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オーケストラ・アンサンブル金沢 小松定期<春>公演
2012年5月25日(金)19:00〜 こまつ芸術劇場うらら大ホール
1)ボッケリーニ/交響曲ニ短調op.12-4,G.506「悪魔の家」
2)タルティーニ/トランペット協奏曲ニ長調
3)(アンコール)ヴィヴァルディ/オーボエ協奏曲へ長調〜グラーヴェ(トランペット版)
4)ネルーダ/トランペット協奏曲変ホ長調
5)ハイドン/交響曲第55番変ホ長調Hob.I-55「校長先生」
6)(アンコール)ボッケリーニ/メヌエット
●演奏
下野竜也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),ガボール・タルケヴィ(トランペット*2-4)
Review by 管理人hs  

5月後半のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には残念ながら行けなかったのですが,「OEKファンとしては何としても聞かねば」と思い,車で小松まで行き,春と秋に行われている小松定期<春>の方を聞いてきました。登場したのは金沢同様,指揮の下野竜也さんとベルリン・フィルの首席トランペット奏者のガボール・タルケヴィさんで,プログラムも全く同じでした。

会場は,こまつ芸術劇場うらら大ホールでした。このホールでOEKを聞くのは初めてのことでしたが,とても音がクリアに聞こえ,「時にはこちらで聞くのも良いかな」と思いました。石川県立音楽堂の邦楽ホールとちょっと似た作りで(提灯もついています),残響はそれほど多くありませんが,「歌舞伎仕様」らしく,2階席からでもステージが非常に近く見えるホールです。今回は,せっかくなので,2階の桟敷席に座ってみました。靴を脱いで座布団の上に座ってクラシック音楽を聞く,というのは,ハイドン時代の音楽にはぴったりな気もしました(ちなみに,この桟敷席は,掘り炬燵のようになっていたので,足を伸ばすこともできました。)。

この日のプログラムは,ボッケリーニの交響曲「悪魔の家」で始まった後,バロック〜古典派のトランペット協奏曲が2曲。最後に,「校長先生」というニックネームがついたハイドンの交響曲第55番で締める構成でした。有名曲はなかったのですが,同時代の音楽がシンメトリカルに並んでおり,OEKらしさをしっかり味わえるプログラムとなっていました。

最初に演奏された,ボッケリーニの交響曲「悪魔の家」は,岩城宏之さんのエッセー『音の影』の中で「地下鉄サリン事件の頃,ニュースなどで使われていた曲」として紹介されている曲です。OEKが演奏するのはその頃以来ではないかと思います。ただし,それほどオドロオドロしくはなく,最終楽章の後半などは,ヴィヴァルディの「四季」の中の「夏」を思わせるような「暗いけど爽快」という感じでした。

下野さんは,いつもしっかりした響きをオーケストラから引き出してくれるので,切れ味の良さと同時にちょっと重みのある充実感を感じさせてくれました。冒頭からドラマティックなのですが,音楽全体のバランスがとても良く安定感がありました。音のメリハリの付け方も多彩で,曲全体が生き生きとしていました。

落ち着いたムードと弾む感じが同居した,心地よさのある第2楽章の後,第1楽章冒頭の部分が戻ってきて第3楽章になります。解説に書かれていたとおりちょっとモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」を思わせるような部分もありました。その後は,前述のとおりヴィヴァルディの音楽にあるような快速なパッセージが延々と続きます。この部分では,ヤングさんを中心としたOEKの弦楽パートの力が存分に発揮されており,しびれるような格好良い演奏になっていました。

続いて,この日最大のお楽しみ,ベルリン・フィルの首席トランペット奏者,ガボール・タルケヴィさんが登場しました。前半の最後に1曲,後半の最初に1曲,バロック〜古典派時代のトランペット1曲演奏されましたが,どちらもトランペットの音の魅力をストレートに伝えてくれる見事な演奏でした。

