オーケストラ・アンサンブル金沢第325回定期公演M
2012年7月25日(水)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール |
1)ヴァイル/交響曲第2番
2)プーランク/2台のピアノのための協奏曲 ニ短調
3)(アンコール)プーランク/2台のピアノのための協奏曲 ニ短調〜第3楽章
4)ラヴェル/マ・メール・ロア(バレエ版)
●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),ギョーム・ヴァンサン,田島睦子(ピアノ*2,3)
プレトーク:飯尾洋一
今シーズン最後のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,一般的にはバロック〜古典派音楽の指揮者として知られているマルク・ミンコフスキさんが登場しました。2週間ほど前の定期公演に登場したダニエル・ハーディングさんに続いて,世界的に大きな注目を集めている指揮者の登場ということで,この日もお客さんはよく入っていました(ただし,満席ではなかったと思います。)。
ミンコフスキさんは,2009年に手兵のルーヴル宮音楽隊と共に石川県立音楽堂に登場しましたが(これは音楽堂が招聘した企画で,雑誌「音楽の友」でも高評価だった公演です),恐らく,それが伏線になって今回OEKを指揮することになったのだと思います。ただし,意外だったのは演奏曲目です。今回のプログラムには,ワイル,プーランク,ラヴェルと20世紀の音楽が並びました。前回の,ルーブル宮音楽隊との金沢公演の時はハイドン,モーツァルトを楽しませてくれましたので,今回は,ミンコフスキさんの別の面に触れることができました。
その演奏ですが,どの曲にも生き生きとした生命力が吹き込まれていました。緻密に練られていると同時に,沸き出てくるような音の数々を堪能できました。この点は,ルーブル宮の時と同様でしたが,やはり20世紀の作品ということで,特に最後に演奏された「マ・メール・ロア」では,思いのほか濃厚で生き生きとしたファンタジーの世界に浸らせてくれました。ハーディングさんの時もそうでしたが,OEKの適応力の高さと誠実な演奏ぶりを実感できた定期公演でした。
前半演奏されたワイルの交響曲第2番とプーランクの2台のピアノのための協奏曲は,どちらも演奏会で取り上げられる機会は多くない作品です。特にワイルの作品は,渋めでしたが,CD等で聞くよりはずっと生き生きとした音楽として楽しむことができました。ただし,調べてみるとこの曲は,2年前(結構最近です)の7月のOEKの定期公演で,高関健さん指揮でも演奏していました。今回の演奏についても同様だったのですが,後から思い出しにくい曲,ということは言えそうです。
この曲は,通常のOEKの編成に,トロンボーン2本や打楽器各種が加わる曲で,ダイナミック・レンジの広さを感じさせてくれました。序奏部のトランペット独奏の冴えた音に続き,引き締まった音楽が続きました。ミンコフスキさんは,要所要所で手を高く上げたり,軽快な動作で指揮をされていました。OEKは,その手足のように反応し,瑞々しい音楽を聞かせてくれました。
第2楽章は葬送行進曲風の楽章です。ここではチェロ,フルート,トロンボーンといった楽器が独奏で活躍します。ワイルは,ポピュラー音楽の世界でも有名な作曲家ですが,この楽章には,その辺に通じるウィットも漂っていいました。ただし,中間部で大きな盛り上がりを見せるなど,深さも感じさせてくれました。第3楽章は,再度キビキビとした動きが出てきましたが,それほど爽快感はなく,この曲が作られた時代の「閉塞感」を漂わせている気がしました。途中,ピッコロ2本が活躍したりする部分も独特でした。最後の部分は,ティンパニの乱打を中心に豪快に締めてくれました。
2曲目のプーランクの協奏曲は,昨年,OEKが海外ツァーを行った時に演奏曲とのことですが,定期公演で演奏されるのは初めてだと思います。1曲目の編成にわらくテューバも加わっていましたが,重苦しい感じはなく,プーランクならではの闊達さと生きの良さを楽しむことができました。これは,ミンコフスキさんと2人の独奏者のキャラクターにもよると思いますが,粋で大胆な「パリのモーツァルト」といった気分がありました。曲の根底にある,モーツァルトのピアノ協奏曲的精神が,しっかり感じられる演奏でした。
