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オーケストラ・アンサンブル金沢第324回定期公演PH
2012年7月13日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.61
2)(アンコール)パガニーニ/カプリース〜第24番
3)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67
4)(アンコール)ベートーヴェン/「コリオラン」序曲
●演奏
ダニエル・ハーディング指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1,3-4,シン・ヒョンス(ヴァイオリン)*1-2
プレトーク:奥田佳道
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の7月の定期公演に登場する指揮者は,ダニエル・ハーディングとマルク・ミンコフスキの2人です。OEKが設立して25年近くになりますが,世界的にこれだけ著名な指揮者が連続して登場するのは初めてのことです。その意味で,今月の定期公演は,これまでのOEKの活動の到達点を示す内容になると思います。

ハーディング指揮OEKの定期公演は,ベートーヴェンの交響曲第5番とヴァイオリン協奏曲だけというクラシック音楽の王道を行くようなプログラムでした。「王」(交響曲第5番)と「女王」(ヴァイオリン協奏曲)が並んだような雰囲気のあるプログラムです。

ハーディングさんの指揮のベートーヴェンですが,実は,今から9年前(時の経過は速い!)のマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)金沢公演でも演奏されています。「英雄」が演奏された記憶はあったので,もう1曲何が演奏されたかを調べてみたところ,今回と同じ第5番でした。ただし,受けた印象は今回の方が鮮明でした。(聞いたばかりなので,当たり前ですが。また,聞いた席によると思います。OEK以外の時はいつもいちばん安い席で聞いているので...)。

これはOEKのハーディングに対する信頼感の強さと反応の良さにもよると思います。ベートーヴェンの第5は,岩城さん時代から繰り返し演奏しているOEKの中心的なレパートリーです。変わったことをせずに,曲の立派さを伝える岩城宏之さん,熱いドラマを伝える井上道義さん,こだわりの古楽奏法による新鮮な響きを追求する金聖響さんと色々な演奏を楽しませてくれましたが,今回のハーディング指揮OEKによる演奏は,そのどれとも違う演奏でした。

これは推測ですが,9年前のMCOとの演奏以上にハーディングさんらしさが顕著に現れた演奏になっていた気がします。この曲の日本でのニックネーム「運命」や,「苦悩を越えて勝利へ」という常套文句とも違い,「運命を越えて自由へ」という感じの演奏を聞かせてくれました。もはや,古楽奏法とか,原典に忠実といったレベルではなく,ハーディングさんらしさが隅から隅まで行き渡っていました。それでいて押しつけがましいところはなく,音楽は最初から最後まで,非常にスムーズに流れ,OEKの自主性が全開になっていました。全然いばったところのない,永遠に新鮮な響きが続いていくような,非常に魅力的なベートーヴェンだったと思います。

第1楽章から,ストレートに音楽は流れ,時に前のめりに曲は進んで行きます。生き生きとしたニュアンスが豊かで,重苦しさよりは,軽やかさを感じさせてくれました。楽器の配置は,MCOの時同様,コントラバスが下手に来る古典的な対向配置でしたが,奏法自体はピリオド奏法に拘っているわけではなく,場合によって,楽器によって使い分けているようでした。ただし,響き自体には,非常にすっきりとした透明感がありました。冒頭の「運命」のモチーフから響きの明晰さと立体感と勢いが両立した気持ちの良い響きがパッと飛び込んできました。

第2主題に入る部分のホルン(再現部ではファゴット)の強く締まった響きも見事で,曲に構造を鮮やかに印象付けていました。再現部に出てくる,オーボエ(この曲では加納さんが担当していました)のカデンツァは,他の部分のテンポに比べると非常に遅く演奏しており,この部分だけ,ソリストにスポットライトが当たったような面白さがありました(演奏後,まず加納さんが立たされていましたね。)。

第2楽章冒頭のチェロの演奏は,ヴィブラートをしっかりかけて演奏しており,非常に艶やかでした。ただし,重くもたれることはなく,何ともいえない瑞々しさに溢れていました。その他の部分についても,ニュアンスに自然な変化が付けられていました。音楽の流れが中断されることはなく,楽章全体に伸びやかさが続いていました。音楽自体が生きているような魅力がありました。

第3楽章はかなりの高速で演奏されており,コントラバスをはじめ,弦楽器は大変だったと思いますが,曲が前へ前へ,進んでいこうとするビート感が感じられ,実に鮮やかでした(OEKの素晴らしさだと思います)。その分,ゾッとするような不気味さや象がダンスを踊るような不器用さはなかったのですが,その生気に満ちた音の絡み合いは圧倒的でした。悲壮感の代わりに爽やかさのある新世代のベートーヴェンという趣きのある第3楽章でした。

第3楽章から第4楽章への推移の部分は,それほど神経質になることなく,率直に,明るく音楽を開放していました。ここで初めて登場するトロンボーンですが,上手の第2ヴァイオリン奥に座っていましたので,音が突出することはなく,とてもまとまりの良い響きを聞かせてくれました。その他,この楽章で加わるピッコロの音もとてもバランスの良いものでした。

