OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第315回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2012年2月5日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)チマローザ/歌劇「秘密の結婚」序曲
2)サッリネン/ヴァイオリン,ピアノ,管楽のための室内協奏曲 op.87(2005)(日本初演)
3)ケルビーニ/レクイエム ハ短調

●演奏
ラルフ・ゴトーニ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
ラルフ・ゴトーニ(ピアノ*2),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*2)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:本山秀毅)
Review by 管理人hs  

2月最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,1月末に続いて,ラルフ・ゴトーニさんが指揮とピアノで登場しました。約1週間の間に室内楽公演も含め,石川県内で4回公演を行ったラルフ・ゴトーニ・ウィークの最終日ということになります。

この日は,1月末の定期公演とは対照的に,チマローザ,サッリネン,ケルビーニという「珍しい作品」ばかりが取り上げられました。過去2回のOEKとの共演でも,定期公演で演奏するのは初めてという作品ばかりを取り上げてきたゴトーニさんの本領発揮といった演奏会になりました。

最初に演奏された,チマローザの歌劇「秘密の結婚」序曲はとても良い曲でした。OEKは,ほぼフル編成で序奏部の最初の和音から大変力感のある,しかし,すっきりとまとまった響きを聞かせてくれました。この最初の和音の後フルートが,2回目の和音の後は,ファゴットがカデンツァのようなフレーズをいきなり演奏し始めたのが,意表を突いていて大変面白く感じました(ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の冒頭のパロディのようでした。)。主部に入ると,ロッシーニの曲によくありそうな,”生き生き””軽快””スムーズ”といったムードになりました。このまま,スーッと最後まで行くのですが,特にヴァイオリン・パートの速いパッセージでの爽快な動きが大変魅力的でした。

2曲目は,フィンランドの現代作曲家サッリネンの作品でした。ゴトーニさんもフィンランド出身の方ということで,特に思い入れの強い作曲家なのだと思います。ゴトーニさんは,OEKとの最初の共演の時には,シュニトケの協奏曲,前回の共演の時はミニマル・ミュージックを取り上げるなど,「分かりやすい現代曲」を積極的に取り上げていますが,今回演奏されたサッリネンのヴァイオリン,ピアノ,管楽のための室内協奏曲もそういう系統の作品でした。

楽器編成は,1曲目よりは管楽器の人数が減り,弦楽合奏+ホルン,フルート,オーボエ,クラリネット,ファゴット各1名という形でした。コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんが独奏ヴァイオリン,ゴトーニさんが指揮者兼ピアノを担当していましたので,弦楽合奏と木管五重奏とソリスト2人のコラボレーションとも言えます(ちなみに,この曲の時,第1ヴァイオリンのコンサートマスターの席には,松井直さんが座っていました。)。

プログラムの解説によると,ユダヤ系ロシア人作家イレーヌ・ネミロフスキーの小説「フランス組曲」にインスパイアされて作られた曲ということだけあって,全曲を通じてどこか文学的で詩的な気分が流れていました。ナチス侵攻時代のフランスを舞台にした作品ということで,全体のトーンにはほの暗さがありました。

第1楽章は,ドラマの開始を告げるように,ゴトーニさんのクールでしっかりとしたピアノの音で始まりました。アビゲイル・ヤングさんの芯のしっかりとしたクリアな音色がそれに絡み合い,どこかひんやりとした肌触りのある,独特の世界を作り上げていました。同じ音型がいろいろな楽器で繰り返された後,別の音型が急に始まるなど,「小さなドラマ」が積み重なっているような感じでもありました。甘いメロディが出てくるというほどではないのですが,ペルトなどバルト3国の作曲家の曲に通じるような,現代的な分かりやすさのある曲だと思いました。

時間の流れがフッと途切れるように第1楽章が終わった後,第2楽章となりました。最初の部分から低音弦とピアノの低音とがたっぷりと合わさった響きに包まれ,スケール感の大きな,ちょっと不気味な雰囲気がありました。全体的には緩徐楽章という感じでしたが,途中,ピアノがガツーンという感じでインパクトのある響きを作った後は,音楽が生き生きとした感じに変わっていきました。

3楽章は,どこから始まったかよく分からなかったのですが,弦楽器が音をずり下げるようなポルタメント使って演奏していたのが印象的でした。センチメンタルな気分と癒しの気分が合わさったような独特のムードがありました。

