OEKfan > 演奏会レビュー
レクチャーイベント「ピアノの歴史」
2012年8月25日(土) 1回目 11:00〜11:40 2回目14:00〜14:40石川県立音楽堂 やすらぎ広場
1)バッハ,J.S./メヌエット ト長調 BWV Anh.114, ト短調 BWV Anh.115
2)バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第2巻〜前奏曲第12番へ短調 BWV.881
3)モーツァルト/きらきら星変奏曲から
4)ベートーヴェン/6つのバガテル〜第5番op.126-5
●出演
演奏:清水目千加子(クラヴィコード*1,チェンバロ*2,フォルテピアノ*3,ピアノ*4)
解説:竹田時康
Review by 管理人hs  

現在,石川県立音楽堂では,川口恒子トリビュート「ピアノ・ストーリー」というプロジェクトを行っています。このプロジェクトは,金沢大学名誉教授だった故川口恒子氏から遺贈を受けた1973年製造のピアノを修復して,音楽堂カフェコンチェルトでのサロンコンサートで活用していくと同時に,その修復過程を公開しながら,希望者による試奏も行おうという内容です。

楽器はこのような形で配列


このプロジェクトにあわせて,「ピアノの歴史」というレクチャーイベントが行われました。実物を見ながら,専門家による解説付きでピアノの歴史に触れられる,無料イベントということで,暑さしのぎも兼ねて出かけてきました。会場のやすらぎ広場には,夏休み中ということもあり,親子連れのお客さんが大半でした。この内容をきちんとまとめれば,「そのまま夏休みの研究にできそう?」というような内容でした。

この日は,音楽堂の方からプロジェクトについての趣旨説明があった後,竹田楽器の竹田時康さんが,4つの楽器について,実物から部品を取り出したりしながら楽器の特徴について説明をされた後,清水目千加子さんに演奏して頂くという形で進められました。

今回の説明のいちばんのポイントですが,「チェンバロが進化してピアノになったという言い方は間違い」だという点です。この日,4つの鍵盤楽器の機能や材料等についての比較表が配布されたのですが,発音の仕組みについては,「弦を押し上げる」「弦をはじく」「弦をたたく」という違いがあります。特に「はじく(チェンバロ)」と「たたく(ピアノ,フォルテピアノ)」は根本的に違いますので,チェンバロとピアノは全く別系統ということになります(もしかしたら「チェンバロが進化して大正琴になった」という言い方は合っているのかもしれません)。

竹田さんの説明はとても分かりやすく,楽器に対する情熱が強く伝わってくるものでした。写真撮影もOKで,イベントの後は自由に楽器に触れることもできたので,楽器を初めて見た子どもたちにとっては,特に貴重な機会になったと思います。

1.クラヴィコード
この楽器については以前,21世紀美術館でも聞いたことがあったのですが,今回のような少人数の会場でも「音がほとんど聞こえない」という楽器でした。つまり,自室で自分が聞くために使うような楽器で,現代の演奏会場での演奏会用としてはほとんど使えないという楽器です。バッハは自分の寝室で使っていたようですが,その後は発達しなかったとのことです。

この楽器の特徴は,鍵盤楽器には珍しく,「ヴィブラートがかかる」ことです。これは,鍵盤を叩くのではなく,押し上げるという発音方法に関係するのかもしれませんが,確かに微妙に音を揺らすことができます。バッハの書いたクラヴィコード用の楽譜には,ヴィブラートを入れる場所の指示が書かれていることもあるとのことでした。

演奏された曲は,バッハのメヌエットでした。これなら寝室でも邪魔にならないというぐらいの音量でした。やはり,この楽器は「聞く楽器」というよりは「弾く楽器」のようです。そういう点で,1台欲しくなってしまいました(もう少しコンパクトなのがないですかねぇ)。

竹田さんは,「日本の権威の小林道夫さんを招いて,少人数の演奏会をやってみたい」と抱負を述べられていましたが,是非期待したいと思います。

クラヴィコードの部品を取り出して説明する竹田さん イベント後,クラヴィコードを近くで撮影
演奏する清水目さん 実際に演奏することもできました。ヴィブラートにも挑戦してみましたが,音が小さく(回りの楽器の音の方が大きく)てよく分かりませんでした。

2.チェンバロ
チェンバロはクラヴィコードと同時代の楽器ですが,上述のとおり,「ピアノの前身」というのは間違いです。弦をはじいて音を出しますので,打鍵によって音量を変えることができないのが特徴です。この時代,国ごとに沢山の楽器が作られ,沢山の種類が作られています。

