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オーケストラ・アンサンブル金沢第323回定期公演F
2012年6月29日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ヴィヴァルディ(久石譲編曲)/ラ・フォリア(短編映画「パン種とタマゴ姫」)
2)シューマン/チェロ協奏曲イ短調op.129
3)(アンコール)久石譲/映画「時雨の記」〜
4)(アンコール)久石譲/映画「おくりびと」〜
5)ブラームス/交響曲第4番ホ短調,op.98
●演奏
久石譲指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-3,5,ルドヴィート・カンタ(チェロ*2-4),久石譲(ピアノ)*3-4
プレトーク:久石譲
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演ファンタジー・シリーズ(次シーズンからは,ファンタスティック・クラシカルコンサートという名称になるようです)を聞いてきました。指揮は,スタジオ・ジブリの映画音楽などで有名な久石譲さんでした。

通常のクラシック音楽以外の曲を取り上げることの多いファンタジー・シリーズですので,当初は久石さんの自作自演特集かと思っていたのですが,チラシをしっかり見てみると,シューマンのチェロ協奏曲とブラームスの交響曲第4番という非常にオーソドックスで落ち着いた雰囲気のプログラムでした。特にOEKがブラームスの交響曲第4番を演奏する機会は多くありませんので,今回は久石さんがどういうブラームスを聞かせてくれるのかを目当てに聞きに行くことにしました。

まず前半ですが,最初に久石さん編曲によるヴィヴァルディのラ・フォリアが演奏されました。この曲は,スタジオ・ジブリの短編映画「パン種とタマゴ姫」の音楽として編曲されたもので,お馴染みのラ・フォリアのテーマが何回も何回も変奏されていくものです。この日の楽器の配置は,コントラバスが下手側に来る古典的な対向配置でしたが,人数自体は通常のOEKの編成よりは大きく,ティンパニや打楽器も入っていました。ヴァイオリンの松井さん,江原さん,チェロの大澤さん,チェンバロの松井さんは,ソリストとして扱われており(指揮者と一緒に入場し,ヴァイオリンのお2人は立ったまま演奏していました),合奏協奏曲的な雰囲気がありました。

変奏自体は,それほど起伏が大きい感じはしませんでしたが,ティンパニや打楽器が入るなど,所々にロマン派の音楽に近いような色彩感があり,一ひねりされたバロック音楽の世界を楽しませてくれました。

続いて,久石さんとも親交のある,おなじみのOEKの首席チェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんが独奏者として登場しました。ここで演奏されたのが,シューマンのチェロ協奏曲という渋い曲でした。もっとも,チェロ協奏曲はそれほどレパートリーは多くありませんので,後半で演奏されるブラームスのから連想してシューマンのこの曲が演奏されたのかもしれません。

この曲ですが,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲同様,各楽章のキャラクターははっきりしているけれども,楽章間のインターバルは置かずに一気に演奏されます。以前にもカンタさんの演奏で聞いたことがありますが,第1楽章冒頭部から,はかなく優しげな雰囲気のカンタ節を堪能させてくれました。じっくりと弾きこまれたロマンの世界が伝わってきました。特に第2楽章はオーケストラのチェロとの重奏が聞きもので,大澤さんとのゴールデンコンビ(?)による耽美的な世界を聞かせてくれました。

久石さん指揮OEKの演奏は,全体にややテンポが重い感じがしました。テンポを落としているというよりは,テンポが上がらないという感じで,カンタさんとの”熱い絡み合い”という感じになっていなかったのが残念でした。また,ソロ楽器が入ってくるタイミングもやや不明確な感じで,協奏曲の指揮については,久石さんは慣れていない気がしました。ただし,カンタさんのチェロに優しく寄り添うようなサポートになっていたのは,OEKならではだと思いました。

