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オーケストラ・アンサンブル金沢 室内オペラシリーズ 「ディドとエネアス」「コーヒーカンタータ」
2012年7月7日(土) 18:00開演 / 7月8日(日)15:00開演 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)バッハ,J.S./カンタータ第211番「お静かに,お喋りめされるな(コーヒー・カンタータ)」BWV.211
●演奏
リースヒェン:木村綾子(ソプラノ),語り手:真木喜規(テノール),シュレンドリアン:三塚至(バリトン)

2)パーセル/歌劇「ディドとエネアス」
●演奏
ディド:佐竹由美(ソプラノ),エネアス:安藤常光(バリトン),ベリンダ:田島茂代(ソプラノ),第2の女:石川公美(7日,ソプラノ),長澤幸乃(8日,ソプラノ),魔法使い:牧野正人(バリトン),第1の魔女:朝倉あづさ(ソプラノ),第2の魔女:稲垣絢子(ソプラノ),精霊:直江学美(7日,ソプラノ),安藤明根(8日,メゾ・ソプラノ),水夫:真木喜規(テノール),踊り手:熊谷乃理子,徳山華代,,オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団

清水史広指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),演出:十川稔
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による「室内オペラシリーズ」も,今年の2月にはアメリカの作曲家メノッティの「泥棒とオールドミス」が上演されるなど多彩に展開されています。今回は久しぶりにバロック・オペラが上演されました。

この公演は土日連続で,石川県立邦楽ホールで行われました。私は,7月7日,七夕の夜に行われた1日目の公演を聞いてきました。金沢でバロック・オペラが上演される機会は滅多にありませんが,期待どおりの充実した内容でした。

今回上演された「ディドとエネアス」という作品は,イギリスの作曲家パーセルによるものです。今年は,6月にエリザベス女王即位60年の式典が行われたり,7月末からはロンドン五輪が行われたり,何かとイギリスが話題になりますので,非常にタイムリーな選曲と言えます。

ただし,このオペラはそれほど長いオペラではありませんので,今回はその前にもう1曲,バッハのカンタータが上演されました。バッハはオペラは書いていませんが,世俗カンタータの中には,オペラに近い作品もあります。その代表作が「コーヒー・カンタータ」です。当時流行し始めたコーヒーのことばかり考えている若い娘とその父親のやり取りを中心とした,楽しい作品です。パーセルのオペラとのバランスもぴったりでした。オペラではなく,カンタータということで,シンプルなステージでしたが,随所にユーモラスなタッチの演技を交え,いつもとは一味違った,ユーモア好きなバッハの世界をリラックスして楽しむことができました。

この日のOEKは,弦楽器(4−3−2−2−1)とチェンバロという,通常の半分以下の編成で,客席前列を取っ払ったピットで演奏をしていました。コーヒー・カンタータの方では,この編成にさらに岡本えり子さんのフルートが加わっていました。

全体を通じて中庸のテンポで,派手さはありませんでしたが,OEKの演奏はキビキビとしており,「勤勉な小市民」的な雰囲気がありました。その中から,全曲を通じて,軽いユーモアと潤いが漂ってきました。

最初に語り手のテノールの真木さんが登場しました。真木さんの声質は,軽やかかつ清潔で,バッハの宗教曲の雰囲気にぴったりでした。その後,出番はあまり多くありませんでしたが,他の2人の歌に”合いの手”を入れるような感じで活躍していました。テノールの語りは,曲の最初と最後に出てきますので,丁度,曲全体に枠組みを付けるような形になります。

その枠の中で,娘リースヒェンと父シュレンドリアンのやり取りが続きます。シュレンドリアン役のバリトンの三塚さんの歌は,演劇的で,娘に一本取られる,やや3枚目的な父親役を分かりやすく演じていました。威厳はあまり感じなかったのですが,そのことがかえって現代的(?)だったかもしれません。

