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前垣内美帆ピアノ・リサイタル
2012年7月28日(土) 19:00〜 金沢市アートホール
ラヴェル/水の戯れ
ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル/夜のガスパール
ショパン/バラード第1番ト短調op.23
ショパン/バラード第2番へ長調op.38
ショパン/バラード第3番変イ長調op.47
ショパン/バラード第4番へ短調op.52
(アンコール)前垣内さんの弟さんによる作品
(アンコール)曲名不明
●演奏
前垣内美帆(ピアノ)
Review by 管理人hs  

2011年の北陸新人登竜門コンサートでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演した前垣内(まえがいと)美帆さんによるリサイタルが行われたので聞きに行ってきました。前垣内さんは,このたび,ドイツのヴュルツブルク音楽大学の最高学位,マイスタークラス課程を修了されました。今回のリサイタルは,それを記念しての「故郷での初ソロ・リサイタル」ということになります。

このリサイタルに行こうと思ったのは,OEKとの共演経験もある地元出身ピアニストのソロ演奏を聞いてみたかったという理由もありますが,何と言っても演奏されるプログラムの良さです。「これは行ってみたい」と思わせるプログラムでした。ラヴェルのピアノの名曲とショパンのバラード全曲という組み合わせは,金沢では滅多に聞くことができません。特にラヴェルの「夜のガスパール」が金沢で演奏される機会は少ないと思います。

今回のプログラムは,恐らく,大学を修了するに当たって,特に練習を重ねてきた作品ばかりだったのではないかと思います。どの曲も集中力のある見事な演奏でした。

最初に演奏されたラヴェルの「水の戯れ」は,柔らかなニュアンスに満ちた,瑞々しさと安心感のある演奏でした。この日,前垣内さんは,深い紺色のドレスを着ていらっしゃいましたが,そのイメージによく合った演奏でした。続く「亡き王女のためのパヴァーヌ」も,重過ぎず,軽過ぎず,とてもバランス感の良い演奏でした。個人的には,もう少し翳りが欲しいかなとも思いましたが,若い女性奏者のイメージにぴったりの優雅な歩みを感じさせる演奏が魅力的でした。

「夜のガスパール」は,期待通りの演奏でした。第1曲の「オンディーヌ(水の精)」は,「水の戯れ」同様,「水」関係の音楽ですが,さらに華麗で,流れるような演奏でした。メロディラインがしなやかに絡み合い,涼しげな気分が気持ち良く続きました。音楽のニュアンスもとても豊かでした。

第2曲の「絞首台」は,両端の2曲と対照的に静かさの際立った演奏でした。その「単調さ」が意味深な魅力を感じさせてくれました。第3曲の「スカルボ」は,特に難曲として知られる曲ですが,ここでもキレの良い指の動きが素晴らしく,安心感のある演奏を聞かせてくれました。もう少し,底知れぬ気味悪さを感じさせて欲しい気もしましたが,曲の姿を歪みなく伝えてくれる良い演奏だったと思います。

後半は,ショパンのバラード全4曲が演奏されました。数年前のラ・フォル・ジュルネ金沢での,リーズ・ドゥ・ラ・サールさんの演奏では,4曲の間に拍手を入れずに一気に演奏していた記憶がありますが,今回は1曲終わる毎に,前垣内さんは袖に引っ込んでいました。4曲まとめてひと固まりで聞かせるのかと思っていたので少々意外でした。

演奏後,前垣内さんが「疲れました」と語っていたとおり,連続して演奏した場合,疲労感が相当大きいのだと思います。その点では,これから前垣内さんには,演奏会のためのスタミナが求められそうです。どの曲もクライマックスに向けて熱気がありましたが,高音部がどこか硬く,音楽に余裕が不足しているように感じられました。ショパンのバラードは,ワルツ,マズルカなどの小品よりはスケールが大きく,色々な味わいを含んでいるのですが,スケール感や味付けの面でも,もう一回り大きく,濃いものが欲しい気がしました。

ただし,バラード4曲を一つの公演でまとめて聞くのは,とても面白いことです。昔から,バラード第3番が好きなのですが(初めて買ったショパンのピアノ曲のCD(アシュケナージ盤)の最初にたまたま入っていた曲です),実演で聞く機会は,第1番などに比べると少ないので,聞いていて懐かしい気持ちになりました。前垣内さんの演奏では,最後に演奏された第4番が特に良かったと思いました。集中力のあるメランコリックな気分と熱気のある高揚感は,大変聞きごたえがありました。プログラムの解説を読んでも,前垣内さん自身,この曲が特に気に入っていることがよく分かりましたが,そのとおりの演奏になっていたと思います。

アンコールでは,前垣内さんの弟さん(会場に来られていました)が作曲した「出来たての小品」が演奏されました。タイトルは不明ですが,サティの曲を思わせるような不思議な雰囲気があり,アンコールにぴったりでした。もう1曲は,確かに聞いたことはあるのですが...タイトルが思い出せませんでした。シューマンの曲のような気がしましたが,ドイツで勉強されていた前垣内さんからお客さんへの「お土産」といった気分がありました。

この日の会場には,前垣内さんの高校の時の同級生なども多数来られていたようで,同窓会的な暖かさと若々しい雰囲気がありました。今回は,前垣内さんにとって新たなスタートを記念する立派な内容だったと思います。今後の演奏活動に大いに期待をしたいと思います。
(2012/08/03)


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公演のポスター


この日は北國新聞社の花火大会でした。帰宅途中,振り返ってみると,北國新聞社のビルの隣に見えました。