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オーケストラ・アンサンブル金沢第320回定期公演F
2012年5月13日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)プロコフィエフ/ピーターとおおかみ op.67
2)バッハ,J.S./音楽の捧げもの BWV.1079〜3声のリチャルカーレ
3)バッハ,J.S./音楽の捧げもの BWV.1079〜6声のリチャルカーレ
4)鈴木隆太編作/もう一人のピーター
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3-4,鈴木隆太(オルガン*2,4),金沢市立北鳴中学校(リコーダー)
Review by 管理人hs  

ラ・フォル・ジュルネ金沢2012が終わって1週間あまり。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演が再開しました。さすがに「ラ・フォル・ジュルネ疲れ」ということで,お客さんの数はそれほど多くはなかったのですが,ラ・フォル・ジュルネ東京で「朝一」で演奏されて話題になった,井上道義さんの指揮+語り+演技による「ピーターとおおかみ」が前半に演奏されたこともあり,もしかしたら全国的に注目を集めていた公演だったのかもしれません。

後半では,バッハの「音楽の捧げもの」の一部が演奏された後,「ピーターとおおかみ」を素材にした「もう一人のピーター」という作品が演奏されました。演奏会全体として「大人のための音楽講座」というサブタイトルが付けられていたのも面白い試みでした。

さて最初に演奏された「ピーターとおおかみ」ですが,井上道義さんのすごさ,そして,若さを改めて実感しました。指揮しながらナレーションというのは,何とかなりそうな気はしますが,さらに演技をするというのは,演技好きの井上さんならではです。トレーナー(おなじみミッキーマウスのトレーナー)を着たり,脱いだりして,ピーターになったり,おおかみになったり,おじいさんになったり...1人で何役も演じていました。

演出は東京公演とほぼ同じだったようですが,今回のお客さんの層を見て,いくらか「大人向け」の語りになっていたようです。井上さんが元気良くステージに登場すると,すっきりとしたテンポでピーターのテーマが始まりました。通常の「ピーターとおおかみ」では,ナレーションが終わった後,「はい,どうぞ」という感じで演奏が始まるのですが,今回は,ほとんど指揮とナレーションを同時にしていました。「小鳥はフルートです」というと,奏者が「ハイッ」と元気よく答えたり(この曲ではエキストラの方が担当していましたが),「アヒルはオーボエです」というと,水谷さんが楽器を大きく振ったり,とてもレスポンスがスピーディでした。

井上さんは台本がしっかり頭に入れており,ステージを縦横に動き回りながらナレーションをしていました。これもすごいと思いました。ワイヤレスマイクを使っていたようですが,オーケストラの音量とのバランスが自然だったので,3階席からだとマイクなしでしゃべっているような錯覚さえしました。

セリフ回しも凝っており,アヒルがおおかみに飲み込まれるシーンなどでは,歌舞伎風に見得を切るような,誇張したしゃべり方を楽しませてくれました。ナレーションの中では,「おおかみが動物園に入っておしまいで良いのか?」という問題点を指摘していました。「おおかみは欲望の塊だが人間はどうなのか?」「仲のよくない人と一緒にいる必要もある」とか,(細かい言い回しは正確ではありませんが)考えさせられるセリフで随所で語っていましたした。

ただし,考え過ぎていると先に進まないので,「このことは,後半また考えましょう」といって,とても爽快なエンディングに入って行きました。最後の最後の部分では,東京公演同様に,おおかみに丸飲みされたアヒルが”リアル・アヒル”になって生還しました。指揮台の根元部分に(この日は指揮台を木に見立てていました),灰色の布のかかった,ちょっと不自然な四角い箱があったのですが,これを取り去ると,いかにも賢そう(?)な白いアヒルが登場しました。井上さんが高々と持ち上げ,袖に引っ込んで,めでたくおしまいとなりました。

このアヒルですが,東京公演同様,井上さんが自宅で飼われている「まひる」ちゃんとのことです(公式サイトの記事によると,雌が「まひる」で雄が「よなか」だったそうですが,いつの間にか逆になったそうです。)。演奏中ずっと指揮台付近に潜んでいたことになりますが,すっかり役者が板についてきているのかもしれませんね。

後半は,ぐっと大人の雰囲気になり,バッハの音楽のささげものの中の3声のリチェルカーレが鈴木隆太さんのオルガンによって演奏された後,ウェーベルン編曲版で6声のリチェルカーレがOEKによって演奏されました。テンポがほとんど同じだったこともあり,全く違和感なく比較できました。音楽は感情を描くだけではなく,素材を組み立て,建築物のように立派なものを作る面白さもあるということをアピールしたかったのだと思います。オルガンの演奏はもちろんそうですが,OEKの演奏の方も各声部・各楽器ごとに音の凸凹がなく,非常に精緻に仕上げられていました。知的なムードたっぷりの演奏でした。

最後に鈴木隆太さんの編曲による「もう一人のピーター」が演奏されました。英語のタイトルが「Peter, after the deam”ということで,前半,「ピーターとおおかみ」を指揮した井上さんが朝,目を覚ましてみると色々と状況が変わっていました...という感じで曲が進んで行きました。