タルティーニとネルーダの作品ということで,どちら地味目の作品でしたが,トランペットの音が加わると,音楽の生気がさらに一ランク上に上がる感じで,パッと雰囲気が明るくなりました。タルケヴヴィさんの音は,スカッと耳に飛び込んでくる鮮やかな音色なのですが,全くうるさくはありませんでした。高貴で柔らかな印象を残してくれる素晴らしい演奏でした。この日は地元の吹奏楽部らしい中高生が大勢聞きに来ていましたが,「トランペットの神さま」と感じたのではないかと思います。

タルケヴィさんは,曲によってトランペットを使い分けていました。タルティーニの方では,やや小型の金色の楽器を使っていました。特に高音の輝きと緻密さが印象的でした。とても正確に演奏されていたと思うのですが,OEKの演奏共々,どこか人懐っこい暖かさがありました。第2楽章では,人の声を思わせる「歌」と凛とした「高貴さ」がありました。第3楽章は素朴な感じの楽章でしたが,柔らかな音で気持ち良く聞かせてくれました。カデンツァは華やかに盛り上げてくれましたが,品の良さがあり,全くうるさく感じませんでした。全曲を通じて,くっきりとした余裕のある音楽を楽しむことができました。

ネルーダの曲の方は,作曲者名からして初めて聞く名前でしたが,曲目解説によると「トランペット業界では有名な曲」とのことです。この演奏では,もう少し大きな,銀色(っぽく見えました)の楽器を使っていました。音の方ももう少し太く,テノール歌手の声を思わせるような伸びやかさがありました。OEKの演奏にも安定感があり,タルティーニの曲よりは重心が少し下に下がったような感じがしました。

第2楽章はしなやかな揺れが気持ち良く,OEKの弦楽合奏と一体となって優雅で伸びやかな音楽を聞かせてくれました。第3楽章は快速な楽章でしたが,カデンツァ部分で見得を切るように立ち止まった後,落ち着いて締めてくれました。

今回演奏された2曲は,CDなどで聞くとちょっとインパクトが弱いと感じるかもしれませんが,実演で聞くと丁度良い華やかさになります。前後に演奏された曲との「最適のバランス」を考えた良い選曲だったと思いました。

その後,大きな拍手に応え,ヴィヴァルディのオーボエ協奏曲の中の一つの楽章がトランペットと弦楽器4本で静かに演奏されました。こちらも演奏会全体の気分を壊さない良い選曲でした。

最後に演奏されたハイドンの交響曲第55番「校長先生」も初めて聞く曲でした。こちらの方も慌てず騒がず,実に立派で暖かみのある「校長先生」像を伝えてくれました。楽器編成は,1曲目の「悪魔の家」と全く同じで,弦楽器五部+ホルン2,オーボエ2,ファゴット2+チェンバロという編成でした。弦楽器の配置は下手側から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロと並んでおり,古楽奏法も取っていなかったと思います。音は「すっきり」かつ「しっかり」と聞こえ,「中庸の美」を伝えてくれました。展開部になると,表情がさらに豊かに,くっきりとしてくるような立体感を感じさせてくれました。とても形の良いハイドンだと思いました。

第2楽章は,ハイドンの交響曲によく出てくるような変奏曲です。ゆったりとしているけれどもリズムはキビキビしており,大変心地良く音楽が流れていました。各変奏ごとにアーティキュレーションが変わるのがとても面白く(特に弦楽器のレガートがきれいでした),全く退屈しませんでした。所々,チェンバロの音がポロンポロンと聞こえてくるのも実に優雅でした。弦楽器が丁寧に装飾的なフレーズを演奏するのも印象的でした。この曲のニックネームの由来は「第2楽章の雰囲気」から来ているそうですが,フォルテの音も暴力的ではなく,とても包容力のある「校長先生」となっていたと思います。

