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オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ:もっとカンタービレ第32回
2012年5月31日(木) 19:00開演 石川県立音楽堂交流ホール
宮川彬良/ゆうがたクインテットのテーマ
クレメンティ(宮川彬良編曲)/ソナチネ第7番
ブルグミュラー(宮川彬良編曲)/貴婦人の乗馬
モーツァルト(宮川彬良編曲)/トルコ行進曲
アンダーソン(宮川彬良編曲)/トランペット吹きの休日
ネッケ(宮川彬良編曲)/クシコスの馬車
ブラームス(宮川彬良編曲)/ワルツ
ベートーヴェン(宮川彬良編曲)/悲愴ソナタ
サン=サーンス(宮川彬良編曲)/動物の謝肉祭から
宮川彬良(下山啓作詞)/ただいま考え中
宮川彬良(下山啓作詞)/ちょっと
宮川彬良(下山啓作詞)/目はおこってる
ハチャトゥリアン(宮川彬良編曲)/剣の舞
スメタナ(宮川彬良編曲)/モルダウ
ビゼー(宮川彬良編曲)/ファランドール
ガーシュイン(宮川彬良編曲)/ラプソディ・イン・ブルー
(アンコール)宮川彬良編曲/ダニーボーイ
(アンコール)宮川彬良/ゆうがたクインテットのテーマ
●演奏
宮川彬良(ピアノ,お話),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン),大澤明(チェロ),今野淳(コントラバス),西田宏美(クラリネット),藤井幹人(トランペット),渡邉昭夫(打楽器)
Review by 管理人hs  

2012年度第1回の「もっとカンタービレ」シリーズを聞いてきました。今年度のこのシリーズの企画は,昨年以上に凝っており,大変楽しみです。今回は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演でお馴染みの宮川彬さんがピアニストとして登場し,NHKのE-TVの音楽番組「クインテット」の音楽をそのまま実際に演奏するという試みでした。実は,私自身,この番組をしっかりと見たことはないのですが,セサミストリートを思わせる人形とクラシック音楽が組み合わさった楽しげな雰囲気は,子供たちにも人気で,長寿番組になっています。今回の公演は,その番組の雰囲気を,”人形なし”で伝える”リアル・クインテット”ということになります。

”人形なし”だったのは,宮川さんによると,「予算の関係」だったそうですが,交流ホールのステージは,いつもとはちょっと違い,虹の色を思わせる照明を使ったり,ステージ上にも座席を作ったり,非常にアットホームな雰囲気がありました。

番組名は「クインテット(五重奏)」なのですが,実際には宮川さんを含めて7名編成による室内楽の演奏会でした。ヴァイオリン,チェロ,コントラバス,クラリネット,トランペット,打楽器,そしてピアノという編成は,なかなか効率的で,オリジナルのオーケストラ曲を違和感なく,ただし,ものすごくコンパクトに再現していました。この辺は,編曲も担当している宮川彬さんの職人芸だと思います。

          コントラバス          打楽器
      チェロ         トランペット
ピアノ   ヴァイオリン       クラリネット

まず,お馴染みのテーマ曲「ゆうがたクインテット」が演奏されて開演しました。宮川さんの「ワン,ツー,スリー,フォー」というカウントダウンで始まるあたり,ジャズのセッションを思わせる気分もありました。

続いて,ソナチネアルバムに入っているクレメンティの曲が演奏されました(ハ長調op.36-1。いちばん「ピアノのおけいこ」っぽい曲ですね)。その後,ピアノは好きだけれども,「おけいこ」は嫌いだった...という感じの宮川さんのトークが入りました。子供向けのトークというよりは,ピアノを習っていたことのある大人が聞いて,ちょっとノスタルジックな気分に浸れるような味わいがありました。

