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ルドヴィート・カンタ チェロリサイタル
2012年10月8日(月祝) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
シュトラウス,R./ロマンス へ長調
シュトラウス,R/チェロ・ソナタ へ長調 op.6
ラフマニノフ/チェロ・ソナタ ト短調 op.19
(アンコール)ショパン/チェロ・ソナタ〜第3楽章
(アンコール)ラフマニノフ/オリエンタル・ダンス
(アンコール)ジョプリン/ラグタイム
●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),ユリアン・リイム(ピアノ)
Review by 管理人hs  

体育の日の午後,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席チェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんのチェロ・リサイタルを聞いてきました。カンタさんのリサイタルは毎年のように行われていますが,同じ曲を繰り返して取り上げることがほとんどないのが特徴で,チェロのレパートリーを制覇しようとしている感があります。ファンとしては嬉しい限りです。

今回演奏された曲のうち,前半のリヒャルト・シュトラウスの曲を取り上げるのは2回目ですが(多分),ラフマニノフのチェロ・ソナタをカンタさんが演奏するのは今回が初めてではないかと思います。演奏会場は,石川県立音楽堂コンサートホールの1階席だけを使っていましたが,カンタさんを囲む会の皆さんをはじめとしたカンタさんファンがしっかりと集まっている感じでした。シュトラウスとラフマニノフという,渋めのプログラムだったことを考えると,「(私も含め)固定客がしっかりとついているのでは」と感じました。何よりも客席の暖かい雰囲気が素晴らしいと思いました。

演奏された3曲は,どれももそれ程有名な曲ではありませんでしたが,聞きやすい作品ばかりでした。

前半に演奏されたリヒャルト・シュトラウスの作品2曲は,彼の若い頃の作品で,ブラームス,シューマンのチェロ作品を聞くようなドイツ音楽らしい気分がありました。若い頃から完成度の高い作品を書いていた点では,メンデルスゾーンにも通じるかもしれません。悪く言えば,「誰の曲か分からない」といったところがあるのですが,ほど良い甘さと歌が大変気持ち良く,どこか夕暮れのような情緒を感じさせてくれる曲でした。カンタさんの演奏は,いつもどおり,小細工をすることなく,曲の美しさをじっくりと,時に熱く聞かせてくれました。

チェロ・ソナタもとてもまとまりの良い作品でした。カンタさんの作る音楽は,いつも流れが良く,さりげない自然さがあります。私自身,いちばん多く生演奏に接しているチェロ奏者ですので,その音を聞くと「いつもの音だなぁ」と安心感を感じます。その日常的な「さり気なさ」に段々と熱気が加わり,曲のクライマックスで脂が乗ったような迫力を聞かせてくれます。そういう語り口の巧さがこの曲でも感じられていました。

第1楽章の展開部にはピアノとの対位法的な絡み合いが出てきました。この辺は,もう少しピアノの方に踏み込んできて欲しい気がしましたが,聞きごたえのある楽章でした。

第2楽章は,深みを感じさせてくれる穏やかな楽章で,安心感,安定感,平常心に満たされた美しさがありました。が...ちょっとウトウトしてしまいました。第3楽章はスケルツォ風の楽章でした。こうやって聞いてみると,同じシュトラウスのホルン協奏曲などと似た構成なのかなと感じました。

後半に演奏されたラフマニノフのチェロ・ソナタは,さらに魅力的な演奏だったと思います。冒頭から怪しさ,退廃の薫りのようなものを感じました。そういう先入観で聞くせいか,落日のロシア帝国といった趣きがありました。シュトラウスの若い時の作品に比べると,曲自体に人生の辛さのようなものが滲んでいるようで,ぐっと引き込まれてしまいました。カンタさんのチェロの音にもそういった雰囲気にぴったりの渋みがありました。

第2楽章はスケルツォ風の楽章で,ピアノと一体となったスピード感とリズム感の良さを楽しむことができました。甘さのある流れるようなメロディとの対比も鮮やかでした。カンタさんの演奏からは,どこか天使と悪魔が同居しているような面白さを感じました。

第3楽章は,以前,泉鏡花の「外科室」という短編を坂東玉三郎が映画化した際に,挿入曲として使われたことがあります。非常にセリフの少ない映画で,映像と音楽で耽美的な雰囲気を大きく盛り上げていた記憶があります。この日の演奏は,それほど耽美的ではなく,楽章の最初の方のピアノなどには,もう少しデリケートさが欲しい気もしましたが,楽章が進むにつれて,次第に明るさを増していく曲想の変化の面白さを感じました。次第に「幸せの予兆」が浮かび上がってくるような不思議な魅力を持った演奏でした。

終楽章は,この第3楽章の延長にあるような感じで,幸福感が確信に変わっていくような熱気と輝きに満ちていました。曲全体を通じて,暗から明へ変わって行くような,ストーリー性を感じました

演奏会の時間がそれほど長くなかったこともあり,アンコール曲は3曲も演奏されました。

アンコール1曲目のショパンのチェロ・ソナタの第3楽章は,カンタさんのチェロのデリケートな軽やかさが大変魅力的でした。こういう音を聞くとチェロという楽器の表現力の豊かさを強く感じます。アンコール2曲目のオリエンタルダンスは,したたるようなエキゾティシズムが魅力的な作品でした。ラフマニノフの曲から,民族的な要素を感じることは比較的少ないので,こういう曲もあるのだなぁと思いました。アンコールにぴったりの良い曲でした。

最後に「ラフマニノフはアメリカにかなり長く住んでおり,演奏会の最後にアメリカ国歌をよく演奏していました。今日は国歌は演奏しませんが,アメリカの曲です」とカンタさんがお話をした後,スコット・ジョプリンのラグタイムが1曲演奏されました(アンコールの掲示には正確なタイトルは書いてありませんでしたが,いちばん有名な「エンターティナー」や「メープル・リーフラグ」ではありませんでした。)。カンタさんらしく,平然と演奏していたのですが,実にノリの良い演奏で,演奏会を気持ちよく締めてくれました。

アンコールの前に,ピアノのジュリアン・リームさんとカンタさんにそれぞれ花束が贈呈されました。ピアノのジュリアン・リームさんは,以前OEKのチェロ奏者で数年前まで事務局の職員だったフロリアン・リームさんの弟さんとのことです。会場にフロリアンさんもいらっしゃいましたので,恐らく,フロリアンさんの息子さんがカンタさん,カンタさんの娘さんがジュリアンさんに花束を渡していたのではないかと思います。こういう和やかな光景が見られるのも地元金沢ならではです。

この日のロビーには,カンタさんが東日本大震災の後,被災地で続けている演奏会の写真などが飾られていました。こういった活動の一つ一つがカンタさんの作る音楽の魅力につながっている気がします。カンタさんの積極的な演奏活動については,OEK同様,これからも応援をし続けて行きたいと思います。
 (2012/10/10)


関連写真集


公演の案内


ロビーに展示されていた,最近のカンタさんの活躍の写真集


ジョプリンの曲については,正確な曲名まで書いて欲しかったです。