この曲の後,アンコールとして久石さんの映画音楽が2曲演奏されました。どちらもカンタさんのチェロに加え,久石さんのピアノがフィーチャーされていました(2曲目の方はオーケストラの伴奏なしで,2人だけの演奏でした。)。どちらも,ロマン派の音楽の中に挟まれていても全く違和感のない音楽で,じっくりとドラマを感じさせてくれました。シューマンも良かったけれども,やはり,こちらの方に久石さんの本領は発揮されていたと思いました。カンタさんのチェロのほのかに甘い音も,久石さんの音楽にぴったりでした。

さて,後半はブラームスの交響曲第4番でした。久石さんがロマン派の交響曲全曲の指揮をするというのは珍しい?と思ったのですが,近年は東京のオーケストラで何回か指揮をされているようで,何とマーラーの交響曲第5番まで指揮されているようです。久石さんは,もともとクラシック音楽のバックグラウンドのある方なので,不思議ではないのですが,クラシックに回帰する気持ちが段々と強くなっているのかもしれませんね。

今回の演奏を聞いた印象ですが...正直なところ久石さんらしさは,あまり強く感じることはできませんでした。どちらかというと,久石さんの指揮を盛りたてようとする,OEKの演奏の方に注目してしまいました。OEKの音はギュッと引き締まっており,十分なボリューム感もありました。それに加え,個人技も冴えていました。例えば,ブラームスの4番といえば,最終楽章のフルートの独奏が有名ですが,岡本えり子さんのじっくりと聞かせるソロをしっかり楽しむことができました。弦楽器は通常よりも増強していましたが,すっきりとした艶のある音はいつもどおりでした。ティンパニの菅原淳さんも要所で全体を引き締めていました。

第3楽章の軽快なテンポ感は良かったのですが,第1楽章や第2楽章の終盤など,「ここはもう少しグッと踏みこんでほしいな」というところが,サラリとした”ソコソコの盛り上がり”という感じになっていたのが,やや物足りないところでした。デリケートな表現の部分も,音量的には小さくなっているものの,もう少し緊張感を感じさせて欲しいと思いました。

第4楽章の最初の部分では,トロンボーンが,満を持してバーンと出てくるのですが,その後に続く部分は,ちょっとスルスルと進み過ぎるな,という気がしました。恐怖感とか狂気とか圧倒的なパワーとか...この辺でも,指揮者のこだわりを聞かせて欲しいと思いました。

ちなみにこの曲の実演で,過去どういう演奏を聞いてきたか調べてみたところ,岩城指揮OEK,金聖響指揮OEK,ハーディング指揮MCO,エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送響,エッシェンバッハ指揮シュレスヴィヒ=ホルシュタイン,ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団...と金沢でも結構頻繁に演奏されていることが分かりました(全部10年以内のことです。我ながらあきれてしまいますが,全部聞いています...。その他,金沢大学などアマチュア・オーケストラも演奏しています。)というわけで,今回の演奏については,久石さんならではの大胆な表現が聞けなかった点でやや物足りなさを感じました。

今回の演奏会を聞いた感じでは,やはり久石さんの自作または編曲作品をもっと聞きたかった,というのが正直なところです。ただし,この日の音楽堂には,若い人が非常に沢山入っていました。特に私の居た3階席は,大学生風のお客さんばかりでした。こういう光景を見ていると,今回の演奏会がきっかけで,クラシック音楽の演奏会に興味を持つ人も大勢出てくるのではないかと思いました。開演前(本当に直前でした)のプレトークも久石さんが担当されていましたが,何と言ってもネーム・バリューのある方ですので,クラシック音楽の裾野を広げていくには最適の方とも言えると思います。

もう一つ期待したいのは,久石さんによる新作です。次回,OEKの指揮台に登場する時のために,是非,OEK用のオリジナル作品を作って欲しいものです。”大曲好み”の久石さんですので,オリジナルの交響曲などどうでしょうか。その他,この前。宮川彬良さんが「もっとカンタービレ」シリーズに登場したような感じで,OEKメンバーと久石さんのピアノによる室内楽公演というのも面白いのではないかと思います。
(2012/07/02)


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この日は,デジカメを持っていくのを忘れてしまいました。チラシの画像です。