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オーケストラ・アンサンブル金沢第322回定期公演PH
2012年6月22日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バーバー/弦楽のためのアダージョ op.11
2)バーバー/ヴァイオリン協奏曲 op.14
3)ウィリアムズ/映画「シンドラーのリスト」〜テーマ
4)コープランド/劇場のための音楽
●演奏
秋山和慶指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直),戸田弥生(ヴァイオリン*2-3)
プレトーク:池辺晋一郎
Review by 管理人hs  

6月上旬,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は地元の学校公演を中心の活動を行っていましたので,この日の定期公演は,約1か月ぶりということになります。今回は,秋山和慶さん指揮による,アメリカ音楽の夕べでした。意外なことに,秋山さんが金沢で行われるOEKの定期公演に登場するのは,今回が初めてのことです(東京で行われた東京交響楽団とOEKとの合同公演でOEKを指揮されたことはありますが,それもかなり前のことです)。秋山さんは,ジョアン・ファレッタさんの代役として登場することになったので,プログラミング自体は,ファレッタさんによるものだと思いますが(確か曲目の変更はなしだったと思います),すっかり手の内に入った演奏を聞かせてくれました。秋山さんは長年,アメリカのオーケストラで活躍されていましたので,アメリカ音楽のイディオムを熟知されているのではないかと思います。安心して楽しむことができました。

まず,お馴染みのバーバーの弦楽のためのアダージョで始まりました。演奏は,流麗に流れる感じはなく,しみじみと落ち着きのある音楽を味わわせてくれるような雰囲気がありました。途中,大きく盛り上がる部分では,OEKの弦楽セクションの密度の高い音を楽しむことができました。ドラマティックで大げさな表現は避けていましたが,その背後に熱い思いが感じられ,浮ついた部分のない聞きごたえがありました。

続いて,ヴァイオリンの戸田弥生さんとの共演で,バーバーのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。この曲は,20世紀のヴァイオリン協奏曲とは思えない,分かりやすい作品で,個人的に大好きな曲です。生演奏で聞くのは,竹澤恭子さんと尾高忠明指揮OEK以来のことです(調べてみると1999年6月以来のことです。この時は金沢市観光会館で行われましたので,石川県立音楽堂になってからは初めてだと思います。)。

戸田さんのヴァイオリンからは,いつも堂々としたかっぷくの良さを感じます。ロマンティクな気分のある曲には特にぴったりで,この曲の持つ大らかさとちょっと切なさが混ざったような魅力をしっかり伝えてくれました。冒頭一瞬,ピアノの音がポロンと入った後,ヴァイオリンが息長く歌い始めるのですが,このピアノの音がしっかり聞こえるのが生演奏ならではです(CDだとあまり分からないですね)。この部分が大好きだったりします。戸田さんの演奏には,停滞することはなく,グイグイと攻めてくるような迫力を感じました。ヴァイオリンの音もとても良く鳴っていました。特に中低音の豊かさが魅力的でした。オーケストラの編成にもトロンボーンやテューバは入らず,全体に透明感のある響きが中心なので,OEK向きの曲だと思いました。

第2楽章は,オーボエの独奏で始まります。プログラムに書いてあったとおり,ちょっとブラームスのヴァイオリン協奏曲を思わせるところがあります。加納さんのオーボエのしっとりとした音をはじめ,オーケストラのみの部分が続いた後,満を持して,戸田さんのヴァイオリンが入ってきます。第1楽章もそうでしたが,ゆったりと入ってくる感じが実に堂々としており,スケールの大きさを感じました。

第3楽章は,一転して速い動きが延々と続く常動曲になります。前の2つの楽章とのバランスが悪いと言えば悪いのですが,ワチャワチャとした感じがずっと続く雰囲気は,非常に個性的で,この楽章ならではです。秋山さんはこの雑然とした楽章を,非常に鮮やかに,分かりやすく整理して聞かせてくれました。その分,破天荒な気分は薄められていたのですが,安心して軽妙さを楽しむことができました。非常に生き生きとした演奏でした。

