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オーケストラ・アンサンブル金沢第327回定期公演M
2012年9月20日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第6番へ長調op.68「田園」
2)グノー/歌劇「ファウスト」〜宝石の歌
3)グノー/小交響曲〜第3楽章
4)ヘンデル/歌劇「セルセ」〜オンブラ・マイ・フ
5)ヘンデル/歌劇「リナルド」〜涙の流れるままに
6)モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲
7)モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」〜岩のように動かずに
8)グノー/小交響曲〜第4楽章
9)プッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」〜ムゼッタのワルツ
10)久石譲/スタンド・アローン(NHKドラマ「坂の上の雲」メインテーマ曲)
11)(アンコール)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」〜パストラール
12)(アンコール)プッチーニ/歌劇「ジャンニ・スキッキ」〜私のお父さん
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),森麻季(ソプラノ)*2,4-5,7,9-10,12
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は時々,「ソリストが主役」になる変則的な定期公演を行うことがあります。金沢の場合,クラシック音楽を聞く人口が首都圏ほど多くなく,しかも,OEKはレパートリーが限られる室内オーケストラですので,定期公演のスタイルに変化を持たせることで,より多くの聴衆を集め,満足させようという考え方なのだと思います。OEKの定期会員になっておけば,「色々楽しめます」ということですね。

というわけで,今回は交響曲が前半に演奏され,後半に登場した,ソプラノの森麻季さんに「花を持たせる」構成でした。やはり,声が入る曲の方が華やかになりますので,この形で良かったと思います。

少々意外ですが,前半に演奏された,ベートーヴェンの「田園」交響曲は,井上さんとOEKが全曲演奏をするのが今回が初めてでした。井上さんはOEKの音楽監督に就任されて以来,ベートーヴェンの交響曲を定期的に取り上げて来られましたが,今回の第6番で「ほぼ完結」です(第8番は兵庫県立芸術文化センター管弦楽団と演奏していますが,OEKとはまだ演奏していない気がします。)。

井上さんは華やかな曲が似合う印象があるので,ベートーヴェンの交響曲の中では地味と思われがちな「田園」については,「どうかな?」という思いもあったのですが,今回の演奏は,どの部分にも井上さんの思いが込められており,退屈な部分が全くありませんでした。思い入れたっぷりという感じではなかったのですが,各楽章の最後の部分をはじめとして,感動をしっかりと秘めたような充実感があり,聞きごたえ十分でした。この曲の良さを改めて実感させてくれるような,素晴らしい演奏でした。

第1楽章の冒頭から安定感抜群でした。まず,OEKの音が大変豊かでした。磨かれた音で,何の過不足もなく滑らかに始まりました。それでいて,よそよそしい冷たさはなく,どの部分にも井上さんの「思い」が籠っているように感じました。第2主題では,弦楽器はノン・ヴィブラートで演奏していたようで,曲のテクスチュアがきめ細かく変化していくような面白さを感じました。この日の演奏は,特に木管楽器の音がとてもよく聞こえてきたのですが,展開部になると,その辺の音の受け渡しや音の絡み合いが特に生き生きと聞こえてきました。こういう部分に浸るのがOEKを聞くiいちばんの面白さだな,と幸福感に浸って聞きました。

第2楽章は,速目のテンポでしたが,インスピレーションに満ちた音楽で,味の濃さを感じました。この部分では,井上さんは,あまり大きく指揮棒を動かさず,ところどころ,スッ,スッと動かしているだけでした。どこかトンボのような動きを連想してしまいました。それが曲のイメージにぴったりでした。

ここでも木管楽器を中心に非常に積極的な音の絡み合いを楽しむことができました。途中,フルートとオーボエだけが絡む部分の華やかさ(この曲を聞く時,いつもこの部分を楽しみにしています)や,楽章最後で,鳥が各種さえずる部分なども聞きごたえたっぷりでした。今回も第1フルート奏者はエキストラの方でしたが(ザビエル・ラックさんという方でした。調べてみると兵庫県立芸術文化センター管弦楽団の奏者のようです。遠くから見た感じは井上さんと,かなり似ていました),音色にとても存在感がありました。

第3楽章は,洗練された感じとやんちゃな感じとが同居したような演奏でした。お祭り騒ぎに相応しい華やかさがありましたが,やはり,井上さんには泥臭い感じは似合いません。トリオの部分で一気にテンポを上げる辺りなど,ポップで楽しい田舎風という演奏になっていました。

第4楽章で初めて,ティンパニとトロンボーンが加わるのですが,なぜかこの楽章が始まる直前にトロンボーン奏者3名が袖から入ってきました(何かの演出?)。こういうパターンを見るのは初めてでした。ティンパニはバロック・ティンパニを使っており,芯のある迫力たっぷりの音を聞かせてくれました。コントラバスのキビキビとした音の動き,木管楽器の鮮やかな音など,ワクワクとするような嵐の音楽になっていました。

第5楽章の出だしは非常に滑らかでした。このスムーズな音の流れと気分の変化はお見事でした。楽章の途中,曲想が大きく盛り上がる部分で,井上さんは本当に大きく両手を広げて指揮されていましたが,実に開放的で感動的でした。全曲を通じて,デリケートな表情付けとケレン味との使い分けのバランスが非常に良い演奏でした。人工的ではなく,自然に曲想が変わって行くように感じさせてくれる辺りが素晴らしいところです。終結部のホルンは非常にデリケートで,「いろいろとあった田園の一日」をゆったりと締めくってくれました。井上さんがOEKをしっかりドライブすると同時に,自由に音のドラマを描きつくしたような,見事な演奏だったと思います。

