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ほくでんふれあいコンサート 辻井伸行withオーケストラ・アンサンブル金沢 石川公演
2012年2月12日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲,K.492
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調,K.467(カデンツァ:辻井伸行)
3)(アンコール)モーツァルト/トルコ行進曲
4)(アンコール)辻井伸行/映画「神様のカルテ」〜それでも,生きてゆく
5)モーツァルト/交響曲第41番ハ長調,K.551「ジュピター」
6)(アンコール)モーツァルト/ディヴェルティメントヘ長調K.138〜第2楽章
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,5-6,辻井伸行(ピアノ*2-4)
Review by 管理人hs  

毎年2月恒例の北陸電力主催のほくでんふれあいコンサート。今年は人気若手ピアニスト辻井伸行さんと金聖響さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の共演でした。プレイガイドでチケットを発売せず,応募者の中から抽選に当たった人だけが,比較的リーズナブルな価格で参加できる演奏会ということで,私自身,一旦ハズレになったのですが,チケットが「当りすぎた」という私の母の知人からチケットが流れてきて,無事行けることになりました。会場はほぼ満席でした。

お客さんの多くが「辻井さん目当て」という雰囲気の中,まず,最初にオーケストラのみで「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。この曲は,OEKが本当に何回も演奏している曲です。弦楽器の音は非常に軽く,自然な浮遊感のある演奏になっていました。無理のないテンポ設定による「すっきり&マイルド」という演奏でした。

この日の楽器の配置は,金聖響さん指揮の時はいつもそうであるように,コントラバスが下手に来る,対向配置でした。ティンパニは,上手奥にトランペットと並んでいました。

ピアノのセッティングが終わり,金聖響さんに手を取られて,辻井さんが登場すると,拍手が一段と大きくなりました。私自身にとっても,今回の演奏会のいちばんの注目は,辻井さんのピアノでした。過去数回,OEKと共演していますが,生で聞くのは今回が初めてのことです。

その演奏ですが,不純物が全くないような,大変素直な音楽を聞かせてくれました。タッチに乱雑なところがなく,聖響さん指揮OEKによる透明度の高い音楽とあわせ,モーツァルトの協奏曲第21番の雰囲気にはぴったりでした。

第1楽章は,冒頭から軽快な行進曲調で始まりました。ただし,軽いだけではなく,低音のリズムがしっかりと効いており,安心感がありました。辻井さんのピアノは,楽天的という感じではなく,時々フッと出てくる短調の部分での,憂いに満ちた表情の方が印象に残りました。第1楽章,第3楽章ともカデンツァは,辻井さん自身によるもので,鮮やかだけれども,ファンタジーに満ちたな世界が大きく広がっていました。

第2楽章は特に美しい演奏でした。ヴァイオリンがノン・ヴィブラートでスーッと速めのテンポで有名なメロディを演奏し,その曇りのない音と辻井さんのピアノの音が絶妙の対話を広げていました。第3楽章も無理のないテンポで,透明感のある音楽を聞かせてくれました。

このように非常に美しい演奏ではあったのですが,これまでテレビの特別番組の映像などで見てきた辻井さんの雰囲気とは,ちょっとイメージが違う気がしました。もう少し天真爛漫な伸びやかな音楽を聞かせてくれるのかなと思っていたのですが,かなり内向的な印象を持ちました(いつも聞いている場所よりも後方で聞いていたせいもあると思います)。技術的には,言うことのなかったのですが,どこか,大人になりそうで,なっていないようなナイーブさがありました。その辺が魅力とも言えるのですが,まだまだ成長過程にあるピアニストかな?と感じました。

アンコールでは,モーツァルトのトルコ行進曲と映画「神様のカルテ」の中の自作曲が演奏されました。トルコ行進曲は,辻井さんのアンコール曲の定番のようです。テレビの特別番組などでもこの曲を演奏している映像がよく使われています。軽快なテンポで,速く流れるような演奏を聞かせてくれました。何よりも指の動きが鮮やかで,音の粒立ちが素晴らしいと思いました。音のニュアンスの変化もくっきりと付けられていました。

続く,昨年公開された映画「神様のカルテ」の中の曲の方は,短調から長調に自然に転調にしていくような非常に聞きやすい曲でした。ただし,個人的にはちょっと甘過ぎるかなと感じました。少し前にテレビで観た辻井さんの特別番組では,現在上映中の映画「はやぶさ」の音楽の作曲に非常に苦労されている様子を伝えていましたが,作曲の面でも現在脱皮中なのかもしれません。

