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いしかわミュージックアカデミー15周年記念IMA環日本海交流コンサート
2012年8月23日(木)19:00〜石川県立音楽堂コンサートホール
1)チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲イ長調op.33
2)ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調op.102
3)リスト/ピアノ協奏曲第1番変ホ長調S.124
4)バーンスタイン/セレナード(プラトンの「饗宴」による)
5)(アンコール)バーンスタイン/セレナード〜終結部
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
工藤すみれ(チェロ*1),クララ=ジュミ・カン(ヴァイオリン*2),ジャン・ワン(チェロ*2),後藤正孝(ピアノ*3),神尾真由子(ヴァイオリン*4,5)
Review by 管理人hs  

ここ数年,8月後半の石川県立音楽堂は,「講習会シーズン」と言ってよい雰囲気になります。いしかわミュージックアカデミー(IMA)は,今年で15回目となりますが,その期間中に行われる環日本海交流コンサートは,今年も非常に充実した内容でした。例年,このコンサートでは,若手ヴァイオリニストとOEKとの共演が続いていましたが,今回は,15周年記念ということもあり,ヴァイオリン,チェロ,ピアノの協奏曲的作品がバランス良く演奏されました。登場したのは,チェロのジャン・ワン,工藤すみれ,ヴァイオリンのクララ=ジュミ・カン,神尾真由子,ピアノの後藤正孝の5人のソリスト(注目のアーティストばかり)で,井上道義指揮OEKと共演しました。

最初の工藤すみれさんの独奏によるロココ変奏曲は,とても端正で,技巧よりは内容を感じさせる演奏でした。OEKも,この曲を過去何回も演奏しているだけあって(今年になって,私自身聞くのは3回目です),万全のサポートを聞かせてくれました。特にエキストラで参加されていたフルート奏者のソリスティクな音の冴えが印象的でした。全体的に慌てて走るところがなく,しっかりと抑制が効いていました。「ロココ」という名に相応しい,まとまりの良さのある演奏でした。ただし,2曲目以降,かなり強力な演奏が続いたので演奏会が終わった後は,ややインパクトが薄れてしまった感がありました。工藤さんは,現在,ニューヨーク・フィルのチェロ奏者を務められているそうです。今後は講師としてIMAに参加する機会があるかもしれませんね。

続く,ブラームスの二重協奏曲は,OEKが演奏するのは,久しぶりのことです。個人的には,ちょっと苦手な曲だったのですが,今回のクララ=ジュミ・カンさんとジャン・ワンさんとの共演は,大変雄弁な演奏で,大曲のスケールの大きさを十分に楽しませてくれました。

まず,出だしの一音から気力十分でした。その後の展開への期待を高めてくれる,ソリスト2人に対する敬意が伝わってくるような音でした。ソリスト2人の演奏も期待どおりでした。アカデミー初期に講師として参加していたジャン・ワンさんの演奏を聞くのは久しぶりのことだったのですが,相変わらず,言うことなしの見事なチェロを聞かせてくれました。スケール感,音の深さ,しなやかさ,強靭さ...それらを全部高次元で兼ね備えているような素晴らしいチェロでした。しかも,どこか艶っぽいところもあり,ワンさんの音が加わると,曲の魅力が数段階アップするようなところがありました。

ヴァイオリンのクララ=ジュミ・カンさんも全く負けていませんでした。毎年,IMAでは,若さに似合わぬ,堂々たる演奏を聞かせてくれるのですが,今回もスケールの大きな演奏を聞かせてくれました。ワンさん同様に音に艶があり,演奏全体をさらに瑞々しいものにしていました。この2人が同時に演奏する部分の音のアタックの強さも素晴らしく,井上/OEKの演奏もそれに触発されて,スケール感たっぷりのダイナミックな演奏を聞かせてくれました。

第2楽章は緩徐楽章ですが,ここでも弱さよりは,根源的な強さのようなものを感じさせてくれました。静かな部分では,夜空の星を仰ぎ見るような,雄大なロマンを感じさせてくれました。それにしても,この2人の音はよく鳴ります。第3楽章へは,前楽章からアタッカでつながっていました。2人がぶつかり合う爆発力は第1楽章同様でしたが,慌てることのない,たっぷりとしたスケール感がここでも感じられました。

この曲については,これまでは,妙に深刻ぶった感じがして,CDで聞いてもどこか馴染めなかったのですが,この日の演奏は,一言で言うと”聞かせる演奏”だったと思います。IMAならではの,ドリーム企画という演奏でした。

後半はまず,ピアノの後藤正孝さんが登場し,リストのピアノ協奏曲第1番を演奏しました。過去の環日本海交流コンサートでは,若手ヴァイオリニストばかりが登場していた印象がありますので,ピアノ協奏曲,しかもOEKが滅多に取り上げない,リストのピアノ協奏曲が演奏されたのは,とても新鮮でした。後藤さんは,2011年第9回フランツ・リスト国際ピアノコンクールで第1位を受賞した方ということで,恐らく,この曲は何回も演奏されているのではないかと思います。完全にこの曲を手の内に入れており,安心して楽しむことができました。