楽章は,堂々と始まった後,途中からは,万華鏡のように音の表情が変わって行きました。通常は力こぶが入るような部分が,非常にソフトに演奏されていたり,どこかファンタジーの世界に入ったような気分でした。この楽章で,こういう草食系(?)の表現を聞くのは初めてのことでした。ただし,最後の部分では,シャキッとした男前な雰囲気に戻り,若々しく締めてくれました。

なお,第1楽章は当然として,第4楽章の呈示部の繰り返しも行っていました。「魅力的な演奏を少しでも長く味わえる」ということで,全く気になりませんでした。

このように,部分的にかなり個性的な部分もある演奏でしたが,音楽の流れが良いこともあり,全く嫌味がなく,「許せる」というよりは「納得」という演奏になっていました。全体を振り返ってみると,大きな流れを重視した演奏で,スケールの大きさも感じさせてくれました。ベートーヴェンの音楽にゴツゴツとした肌触りを期待していた人には「期待はずれ」だったかもしれませんが,これだけ聞きなれた作品から新鮮な響きを引き出してくれるハーディングさんの才能には感嘆するばかりです。音楽全体に威張った感じがなく,音楽の表情がしっかりと率直に伝えられるのがハーディングさんの素晴らしさだと思います。

ハーディングさんの要求に見事に答えたOEKも本当に見事でした。ハーディングさんの指揮はマーラー・チェンバー・オーケストラで過去2回聞いたことがありますが,それに全く劣らない,ハーディングさんの要求をしっかり表現した見事な演奏だったと思います。この日のコンサートマスターは,サイモン・ブレンディスさんでしたが,ハーディングさんとのコミュニケーションが非常にうまく行っていたのではないかと思います(実は,この日の終演後,激しい大雨に見舞われ,音楽堂周辺の某ホテル横の進学塾前で雨宿りをしていたところ(傘を持ってこなかったので車で迎えに来てもらうことにしました),何とハーディングさんとブレンディスさんが,目の前を通り過ぎて,雨の夜の金沢へと消えて行きました。この辺(どの辺?)に,この日の演奏の秘密があったに違いないと密かに思いました。)。

このところ,OEKは金沢の定期公演ではアンコールを演奏していないので,今回も「無しかな?」とも思ったのですが,大変盛大な拍手に応え,コリオラン序曲が演奏されました。こちらは,響きが強くカッチリとまとまった,比較的オーソドックスな演奏でした。

さて,この定期公演ですが,もう一つの注目が,前半に独奏者として登場したシン・ヒョンスさんです。シンさんは,いしかわミュージック・アカデミーの受講生として毎年夏に金沢でヴァイオリンのレッスンを受けていた方ですが,2008年にロン=ティボー国際コンクールで優勝するなど,多数の音楽コンクールで上位入賞をされています。つい先日行われた,2012年エリザベート王妃国際音楽コンクール・バイオリン部門でも3位になっています。過去,おなじ音楽堂で,井上道義指揮OEKと共演したことはありますが(その時は,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番を演奏しました),この注目のヴァイオリニストとハーディングがどういう共演を聞かせてくれるか?これも大変楽しみでした。

こちらも素晴らしい演奏でした。シンさんとハーディングさんの音楽性は,正直なところかなりズレていた気がしますが,ハーディングさんの指揮の懐の深さもあり,スリリングなやり取りに満ちた,聞きごたえのある演奏を楽しませてくれました。何よりも,全曲を通じて,ハーディングさんと堂々と渡り合っていたのが素晴らしいと思いました。

第1楽章はストレートにしかし温かみを持って始まりました。この日は,バロック・ティンパニーを使っており,冒頭から,味わい深さのある皮の音を楽しむことができました。ハーディングさんは,この曲でも部分的にニュアンスや強弱の変化を付けながらも,ストレートに音楽を流そうとしていましたがが,シン・ヒョンスさんのソロが入ってくると,音楽に様々な「化学反応」が起こり始めました。

シンさんは,入りの部分は,じっくり,たっぷりとした演奏を聞かせてくれました。音自体はすっきりとしてもたれる部分はないのですが,表現には濃さがあり,常に遅めのテンポを志向していました。それに加え,特に高音部でのバシッと決まった高級感のある美音が印象的でした。歌い上げる部分では,楽器を高く持ち上げ,視覚的にも強くアピールしていました。ちなみに,この日のシンさんのドレスの色は,明るいサーモンピンクで,ステージ上も華やかさが溢れていました。

ヴァイオリン独奏の部分になると,非常にゆっくりとしたテンポに,オーケストラだけの部分になると音楽に勢いが出る,という演奏でしたが,不思議とチグハグなところはありませんでした。「曲が持つ本来の呼吸」のように自然に息づいていたのがお見事でした。むしろ,このテンポをめぐる”せめぎ合い”にライブならではの面白さを感じました。