リースヒェン役のソプラノの木村さんも,このシリーズではすっかりお馴染みです。ヴィブラートがやや多目に感じましたが,三塚さんとの息はぴったりでした。リースヒェンの最初のアリアでは,メロディに合わせてコーヒーを飲んだ後(本当に入っていた?),陶酔したように,ふっとため息をつくなど,細かい演技も冴えていました。このアリアには,フルートも絡んでくるのですが,これも良かったですね。フルートが入ると,コーヒーにクリームが入ったような感じで,音楽に潤いが加わったように感じました。

曲の途中では,「結婚相手探し」の部分で,ケイタイで「候補」をカシャっと効果音入りで撮影する場面もありましたが,この辺は,さすがにちょっと違和感を感じました。最後の曲では,3人が揃って,優雅に楽しく,軽やかに盛り上がって,締められました。華やか過ぎず,地味過ぎず,前半のエンディングにぴったりという終わり方でした。

後半の「ディドとエネアス」は,パーセルの作品ですが,オペラの舞台となっているのは,イギリスではなく,古代ローマ時代の北アフリカのカルタゴです。その女王ディドとトロイの王子エネアスの物語です。上演される機会はそれほど多くない作品ですが、イギリスのバロックオペラの記念碑的作品とも言われている作品です。

本来は1時間も掛らないぐらいの短い作品なのですが,まず,魔女役の牧野正人さんがゆったりと舞台中央から登場し,ストーリーを,芝居っ気たっぷりに(牧野さん自身,とても楽しげでした),各幕の前にしっかりと説明してくれました。これは良かったですね。ハリー・ポッター辺りに出てきそうな,「魔法使いのおばあさん」役で,日本人には,ちょっとピンと来ない部分もある古代ローマの物語をユーモアたっぷりに,雄弁に語ってくれました。声自体が素晴らしいので,聞いているだけで気持ち良く,この部分だけで,立派な「芸」になっていました。非常にゆったりと語っていましたので,やや長すぎるかな,という部分もありましたが,今回の公演のいちばんの見所の一つになっていたと思います。そのこともあり,オペラ全体として,予想以上にボリューム感が感じられました。

舞台はそれほど大がかりではありませんでしたが,非常によくできており,邦楽ホールの機能を生かして,場面がにスムーズに転換していきました。舞台全体に”シンメトリーの法則”が貫かれている感じで,整然とした品格の高さを感じました。

ストーリーは悲恋物語ということで,音楽からは,常に美しい哀感が漂ってきていました。その点が何よりも魅力的でした。OEKの弦楽器の清冽な音もその気分にぴったりでした。各歌手の歌唱も素晴らしく,舞台のすっきりとした美しさと相俟って,ギリシャ悲劇をオペラで見るような雰囲気がありました。

序曲が始まると,柱が上から下りてきたり,背景が変わったり,ステージ上がどんどん変化していきました。この流れの良さも,邦楽ホールならではです。オペラ全体としては,落ち着いた安定感を感じたのですが,部分を見ると常に動いており,「動き」と「安定」が共存する面白さを感じました。

オペラ全体は短い作品ながら3つの幕から成っています。宮殿の中の場の間に,魔女たちの住む洞窟の場が入る形で,このバランス自体,A-B-Aの3部形式を思わせるところがありました。宮殿の中の場は落ち着いたトーンで進みました。今回も,主要キャストは,全国的に活躍している実力のある歌手が担当し,その脇を地元歌手が固める形を取っていました。そのバランスも良かったと思います。

ただし,前半では,タイトル・ロールの佐竹さん(ディド)は,それほど目立った感じではありませんでした。侍女のベリンダ役の田島さん,もう一人の侍女役の石川さんも凛とした歌を聞かせてくれていましたので,やや主役が分かりにくい感じでした。女声歌手が次々出てくるのに対して,男声の登場人物は非常に少ないので,エネアスは,結構得な(?)役だと思いましたが,安藤さんの方も前半はそれほど強いキャラクターは感じませんでした。

