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第9回カレッジコンサート:石川県学生オーケストラ&オーケストラ・アンサンブル金沢合同公演
2012年2月26日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調
●演奏
井上道義指揮石川県学生オーケストラ(金沢工業大学室内管弦楽団、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団、北陸大学室内管弦楽団の選抜メンバー);オーケストラ・アンサンブル金沢

Review by 管理人hs  

この時期恒例の石川県の大学オーケストラの選抜メンバーとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による合同公演を聞いてきました。ここ数年、OEK単独では聞けないような大曲が続き、毎年楽しみにしています。今年は、さらに大曲化(?)がすすみ、ブルックナーの交響曲第5番が演奏されました。演奏時間は約80分ということで、大きな挑戦だったと思いますが、素晴らしい演奏でした。

この曲は、井上さんが演奏後のトークで語っていたとおり、”5分経っても同じ景色が続いている”というような渋さと重厚さのある曲です。大曲揃いのブルックナーの中でも特にこの曲には、そういう性格が強いので、聞く方にもある程度の忍耐が必要です。しかし、その気分に浸ることが次第に快感になってきます。そういう作品です。

恐らく、練習は非常に大変だったと思いますが、それらがすべて報われた演奏だったのではないかと思います。地道に煉瓦を積み重ねていくような持続力を感じさせてくれる演奏でした。最終的には、それらの素材がしっかり組み合わり、立派な大聖堂が作り上げられていました。

井上さんのテンポ設定は少々意外なほど、揺るぎのないものでした。ブルックナーについては、揺るがないテンポを維持することの方が重要で、難しいことのような気がします。全曲を通じて、熱気はあるけれども、ブレることのない音楽を作っていました。まず、この揺るがない立派さが感じられたことが素晴らしい点でした。

第1楽章は、ブルックナーの曲としては珍しく序奏部が付いています。意外にあっさりと始まりましたが、低音が非常にどっしりと聞こえてきて、安定感がありました。この日のオーケストラの配置は、コントラバスが木管楽器の後ろの”高い場所”に陣取る変則的なものでした(その代わりにトランペットとトロンボーンが通常コントラバスが居るあたりに配置していました)。コントラバス自体は7名程度の人数で、他の楽器に比べるとバランス的には多くなかったために、この場所に配置したのかもしれません。その配置の効果が出ていたと思います。

続いてブルックナーならではの金管楽器によるコラールが入りました。たっぷりと間を取り、バシッと決まり、いかにもブルックナーという雰囲気になってきました。石川県立音楽堂は残響が豊かなので、ブルックナーをたっぷり聞くには丁度良い空間だと思います。

主部は、井上さんの指揮通り、大変滑らかでした。管楽器にちょっと粗が目立つ部分もありましたが、その後は、展開部、再現部と徐々に盛り上がり、スケールを増して行きました。クライマックスでの緊張感のある響きが素晴らしく、音による遠近法といった趣きのある、スケールの大きさを感じさせてくれました。

第2楽章は、オーボエのソロに始まる木管楽器の活躍が目立ちました。特にオーボエの独奏が安定していました。1月14日の金沢大学フィルの定期演奏会でブラームスの交響曲第1番を聞いた時同様、安心してソロパートを聞くことができました。この日の演奏では、例年通り、学生側が全ての楽器の首席奏者を務めていましたが、オーボエに限らず、どのパートの演奏も立派なものでした。

しばらくして出てくる、弦楽合奏による美しくゴージャスな主題は、一度生で聞きたかった部分です。センチメンタルにならず、瑞々しさと同時に剛毅さを感じさせてくれたのが良かったと思います。この曲は、井上さんが語っていたとおり「音で大聖堂を作る」といった曲なのですが、この部分などは、「建設途中にちょっと休んで下の方を眺めてみると、びっくりするほど素晴らしい景色が広がっていた」といった趣きがありました。

