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オーケストラ・アンサンブル金沢第313回定期公演PH ニューイヤーコンサート2012
2012年1月8日(日) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲, K.620
2)グリーグ/ピアノ協奏曲 イ短調, op.16
3)(アンコール)シューベルト(リスト?編曲)/歌曲集「白鳥の歌」〜セレナード
4)ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調, op.55「英雄」
5)(アンコール)ベートーヴェン/交響曲第8番へ長調, op.93〜第2楽章
●演奏
山田和樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
モナ=飛鳥・オット(ピアノ*2-3)
プレトーク:響敏也

Review by 管理人hs  

20112年最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,山田和樹さん指揮のによるニューイヤーコンサートでした。ステージ上には花が飾られ,女性職員の皆さんが色とりどりの着物で出迎えて,というのは例年どおりで(今話題の「レディ・カガ」などを連想してしまいました),音楽堂全体が新年らしい華やかな空気に包まれていました。お客さんもとてもよく入っていました。

プログラムは,シュトラウス・ファミリーを中心としたウィーンの音楽,というパターンではなく,ベートーヴェンの「英雄」とグリーグのピアノ協奏曲を中心に,名曲をじっくりと聴かせてくれるオーソドックスな構成でした。

この日の指揮の山田和樹さんは,OEKのミュージック・パートナーで,ラ・フォル・ジュルネ金沢などではお馴染みですが,定期公演に登場するのは,昨年6月に続いて,今回が2回目です。ただし,この時はロジェ・ブトリーさんの代役でしたので,選曲も含めると,今回が実質的な初登場ということになります。2012/2013シーズンから,スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者に就任されることが決まっているなど,現在最も注目度の高い若手指揮者の一人である山田さんがどういう演奏をOEKから引き出すか―これが今回のいちばんの注目でした。

演奏会の最初は,モーツァルトの歌劇「魔笛」序曲で始まりました。冒頭の和音から,曲全体が無理なく,すっきりとまとまっており,大変気持ちの良い演奏でした。主部は,OEKならではのキレ味の良い,流れの良い音楽になりますが,それでもトゲトゲしくなる部分はなく,まろやかな余裕が感じられました。

この日のOEKの楽器の配置は,下手から,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラと並び,その奥にコントラバス,という「普通」の配置でした。最近の定期公演では,対向配置が「普通」になっていますので,かえって珍しい配置です。奏法の方も,特に古楽奏法を意識したものではありませんでしたが,どういう配置・奏法を取るにせよ,意図する演奏をもっとも効果的に実現できるならば,その方法を取るという柔軟な考え方なのだと思います。

2曲目のグリーグのピアノ協奏曲には,この日のもう一つの注目,若手ピアニストのモナ=飛鳥・オットさんが登場しました。モナさんは,3年前,同じOEKのニューイヤーコンサートに登場したピアニスト,アリス=沙良・オットさんの妹です。鮮やかな赤いドレスで,ステージに登場する姿は,アリスさんとそっくりでした。

グリーグの協奏曲をOEKが定期公演で取り上げるのは,「新世界から」並みに珍しいことです。恐らく,2005年4月末の定期公演以来のことだと思います。

この曲の場合,まず,「格好良い始まり方」が注目です。モナさんの音には,集中力の高い強靭さと同時に,透明感のあるデリケートさがありました。OEKの演奏も同様で,非常に丁寧にニュアンスの変化を付けていました。第1楽章の途中,一瞬,「ヒヤリ?」という部分があったり,速いパッセージの動きが雑な気がしましたが,全曲を通じて物怖じしない伸びやかさがあり,曲の持つ初々しい雰囲気によく合っていました。楽章最後のカデンツァなども大変堂々としていました。

OEKの方は,第2主題でのカンタさんのチェロの熱い歌,ファゴットやホルンに出てくる対旋律など,若い奏者を味のある演奏で盛り上げていました。

第1楽章の後,結構盛大に拍手が入りました。この日は大勢のお客さんが入っており,恐らく,いつもの定期会員以外の方が多かったのだと思います。「スターライト席」効果も含め,「新しい年だ。クラシック音楽のコンサートにでも行ってみるかな」という人が多かったとすれば,嬉しいことです。そういう感じの拍手だったのではないかと思います。

第2楽章には,「北国の冬の部屋の中の暖かさ」といったムードがありました。両端楽章には,北欧的なクールさがあったので,良いコントラストになっていました。ピアノとオーケストラが一体となって,ほのかな暖かさを感じさせてくれるあたり,「金沢の冬」にぴったりでした。

第3楽章では,ピアノ,オーケストラともども,キレ味の良い音楽を聴かせてくれました。特に小編成ならではのOEKの機動力のある音の動きが印象的でした。力強さにも不足していませんでした。中間部は,フルートの印象的なソロで始まります。この部分では,上石さんが,「やっぱり北国だなぁ(別に「ふるさと不足」というわけではありませんが)」と思わせる,魅力的な音をたっぷりと聞かせてくれました。その後のショパンのピアノ協奏曲のような雰囲気も魅力的でした。

エンディングは,ピアノとオーケストラをピタリと合わせるのが難しい部分で,今回の演奏からも,スリリングな”駆け引き”が伝わってきました。この辺は,ライブならでは面白さです。モナさんのピアノから発散される若いエネルギーとオーケストラとがぶつかり合いを楽しむことができました。

アンコールでは,シューベルトの歌曲集「白鳥の歌」の中の有名な「セレナード」をピアノ独奏用に編曲したものが演奏されました。途中,ちょっと怪しい部分がありましたが,たっぷりとした歌が魅力的でした。