第3楽章のメヌエットもゆったりと慌てない音楽で,強い音でしっかりと聞かせてくれました。面白かったのがトリオの部分で,ここでは下野さんは全く指揮をせず,ヴァイオリンのヤングさん,江原さん,チェロの大澤さんによる3重奏に完全にお任せをしていました。交響曲の中に室内楽がすっぽり入ったような,「劇中劇」的な面白さがありました。3人による演奏も,じっくりと聞かせてくれるとても充実したものでした。

第4楽章は,速目のテンポの変奏曲ですが,ここでも慌てることはなく,曲が進むにつれて生き生きと盛り上がっていくような鮮やかさがありました。

このところ,個人的には,やや疲れ気味だったのですが,じっくりと生でハイドンの交響曲を味わうのは良いものだと改めて感じました。体に染みわたるようなハイドンでした。元気が出てきました。

アンコールは,考えてみれば「この曲しかない」というボッケリーニのメヌエットが演奏されました。金沢の定期公演では,「アンコールなし」だったとのことなので,「小松限定」だったようですが,たっぷりとリラックスした雰囲気で演奏会を締めてくれました。下野さんは,演奏前に「私が子供頃,学校の掃除の時間に流れていた音楽です」と紹介していましたが,曲が始まった後,ちょっとザワッとなりましたので,「今でもそう」「図星」だったようですね。

定期公演については,「原則として全プログラム終了後のアンコールはなし」という形で定着させて行った方が良いと思いますが,「年2回」の小松公演の場合は,こういう形でアンコールがあった方が喜ばれると思います。

演奏後は,金沢同様,小松でもサイン会を行っていましたが,中高生が沢山列に並んでおり,どこかのどかな雰囲気がありました。前日の石川県立音楽堂の方も充実した演奏だったと思いますが,小松の「ふだん着風」定期公演もなかなかいい感じだなと思いました。機会があれば,また聞きに来たいと思います。


うらら周辺&館内の写真集
久しぶりにこのホールに来たので,周辺と内部の様子を撮影してきました。
今回は,JR小松駅裏の駐車場(1時間100円)に留めました。300円で済みました。
ホールの看板の上に,「ツレがうつになりまして」のポスターが大胆に貼られていました。 ホールの入口
中には郷土のお土産コーナーもありました。 曳山の模型を展示していました。勧進帳のようです。 JR小松駅はすぐ隣です。
駅前広場にあった噴水です。よく考えると結構不思議な感じの噴水でした。 小松駅側から「うらら」の全景を撮影 「小松うどん」ののぼり。どういううどんなのでしょうか

「悪魔の家」のエピソード
「悪魔の家」のエピソードですが,次のとおり『音の影』に書かれています。関心のある方はお読みください。現在は文庫本(文春文庫)にもなっています。作曲者名をABC順に並べ,岩城さんがそれぞれについて軽妙なタッチでエピソードを記した本です。
本を開いてみたら,懐かしの岩城さんのサインが出てきました。 各イニシャル1人ではありません。Bで始まる作曲家は沢山いるので,11章もBに使われていました。
(2012/05/27)

関連写真集


公演のポスター


公演のチケット。全席自由でした。


アンコール曲の案内

終演後サイン会が行われました。

下野竜也さんのサイン


ガボール・タルケヴィさんには会場で買った「on the road」というCDの表紙に頂きました。Tamas Velenczeiさんというトランペット奏者とのニ重奏のCDです。とても楽しい内容でした。


CD販売コーナー前の案内


サイン会の様子。地元の女子中高生の姿が目立ちました。吹奏楽用の楽譜入れにサインをしてもらっている人もいました。


ホールの外からもサイン会の様子がよく見えました。「○○ちゃんがサインをもらっとる!」と外から指を差すなど,ローカルな雰囲気満点でした。




開場前の様子


開演前のホール内。邦楽ホールとちょっと似ていますね。


私はこの辺りから聞いてみまいした。温泉などにありそうな座椅子+座布団が置いてあり,ステージの方に角度を変えて聞いていました。


2階席は中高生が沢山入っていました。