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東芝グランド・コンサート2012
南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルク来日公演 金沢公演
2012年2月19日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調
2)(アンコール)ショパン/ワルツ第9番「告別」
3)マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調
4)(アンコール)プロコフィエフ/バレエ音楽「ロメオとジュリエット」〜「騎士たちの踊り」
●演奏
フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルク*1,3-4,萩原麻未(ピアノ*1-2)
Review by 管理人hs  

東芝グランドコンサート,フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルク(長い!)の金沢公演を聞いてきました。昨年のこのコンサートは,東日本大震災の影響で中止になりましたので,2年ぶりということになります。

最初に萩原麻未来さんのピアノ独奏を交えて、ラヴェルのピアノ協奏曲が演奏されました。この曲は、オーケストラ・アンサンブル金沢もたびたび演奏している曲ですが、近年では、音楽マンガ&映画「のだめカンタービレ」で使われた曲として知名度が高まっているのではないでしょうか。今回のソリストの萩原さんは、パリ国立高等音楽院卒業後、2010年のジュネーヴ国際コンクールで優勝、ということで、「リアルのだめ」と呼ばれることもある方です。そのイメージどおりの選曲ということが言えます。

ちなみに指揮者のロトさんの方も、パリ音楽院の指揮の先生です。今シーズンからこのオーケストラの首席指揮者を務めていますので、そのお披露目の来日公演ということになります。世界各地のラ・フォル・ジュルネでも活躍されている方です。

萩原さんのピアノは、音楽が常にしなやかで、フランス音楽にふさわしい洒落た雰囲気がありました。第1楽章冒頭の鞭の一撃は、やけに音が大きく(私の座っていた場所のせいかもしれません。3階のいちばん安い席でした。)、他の楽器の音が掻き消されるような感じでしたが、その後は、萩原さんのピアノを中心に、音楽が快活に動き回っていました。ただし、暴れまわるような感じはなく、安定したテンポで、どこか控えめな感じがありました。楽章の後半になると、ホルンの綺麗な超高音が出てきたり、ハープとのミステリアスな絡みが出てきたり、ピアノとオーケストラが一体となって、絶妙の色彩感を持った音楽を楽しませてくれました。

第2楽章は、ピアノのモノローグで始まります。しっかりとした足取りで歌われていましたが、ここでも重苦しさやしつこさはなく、バランスの良い音楽を聞かせてくれました。途中で絡んでくるイングリッシュホルンには、どこか人懐っこい味がありました。

第3楽章は、萩原さんのピアノの軽やかに飛翔するような天衣無縫さが特に印象的でした。管楽器を中心とした生気に満ちたクリアな音と軽く跳ね回るピアノとが追いかけっこをするような洒落た楽しさがありました。楽章が進むにつれて、音楽のノリの良さが増していく、ライブならではの演奏でした。

アンコールでは、ショパンの「別れのワルツ」が演奏されました。もともと、「明るいのにせつなくなる」といったとても美しい曲です。萩原さんの演奏は、そのイメージそのままでした。さらりと静かに音楽が流れていく中に何とも言えない哀しみが滲んでいました。このままずっと聞いていたいのにフッと終ってしまう...その喪失感が絶妙でした。ショパンの他のワルツの演奏も萩原さんのピアノで聞いてみたいものです。

マーラーの交響曲第5番は、ロトさんの明晰な音楽づくりが見事で、しっかりとした構成感を感じさせてくれました。大きなテンポの揺れであるとか、激しい表情づけなどはありませんでしたが、しっかりとオーケストラが鳴っていたので、物足りない部分はなく、純音楽的な交響曲として終楽章で大きく盛り上がるような巧みな音楽を聞かせてくれました。

このオーケストラは、現在の長い名前に名称が変わる前から、ハンス・ロスバウト、エルネスト・ブール、ミヒャエル・ギーレンといった、マーラーや現代音楽の演奏を得意としてきた実力のある指揮者が首席指揮者を務めてきました。その伝統が感じられるような、しっかりと地に足がついたような演奏でした。

第1楽章は,おなじみのトランペット独奏で始まります。ここでは、過度な緊張感もなく、中庸のテンポで率直に始まりました。続くオーケストラの音の総奏も威圧的ではなく、抑制が効いていました。

