ステージ上は,どこか華やいだ気分がありました。

というようなわけで,演奏会全体の時間もとても長くなりましたが,この夏の総決算といった感じの,聞きごたえのある演奏会になりました。この雰囲気は,是非,今後も続けていって欲しいと思います。

PS. レビューをまとめていて気付いたのですが,今回演奏された協奏曲はどちらも「ニ長調op.35」でした。もともとニ長調のヴァイオリン協奏曲は多いのですが,とても面白いですね。何かの因縁でしょうか?

PS. コルンゴルトの歌劇「死の都」について,トークの中で「天才の作品」と井上道義さんは絶賛されていましたが,調べてみると,1996年に井上さんが日本初演をされているようです。金沢で再演というのは期待できないでしょうか?  (2011/08/28)

関連写真集


公演の立看板


カフェコンチェルトには,先週行われた「夏休みコンサート」用の子供たちの絵が展示されていました。「ピーターと狼」のキャラクターを描いたものです。


交流ホールでは,演奏会後,井上道義さんによる指揮講習会のオーディションが行われるようです。その準備がされていました。


8月31日,コントラバス講習会と指揮講習会の2つの講習会の受講生発表会が行われます。


終演後の音楽堂前です。この公演には,IMA受講生も多数聞きに来ていたようで(1曲目で演奏した人もいたと思いますが),楽器を持っている人の姿を多数見かけました。