OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第319回定期公演PH
2012年4月13日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)アッテルベリ/ヴェルムランド狂詩曲 op.36
2)ヒンデミット/4つの気質:主題と4つの変奏曲
3)シューベルト/交響曲第2番変ロ長調 D.125
4)(アンコール)シューベルト/交響曲第2番変ロ長調 D.125〜第2楽章
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),河村尚子(ピアノ*2)
プレトーク:飯尾洋一
Review by 管理人hs  

新年度最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,毎年夏休みに行われている「井上道義の指揮講習会」の”アシスタント”としてもお馴染みの広上淳一さんが登場しました。そのこともあって,頻繁にOEKを指揮している印象があったのですが,定期公演に登場するのは,2009年以来のことです。広上さんは小柄な身体をいっぱいに使ったユニークな指揮ぶりが印象的な方ですが,OEKを指揮される時は,いつもかなり渋い曲を取り上げています。今回もアッテルベリ,ヒンデミット,シューベルトの初期の交響曲といったなじみの薄い曲が並びました。

最初に演奏されたアッテルベリは,名前自体初めて聞く作曲家でした。プログラムの解説によると現代スウェーデンの作曲家とのことです。ただし,作風はそれほど難解ではなく,今回演奏されたヴェルムランド狂詩曲も大変分かりやすい作品でした。冒頭から,しなやかでメランコリックな弦楽器の美しさが印象的で,映像を想起させるようなところがありました。その点で,最近,OEKがアンコールでよく演奏している,武満徹の映画音楽と共通する性格を感じました。ほの暗い表情と同時に,軽い透明感を漂わせている辺り,いかにも北欧という気分も持っていました。

楽器編成は,意外に大きい編成でした。OEKの通常の編成にハープ,トロンボーン,打楽器などが加わっており,中間部では,ぐっと盛り上がっていましたが,威圧的なところはなく,むしろ,心地よい色彩感の変化を感じさせてくれました。OEKの演奏は,広上さんの体全体を使っての指揮にぴったりと合うように自然な揺らぎのある演奏で,生気のある演奏を聞かせてくれました。とてもよくまとまった作品でしたので,また聞いてみたいものです。

続く,ヒンデミットの「4つの気質」は,タイトルからすると,一見オーケストラ曲のようですが,ピアノ協奏曲の形を取った変奏曲で,独奏者として河村尚子さんが登場しました。河村さんは若い頃からドイツで学んでいた方です。2006年にミュンヘン国際コンクールで第2位受賞。翌年,クララ・ハスキル国際コンクールで優勝し,その後,積極的に国内外での演奏活動の場を広げている注目の若手ピアニストです。つい最近も第62回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞されています。

今回の選曲が広上さんによるもか,河村さんの希望によるものかは分かりませんが,滅多に演奏されない曲であることは確かです。その曲を演奏者の熱気が伝わってくるような大変充実した演奏で聞かせてくれましたした。

曲は,主題が提示された後(ただし,複数の主題から成っていたので,「○○の主題による変奏曲」のような覚えやすいシンプルな主題ではありません),キャラクター(気質)の違った4つの楽章が続くという構成でした。ちなみに「4つの気質」というのは,欧米に古くから伝わる次の4つの人間のタイプです。
  • 「憂鬱質: ゆっくりと」
  • 「多血質: ワルツ」
  • 「粘液質: モデラート」
  • 「胆汁質: ヴィヴァーチェ」
それぞれを,音楽的にどう表現するか?というのがヒンデミットの狙いです。

第二次世界大戦中の曲ということで、主題部からして暗く、クールな雰囲気がありましたが、何よりも,河村さんのしっかりとコントロールされたピアノの音が印象的でした。ドイツ音楽の伝統を感じさせるような古典的な美しさのようなものを感じさせてくれました。河村さんは,黒の衣装で登場しましたが,大人のアーティストしての落ち着きと自信に満ちた雰囲気を持っていました(あまり関係のないことですが,”河村尚子”というお名前にもそういう雰囲気がありますね)。

弦楽器の憂いのある音に続き,河村さんのカチっとまとまったピアノが入ってきました。河村さんのピアノのタッチには、知性を感じさせるような品の良さがあり、強い音でも常に美しさを感じさせてくれました。強く主張する感じはなく,知的なムードを楽しませてくれるようなバランスの良さがありました。

第1変奏は「憂鬱質」ということで,ベートーヴェン風の不機嫌なムードになりました。河村さんは,ドイツ音楽にぴったりのしっかりとしたピアノの音を聞かせてくれました。この部分では,コンサートマスターのブレンディスさんも大活躍でした。2人によるデュオは,非常に「聞かせる」演奏で,地味だけれども,内容のある美しさを感じさせてくれました。

第2変奏は「多血質」ということで,「ちょっと変?」といったワルツでした。河村さんは,ここではカッチリとしたメカニックを聞かせてくれ,音楽がクールに盛り上がっていきました。曲の雰囲気としては,ショスタコーヴィチの曲などに通じるシニカルなムードもありました。

第3変奏は,あまり気力がない「粘液質」でした。最初の部分はピアノなしの弦楽四重奏で演奏されていましたが,ピアノが入らないとどこか空虚に感じられます。狙いどおりの効果が出ていたのではないかと思います。ピアノの方も「モノローグ」といった趣きがあり,ジャズに通じるような,けだるいムードを漂わせていました。