主部の葬送行進曲の部分は、引きずるような重みのある演奏で、弦楽器のしっとりとした音色がリアルでした。曲全体の構成を考えたようなバランスの良い音楽でしたが、所々、ゾッとするな表情もありました。楽章の最後の部分で、ティンパニが弱音でドロドロドロと鳴るような部分では、いかにもマーラーの音楽らしい何を考えているのかわからないような怖さがありました。

第2楽章は、非常に鋭い響きで始まりました。その後も生き生きと進んでいきましたが、この楽章でも、途中、弦楽器のしっとりとした歌が出てくる部分が印象的でした。全体にテンポを揺らしすぎることなくストレートに音楽が盛り上がるのが特徴で、最終楽章を予感させるような終盤の盛り上げ方が、爽快でした。

その一方、部分的に、ソロを取る楽器をくっきりと強調したり、テンポを遅くしてじっくり聞かせたり、現代音楽に通じるような”違和感”のある部分を敢えて作っているようでした。楽章終結部での点描的な表現など、独特の空気を感じさせてくれました。

第3楽章は、首席ホルン奏者を指揮者の隣に呼び寄せ、「一見、ホルン協奏曲」のような形で演奏していました。ただし、見た目ほどホルンが強調されていたわけではなく、楽器間での音の遠近感を強調するための配置だったように感じました。マーラーの交響曲を実演で聞く場合、ソロを取る楽器の間での空間的な音の動きを聞くのが面白いのですが、今回の演奏では、各ソロが鮮やかだったこともあり、その辺が特に面白く感じました。後半に出てくる弦楽器の首席奏者によるピツィカートによる室内楽的な部分なども、これまでの楽章同様、ちょっと不思議な違和感のある世界を意識的に作っているようでした。

第4楽章のアダーエットは、引きずるような表情で演奏していましたが、テンポ自体はそれほど遅いわけではなく、文字通りの「アダージェット」となっていました。すべてのバランスが良い極上の音楽でした。後半でテンポをぐっと落とす部分がありましたが、その部分での表情の深さも印象的でした。

第5楽章へはインターバルを置かず、そのまま入っていきました。まず、ホルンとファゴットの呼び掛け合いで楽章が始まりますが、この部分での唐突感のある歌わせ方がまず印象的でした。主部は、軽快に進んでいきました。ソロを取る楽器を強調したり、対位法的な音の絡み方をくっきりと表現したり、どこか古典的な曲を聞くような趣きがありました。そして、終結部の鮮やかな、気持ちの良い盛り上がりにつながっていきます。熱狂的に荒れ狂うのではなく、美しい音で、すべての楽器の音を明晰に聞かせながら、高揚していきました。音に十分な余裕があり、「お見事!」という感じの演奏となっていました。

全体を振り返ってみると、第3楽章だけが、視覚的に見ても、全体の流れの中で、ちょっと違った世界になっているようでした。第1と2楽章、第4と5楽章はそれぞれの関連性が強いので、第3楽章だけを別扱いすることで、曲全体を3部構成として構成していたのではないかと感じました。

マーラーの交響曲については,独特の屈折した感情や情念,思いもよらない音楽の飛躍などがデフォルメされた形で演奏されることもありますが,今回の演奏のような構成感が感じられる、まとまりの良い演奏で聞くと,改めて交響曲らしいなぁと実感します。特に第5番の場合,こういうアプローチは相応しいと思いました。

マーラーの交響曲の後にアンコール曲が演奏されることは少ないのですが,今回は盛大な拍手に応え,プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の中の「騎士たちの踊り」が演奏されました。たっぷりとしたテンポで、思う存分オーケストラを鳴らした、サービス満点といった感じの演奏でした。中間部のしっとりとした弦楽器の表現も聞きものでした。

ちなみに、この曲もテレビ版の「のだめ」で使われていましたので(マーラーの5番も、アダージェットを、映画版の前編の最後の部分で使っていましたね),この日のプログラムは図らずも「のだめ」サントラ盤的プログラムということになりました。

ロトさんは,日本ではまだ知名度はそれほど高くありませんが,南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルクともども,その実力をアピールできた演奏会だったのではないかと思います。(2012/02/23)


関連写真集


公演の案内


公演のポスター

入口の案内


ぼやけていますがアンコールの掲示です。


この日は良い天気でした。音楽堂の外観です。


JR金沢駅もてなしドームの屋根雪も少しずつ動いているようでした。