なお,第1楽章のカデンツァは,お馴染みのクライスラー版でした。ここでも存分に熱い演奏をたっぷりと聞かせてくれました。カデンツァから楽章の終わりに掛けては,名残惜しさたっぷりの音楽になっていました。

第2楽章は,さらりとした感触の中に味わい深いを湛えた演奏でした。シンさんの音は明るく突き抜けるというよりは,どこか愁いがありますので,自然に深く濃い表情になっていました。第2楽章から第3楽章に掛けて,思いを決するような力強い表現で,ハッとさせた後,第3楽章は基本的に爽快なテンポで演奏されていました。ここでも,シンさんの方は,弱音の演奏にこだわりを見せたり(デリケート過ぎて少し音が抜けていたかも),ライブならではの「丁々発止」を楽しませてくれました。楽章を通じて,若いヴァイオリニストらしい奔放さもあり,スリリングに熱く盛り上がっていくような演奏になっていました。

演奏後は,後半に劣らないぐらいの盛大な拍手が続きました。それに応えて,アンコールでパガニーニのカプリースの第24番が鮮やかに演奏されました。こういう演奏を聞くと,多くのコンテストで上位入賞の常連になっていることを改めて実感させてくれます。

シン・ヒョンスさんの新譜には「Passion」というタイトルが付いていますが,以前に比べると,演奏にパッションやテンションがさらに加わった気がします(前回聞いたのがモーツァルトだったこともあると思いますが)。シン・ヒョンスさんは,「毎年夏に金沢でヴァイオリンの勉強をしていたアーティスト」ということで,個人的に特に親しみを感じ,応援をしているヴァイオリニストです。これからも是非,時々,金沢に戻ってきてほしいアーティストの一人です。

この日ですが,サイン会も行われました。超人気指揮者のハーディングさんといいうことで,サイン会はないかな,とも思ったのですが,ちゃんといつもどおりやってくれました。更に,ハーディングさんの方は,席から立ち上がって,自らお客さんの方に向かって,サインをして回るというサービスぶりでした(そういえば,前回もこういう感じだったことを思い出しました。五嶋みどりさんもこういうスタイルでサインをされていたことがありますね。)。

演奏会の前日,九州地方は「これまで経験したことのないような大雨」となったのですが,この日の公演では,「これまで経験したことのないようなベートーヴェン」を堪能させてくれました。考えてみると,ハーディングさんが初めて金沢に来た,9年前はさらに若かったのですが,その新鮮さがそのまま継続している点が素晴らしいと思いました。プログラムには,飯尾洋一さんによる「3.11のハーディング」の記事が書かれていましたが,この時も含め,ハーディングさんの音楽に対する,率直で純粋な気持ちが,ずっと保持されているからだと思います。このことは,OEKメンバーだけではなく金沢の聴衆もしっかり掴んだと思います。

ハーディングさんには,是非,再度OEKを指揮して頂きたいと思います。マーラー・チェンバー・オーケストラのメンバーがOEKのエキストラに参加することもありますので,クレメラータ・バルティカの時のような形で,OEKとの合同演奏にも期待したいと思います。いっそ,3楽団が音楽堂に勢揃いして,「世界室内オーケストラ祭り@金沢」とかできないですかねぇ?

PS. この日のプレトークは,NHK交響楽団のラジオ生中継の解説などでもおなじみの奥田佳道さんでした。今回のプレトークも大変分かりやすく,期待を盛り上げてくれるような内容でした。しかも,次のような新しい情報も提供して頂き,それこそ,ラジオの解説を聞くように演奏会前の時間を過ごすことができました。
・ハーディングは,今年のザルツブルク音楽祭で「ナクソス島のアリアドネ」を指揮する。そのリハーサルのため,今回は,東京から直接金沢に来たのではなく,ザルツブルクに寄ってから金沢に来ている。
・来年のミラノスカラ座の来日公演でも指揮者の一人として来日し「ファルスタッフ」を指揮

PS.この日のプレコンサートは,サイモン・ブレンディスさん,若松みなみさん,丸山萌音揮さん,ソンジュン・キムさんによって,モーツァルトの弦楽四重奏曲「不協和音」の第1楽章が演奏されました。途中から,聞き始めて,「何の曲だろう。良い曲だ」と思いながら聞いていたのですが,公式ツィッターの情報で分かりました。天井の高いロビーで聞くにはぴったりの雰囲気でした。
(2012/07/11)


関連写真集


入口の立て看


今年の7月限定の。「ハーディングとミンコフスキ」ポスターが掲示されていました


アンコール曲の案内。パガニーニは,24番でした。


お2人のサイン会の案内。大盛況でした。


列を遡ってサインしまくるハーディングさん(背中が写っています)


シン・ヒョンスさんは,座ってサイン


ハーディングさんのサイン


シン・ヒョンスさんには,新譜のCDに頂きました。Avexから発売されています。録音自体は2年ほど前で,東京の浜離宮朝日ホールで収録されてものです。