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オーケストラ・アンサンブル金沢第326回定期公演PH 生誕80年記念 岩城宏之 メモリアルコンサート
2012年9月8日(土)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)池辺晋一郎/悲しみの森(1998年度OEK委嘱作品,尾高賞受賞作品)
2)プーランク/ピアノ協奏曲 FP.146
3)西村朗/ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲(2007)
4)ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調,op.125「合唱付」〜第4楽章
●演奏
天沼裕子*1,井上道義*2,4,山田和樹*3指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)
森麻季(ソプラノ*4),鳥木弥生(メゾソプラノ*4),吉田浩之(テノール*4),木村俊光(バリトン*4),岩城宏之生誕80年記念特別合唱団(合唱指揮:朝倉喜裕)
トーク:池辺晋一郎,西村朗
Review by 管理人hs  

ここ数年,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新シーズンの始まりは,岩城宏之音楽賞受賞者との共演とコンポーザー・オブ・ザ・イヤーによる新曲の初演という形が続いていましたが,今年はOEKの創設者と言っても良い岩城宏之さんの生誕80年に当たるということで,指揮者が3人も登場し,トークゲストも登場する,岩城宏之メモリアルコンサートという一味違った定期公演になりました(今シーズンは,コンポーザー・オブ・ザ・イヤーはなし?)。

メモリアルコンサートは,9月6日に東京でも行われていたのですが,内容の方はかなり違っていました。東京公演には,ジュディ・オングさん,ペギー葉山さんによるクラシック音楽以外の歌,大河ドラマのテーマ曲,一柳慧さん,武満徹さんらの現代音楽とが混在し(その他,合唱や打楽器のステージもあり),最後は第9の第4楽章で締めるという,「ありえない!」というプログラムでした。

金沢公演の方は,池辺さんがOEKのために書いた「悲しみの森」で始まった後,今年の岩城音楽賞受賞者の田島さんとの共演でプーランクのピアノ協奏曲,後半は西村朗さんによる「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」とベーーヴェンの第9の4楽章が演奏されました。東京公演は,お祭り的なガラコンサートでしたが(公演時間も相当長かったようです),金沢公演の方は,意外に普通の公演でした。

全体に,もっとふざけた感じの内容の公演になるかと思っていたのですが,終わってみれば,真面目な曲が多く,むしろ,岩城さんにいちばん関係の薄い曲である,プーランクのピアノ協奏曲がもっとも,ユーモラスでした。

演奏会はまず,池辺晋一郎さん作曲による「悲しみの森」が演奏されました。この曲は1998年に池辺さんがOEKのコンポーザ・イン・レジデンスだった時に作曲された曲です。今回同様,9月最初の定期公演で演奏されたことを思い出します。木管楽器を中心に,森が悲鳴を上げているようにずり下がるような音がよく出てくるのが特徴的です(フルートは,8月末に金沢21世紀美術館で行われた演奏会に登場したジャスミン・チョイさんでした)。この曲は天沼裕子さん指揮でしたが,以前聞いた時よりも,すっきりと鮮やかな雰囲気に聞こえました。透明感のある明るさと恐怖感が共存したような曲で,ややとっつきにくい所はありますが,深刻な原発事故が起こってしまった今,かえって切実な思いで聞いてしまいました。

続く田島さんの独奏によるプーランクの方は一転して,面白く聞きやすい曲で,とても楽しい演奏でした。田島さんは7月のミンコフスキとの定期公演に続いてのプーランクの演奏でしたが,実に堂々と華麗に演奏していました。曲自体,ロマン派の曲のパロディみたいなところがあり,「ラフマニノフが旅行でパリに来て,気分良く作曲していった」ような独特の面白さがありました。田島さんはこれで,すっかりプーランクの専門家になったような気がします。

第1楽章の冒頭から哀愁のあるメロディが出てくるのですが,どこか日本の演歌のパロディのようにも聞こえました。甘すぎず,洒落た雰囲気になっていたのが良かったと思います。井上道義さんの指揮はとても滑らかで,その上で田島さんは,思い切りの良い音楽を聞かせてくれました。

第2楽章も親しみやすい曲でした。静かな曲で,ラフマニノフのピアノ協奏曲の第2楽章に出てきそうな雰囲気もありましたが,やはりどこかパロディ的なところがありました。曲は中間で大きく盛り上がり,スケールの大きさもありました。

