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オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ:もっとカンタービレ第30回
2012年2月1日(水) 19:00開演 石川県立音楽堂交流ホール
1)モーツァルト/ピアノ四重奏曲第1番ト短調,K.478
2)モーツァルト/ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調,K.452
3)ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲ト短調,op.57
●演奏
ラルフ・ゴトーニ(ピアノ)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1,2),江原千絵(ヴァイオリン*3),丸山萌音揮(ヴィオラ*1),アンドレイ・グリチャック(ヴィオラ*3),ソンジュン・キム(チェロ*1),ルドヴィート・カンタ(チェロ*3),水谷元(オーボエ*2),遠藤文江(クラリネット*2),柳浦慎史(ファゴット*2),金星眞(ホルン*2),
Review by 管理人hs  

この日から2月ということで,相変わらず金沢では雪の日が続いています。そういう悪条件の中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」を聞いてきました。お客さんはどれぐらい入っているかな?と少々心配だったのですが,ホールに入ってみるといつもにも増して大入りでした。

今回の室内楽は,先週定期公演に登場したばかりのラルフ・ゴトーニさんがピアニストとして登場し,アビゲイル・ヤングさん,ルドヴィート・カンタさんなどOEKの首席奏者を中心としたメンバーと共演しました。

これだけ短期間に,一人のアーティストを中心に,オーケストラ公演と室内楽公演が集中的に行われたことはこれまでになかったことです。それだけゴトーニさんとOEKの信頼関係が強いことを示しているのではないかと思います。演奏されたのは,名曲にも関わらず,金沢で実演に接する機会の少ない作品でばかりでした。そのことも雪に負けずお客さんが大勢集まった理由の一つだったと思います。今回のような”良いプログラム”で,しっかりお客さんが入るのは,金沢の聴衆が成熟してきている証拠と思い,まず,嬉しくなりました。

演奏は,その期待どおりで,どの曲も聞きごたえがありました。

モーツァルトのピアノ四重奏曲第1番はト短調の曲ですが,それほど深刻な感じはせず,安心感のあるゴトーニさんのピアノの上でヤングさんを中心とした弦楽アンサンブルが意欲に溢れた音楽を聞かせるといった演奏でした。ヤングさんとゴトーニさんは,イギリス室内管弦楽団時代からの旧知の間柄のようですが,ヤングさんの”動”とゴトーニさんの”静”の対比が印象的でした。音楽の流れにも緊張と弛緩が交錯しているような自在な感じがありました。

第2楽章にはアットホームな気分があり,暖かみのある音楽をじっくりと聞かせてくれました。第3楽章もまた,包容力のある粒立ちの良いゴトーニさんのピアノに支えられて,快適な音楽が気持ち良く流れました。交流ホールは,弦楽器を聞くにはややデッドな響きなのですが,ヤングさんが中心となって作るメリハリのある音楽の魅力はしっかり伝わってきました。

続くピアノと管楽のための五重奏曲は,まず,OEKの4人の管楽器奏者の音の素晴らしさに聞き惚れました。交流ホールだと管楽器の音は特に生々しく聞こえてきます。序奏部からじっくりと演奏されており,鮮やかな音がしっかりと耳に飛び込んできました。同じオーケストラのメンバーだけあって,音量のバランスもぴったりでした。曲想自体が華やかなので,4人のソリストによる豪華な競演といった趣きがありました。

ゴトーニさんのピアノには,アンサンブルを邪魔しないバランスの良さがありましたが,随所で華麗なパッセージを気持ち良く聞かせ,音楽をさらに華やかなものにしていました。主部に入ると音楽にスピード感が出てきて,生気に満ちた音楽に浸ることもできました。

第2楽章は落ち着いた雰囲気になり,じっくりと聞かせる大人の音楽になっていました。第3楽章も慌て過ぎることのない音楽でした。各楽器が出たり入ったりするような自在な音の絡み合いが面白く,メンバー間で自由に対話をしているような面白さがありました。それでいて,ゴトーニさんのピアノを中心にきっちりとまとまっていました。その絶妙の音のやり取りを聞きながら,「仲間の音楽」だなぁと感じました。

