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オペラ「泥棒とオールド・ミス」「電話」金沢公演
2012年2月17日(金)19:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
メノッティ/歌劇「電話」(日本語)
メノッティ/歌劇「泥棒とオールド・ミス」(日本語)
●演奏
清水史広指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
演出:杉 理一,訳詞:北村協一

(キャスト)
泥棒とオールドミス: ミス・トッド中島啓江(ソプラノ),ミス・ピンカートン:長澤幸乃(ソプラノ),レティーシャ:石川公美(ソプラノ),ボブ:羽渕浩樹(テノール)
電話: ルーシー:木村綾子(ソプラノ),ベン:安藤常光(バリトン)
Review by 管理人hs  

この日の金沢は,夕方から夜にかけて雪模様でした。その中を、メノッティのオペラ「泥棒とオールド・ミス」と「電話」の2本立てを石川県立音楽堂邦楽ホールで観てきました。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による「室内オペラシリーズ」もすっかり定着してきていますが,今回,メノッティの作品を取り上げたのは,新しい流れです。ブロードウェイの小劇場でヒットし,211回連続で上演されたコメディ・オペラということで,音楽自体も大変分かりやすいものでした。素材的にも演劇に近いものがあり,これまでの「日本のオペラ」路線とは,かなり趣きが違っていました。

短いオペラを2本組み合わせて上演するという形は,レオンカヴァルロの「道化師」とマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の例があります。今回は同じ作曲家の作品で,しかもセットもほぼ同じでした。ブロードウェイでもこの2本立てで上演されてきたということで,別の作品の取り合わせとは思えないほど,雰囲気的な統一感がありました。

前半は,「電話」が上演されました。以前,金沢では,プーランクのオペラ「声」が佐藤しのぶさんによって上演されたことがありましたが,それとちょっと似た設定です。気弱な男性ベンが,ルーシーにプロポーズをしようとするが,その度に電話が掛ってきて,中断され,だんだんとイライラしていく...というような展開です。

安藤常光さんと木村綾子さんの衣装には,ちょっと昔の健全なアメリカの若者といった雰囲気がありました。洋画吹き替えの実写版のような感じでしたので,どこか「ディラン&キャサリン」などを思い出してしまいました。

今回の舞台装置は,非常に立派なもので,お2人とも,2階建ての家の中をとても自然に動き回っていました。幕が開いて,まず,このセットが見えてくると,思わずうれしくなりました。メノッティの音楽も大変明快でした。セットの色合いも明快で,統一感を感じました。まず,音楽とセットだけで,センスが良さを伝えてくれました。

ちなみに今回のOEKの編成ですが,弦楽器は4−3−2−2−1ぐらいで,管楽器・打楽器は木管楽器を中心に各1名といった「半分」ぐらいの編成でした。また,ピアノも編成に加わっていました。「室内オペラ・シリーズ」では,この楽器は,不可欠ですね。1階席の最前列付近を撤去してピットとして使っていました。

小道具では,何と言っても電話が重要な役割を果たします。2人の会話を電話がしつこく邪魔をするので,電話を含めた「三角関係(パンフレットによるとサブタイトルが「三角関係」なのでそうです)」といった趣きになります。この電話に振り回される男性を安藤常光さんが軽妙に演じていました。安藤さんの声は,とても柔らかで,人の良さそうなキャラクターがしっかり伝わってきました。

相手方ルーシーの木村綾子さんの方は,電話をしながら「語り・歌う」ようなシーンが多く,大変だったと思います。どれも長電話で,しかも語り口が全部違うので,多彩な表現力が求められます。「ややのっぺりとしているかな?」と感じたのですが,コロラトゥーラ的な歌声がいかにも女性の会話っぽく響き,”歌による会話”を楽しむことができました。何よりも,全体を通じて感じられる初々しい雰囲気が,安藤さんの演じるベンのちょっと気弱な感じとぴったりでした。