第3楽章は,解説によると「ベートーヴェン,フォスター,ラフマニノフが点滅」ということでした。確かに最初に出てきた主題は,ベートーヴェンのピアノ協奏曲(第3番?)に出てくるモチーフの一部のようでした。途中,フォスターの「スワニー川」のメロディの一部も出てきて,流れ良く,旅が続いているような趣きがありました。明るい中にも哀愁が漂うような終わり方はプーランクならではだと思います。

演奏後,盛大な拍手が起きましたが,田島さんにはもう少しじっくりとその拍手を受けて欲しいと思いました。井上道義さんの仕種などを見ていると,ちょっとその辺をからかっているようにも見えましたが,演奏後のリラックス気分も交え,ほほ笑ましさの感じられるステージになっていました。

この日,プレトークはなかったのですが,「中トーク」として,後半の演奏が始まる前に,池辺晋一郎さんと西村朗さんの「N響アワー」の司会者コンビによるトークコーナーがあり,岩城宏之さんのエピソードの紹介と西村さんの作品の解説がされました。

岩城さんのエピソードについては,時間があればどれだけでも出てきそうでした。「監督と名の付く人はいろんなことを好き放題に言ってきますね」ということで,いろいろ無理難題を吹っ掛けられたことを楽しげに話されていました。「今だから話せる」といったことも出てきて,会場は非常に和やかな雰囲気になりました。

例えば,石川県立音楽堂の開演前の「サイン」の音については,音楽堂開館時に,岩城さんから西村さんに作曲依頼があったのだそうです。その条件が高度なもので,「音楽であるような,ないような」「覚えられない」「邪魔にならず,どの曲にも合う」というものだったそうです。考えてみると,現在の音楽堂のサインはこれらの条件を見事にクリアしています。改めて,西村さんの職人芸に感心しました。それと,そういう高度な注文を出し,それを実際に実現することの出来た点に岩城さんには,リーダーとしての資質があったのだと思います。

後半最初に演奏された西村さんの作品については,2007年(岩城さんが亡くなった翌年)に作曲された曲ですので,直接岩城さんには関係はないのですが,晩年の岩城さんと言えば,「ベートーヴェン,振るマラソン」での全曲演奏の印象がありますので,「その思い出に」として取り上げられたものです。指揮は,岩城さんの代役でOEKを指揮したこともある,山田和樹さんでした。山田さんは,近年,小澤征爾さんの代役で,サイトウキネン・オーケストラを指揮されるなど,大活躍ですが,この演奏会に登場してくださったのは,大変嬉しいことです。

この曲は,1曲だけだと一晩のプログラムとしてはやや短い,ベートーヴェンの第9の「付け合わせ」用に使える曲ということで注文を受けた作品(これも結構,無理難題ですね)で,第1番〜第8番の全楽章の全モチーフが4つの楽章の中に盛り込まれています。第6番「田園」だけは5楽章あるので,4×8+1=33のモチーフを盛り込んだ曲ということになります。

第1楽章の最初は,交響曲第1番の冒頭の木管の音で始まりました。その後,次のメロディに続かないので,池辺さんが言われていたとおり「ガクっ」となります。その後,2番,3番...と次々の断片が出てきましたが,ベートーヴェンの交響曲の第1楽章は大体力強い曲が多いので,これらを続けると,結果としてスケルツォのような感じになるのが面白いと思いました。ただし,「つなぎ」の部分は結構現代的な響きでしたので,全体としては真面目な作品に感じました。

第2楽章は第7番の2楽章のリズムの上に各曲のモチーフが次々出てきました。多くの断片を曲としてまとめ場合,やはりリズムでまとめるのがいちばんなのだと思いました。かなり以前,いろいろな曲をディスコのリズムの上に乗せてまとめた「フックト・オン・クラシック」という企画がありましたが,発想としては,それと似ていると思いました。全楽章の中では,この第2楽章がいちばん面白いと思いました。

第3楽章と第4楽章は続けて演奏されました。この点については,第5番や第6番「田園」の構成を意識していたのかもしれません。第3楽章では,ベートーヴェンのオリジナルでは出てこない鍵盤系の打楽器を使っていましたので,サン=サーンスの「動物の謝肉祭」などのパロディ風の作品に通じる部分もあると思いました。最終楽章については,ベートーヴェンらしく,「しつこく,しつこく,大げさに」まとめて欲しかったですね。