正直なところ,よく分からない部分もあったのです,基本的に「朝」「鳥」「ネコ」など,「ピーターとおおかみ」に出てきた音楽素材に別のクラシック音楽をまじえて,雑多な味わいにするといった曲でした。次々と曲が出てきたので,その曲が何なのかを探す楽しみがありました。

朝の部分では,リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲の最初の部分が出てきたり,ラヴェルの「ダフニスとクロエ」が出てきたり,通常,OEKの編成では聞けない曲が入っており新鮮味を感じました。「暗い音楽」ということで,ショパンの葬送行進曲が出てきたり,マーラーの交響曲第1番の第3楽章が出てきた後,いきなり真っ暗になりました。その後,パッと明るくなると,OEKメンバー全員が白い仮面を付けていました。これにはドキリとしました。

ラ・フォル・ジュルネ金沢のクロージングコンサートで演奏された,ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」が伏線になっていた気もしますが,音楽を素材として,色々なことを考えてもらおうという趣向だったようです。ただし,(その後の演出もそうだったのですが)何を意図していたのかはっきりとは伝わってこなかったので,ちょっともどかしさを感じました。

「鳥」の音楽では,ハイドンの「ひばり」,サン=サーンスの「白鳥」,カザルスがよく演奏していた「鳥の歌」,ストラヴィンスキーの「火の鳥」,さらには「ハトポッポ」まで出てきて,どこか,山本直純さん的な「冗談音楽」といった趣きがありました。

「ネコ」の部分では,なぜかショスタコーヴィチの交響曲第5番が演奏されました。その後,井上さんが「これはネコではなくタコじゃないか!」と叫んでいたのが妙に可笑しかったですね。

その後,本当はホルンの重奏で演奏されるはずの「おおかみ」のテーマが,客席から乱入してきた女子中学生のリコーダー重奏によって演奏される,という場面になりました(金沢市立北鳴中学校の皆さんが担当していました)。怖いはずのテーマを何回も何回も嫌がらせのように「わざと素朴に」演奏し,井上さんをからかっていました。

続いてこの「おおかみ」のテーマが,どぎつい赤の照明の中,鈴木隆太さんのオルガンで迫力たっぷりに,恐ろしげに演奏されました。音楽堂の中はますます混とんとしてきました(「オペラ座の怪人」風おおかみ?)。井上さんは,「人間は誰でも心の中におおかみの部分を持っている」ということをアピールしていたのですが,後から考えると,この部分についてもよく意図が分かりませんでした。

その後は井上さんのトークが入って,ようやく「音楽教室」風になりました。それまでの「もう一つのピーター」的な部分とのつながりが分かりにくかったのですが,音楽ではいろいろなことを表現できるということを全体として伝えたかったのだと思います。

後半では,反行と逆行のフーガなど,音を組み合わせることで建物のように立派になるということをいろいろな音楽の実例で次々と聞かせてくれました。この日,ピアノを担当していた田島睦子さんによる,ラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」の有名な第18変奏が「反行」であることを説明してくれたり,バッハのインベンションをオーケストラで演奏してくれたり,「音楽はセンスだけではなくテクニック的な要素も強い」ということを伝えてくれました。

「「暗い」「苦しい」といったことが芸術の源泉になる」「パラオのような楽園のような国よりは,バッハがいたような北の国の方が芸術が出てきやすい...」といったことを井上さんが話しているうちに,ファゴットの柳浦さんが学級委員長のように立ち上がって「そろそろ先に行きましょう!」と叫び,ようやくエンディングになりました。

最後の部分では,「1812年」の一節が演奏された後,「音楽では戦いでも何でも表現できてしまう。本当に戦うよりは,ずっと良い。音楽家というのは,音で何でも表現したいと思っている人たち。そのことに生きる証をもとめている。OEKも何かやりたいと考えている音楽家の集団」といった素晴らしいことを語られていました(このところ,井上さんは,名言を連発されるので,この部分ではメモを取って聞いてしまいました)。

その後,「美しく青きドナウ」のエンディングがすっきり演奏しておしまいとなりました。戦いの音楽とは対照的な平和な音楽としてこの曲を演奏していたのではないかと思います。正直なところ,この曲は,全体的に非常に混沌とした作品(=わけがわからん作品)でしたので,「ドナウ」が出てきて,何とかまとまったという感じがしました。この作品については,もう少し洗練されていると「すごい」作品になる気はしました。

今回の公演では,前半も後半もしゃべり通りだった井上さんの「音楽に対する熱さ」がしっかり伝わってきました。このような活躍は,井上さん以外には考えられません。井上道義さんは,他の誰にも真似できない,非常に個性的な指揮者だと改めて感じた演奏会でした。

PS.衣装等は次のブログと同様でした。今回の演奏は,北陸朝日放送が収録していたそうなので(前半だけ?),石川県内でそのうち放送されるのではないかと思います。
http://www.lfj.jp/lfj_report/2012/05/post-816.php

(2012/05/16)

関連写真集


公演の立看

サイン会もありました。

井上道義さんからは,ラ・フォル・ジュルネ金沢の公式ガイドの表紙にいただきました。


鈴木隆太さんのサインです。