ストーリー的にも,電話の持つ「暴力性」や「図々しさ」が巧く風刺されており,全く古くないと感じました。仕事中に電話が掛ってきて中断されるということは日常的によくありますね。最後にベンは,この「図々しさ」を逆手にとって,玄関の外から携帯電話(!)でルーシーに電話を掛け,そのまま会話を維持したまま,玄関から飛び込んで「めでたし,めでたし」となります。メディアを通さないとメッセージを伝えられない,という点も現代に通じます。

最終的には,メディアを捨て,リアルを充実という展開になっていましたが,こういったメディアとの付き合い方は,現代のドラマでも普遍的な素材になりそう,と感じました。短いお話でしたが,「現代の寓話」的な面白さのある作品だと思いました。

# 今回,ベンからルーシーへのプレゼントをiPadにしたり,携帯電話を使ったり,「現代風アレンジ」を行っていました。オリジナルはどういう形だったのでしょうか?気になるところです。

後半の「泥棒とオールドミス」の方は,OEKの編成が少し大きくなり,「電話」の編成に,トランペット,トロンボーン,ティンパニなどが追加されていました。

こちらの方の注目は,何といっても「オールドミス」役の中島啓江さんでした。が,開演前に「中島さんは,ここ数日,声帯が不調です。本日はそれを押して出演します。ご了承ください」という主催者側からのアナウンスが入りました。確かに,声は出ていませんでしたが,「権力を持った町の大物女性」といった役柄に,中島さんのキャラクターはぴったりです(「大物」に加え,「大柄」という点が重要ですね)。やはり,他に代役はあり得ないのではないかと思いました。終演後は,中島さんに対して,大きな拍手が送られていました。

幕が開くと,「電話」の時と同じ構造のセットの角度が少し変わっていました。「いつの間に変わったのだろう?さすが演劇用ホール」と思いました。小道具の方は,もう少し豪華な感じになっており,町の有力者の家といった雰囲気になっていました。

この曲の方も,メノッティの音楽は明快で,才気煥発といったひらめきが感じられました。メノッティは,イタリアからアメリカに移った作曲家とのことです。それほど甘さは感じませんでしたが,メロディラインが滑らかで,やはりイタリアの音楽家だな,と感じました。

ストーリーの方は,中島さん演じるミス・トッド(「トドではない!」というセリフが受けていました)とそのメイド,レティーシャ。そして,突然乱入してきた2枚目の浮浪者ボブの3人を中心に展開します。

タイトルになっている「オールドミス」という言葉は,現在テレビなどではほとんど耳にすることがなくなりました。綾小路きみまろ的に言うと,中高年未婚女性ということでしょうか。言われた人が不快感を感じる言葉ということだと思いますが,これだけ,結婚しない人が増えてくると,わざわざ区別する必要もないという時代になったのではないかと思います。いずれにしても,ちょっと時代錯誤的なタイトルであることは確かです。

参考までに原題の方を見てみると,「The old maid and the thief」となっていました。これを見て,「なるほど」と思いました。ミス・トッドが主役ではなく,メイドの方が主役だったのかもしれません。今回,声の不調を押して出演していた中島さんよりは,レティーシャ役を演じていた,石川公美さんの方が光っていたのですが,これは原作の意図通りだったのかもしれません。

ただし,「The old maid」とはイメージが違いました。今回のレティーシャは,どこか「フィガロの結婚」のスザンナのような,若くて頭が切れる魅力的な女性というイメージでした。石川さんの声は,高音がビシッビシッと決まっており,気風の良い気持ちの良い歌を聞かせてくれました。通常のオペラのアリアのような聞きごたえのある曲もあり,舞台の雰囲気を引き締めていました。

中島さんの方は,「お断り」のとおり,声の迫力が不足気味でした。この作品を観るのは初めてでしたが,基本的には権力を持つ女性に一泡吹かせてやろう,というストーリーなのだと思います(その点でも「フィガロ」に通じる?)。権力者側である中島さんの声に本来備わっているはずの「圧倒的な迫力」というのがなかったため,最後の結末は,若い二人に捨てられてしまい「かわいそう」という感じを受けてしまいました。