ベートーヴェンの8番までの交響曲のモチーフを巧く散りばめていた点はさすがで,「知的遊戯」といった趣きがありましたが,ベートーヴェンらしさは後退しており,その点で物足りなさを感じました。最後に演奏された第9の第4楽章の方は,「いつものベートーヴェン」でしたので,その点でも,やや違和感を感じましたが,定期公演の後半で演奏する曲としては,丁度良かったのかもしれませた。

最後に演奏された第9の方は,4楽章だけということで,聞く方としても,やはりちょっと勝手が違いました。普通は3楽章までじわじわと期待を高め,4楽章で一気に盛り上がるというパターンですので,「全曲聞きたくなった」というの正直な感想でした。ただし,4楽章の最初には,第1〜3楽章のモチーフの断片が出てきますので,西村さんの作品に通じる部分があるので,絶妙の取り合わせだったとも言えます。

演奏の方は,序奏部での気合い十分の雄弁な低弦が印象的でしたが,全体としては熱っぽく盛り上がるというよりは,がっちりとまとめるような堅固さのある演奏でした。

独唱者では岩城さんと旧知の間柄の木村俊光さんを久しぶりに聞くことができたのが嬉しかったですね。声も非常に立派でした。声の艶は全盛期ほどではなかったと思いますが,曲全体の士気を高めるような力を持っており,岩城さんのメモリアル公演にぴったりでした。

テノールの吉田さんの声は,とても若々しく,特にトルコ風になる部分はとても聞き映えがしましたが,かなり甲高い感じで,他の歌手とのバランスという点では,ちょっと浮いているように聞こえました。ソプラノの森麻季さんも相変わらずよく通る声でしたが,こちらの方は柔らかさがあり,全体によく馴染んでいまいした。

メゾソプラノは,石川県出身の鳥木弥生さんでした。鳥木さんは,石川県新人登竜門コンサートに出演後,どんどん活躍の場を広げていかれましたので,このコンサートに出演するのにもっとも相応しい方の一人だと思います。本当は1曲ぐらいオペラのアリアを歌って頂きたいぐらいでしたが...これは来年のこの演奏会に期待したいと思います。

合唱団は,今回の公演のための特別編成合唱団でした。曲の後半に行くほど,段々声が出てきたようで,堂々とした歌を聞かせてくれました。井上さんの指揮も堂々としており,「Vor Gott!」の後をはじめ,各部分ごとの間を十分に取ってスケールの大きな音楽を聞かせてくれました。

最後のコーダの部分は激しく煽ることはなく,しっかりとコントールされた音をしっかりと鳴らして,ビシッと締めてくれました。

演奏後,井上道義さんから,「1年後の定期公演から,少しやり方を変えます」というアナウンスがありました。年5回のマイスター公演の方を,金・土2回公演にするようです(ただし,井上さんが「そうしたい」という希望を持っているだけで,確定ではないとのことです)。いろいろと挑戦していくのが,岩城さん時代からのOEKの伝統だと思います。金沢での公演回数が増えるということで,ファンとしては大いに期待したいと思います。2回公演となると,富山,福井,能登,加賀のお客さんに今以上に来ていただく必要があるでしょう。広報活動も今以上に重要になりそうです。いずれにしても,今シーズンの井上/OEKも目が離せませんね。

PS. 今回は,西村朗さんによるベートーヴェンの交響曲をモチーフにした作品が演奏されましたが,個人的には,ベートーヴェン作曲(山本直純変曲(誤字ではありません))/交響曲第45番「宿命」のようなものを期待していました。岩城さんとのつながりも大きい方ですので,是非,この曲も生で聞いてみたいものです。この曲は,「音楽のダジャレ」と言っても良いような,本当に面白い曲です。井上道義さんのキャラクターにもピッタリのような気がします。
(2012/09/11)



関連写真集


公演の立看板


この日も岩城さんの写真展をやっていました。




ウィーン・フィルの指揮台に立つ岩城さん。この公演のスポンサーは,例年通り北陸銀行さんでした。


この時が,OEKの定期公演に登場した最後でした。


ロビーには,こういう感じで写真が並べられていました。


この日は指揮者3人+田島睦子さんによるサイン会が行われました。


指揮者のサインが3つ揃うのは非常に珍しいことです。


こちらは田島睦子さんのサインです。