冒頭からピアノの音が大変明快で,大きく飛翔するような軽やかさがあったのがとても印象的でした。後藤さんは,思ったよりも小柄な方でしたが,何物にも束縛されていないような自在さのある,スケールの大きな演奏を聞かせてくれました。第2楽章は,一気に内向的になり,暖かなロマンが漂いました。演奏全体に若々しい清潔感があるのが良いと思いました。

第3楽章(この曲は全楽章が続けて演奏されるのですが)はトライアングルが活躍することで有名な楽章です。この日は渡邉さんが担当していました。これにピアノが絡み合い,実に鮮やかでした。最終楽章にもまた,軽快さと柄の大きさがありました。後藤さんのピアノは,急速なパッセージでもバランスが崩れることはなく,曲に対する自信を感じさせてくれました。この曲自体,リストの魅力や良いところが凝縮された「お見事!」という作品ですが,演奏の方も同様に「お見事!」と声を掛けたくなるような演奏でした。

演奏会の最後に,お馴染みの神尾真由子さんが登場しました。神尾さんはIMAの受講生経験と講師経験を持つ方ということで,15周年のトリには最適の方と言えます。井上道義さんも,神尾さんに対しては絶大な信頼を持っているようで,考えてみると,このコンビで色々な協奏曲を聞いてきました。今回演奏されたバーンスタインのセレナードはその中でも特にすばらしい演奏だったと思います。この曲は,OEKが岩城さん時代から何回も演奏している曲ですが,こんなにロマンティックな曲だとは思いませんでした。曲の最初の部分から,神尾さんヴァイオリンの非常にデリケートで暖かな音の魅力満載でした。

神尾さんのプロフィールには「正確なテクニックと暖かなビロードの音色で示す強靭な表現力」と書かれているのですが,そのとおりの演奏でした。この日の神尾さんの衣装は,薄ピンクでしたが,そのイメージにもよく合っていました。こうやって聞いてみると,6月の定期公演で聞いたバーバーのヴァイオリン協奏曲に通じるような部分もあるなぁと感じました。

井上/OEKの演奏も鮮やかでした。神尾さんの優雅な演奏に対抗するように,爆発的な色彩感を聞かせてくれました。この曲には,6人もパーカッションが入るのですが,お馴染みのエキストラの皆さんが参加されていたようで(シチェドリン版「カルメン」でもお馴染みの常連の皆さんですね),安心して楽しむことができました。

この曲の最終楽章は,特に楽しめました。まず,神尾さんのヴァイオリンとチェロの大澤さんとがシリアスに絡み合うような部分が出てきます。非常にドラマティックな気分がありました。井上さんが指揮していたせいか,勝手に,「ショスタコーヴィチの曲のようだな」と思いながら聞いてしまいました。その後,バーンスタインらしくジャズ風に音楽がスイングする部分が出てきます。この部分では,お待ちかね,井上さんの”踊る指揮”が見られました。こういう部分でのノリの良さと波打つような音楽の盛り上げ方は,他の指揮者には真似できないものです。”格好いい!”の一言です。コントラバスのピチカートが静かに出てくる部分でのジャズのテイストなど,魅力満載の演奏でした。

終演後は盛大な拍手が続きました。鳴りやまない拍手に応え,(恐らく予定外の)アンコールとして,この最終楽章のスイングする終結部が再度演奏されました。

今回は,大変充実した演奏の数々を非常に安い価格で聞くことができました(私の座席は3階席だったのですが,何と1000円でした)。その割に空席が結構あり,もったいないと感じました。講習会のレベルが高いことは明らかなのに,なかなか一般市民レベルまで浸透していない部分があるのが残念です。理由としては,「非常に暑く,出かけるのがおっくう」「夏休みの行楽や帰省で金沢以外に出かけている」とかいろいろ考えられそうですが,PRにも,もう一工夫が必要なのかもしれません。

音楽とは別の話題ですが,この日の2曲目は,図らずも,日中韓の共演ということになりました。最近は,竹島や尖閣諸島の問題で,日中,日韓の関係がギクシャクしていますが,この日の演奏会には,国境はなかったですね。IMAは,日中韓の若手アーティストが集まる場として定着してきています。今後,国レベルの問題が個人レベルでの国際交流に水を差すことがないことを願いたいと思います。
(2012/08/25)



関連写真集


公演の立看板


IMAの受講生によるミニコンサート。演奏会前と休憩時間の2回行っていました。これは休憩時間中のものですが,ちょっと珍しい場所で演奏していました。


9月の岩城宏之生誕80周年記念コンサートに向けて,岩城さんの写真展をロビーで行っていました。



↑岩城さんの活動の範囲の広さを示すように面白い写真ばかりです。下の右は,カラヤンから指導を受ける岩城さんの写真です。