演奏後は盛大な拍手が続きました。いつもの演奏会ならば,アンコールが演奏されたと思うのですが,この日は後半の最初にも戸田さんの演奏する曲がありましたので,そちらがアンコール代わりという感じでした。そう考えると,休憩時間は,後半最初の「シンドラーのリスト」の後でも良いのかな,とも思いました。

後半最初は,その映画「シンドラーのリスト」のテーマでした。この曲のオリジナルはイツァーク・パールマンによって演奏されていますが,戸田さんの演奏も,それに負けない,たっぷりとした濃い演奏でした。ちょっと濃すぎて,やや演歌っぽいかな,というところもありましたが,もともとユダヤ風のメロディと日本のメロディには共通する気分があるので,この濃さは,作曲者の意図どおりとも言えそうです(余談ですが,イングリッシュ・ホルンによる「タラララ...」と下降してくるイントロの感じは,「北の宿から」のイントロのムードにかなり似ているのではないかと思います。)。

演奏会の最後は,コープランドの「劇場のための音楽」という,何ともそっけないタイトルの曲が演奏されました。これが非常に楽しめました。木管楽器1本ずつでしたので,かなりこじんまりした編成でしたが,バーンスタインの音楽の原型のような,躍動感と抒情性がうまくミックスされた,変化に富んだ音楽を聞かせてくれました。

曲は,小太鼓のロールに続いて,トランペット2本による信号音から始まりました。こういう部分はCDで聞くよりも,実演だとずっと楽しめます。原色的で生々しさのある音楽を集中して楽しむことができました。その後続く,静かな部分もじっくりと聞かせてくれました。その後,軽妙な雰囲気になります。秋山さんは,非常に明快な指揮をされる方ですが,こういった部分では,その職人芸的指揮ぶりから出てくる鮮やかな音楽を,しっかり楽しむことができます。この部分ですが,「ウェストサイド物語」のダンスシーンにそのまま入っていても良さそうな感じでした。

第2曲は,さらにリラックスした感じになります。ピアノ伴奏の上で,管楽器が軽快なジャズ風のメロディを出す辺りは特に印象的でした。クラリネットが甲高い音で「タタタタタタ...」と演奏する部分など今でも耳に残っています。第3曲は,水谷さんのイングリッシュ・ホルンを中心とした,じっくりと沈潜した雰囲気の音楽になります。暗いけれども,どこか甘い感じが漂い,この部分もバーンスタインの音楽に通じる部分がある気がしました。

第4曲バーレスクでも,ジャズっぽいフレーズを演奏するトランペットなど,変化に富んだ音楽が続きました。第5曲は,第1曲の一部を再現し,静かに締めてくれました。ヴィオラをはじめとして,いろいろな楽器のソロが出てきて,次々に別れのあいさつをしているようでした。

全曲を通じて,古き良き時代のジャズのテイストとバーバーの音楽にも通じるようなちょっとクールな抒情性が特に印象的でした。秋山さんの指揮は,リズムが多彩に変化すればするほど,音楽に安定感が出てくるようなところがありました。例えば,井上道義さんが指揮していたら,また全然違った雰囲気になっていたと思いますが,秋山さんの作り出す「安定感のある躍動感・色彩感」は,クラシック音楽としてのアメリカ音楽の気分にぴったりだったと思います。

今回,演奏時間的には,それほど長い演奏会ではなかったのですが,これまでOEKがあまり取り上げてこなかったアメリカ音楽の面白さを伝えてくれました。演奏後のOEKメンバーの様子から,秋山さんに対する信頼感とリスペクトが強く伝わってきました。秋山さんの指揮からは,どの曲についても,素晴らしい指揮技術に支えられた音楽の安定感を感じ取ることができました。恐らく,どういう曲についても水準の高い演奏を聞かせてくれるのではないかと思います。秋山さんには,是非またOEKに客演して欲しいと思います。

PS. それにしても...秋山さんは昔から変わりません。30年以上クラシック音楽を聞いているのですが,その間,ずっと今と同じ雰囲気のような気がします。実は,このことも凄いと思っています。
(2012/06/22)

関連写真集


音楽堂前の立看板

終演後,秋山さんと戸田さんのサイン会がありました。


秋山さんのサイン。写真のイメージどおり,とても穏やかな雰囲気の方でした。


戸田さんのサイン