この日の独奏者は,フランスの若手ピアニスト,ギョーム・ヴァンサンさんと金沢出身のお馴染み田島睦子さんでした。ヴァンサンさんの方は,まだ20代前半で,強い個性はまだ感じられませんでしたが,飛び跳ねるような機敏さのえる演奏は,曲の気分によく合っていました。最近,岩城宏之音楽賞を受賞したばかりの田島さんの方は,ヴァンサンさんとは対照的に,もっと落ち着いた雰囲気で演奏し,音楽を締めていたように感じました。
そして,長年OEKを聞いている金沢の音楽ファンにとっては,何よりも,田島さんがミンコフスキ指揮OEKと共演したこと自体が嬉しいことでした。もちろん,田島さん自身がいちばん嬉しかったと思いますが,この日のお客さんの中にも田島さんを祝福する気持ちは大きかったのではないかと思います。今回の共演をきっかけに,さらに活躍の場を広げて欲しいと思います。
この2人のピアノとOEKの演奏は,しっかりと息があっていました。ピアノもオーケストラも自由に演奏していましたが,すべてミンコフスキさんの統率の下にあり,現代的な斬新さと同時に古典的なまとまりの良さを感じさせてくれました。
ちなみにこの日の楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分け,下手から第1ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,第2ヴァイオリンと並べ,コントラバスが正面のいちばん奥に来るという独特のものでした(3曲ともこの配置でした)。この曲では,弦楽器の前に蓋を取ったピアノ2台が向き合って配置されていました。ミンコフスキさんは,このピアノ2台よりもさらにお客さん側で指揮されていましたが(客席ギリギリのところ),通常協奏曲では,独奏者が客席にいちばん近い所で演奏しますので,考えてみると珍しい配置かもしれません。この点からも,ミンコフスキさんがすべてをコントロールしようとする意図が読み取れました。
(参考写真)OEK公式フェイスブックページに掲載されていた写真
冒頭,パンチ力のある一撃で始まった後,音楽が美しく流れる部分と,渡邉さんのパーカッション(いろいろな楽器を弾き分けていましたねぇ)を中心にビシっと決まるアクセントとが心地よく交錯し,プーランクならではの楽しい音楽となっていました。途中,かなり激しい不協和音も続出していましたが,前衛的というよりは,いたずらっぽく感じられました。2台のピアノの対比だけではなく,楽章自体に溢れる静と動の対比が魅力的な演奏でした。
第2楽章は,モーツァルトのピアノ協奏曲第20番の第2楽章のようにピアノのモノローグで始まりました(調べてみたところ,調性も同じ変ロ長調でした)。ただし,ヴァンサンさんのピアノは,それほどたっぷりした感じではなく,クールにさらりと演奏していました。その後,テンポは揺れ,音楽がどんどん沸き上がるように進んで行きました。途中,今度はモーツァルトのピアノ協奏曲第21番のような部分も出てきました。遠くにいるモーツァルト幻影が,すっと浮き上がってくるようで,演奏自体は鮮やかなのに幻想的な気分を味わうことができました。
第3楽章は,再度闊達な雰囲気に戻ります。この曲ではティンパニは使われておらず,代わりに小太鼓が使われていましたが,この楽章では特に生き生きと活躍していました。独特の乾いた音が音楽を引き締め,才気煥発といった音楽になっていました。ちなみに,盛大な拍手に応えてのアンコールでは,この楽章がもう一度演奏されました。
後半は,ラヴェルの「マ・メール・ロワ」が演奏されました。この曲は,組曲版の方がよく演奏されると思いますが,今回は,バレエ版で演奏されました。以前,オリバー・ナッセンさんがこの曲をOEKと演奏したことがありますが,調べてみると,組曲版でした。というわけで,バレエ版を実演で聞くのは今回が初めてかもしれません。まず,この音楽自体が素晴らしいと思いました。
曲と曲をつなぐ「つなぎ」の音楽が入り,曲全体が連続していましたが,「つなぎ」が何とも魅力的でした。弦楽器のコルレーニョ(?)のカタカタという音が入ったり,高音から急に下がってくるような幻想的なフレーズが出てきたり,ファンタジーの気分満点でした。演奏後,ミンコフスキさんは,スコアを持ちあげて「ラヴェルの音楽」を湛えていましたが,私も「そのとおり」と思いました。
この曲は,ラヴェルの管弦楽曲の中では比較的編成が小さいので,もともとOEK向きなのですが,今回の演奏は,特に緻密な演奏だったと思います。最初の前奏曲から,各楽器の音がくっきりと聞こえ,しっかりと積み重なり,全体として鮮やかなファンタジーの世界になっていました。随所に出てくる2本のホルンによる遠近感のある響き,鳥の声などを描写する色鮮やかな木管楽器群,「野獣」役のコントラ・ファゴットの強烈な音,ステージ中央最後列にいたコントラバスのマリガリータ・カルチェヴァさんのしっかりとした響き...独奏楽器を追いながら聞くだけで楽しめました。慈しむような暖かさやユーモアのある音楽が連続的に続き,曲全体が一つのトーンに包まれていきました。