「練習曲の中では,ブルグミュラーの曲だけは好きだった」という流れで次の「貴婦人の乗馬」につながっていくのですが,これも「そのとおり」というお話でした。我が家にもこの練習曲集の全音の楽譜が残っていますが(妹が習っており,私も少し弾いてみたことがあります),確かにこの曲集は魅力的で,そのちょっとくすんだ青っぽい表紙や譜面にいろいろ書き込みがされていたことなどを思い出しました。”乗馬つながり”で途中,トランペットによる”いななき”が入り,競馬の雰囲気になってしまう辺りも宮川さんらしいところです。

続いては,「お父さんの運動会」的なエピソードになり,こちらもまたノスタルジックな気分にさせてくれました。「トランペット吹きの休日」は,実は”トランペットが休めない曲”というのは昔から私も感じていましたが,トランペットの活躍する曲が続き,藤井さんも大変だったと思います。

今回演奏された曲は,どれも「番組の都合」で,3分程度にまとめられているのですが,ピアノ,打楽器と低弦を中心にカッチリとしたリズムが刻まれる上で,ヴァイオリン,トランペット,クラリネットが闊達に活躍するという曲が多く,コンパクトだけれども単なるBGMではない迫力を感じました。ライブの魅力たっぷりの生き生きとした演奏の連続でした。

ブラームスのワルツは,「トランペット吹きの休息」という感じで,弦楽器を中心に,ゆったりとした気分になりました。ベートーヴェンの「悲愴」は,前半の中でも特に聞きごたえがありました。物語を秘めたようなムードがたっぷりで,ヤングさんのヴァイオリンのソロを聞いている内に,妙に感動的な気分になってしまいました。

前半最後は,「動物の謝肉祭」の中から「化石」「白鳥」「フィナーレ」が演奏されました。この曲は,もともと「クインテット」と良く似た編成なので,ほとんどサン=サーンスのオリジナルのままという感じで,違和感なく楽しむことができました。

ここでの宮川さんのトークは実に味わい深いものでした。何も考えずに毎日ルーティーンワークで演奏していると(例の「ピアニスト」という曲を演奏しながら語っていました),「化石」になってしまう。つまり,「ピアニスト」が現在の人類,「化石」が未来の人間である。そして,「白鳥」が理想の芸術の姿である,といった非常に深い話になっていました(思わずメモをしてしまいました)。

とはいえ,クラリネットが古いフランスの民謡を演奏したり,ロッシーニのアリアを演奏したり,シロフォンが自作の「死の舞踏」の引用である骸骨を思わせるメロディを演奏したりする「化石」は,大好きな曲です。「白鳥」では,大澤さんがステージ前方に出てきて,宮川さんのピアノ伴奏で,じっくりと聞かせてくれました。ハートウォーミングな演奏を堪能させてくれました。フィナーレは結構短くカットされていましたが,機会があれば,クインテット版「動物の謝肉祭withアキラさんのナレーション」を聞いてみたいものです。

さて,後半です。後半の最初は,「OEK史上初?」という「団員が歌うコーナー」になりました。「クインテット」では,宮川さん作曲による番組オリジナルの曲も沢山あります。メンバー紹介も兼ねて,その中から3曲が演奏されました。

宮川さんが一人づつメンバーを呼び出すと袖から「あきお」「みきと」...などとひらがなで名前の書かれた譜面を持ったメンバーが一人ずつ登場し,6人がステージ中央の固定マイクを取り囲みました。アキラさん言うところの「OEK雑唱団」です。

まず,「ただいま考え中」が歌われました。この曲は「ただいま考え中」という歌詞を,宮川さんとOEK雑唱団とが何回も何回も交互に繰り返すだけ(ほとんど)なので,「私にも歌えそう(耳に残ります)」という曲でしたが,歌う時に,真ん中のマイクに向かって6人が楽しげに集まってくるのを見るだけで,OEKファンとしては嬉しくなりました。ヤングさんが特に楽しげでしたね。この日いちばんの「目玉」だったと思います。