エンディング付近に出てくる「タッタタタッタ,タ」というリズムの部分を聞くといつも,ちょっとユーモラスで和やかな気分になるのですが,今回の演奏は特に良い味が出ていました。同じ編成の五重奏曲はベートーヴェンも作っていますので,是非,次回はこちらの方も聞いてみたいものです。

後半は,ショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲が演奏されました。この曲は,ピアノの一撃から始まります。ゴトーニさんのピアノは,モーツァルトの時とは打って変わって,底光りするようなスケールの大きな音を聞かせてくれました。それに続く,OEKの首席弦楽奏者たちによる演奏も耳が離せないものでした(ちなみにこの演奏は,実に多国籍でした。英国,日本,ロシア,スロヴァキア,フィンランドの5カ国の出身者による五重奏)。ゆったりとした中に常に緊張感をはらんでいました。静かな雰囲気の中に熱さと濃さがありました。特にヴィオラのアンドレイ・グリチャックさん(一瞬,井上道義さんに見えてしまいました...)の表現力が素晴らしく,じっと聞き入ってしまいました。

この曲は,5楽章形式の曲ですが,楽章間でそれほど大きなインターバルを取っていませんでした。続くフーガの部分も内容の詰まった音楽が続き,神秘的でした。ゴトーニさんのピアノの底知れぬ迫力も聞きものでした。

スケルツォの部分は,ショスタコーヴィチ独特の明暗が入り混じった狂気を感じさせるような音楽で,キリキリと軋むような弦楽器の音に凄みがありました。ピアノが高音で連打した後,ピタリと終わる終結部にも唖然とするような迫力がありました。その後,ヤングさんとカンタさんがじっくりと”差し”で音楽を作っていくような静かなエネルギーに満ちた部分になりました。それにしても,本当によく曲想が変わります。この辺もショスタコーヴィチの音楽の魅力です。

最終楽章には,”妙な”な明るさがありました。どんどん軽やかになっていき,前半のモーツァルトの雰囲気に戻ったようでした。そういう意味で,今回のプログラムは「お見事」でした(この曲の調性は,モーツァルトのピアノ四重奏曲と同じト短調で,最終楽章はト長調。先日の定期公演同様,実によく考えられています)。最後の部分の,フィナーレには不相応の”軽み”が,何とも不自然で,「明るいのに不気味」といった居心地の悪さがありました。

曲が終わっても,拍手がすぐに起きなかったので,ヤングさんが「終わったよ」という感じでお客さんの方を見て,ようやく拍手が起こりました。この「してやったり」という人を喰ったような音楽の作り方もまたショスタコーヴィチらしいところです。

全曲を通じて,いろいろなキャラクターの楽章が寄せ集まっているという不思議な曲でした。今回の演奏も,演奏者間での力とエネルギーのぶつかり合いの後,最後は力が抜けて,不思議な微笑みで終わるという,何ともミステリアスで魅力的なものでした。

「もっとカンタービレ」シリーズもすっかり定着し,これまで,いろいろな編成でいろいろなプログラムを聞いてきましたが,今回の演奏会は,その歴史の中でも特に充実した内容だったと思いました。ゴトーニ&OEKによる室内楽は,これからOEKの新たな目玉商品になりそうな気がします。是非,また違った曲での共演を期待したいと思います。

PS.後半が始まる前,「もっとカンタービレ」シリーズ恒例の演奏者によるトークが入りました。今回は,チェロのカンタさんがゴトーニさんにインタビューをするというものでした。最初,カンタさんは「英語でインタビューしますが翻訳はしません」とおっしゃっていたのですが,ゴトーニさんが「訳しなさい」という感じでカンタさんを突いていたので,カンタさんは,頑張って日本語に翻訳をされていました。もしかしたら演奏するよりも大変だったかもしれませんね。お疲れさまでした。
(2012/02/03)


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この公演のポスター


終演後,金沢駅のもてなしドーム下です。寒い日が続いています。