音量の変化が付けられないのですが,その代わりに楽器についているスイッチ(パイプオルガン同様ストップとかレジスターと呼ばれるようです)を押すことで,音色や音量を切り替えることができます。具体的には,鍵盤一つに対する弦の数を調整することで音の厚みを変えるというものです。フルサイズのチェンバロでは鍵盤が2段になっており,それを使い分けることで,変化を付けることができます。

その辺の違いについて,清水目さんの実演で聞かせてもらいました。今回実演で使っていた,フルサイズの楽器だと11種類の音を出せるということでしたが,現代の様々な楽器の音に慣れた耳からすると「微妙な違い」ですね。当時の人々はこういった微妙な違いを楽しんでいたということになります。当時の人の方が耳が良かったとも言えそうだし,贅沢だったとも言えそうです。

クラヴィコードと比べると,小ホールで聞く分には音量的にも問題はなく,音もくっきしています。こうやって書いているうちに,チェンバロの音をしっかり聞いてみたくなってきました。

なお,楽器のピッチは現代のピアノより半音低いそうです(クラヴィコードも同様です)。現在のピッチのオーケストラと共演するような場合,どう対応するのか少々気になりました。

チェンバロを演奏する清水目さん。竹田さんは音色の変化について説明されています。 イベント後,チェンバロを近くで撮影


3.フォルテピアノ
現代のピアノについて,「pf」と略されることがありますが,これは「ピアノフォルテ」の略です。その直接の先祖に当たる楽器がフォルテピアノです。この楽器は,1700年頃にイタリアのクリストフォリが発明したと言われています。

弦を叩いて音を出すという点では,ピアノと共通しています。違うのは楽器の材質です。フォルテピアノの本体は木でできているのに対し,現代のピアノは,合板と鉄骨でできています。つまり,弦の張力がそれほど大きくないため,音量もそれほど大きくないということになります。逆にいうと,より「雅な音」とも言えます。

この日使っていた楽器は,モーツァルトが使っていた1784年のシュタイン製フォルテピアノのレプリカとのことですが,モーツァルト自身,非常にこの楽器を愛していたそうです。モーツァルトの3台のピアノのための協奏曲については,シュタイン,その娘ナネッテ,そして,モーツァルトによって演奏されたという記録も残っているということが紹介されました。

楽器の構造の違いとしては,ペダルが違います。現在のものように,足で踏むのではなく,鍵盤の下辺りを腿で押し上げるような形で操作するとのことで,演奏された清水目さんも「大変です」と語っていました。

クラヴィコードの部品を取り出して説明する竹田さん ピアノの発音機構を説明するための模型
さらに中身を取り出して,「手に取ってみてください」。演奏直前に分解というのは,結構すごいかもしれません。 レクチャー後にフォルテピアノの撮影してみました。

4.ピアノ
最後にお馴染みの現代のピアノでベートーヴェンのバガテルが演奏されました。日頃はそれほど感じないのですが,こうやって順番に聞いてみると,「これが完成形」という聞きごたえがありました。「豊かさ」「大きさ」「滑らかさ」といった点で他の楽器を圧倒し,車で言うと,人力車とスポーツカーぐらいの違いがある気がしました。現代のピアノが主流になっているのは当然と感じたのですが,他の楽器にはそれぞれの良さがあることも感じました。

最後に現代のピアノ演奏 レクチャー後に撮影

竹田さんは,「現代は現代のピアノしかないが,バッハやモーツァルトの時代には,現代のピアノはなかった。フォルテピアノ以前の楽器で演奏された演奏を聞くと,これらの作曲家が出したいと思っていた音のイメージが分かる。それが現代のピアノでの演奏にも役立つ」といったことを語られていましたが,そのとおりと思いました。

音楽というものは,情緒的な要素と,メカニックで物理的な要素とが合わさって出来ているものだと思います。芸術については,情緒的な面が重視されることが多いと思いますが,特に男の子などは,楽器のメカニックな要素について興味を持つのではないかと思いました。そういう意味で,楽器の発音の仕組みについて,実際の楽器を見ながら解き明かしていくイベントというのは,音楽愛好家を別の角度から広げていくのに役立つと思いました。というわけで,「ピアノ・ストーリー」に続く続編として「ヴァイオリン・ストーリー」「フルート・ストーリー」...など,いろいろな「物語」を用意していくことも意義があるのではないかと感じました。
(2012/08/30)



関連写真集


この日の音楽堂は,やすらぎ広場も使い,全ホールでイベントを行う盛況ぶりでした。


イベントの前の会場の様子


いしかわミュージック・アカデミーの立看板。受講生発表会を行っていました。


邦楽ホールでは,ヴァイオリンの受講生発表会を行っていました(本当に一日中やっていました)。


交流ホールでは,チェロの受講生発表会を行っていました。