最後の第4変奏「胆汁質」では,ヴィルトーゾ風の技巧を聞かせてくれました。プログラムの解説によると,”言い争い”風の曲ということでしたが,シリアスさとユーモアとが交錯したような独特の雰囲気がありました。河村さんは,常に凛と引きしまった音楽を聞かせてくれました。最後の部分は,オーケストラと一体になって大きく盛り上がるのですが,ピアノを叩きつけるようなところは全くなく,しっかりとした充実感を感じさせてくれました。

この曲は,弦楽器とピアノだけの編成の曲で,室内楽的な部分もありましたが,全曲を聞き終えてみると,充実したスケール感がしっかりと残りました。河村さんは,ドイツ音楽をレパートリーの中心にされていますが,これからもOEKとの共演を期待したいと思います。ベートーヴェンのピアノ協奏曲など,聞きごたえのある演奏を聞かせてくれそうです。

演奏後は盛大な拍手が続き,「アンコールか?」というムードになったのですが,結局,演奏されませんでした。ヒンデミットの曲の印象を薄めたくないという思いがあったとのだと思います。この辺にも「本格派」としての片鱗を感じました。

後半ではシューベルトの交響曲第2番が演奏されました。タイトルの付いていない初期の作品ですので,それほど演奏されませんが,シューベルトの他の曲同様,メロディがとても親しみやすく,気持ち良く楽しめる作品です。1年前のラ・フォル・ジュルネ金沢(テーマは「ウィーンのシューベルト」でしたね)でも演奏された曲ですので,昨年の”アンコール”といった形になります。

演奏前は,メインで演奏するには「軽いかな?」とも思ったのですが,十分な聞きごたえがあり,物足りなさを感じませんでした。広上さんがこの曲を愛していることがしっかり伝わってくるような,迷いのない素晴らしい演奏でした。

広上さんの指揮ぶりは、非常に個性的ですが、その動作には全く無駄がなく,シューベルトの音楽の魅力をダイレクトに伝えてくれました。音楽の流れが自然であると同時に、ところどころで爆発的な強さを感じさせてくれました。聞いているうちに、“ザ・グレイト”を聞いているような気分になってしまいました。広上さんを見ながら“小さいけれどもザ・グレイト!”などと良いキャッチコピーが浮かんできました。

第1楽章の序奏部からOEKののびやかで曇りのない音がしなやかに広がりました。主部に入ると,思わず口ずさみたくなるようなキビキビとしたムードになります。こういう部分で,パチっと音が揃う感じも広上さんの指揮の素晴らしさだと思います。

広上さんは小柄な方なので,下から上に向けて手を動かす動作が多く,それに合わせるように音楽が沸きたつようなところがあります。その他,ボクシングをするように拳を突き出すような動作もされていましたが,オーケストラから見ると「反応せざるを得ない」指揮なのではないかと思います。シューベルトならではの美しいメロディも,とても息長く歌わせており,退屈する間もなく音楽が流れて行きました。

第2楽章のアンダンテも,全く退屈しませんでした。変奏曲形式ということで、ハイドンの「驚愕」と雰囲気がよく似ていました。「平凡だけれども楽しい日々。そして一日の最後に祈り」といったムードがあり、ここでもシューベルトの世界を気持ちよく楽しむことができました。

第3楽章は短調になり,シリアスなムードのスケルツォになります。ここでも音がビシっと揃っており,密度の高さを感じさせてくれました。中間部では,木管楽器が活躍しますが,「ちょっといつもと雰囲気が違うかな?」と感じました。メンバーリストによると,クラリネットに亀井良信さんという方がエキストラで参加していました。ソリストとしても活躍されている方のようです。
http://yoshi.laclarinette.free.fr/index_vj.html

第4楽章もまた,口ずさみたくなるような軽やかな主題が無窮動的に続く楽章で,OEKにぴったりです。途中,音の流れがゆっくりになり,大きく溜めを作る部分が出てきますが,その部分では広上さんは,大きく反り返るような指揮ぶりになりました。堂々としていると同時に,何ともユーモラスな気分を伝えてくれました。楽章の途中,大きく盛り上がり,ティンパニなどが強打をする部分が出てきましたが,そういう部分での激しさも大変ドラマティックでした。

というわけで,広上さんの,曲を深く面白く聞かせてくれる才能を改めて感じました。「定期公演なのでアンコールは用意していませんが」ということでしたが,最後にラ・フォル・ジュルネ金沢のPRをした流れで,シューベルトの交響曲の第2楽章がもう一度演奏されました。

今回のプログラムは、アッテルベリ,ヒンデミット,シューベルトの交響曲第2番と非常に地味で,かなりマニアックなプログラムでしたが,今回の広上さんの指揮のように「この曲をしっかり聞かせてやろう」という熱意が感じられると,そういう点は問題になりません。OEKの定期公演では,3月のショスタコーヴィチに続き,挑戦的なプログラムが続いていますが,「有名曲ではないけれども面白い曲」路線をファンとしては応援していきたいと思っています。
(2012/04/15)











関連写真集


公演の立看


音楽堂通路に掲示されていた定期公演の案内

終演後は,広上さんと河村さんのサイン会がありました。



河村さんの輸入盤CDは会場で購入。シューベルトのピアノ・ソナタ第20番他です。



ラ・フォル・ジュルネに向けて,音楽堂には,お馴染み,青島広志さんのイラストも登場


玄関には,ラ・フォル・ジュルネ金沢の看板も登場


JR金沢駅方面にもフラッグが登場


行きは主計町経由で花見


帰りも主計町経由で夜桜見物


幻想的な雰囲気でした