ミンコフスキさんの指揮も曲が進むにつれて,濃厚な気分たっぷりになってきました。いろいろな短編が収録され,所々絵の入っている,装丁の立派な1冊の本のページをゆっくりとめくりながら読み解いていく―勝手にそういう光景をイメージしながら聞いていました。
お楽しみの「パゴダの女王レドロネット」では,期待どおり,「いかにも中華風」の銅鑼の音を豪快に楽しませてくれましたが,今回の演奏では,静かな部分での,非常に繊細で静謐なハープとチェレスタの響きが更に印象的でした。ミンコフスキさんのこだわりを感じました。
最後の「妖精の園」などは,文字通り大団円となっていました。この部分では,途中に出てくる,アビゲイル・ヤングさんによる水も滴るような艶っぽいヴァイオリン独奏が特に印象的でした。ページが残りわずかになって,終わってほしくないなぁ,という気分を感じさせるような泣かせる演奏でした。エンディング部分も大げさに華麗に締めるのではなく,どこか夢が終わってしまうような儚さが感じられました。
# 余談ですが,この曲とマーラーの交響曲第3番の最終楽章は,どこか通じる気分がある気がします。聞きながら,思い出してしまいました。
曲が始まった後,会場全体が夢の中の世界に入り込み,最後の曲で,楽しい夢から覚めてしまう。そういう雰囲気のある演奏でした。緻密でクリアな音がしっかりと組み合わさりながら,幻想味を感じさせてくれる辺り,ミンコフスキさんとOEKによる周到なマジックにかかったようなステージでした。非常に聞きごたえのある「マ・メール・ロワ」でした。
終演後,ミンコフスキさんは,OEKの奏者たちを次々と立たせていましたが,体格の割に(?)結構動作が機敏で,しかも,どこかマメさを感じさせてくれました(わざわざコントラバスのマルガリータさんや,コントラファゴットの方の所まで行って握手されていました。)。今回の共演で,ハーディングさんの時とは違った意味で,ミンコフスキさんもOEKメンバーから大きな信頼を得たのではないかと思います。
ハーディングさんの時もそう思いましたが,ミンコフスキさんも,これからもOEKと「長いおつきあい」をしてほしい指揮者です。翌日からは,東京,横浜公演になりましたが,ルーブル宮音楽隊の時とは一味違った演奏を関東のお客さんにも披露してくれたのではないかと思います。
PS.終演後,恒例のサイン会が行われました。実は前回ハーディングさんから頂いたサインの書かれたプログラムを持参し,そのすぐ下にミンコフスキさんのサインを頂いてきました。これは,正真正銘の「お宝」だと思います。
PS.ミンコフスキさんは,来年の2月のOEKの定期公演に再度登場しますが,その時はOEKではなく,レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブル(ルーヴル宮音楽隊)を指揮されます(OEKが登場しないOEKならではの「OEK定期公演」ですね)。この公演も東京公演との連動企画になるようですが,「著名指揮者をOEKの金沢での定期公演に招いた上で,全国公演を行う」というのは,良いアイデアだと思います。来年3月に登場する,エンリコ・オノフリさんもそうですが,次年度以降にも期待したいと思います。
(2012/07/28)
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関連写真集 |

公演の立看板

館内のポスター。ミンコフスキさんが日本のオーケストラを指揮したのは今回が初めてでした。
この日もサイン会が行われました。

この日も長い列が出来ていました。

ギョーム・ヴァンサンさんと田島睦子さんのサイン。田島さんは,来シーズン最初の定期公演にも登場します。2回連続して,OEKの定期公演で独奏者として登場するというのは初めて?かもしれません。

マルク・ミンコフスキさんのサインです。上の方はダニエル・ハーディングさんのサインです。7月の定期公演に客演したお2人のサインを並べてみました。

ちなみにこちらは,ミンコフスキさんからサインをもらう前の状態です。
すっかり,サイン集めもマニアックな趣味の世界になりつつあります。
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