途中、管楽器のアンサンブルが中心になる部分が出てきます。全体に音楽の推進力が弱くなった気がしましたが、それはそれで良い味わいを出していました。

第3楽章も速過ぎないテンポでしっかりと演奏されていました。ただし、この楽章では、いつもの井上さんらしい「ダンス」を思わせる指揮が出てきました。メロディの歌わせ方に生き生きとしたニュアンスが込められており、若々しい熱さを感じました。この楽章は、全曲の真ん中過ぎということで、”疲れのピーク”だったと思いますが、井上さんの熱い指揮に鼓舞されるように、大変元気な音楽を聞かせてくれました(きっと井上さんの方もお疲れだったと思います。)。

この楽章は、4つの楽章の中ではいちばん短いのですが、結構繰り返しが多いので、”永遠に続く運動”といった気分がありました。聞いているうちに(もしかしたら演奏している方も)、段々と感覚が麻痺してきて、現実の世界から遊離してくる感がありました。これがブルックナーの魅力なのかもしれません。今回、楽章の間でチューニングも行っていませんでした。大曲の演奏では珍しいことだと思いますが、そのことにより緊張感を維持したまま、まるごと”別世界”を堪能させてくれました。

第4楽章の最初の部分では、第1楽章の序奏部の雰囲気が再現します。続いて、他の楽章の主題も次々出てきます。その度に、それを否定するようにクラリネットが合いの手入れてきますので、ベートーヴェンの第9交響曲の第4楽章とよく似た気分になります。楽章全体の核となるこのモチーフをクラリネットが、くっきりとした音で演奏していましたので、大変聞きごたえがありました。

その後は、対位法的な部分が続きます。大変力強く、ダイナミックで、この部分も聞きごたえ十分でした。各声部の絡み合いに熱さがあり、迫力十分でした。さわやかで流れるような部分が出てきたかと思うと、唐突に流れを打ち切って音楽が爆発する。こういった部分もいかにもブルックナー的でした。

そして、曲全体のクライマックスです。この部分では、金管楽器の熱演が光っていました。別動の金管楽器が加わる演奏もありますが、今回は最後に全力を振り絞るような、気力十分の演奏を聞かせてくました。井上さんもこの部分では、最終コーナーで鞭(?)を入れるように、ずっと金管の方に向かって大きく指揮をしていました。この日、トランペットとトロンボーンは、上述のとおり、上手奥に配置していましたが、この部分の熱演を聞いて正解だったと思いました。金管が正面奥に居たら、もしかしたら「うるさ過ぎる」状態になっていたかもしれません。ティンパニの連打にも気合がこもっており、堂々たるエンディングを築いていました。しびれるような感動が残るような演奏でした。

私自身、この曲を生で聞くのは今回が初めてでしたが、今回の演奏は、良い意味で「長さを堪能」させてくれました。ところどころで、細かいミスはあったかもしれませんが、OEKにとっても学生にとっても「初めて演奏する曲」という一期一会的新鮮さには、他に換えられない魅力がありました(もう少しお客さんが入っていても良いと思いましたが、雪がまたまた降ってきたのも影響があったかもしれませんね)。

演奏後のアンコールはありませんでしたが、その代りに井上さんが、練習にまつわるエピソードを語ってくれました。角間キャンパスの練習場が恐ろしく寒かったこと、この曲は学生自身が選んだ曲だったこと、大学に入ってヴァイオリンを始めた人(譜面にドレミ...と音名が書いてあったそうです)も演奏していたこと...そういったことを聞いていると、今回の演奏がますます感動的なものに感じられました(是非、井上さんが「朝日新聞」石川版で連載している「未来だった今より」で取り上げてほしいものです)。

、”毎年ブルックナー”というのは少々シンドイかもしれませんが、「学生だけでは演奏するのは難しいけれども、OEKが加わればやれそう」という曲にこれからも挑戦していって欲しいと思います。井上さんが「1年1回、こういう演奏会はやらねばならぬ」と語っていたのが頼もしかったですね。その言葉を信じて、第10回に期待したいと思います。(2012/02/29)


関連写真集


公演のポスター。今回の井上さんは、特に格好良いですね。


音楽堂の入り口に出ていた立看板公演


開演までの時間、ステージ上では、練習時の写真がスライドショーで流されていました。