後半の「英雄」は大変充実した演奏でした。山田さん指揮OEKのベートーヴェンといえば、数年前の「オーケストラの日」に聞いた第7番での熱い演奏を思い出すのですが,その時の,「若武者」といった感じの演奏から一段進化しているように感じました。

第1楽章の最初から,非常に柔らかな雰囲気で始まりました。若々しく推進力のある演奏を予想していたので、ちょっと意外だったのですが、アビゲイル・ヤングさんのリードするOEKの作る自発的な音楽の流れをうまくコントロールするような指揮ぶりでした。指揮の動作も基本的に控えめで,音楽の流れと,この楽章独特の変拍子風のアクセントを示すだけという感じでした。そのことによって,アクセントが大げさになり過ぎず,小気味良く決まっていました。呈示部の繰り返しは行っていませんでした。

そういう点で(例えば,井上道義さん指揮のカロリーの高い「英雄」などと比べると),呈示部については,やや物足りなさを感じた人があったかもしれませんが,楽章全体,曲全体の構成を踏まえたようなバランスの良さがあり,展開部,再現部,コーダと曲が進むにつれてそのスケール感がじわじわと高まってくるような大きな流れを感じました。「英雄」は,これまで何回も聞いてきた曲なので,「これからどう盛り上がっていくのかな」と推測しながら楽しんでしまいました。有名曲については,こういう感じで色々なアプローチを楽しめるのが面白いところです。

第1楽章のコーダの,トランペットが高らかに主題を演奏する部分は,メロディが途中でフッと消えてしまう形になっていました。これが楽譜どおりなのですが,一瞬「アレッ」という感じになります。何かの本で「ナポレオンが落馬したと解釈できる」などと書いているのを読んだことがありますが,そういう印象でした。その後は,非常に引き締まったコーダで,お祭り騒ぎになり過ぎないようなリアルさを感じました。

第2楽章も遅めのテンポでじっくりと演奏されていました。水谷さんのオーボエをはじめ,各楽器の息の長〜い歌が印象的で、ここでもスケールの大きさを感じました。第1楽章,音楽が進むに連れて,スケール感を増していくような演奏でした。中間部,金聖響さん指揮のCDでは,強烈にティンパニを叩かせている部分なども,それほど深刻な感じはなく,抑制された中に緊張感を漂わせていました。楽章全体として,中間部を中心に滑らかなアーチを描いているような大きな形を見せてくれるような演奏だったと思います。

第3楽章は,軽やかで精緻な弦楽器の音の刻みで始まりました。推進力と音のバランスの良さを聞かせてくれる,さすがOEKという部分でした。中間部のホルンも堂々と聞かせてくれ,全曲の大きな流れの中の良いアクセントになっていました。

第3楽章の後,山田さんは指揮棒を下に降ろすことなく,ちょっと間を置いた後,その勢いを維持して,第4楽章に入っていきました。堂々と主題を呈示した後,変奏が続くのですが,ここからは,大変精緻で鮮やかな音の絡み合いの連続でした。変奏が進むごとに,違う楽器が順に浮き上がっては消え,浮き上がっては消えを繰り返します。音楽の流れも自由自在にコントロールされていました。ホルンが大きく主題を演奏して,クライマックスを築いた後,コーダに入っていくのですが,この部分でのキリリと締まった,シリアスな表情も魅力的でした。集中度の高い音の連続で、充実感を残して、全曲を締めてくれました。OEKをしっかりコントロールした、見事な「英雄」だったと思います。

山田さんは,演奏が終わった後,しばらくお客さんの方には向かず(この点でも井上道義さんと対象的),OEKメンバーと固く握手をしたり,抱き合ったりしていましたが,オーケストラといっしょに作り上げた「英雄」という感じだったと思います。山田和樹さんは,小澤征爾さんの代役で2010年にサイトウ・キネン・オーケストラを指揮して,ベートーヴェンの交響曲を指揮されていますが,その時のスタンスに近い音楽の作り方だったのかもしれません。演奏後,メンバーの1人1人を立たせている光景を見ながら,そう感じました。

アンコールでは,ベートーヴェンの交響曲第8番の第2楽章が演奏されました。この曲でもOEKのレスポンスが非常に良く,木管楽器を中心に心地良い音が非常にくっきりと聞こえてきました。自発性に任せているようでいて,しっかりとコントロールした「お見事」という余裕たっぷりの演奏でした。

山田和樹さんとOEKは,金沢での定期公演の後,富山県射水市,東京,大阪,札幌とツァーを続けます。東京,大阪ではベートーヴェンの交響曲第5番,モーツァルトのピアノ協奏曲「戴冠式」を演奏し,札幌ではヴァイオリンの山根一仁さんと共演します。これらの演奏も将来,金沢で聞いてみたいものです。今回のツァーが,山田和樹さん指揮によって,井上道義さん指揮とは違った,OEKの別の魅力をアピールする良い機会になることを期待したいと思います。(20121/01/09)


石川県立音楽堂内外の正月飾り



音楽堂周辺のホテルは成人式ラッシュ
ちなみに「校下」というのは,おそらく金沢独特の用語です。小学校の校区とほぼ一致しているのですが,昔から何となく,「町内会」の集合体的な意味で使っています。「城下」の変形でしょうか。













関連写真集


この日の公演の立看+門松


次回公演の立看前にも門松


ラ・フォル・ジュルネ金沢2012のポスターも登場。今見ると,やや寒そう。


ニューイヤーコンサート恒例のOEKメンバーのサイン入り立看板


サイン会の時にはお2人の後ろに移動


OEKメンバーがお見送りをしてくれていました。

*この日は,山田和樹さんとモナ=飛鳥・オットさんのサイン会がありました。





今年も「OEKどら焼き」のサービスがありました。

着物を着ている女性職員から手渡して頂きました。




餅が入っていてとても美味しいどら焼きです。