実はこの日,演奏会に出かける前,家の前の雪かきをかなりハードにしていたこともあり,途中,ちょっとウトウトしかけてしまいました。クールさの中に気持ちよい陶酔感があり,センスの良い文学作品を味わった後のような感じ(最近はほとんど文学作品は読んでいないのですが...)―そういう気分のある作品でした。特にアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリンは良かったですね。演奏後ヤングさんは,一瞬,涙を拭うような動作をされていましたが,共感に満ちた音楽でした。もう一度じっくりときいてみたい曲です。

ちなみに1月28日の定期公演の時には,1曲目の時に既に2曲目で使うピアノがセットされていましたが,この日は1曲目の後,ピアノをゴロゴロと動かしてセットしていました。古典派の作品と現代曲とでは,やはり,演奏会の構成の仕方も変わってくるんだな,と興味深く感じました。

後半に演奏されたケルビーニのレクイエムもOEKが演奏するのは初めてのことです。ラテン系のレクイエムですが,ヴェルディやフォーレの曲ほど演奏される機会は多くありません。フランス革命の中で処刑されたルイ16世を追悼して,死後20年後に演奏された曲ということで,革新的な気分というよりは,古い時代を回顧するようなムードが基調にある作品といえそうです。

曲全体は,静かに始まり,途中,がっちりとした感じの曲が何曲かあり,最後また静かに終わるという,シンメトリカルな構成の曲でした。ソリスト歌手は無く(途中,合唱団の数名がソロを歌う部分はありましたが),最初から最後まで立ったまま歌っていたOEK合唱団が”主役”と言っても良い活躍でした。レクイエムにしては,それほど暗い感じはなく,OEK合唱団の明るく透明な声と相俟って全曲を気持ち良く聞くことができました。

全体で7曲から成っていましたが,最初の2曲をはじめ,ところどころヴァイオリンの入らない曲があるのが特徴的でした。その分,ヴィオラが中心になっており,”暗さ”や”怖さ”よりはちょっとくすんだような落ち着きを感じました。

第3曲「怒りの日」の最初の部分で盛大に銅鑼が入るのには驚きました(プッチーニの歌劇「トゥーランドット」の一場面のよう?)。こういうレクイエムは他にないかもしれません。この曲の中でいちばんのインパクトの強く部分でした。この曲からはヴァイオリンも加わっていましたので,音楽自体に”色”が付いたように鮮やかに盛り上がっていました。ここでは,レクイエムの定番楽器,トロンボーンも加わり,ふくよかさのある響きを作っていました。

第4曲「オッフェルトリウム」は,全曲の核となる部分でした。ここでも明るく朗らかな声,天使を思わせるような清潔感のある声が印象的でした。その後,動きのあるフーガと落ち着いた感じのラルゲットが交互に出てくる部分になります。全曲の頂点はこの辺にあったのではないかと思います。フーガの部分では,合唱団は,熱く高らかに歌い上げており,気持ち良さを感じました。

大らかな気分のある第5曲「サンクトゥス」の後,第6曲「ピエ・イエズス」,第7曲「アニュス・デイ」では,前半の第1,2曲に通じるようなくすんだ響きに回帰し,全曲の最後の部分では,静かだけれどもゆったりとした広がりのあるスケールの大きな響きに包まれました。

この曲は,レクイエムにしては,宗教的なムードはやや薄く,ミステリアスな感じもあまりしなかったのですが,曲の最後の部分での暖かく,静かな音のハーモニーなどからは,何とも言えない幸福感と余韻が伝わってきました。演奏される機会が少ない作品ではありますが,もう少し再評価されても良い作品だと思います。リッカルド・ムーティが積極的にケルビーニの宗教曲のレコーディングを行っているようなので,今度,そのCDなどを聞いてみたいと思います。

というようなわけで,ゴトーニ・ウィークが終了しました。今回もまた,ゴトーニさんは,新旧取り混ぜて,面白い曲,魅力的な曲を金沢の聴衆にいろいろと紹介してくれました。次回の共演がまた楽しみです。(2012/02/07)


関連写真集


この日はデジカメを持参するのを忘れました。代わりに,ゴトーニ・ウィークの公演のチラシです。

終演後のサイン会の成果です。

ゴトーニさんのサイン


アビゲイル・ヤングさんのサイン

この日は,デジカメを忘れた以外にも,いろいろと変なことがありました。次のような感じです。

(1)カフェ・コンチェルトで別の店のコーヒーチケットを提示し,「お客様,これは?」と言われてしまいました。

(2)ホールに入る時,うっかり別の演奏会のチケットを出してしまい,そのまま気付かずに入場。しばらくして気付いて,無事,半券を取り戻すことができました。

(3)このチケットですが,よくよく見ると「変」です。

↑「青の魔術師」と書いてあります。「音の魔術師」の誤植?

何もかも雪かきのせいでボーっとしていたからかもしれません。