むしろ,ギリシャ悲劇に出てくるコロス(文字通り合唱団ですが)のような雰囲気のあった,OEK合唱団の動きに注目しました。前回の池辺晋一郎さんのオペラ「高野聖」の時もそうでしたが,”動くセット”のような感じで,いろいろなフォーメーションを作って動き回り,各場面を盛り上げてくれました。

この”動くセット”は,魔女の出てくる第2幕でさらに大活躍でした。天井から赤い糸の先端に何か黒っぽいものがぶら下がって降りてきたのですが,これが何と合唱団用の衣装でした。こういう大胆な演出は初めて見ました(この場が終わったら,また衣装を吊り下げて上に戻って行きました。合唱団の皆さんからすると,結構,スリリング?)。合唱団の皆さんが,この衣装を羽織ると,暗く不気味な洞窟の場になりました。楽章の構成で言うと,スケルツォ的な感じがあり,ただ音楽を聞く時よりはくっきりとしたメリハリが付けられていました。幕を区切る効果音として雷の音を使い,さらに基調となる色合いも幕ごとに分けていましたので,視覚的にも聴覚的にもしっかりと変化が付けられていました。

この場では,語り手としても登場していた,魔女役の牧野正人さんの声に圧倒的な輝きがあり,ドラマを大きく盛り上げてくれました。この大魔女の脇を固める,小魔女2人の動きもコミカルでした。オペラ全体の随所に,2名のバレエダンサーが登場していたのも印象的でした。黒っぽい衣装を着た合唱団もダンスに参加していましたが,マイケル・ジャクソンの「スリラー」のバックダンサーといった趣きがありました。その他,精霊役が登場したり,魔女が舞台の中央の高い題の上で演技をしていたり,舞台全体にダイナミックさがありました。

最後の幕になると,主役のディドとエネアスの苦悩が前面に出てきます。ディドの前から去る時の安藤さんの決然とした歌,最後の部分での憂いと哀感に満ちた佐竹さんの歌とドラマ全体を引き締めてくれました。現代の感覚からすると「そんなに悩まなくても...」と思ったりもしましたが,生き生きとした魔女と美しくも悲しい音楽の上で悩む人間の姿が鮮やかに対比されており,白い花弁(?)が亡くなったディドの上にチラチラと降ってくる最後の場面では,「悲しみの様式美」のようなものに気持ち良く浸ることができました。

お客さんの数は,7日の方は満席という感じではなかったのですが,皆さん舞台を堪能したようで,熱心な拍手が続いていました。前半のバッハのカンタータとのバランスも良かったので,この室内オペラシリーズでまた,バロック・オペラを取り上げていって欲しいと思います。バッハの世俗カンタータ・シリーズというのも面白い気もします。

PS. 今回の上演では,「ドレスアップしてオペラを楽しみませんか?」という呼びかけをFacebookで行っており,山野金沢市長もタキシード姿で来られていました(山野市長のブログ情報によると,「上だけタキシード」だったようですが)。「オペラパーツ金澤」という企画で,「オペラを盛り上げるパーツになりませんか」という趣旨だったようです。「金沢発オペラ」シリーズを盛り上げるためのアイデアが次々出てくることは素晴らしいことだと思います。ロビー付近でシャンパンを飲んでいる人がいたり,写真撮影用のスペースがあったりしていつもと違う雰囲気になっていたのですが,今回が最初ということで,,正直なところ,何をしていたのか,よく伝わってきませんでした。次回以降,どう定着していくか注目してみたいと思います(私の方はポロシャツで聞きに行っていましたが...)。

PS.今回は,S席は「コーヒー付き」だったようです。B席だった私は,OEK定期会員用のチケットでコーヒーを飲んでみました。
(2012/07/11)


関連写真集


入口の案内


ポスター


音楽堂前の看板


ロビーに,スポンサー名が入っている写真撮影の背景用のパネルがありました。


開演前,こういう感じで撮影をされている人たちがいました。