後半は,モーツァルトの「ジュピター」が演奏されました。聖響さん指揮OEKのモーツァルトといえば,演奏会形式の「コシ・ファン・トゥッテ」と落語版「ドン・ジョヴァンニ」の演奏ぐらいしか聞いたことがありません。少々意外ですが,聖響さん指揮でモーツァルトの交響曲を聞くのは,今回が初めてのような気がします。演奏は,期待どおりの意欲的な演奏でした。

第1楽章,第4楽章とも,かなりどっしりとしたテンポで演奏されていました。弦楽器は,いつもどおり,透明度の高いすっきりとした音を聞かせてくれましたが,全体の構えが大きいので,非常に壮麗でした。両楽章とも繰り返しをしっかり行っており,演奏時間も40分ぐらいはかかっていたと思います(多分)。

第1楽章冒頭に出てくる第1主題は,もともと緩急自在の音楽ですが,聖響さんは,途中で一旦,ちょっとスピードダウンをするような独特の間を取っており,最初から「おや?」と思わせてくれました。ヴァイオリンはノンヴィブラート気味で演奏しており(完全にノン・ヴィブラートではなかったと思います。フレーズによって,細かく使い分けているようでした),全体の印象としては軽いのですが,音楽の作りは非常に立派でした。トランペットとティンパニ(バロック・ティンパニを使っていました)が一体になった祝祭的な気分もあり,”堂々とした軽やかさ”のある音楽を聞かせてくれました。

第2楽章は,やや速めのテンポでしたが,第1楽章とは対照的なくぐもった音色で濃い情感を持った音楽を聞かせてくれました。静かな楽章ですが,しっかりとエネルギーが充満していました。第3楽章のメヌエットでは,スムーズに流れるような気持ち良さがありました。トリオも速目のテンポでしたが,暗い情熱が込められており,主部に戻る前にハッとするような間を入れるなど,ドラマティックでした。

第4楽章は,第1楽章同様,”じっくり・しっかり・すっきり"聞かせてくれました。前述のとおり,繰り返しをしっかり行っていたので,楽章全体として,非常に立派な音の構築物になっていました。各声部の絡み合いの見通しが良いので,重苦しさはないのに,堅固な安定感がありました。ここでもティンパニやトランペットを要所要所で強調しており,壮麗な祝祭性を高めていました。

アンコールは,ディベルティメントK138の第2楽章でした。これもこのコンビならではの,精緻で透明感のある演奏でした。演奏のニュアンスも豊かで10代のモーツァルトの作品から,非常に深い表情を取り出して聞かせてくれました。

後半のプログラムを聞いて,聖響さんとOEKによるモーツァルト・シリーズに対する期待が高まりました。聖響さんとOEKは,ベートーヴェン,ブラームス,ロマン派とレパートリーを広げてきました。個人的には,シューマンの交響曲にも積極的に挑戦していって欲しいと思っていますが,モーツァルトは,OEKの基本的レパートリーですので,こちらの方も並行して取り上げていってもらいたいものです。

この日は,「辻井さん目当て」のお客さんが多かったようで,定期公演の時とはかなり客層が違っているように感じました。拍手のレスポンスがかなり悪く,拍手の量も,お客さんの数の割に少なめでした。同じ石川県立音楽堂で行われている公演ですが,OEKの定期公演であるとか,もっとカンタービレ・シリーズでの”雰囲気の良さ”を改めて実感しました。というわけで,会場の雰囲気としては,”イマイチ”だったのですが,逆に言うと,クラシック音楽の聴衆の層を広げるには絶好のプログラムだったのではないかと思いました。

PS. 今回は,2枚セットでチケットを譲ってもらったこともあり,珍しく母親と一緒に演奏会に行くことになりました(「バレンタインデーのプレゼント」とのことです。)。母は,「辻井さんの指は,鍵盤から生えているようだ」としきりに感心していました。チケットを譲ってくれた,母の知人の方は,「今度はフジ子・ヘミング(4月24日,石川県立音楽堂)」とのことです。結局のところ,クラシック音楽の演奏家についても,テレビの特別番組で取り上げられるかどうかが,一般的な知名度の高さに直結するようですね。(2012/02/07)


関連写真集


公演のポスターです。完売とのことです。


音楽堂入口の案内


アンコール曲の表示です。休憩時間に掲示されていました。