というわけで,コメディとして観た場合,やはり期待はずれということになります。その一方,「オールドミス」の悲哀のようなものが伝わってきて,普通の演劇としてみた場合は,リアリティが伝わってきました。これはこれで,見ごたえがあると感じました。

ミス・トッドは,「町の禁酒会の会長」という役柄でした。このことは結構重要なポイントだったと思いますが,その辺がやや分かりづらかった気がしました(プログラムを読んでおけば良いのですが)。オペラの場合,どうしてもセリフが聞きづらくなりますので,前回の「ヘンゼルとグレーテル」の時のような,「あらすじ字幕」ぐらいはあっても良かった気はしました。

中島さんの演技では,ドラマの前半で長澤幸乃さん演じる「町の情報屋」ミス・ピンカートンと「嫌なお天気ね」「まったく」という会話を何回も繰り返す辺りの,「さびしさ」にリアリティを感じました。この部分では,OEKの音楽もぴったりと合いの手を入れており,大変ユーモラスな味も出していました。

この独身女性だけの寂しい家に,泥棒役(実は泥棒ではなかったですが)の羽渕浩樹さんが紛れ込んで来ます。羽渕さんには,「ラ・ボエーム」辺りに出てきそうな「お金は無いけど魅力的」という雰囲気があり,この役柄にぴったりでした。若々しく朗々とした声は,石川さんと好対照を成していました。コミカルな演技もされていたので,2枚目半的でしたが,ドラマを生き生きとしたものにしていました。

最終的には,このボブとレティーシャがくっつくことになりますが,その前提がちょっと曖昧な気がしました。原題からすると,レティーシャもミス・トッドも「オールドミス」ということなので,ライバル関係にあったのだと思います。「止むに止まれず,ご主人様を出し抜いて...」という展開だと思います。今回の場合,石川さんがオールドミスに見えなかったので,単純に主従関係を裏切るという展開になっていました。そうなるには,もう少し,二人の女性の間に葛藤がないと分かりにくいかなと感じました。

その他の登場人物では,ミス・ピンカートン役の長澤さんが,キャラクターをしっかり伝えるような演技を見せてくれました。中島さんとの掛けあいもピッタリでした。途中,夜警のお巡りさんが出てくるのですが,これは石川県立音楽堂の山越館長が演じられていました。こういうのは,「地域のオペラ」ならではの楽しみです。

全体に暗転がかなり多かったのですが,舞台が完全に真っ暗になっていなかったので,人がゴソゴソ動いているのが,かすかに見えていました。これはオーケストラピットの部分が明るかったからだと思います。それほど大きな問題ではありませんが,もう一工夫欲しい気がしました。

というようなわけで,いくつか問題点はあったとのですが,「ここはどうだ?あそこはどうだ?」と多面的に突っ込みを入れられるのがオペラの面白いところです。今回,中島啓江さんの声が本調子ではなかったのが,少々残念ではありましたが,室内オペラシリーズの新しい可能性を感じさせてくれる有意義な公演だったと思います。メノッティの音楽は,大変魅力的でしたので,今後もこの手の作品を発掘していって欲しいものです。

PS.酒屋の主人役として,後半一瞬登場した風李一成さんが開演前のナビゲータ役を務められました。メノッティの2つの作品について非常に手際よく,明快に説明をされており,お見事でした。実際のオペラの方でも,もう少し出番を増やしてもらっても良いのになぁと思いました。(2012/02/19)


関連写真集


公演のポスターです。


この日はラ・フォル・ジュルネ金沢2012の記者発表も行われる予定でしたが,延期になりました。

以下,雪の金沢駅周辺です。視界が悪かったですね。







以下は,武蔵が辻交差点付近のライトアップです。とても奇麗でした。