# こんな感じでした(OEKのフェイスブック・ページの写真です)

ちなみにこの曲ですが,「考え中」と言っておきながら,実のところ全然考えておらず,時間を稼いでいるだけ,という雰囲気満点で,植木等とか所ジョージとかが歌っても面白そうな曲だと思いました。

次の「ちょっと」というのは,言語学的(?)に見て面白い曲です。外国人が最初に覚える日本語が「ちょっと」という言葉だと宮川さんは語っていました。確かに,日本人の多くは,婉曲的に表現をするために,「ちょっと」という言葉をよく使いますね。この路線で行くと「どうも」という曲も作れそうですが,いかがでしょうか。

いずれにしてもOEKのメンバーの歌は,滅多に聞けませんので,この日のお客さんは大喜びでした。OEKのメンバーは,個人レベルで金沢市民に溶け込んできていますので,今回のような「楽しい室内楽公演」というのは,OEKメンバーとファンの距離をさらに縮める意味でも良いことです。「OEK雑唱団」の活躍には今後も期待したいと思います。

このコーナー最後の「目はおこってる」というのは,「家に戻ってみたら,静かだけれでも不穏な空気が流れている。少し前まで,お母さんが子供を怒っていたのがアリアリ分かる。それは...目がおこってるから」という雰囲気を伝える曲です。

どの曲も,「日常に対する鋭い視点」と「ほんわかとしたムード」が一体になった曲で,意外に後世に残る作品になりそうな気がしました。

演奏会の最後は,クラシックの名曲がいろいろと演奏されました。前述のとおり,それぞれ「クインテットの番組の都合」で,3分程度に圧縮されているのですが,小編成で聞くと,それが予想以上にぴったりと決まっており,どこか洒落たムードさえ漂わせていました。聞いていて全然疲れないので,誰が聞いても楽しめる内容になっていたと思います。宮川さんは「クラシックの飲茶」とおっしゃっていましたが,なかなか良いキャッチコピーだと思いました。

「剣の舞」では,ティンパニを中心に各種打楽器を使い分けていた渡邉さんの演奏が特に目を引いていました。ステージ上のお客さんも間近で演奏を見ることができて,楽しかったのではないかと思います。

最後に演奏された,「ラプソディ・イン・ブルー」は,オリジナルでも活躍するクラリネット,トランペットそしてもちろんピアノが編成に含まれていますので,オリジナルの雰囲気がよく出ていました。

アンコールでは,ダニーボーイが「ゆうがた」のような雰囲気で演奏されました。この曲は,以前,OEKのファンタジー公演に宮川さんが登場した時にも演奏されていたことがあります。その時は曲にまつわる悲しいエピソードを紹介されていましたが,宮川さんにとっても特に大切な1曲なのだと感じました。

最後に,テーマ曲「ゆうがたクインテット」が再度演奏されてお開きとなりました。

今回の公演は,大人が聞いても子供が聞いても楽しめるような演奏とトークでした。全くストレスなく楽しめるような素敵な演奏会になりました。交流ホールで聞くのにもぴったりで,宮川さんとOEKメンバーのキャラクターを非常に身近に感じることができました。

今回の公演は,「「クインテット」の番組は終了してしまったけれども,そこで作られた曲は残したい」という思いで企画されたコンサートとのことです。それが石川県で実現したのは嬉しいことです。その意図はピタリ当りました。是非是非,再演をしてほしいと思います。ネタはまだまだありそう。このスタイルで石川県を中心にいろいろ回ってみたいというアイデアも発表されていましたが,きっと喜ばれることと思います。NHK金沢放送局とタイアップして,「実写版クインテット」としてテレビ中継しても面白いかもと思ったりしました。というわけで,聞いているうちに,色々と楽しい企画が沸き上がってきそうな楽しい公演でした。

PS.ただし,個人的には,もう少しお客さんが入っていても良いのに...とは思いました。この点だけは,ちょっと意外な気がしました。
(2012/05/31)

関連写真集


音楽堂前の看板


公演の案内


開演前の雰囲気