さて休憩後の後半ですが,森麻季さんが水色のドレスで登場しました。

森さんとOEKはCD録音も含め,たびたび共演していますが,今回のプログラムでも森さんの声のしっとりとした美しさを味わうことができました。最初に歌われた,グノ―の「ファウスト」の中の「宝石の歌」は,初めて生で聞く曲でしたので,期待していたのですが,1曲目ということで,思ったほど声が出ていない気がしました。2曲歌われたヘンデルの歌劇の中のアリアについては,弦楽器を中心としたOEKとのバランスも良く,軽く滑らかだけれども,独特の粘り気が耳にしっかりと残る,森さんの声を楽しむことができました。

オンブラ・マイ・フは,1980年代にキャスリーン・バトルがウィスキーのCMで歌って人気になった曲ですが,声質的にも森さんと通じるところがあるので,聞いていて懐かしく感じました。「リナルド」の「涙の流れるままに」も近年特に人気が高い曲です。タイトルどおり,美しい涙を連想されるような歌でした。

続いて,モーツァルトの歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」の序曲とアリアが演奏されました。この序曲は,同じリズム・パターンの繰り返しが多く,どこかカラオケのように感じてしまう曲です(「魔笛」の序曲にもそういうところがありますが)。実は,その点が好きな曲です。OEKの演奏はリズムのノリが良く,気持ち良く楽しむことができました。

森さんの方は,フィオルディリージのアリア「岩のように動かずに」を歌いました。この曲は,ソプラノにしては低い音が出てくる一方,コロラトゥーラもあるという難曲です。低音はやや苦しそうな感じでしたが,高音の軽やかさはさすがだと思いました。

この日,アリアの間に序曲以外にも「つなぎ」としていくつか管弦楽曲が演奏されました。その選曲は,井上さんならではでした。最初の「宝石の歌」の後,グノ―の小交響曲の中から第3楽章が演奏され,「コシ・ファン・トゥッテ」の後には,同じ小交響曲の第4楽章が演奏されました。この曲は,交響曲という名前が付いているものの,木管楽器とホルン9名だけで演奏される室内楽的な作品で,スケルツォ楽章的な小粋な雰囲気を出していました。オーケストラの定期公演の中に,室内楽的な作品を紛れ込ませ,しかも楽章をバラして使う辺りは,井上さんならではだと思います。

さて,その後に演奏されたのが,森さんの十八番と言っても良い「ムゼッタのワルツ」でした。この曲は,2008年1月のOEKのニューイヤー・コンサートでも井上道義さん指揮で歌っている曲です。自信たっぷりの歌で,小粋だけれども華麗な感じがありました。「ラ・ボエーム」については,そのうちOEKの演奏で全曲を聞いてみたい作品です。その時には是非,森さんの歌で演技付きのムゼッタを聞いてみたいものです。

演奏会の最後では,NHKドラマ「坂の上の雲」のテーマ曲「スタンド・アローン」が歌われました。このドラマは何年にも渡って放送していましたので,この曲は,ドラマを見ていなかった人にも耳に馴染んでいたのではないかと思います。久石譲さん作曲ということで,クラシック音楽のコンサートの最後に置いても,全く違和感のない,良い曲だと思いました(最後の方は,ボレロのようになっていましたが,この辺は演奏会用にアレンジがされていたのかもしれません。)。

この曲だけ,当然,日本語で歌われましたが,これも新鮮でした。滑らかで瑞々しい歌を楽しむことができました。森さんは,とてもしっかりと発音しており,静かな中に芯の強さを感じさせてくれました。演奏会の最後に相応しく,聞いていて前向きな気分になりました。

アンコールは2曲演奏されました。このところOEKは定期公演ではアンコールは演奏してこなかったのですが,今回のような構成の場合は,「演奏するのが普通」でしょう。

まず,OEKだけの演奏でヘンデルの「メサイア」の中からパストラールが演奏されました。「森」「田園」「ヘンデル」つながりからすると,「これしかない」というアンコールです。最初の方はコントラバス抜きで静かにノンヴィブラートで演奏されていたのですが,この部分では井上さんは,各パートの方をじっと見るだけで,ほとんど指揮をされていませんでした。最後の部分,コントラバスが入って音が大きくなる辺りで,指揮を始めると,田園風景がパッと眼前に大きく広がるように音が広がりました。短い曲の中にドラマを感じさせてくれるあたり,心憎いばかりの演奏でした。

最後,森さんが再登場し,お馴染みのアリア「私のお父さん」を歌いました。しとやかさと優雅さいっぱいの歌で,気持ち良く演奏会を締めてくれました。

この日の森さんの衣装は,,最初は水色のドレスだったのですが,途中から黄・茶系統のドレスに変わりました。夏から秋への移り変わりを感じさせてくれるようで,「芸術の秋」の幕開け気分にぴったりでした。

今回の公演は,前半の「田園」が非常に充実していたので,ラ・フォル・ジュルネで2公演を続けて聞いたような感覚がありました。OEKファンとしては,前半の「田園」の方が楽しめたのですが,今回のような「OEK+α」のような公演は,今後のマイスター・シリーズの方向を考えるヒントになると思いました。次年度からマイスター・シリーズは,2回公演になる計画とのことですが,その場合,今回のような,「有名アーティスト中心+OEK」という公演を含めれば,より幅広いエリアからお客さんを集めやすくなるのではないかと思います。 (2012/09/23)


関連写真集


公演の立看板。邦楽ホールで始まった「金沢まつり」の雪洞も出ていました。

この日はサイン会は行われませんでした。代わりに邦楽ホール方面の様子を紹介しましょう。


音楽堂内にも雪洞が出ていました。


やすらぎ広場辺りは,お茶席のようになっていました。


邦楽ホール入口。


見ているだけで,華やかな気分になりました。