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サイレンス 大拙からケージ,そして22世紀へ02:一柳慧と<水鏡の庭>に響く宇宙
2012年10月13日(土)18:00〜 鈴木大拙館
1)一柳慧/時の佇いII:箜篌(くご)のための(1986)
2)ケージ/夜想曲:ヴァイオリンとピアノのための(1947)
3)一柳慧/月の変容:笙とヴァイオリンのための(1988)
4)ケージ/ある風景のなかで:ハープのための(1948)
5)一柳慧/限りなき湧水:ピアノのための(1990)
6)ケージ/ナンバー・ピース・V:ヴァイオリン,ハープ,笙,ピアノ,フルート
7)バッハ,J.S./ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV.1041(ヴァイオリンとピアノ版(ガラミアン版))
●演奏
一柳慧(ピアノ*2,5-7),中澤沙央里(ヴァイオリン*2-3,6-7),佐々木冬彦(ハープ*4,6;箜篌*1),真鍋尚之(笙*3,6),木埜下大祐(フルート*6),構成:一柳慧
Review by 管理人hs  

9月に金沢21世紀美術館で行われたアルディッティ弦楽四重奏団による演奏会に続き,「サイレンス02」として,開館1年になる鈴木大拙館で一柳慧さんを中心とした室内楽の演奏会が行われてきたので聞いてきました。鈴木大拙館は金沢に縁のある建築家・谷口吉生によって設計された博物館ですが,普通の博物館とはコンセプトが違い,建物と庭を合わせた全体の雰囲気で鈴木大拙の思想のイメージを伝えようという,独特の雰囲気を持っています。歩いて5分ほどの所にある金沢21世紀美術館の「弟分」のような施設で,この1年間,予想以上に多くの入館者を集めています。

建物のいちばんのポイントは,「水鏡の庭」という池(というよりはプール)のような場所の中に「思索空間」と呼ばれる瞑想をするためのスペースがある点です。今回の演奏会は,この水鏡の庭と思索空間を使ってクラシック音楽の演奏会を行うという冒険的な試みでした。配置としては次のような形になります。

←iPadで「手」で描いたのでかなり不正確な図ですが...

もともと演奏会用の場所ではなく,しかも,「ほとんど野外」という場所ということで,どうなるかと思ったのですが,鈴木大拙館のコンセプトをしっかり生かした,私自身,「かって味わったことのない」ような独特の演奏会となりました。

演奏会の構成は,一柳慧さんの作品とジョン・ケージの作品が交互に演奏された後,バッハのヴァイオリン協奏曲第1番(ピアノ伴奏版)で締められました。独奏曲から5人編成の曲まで様々な編成の室内楽作品が,水鏡の庭や思索空間のいろいろな場所で演奏され,演奏会全体+建物全体で独特の時空間を形成していました。

この日の演奏会は,夕暮れが夜に変わる,夜6時に始まりました。10月になると,この時間帯は,すっかり真っ暗です。鈴木大拙館の通常の開館時間は夕方5時までですので,「特別営業」ということになります。思索空間と水鏡の庭一体は,本物のロウソク(多分)による照明も使って,幻想的な雰囲気にライトアップされていました。この光景を見るだけで,来たかいががありました。

最初に演奏された曲は,一柳慧さんの「時の佇いII」でした。この曲は,水鏡の空間の真ん中付近にある,非常に小さなスペースで,「箜篌(くご)」という,非常に珍しい古代の和楽器で演奏されました。遠くから見ると,水面で演奏しているように見えます。解説によるとこの楽器は,「東洋のハープと呼ばれる,正倉院の復元楽器の一つ」とのことです。25本の絹糸の弦を弾いて演奏するのですが,遠くからだと弦はよく見えませんでしたので,何か空(くう)を切って音を出しているような神秘的な気分が漂いました。背景の白い壁に,水の反射がゆらゆらと投影される中,シンプルな音が紡がれて行く様子からは,新しいのか古いのか分からない,独特の魅力が伝わってきました。

次のケージの夜想曲は,ヴァイオリンとピアノで演奏されました。この日演奏された曲は,穏やかな感じの曲が多かったのですが,特に繊細な雰囲気のある曲で,鈴木大拙館の周囲一体から聞こえてくる,秋の虫の声と一体となって,風流な気分を出していました。鈴木大拙館は,金沢の都心部から近いのですが,本多の森に隣接していることもあり,街の騒音とは無縁の静けさに包まれています。どの曲もそうでしたが,鈴木大拙館の立地する場所の魅力を生かした見事な企画であり選曲だったと思います。ちなみに,この曲では一柳さんがピアノを演奏していたはずなのですが,私の場所からは音だけ聞こえて全く見えませんでした。

一柳慧さんの「月の変容」の方は,「笙とヴァイオリンのための」作品でした。前の曲でヴァイオリンの中澤さんは思索空間で演奏していたのですが,いつの間にか水鏡の庭の方に移動して,笙と向かい合うようにして演奏が始まりました。2つの部分からなる曲で,笙が加わることで,かえって現代性が強まっているような作品でした。笙が同じような音型を繰り返す上で,ヴァイオリンが自由に動き回り,東洋と西洋が融合したようなムードを作っていました。

ちなみにこの曲の演奏中,頭上をヘリコプターか何かが通り過ぎて行きました。それほど大きな音ではありませんでしたが,「月に群雲」という感じで,少々邪魔でした。ただし,当然こういったことも想定内だったと思います。楽器以外の雑音やら何やらも全部合わせて,音楽の一部として味わうという点では,この場所は,ケージが言うところの「偶然性の音楽」を楽しむのにもぴったりと言えそうです。

次に演奏された,ケージの「ある風景のなかで」は,ケージの曲の中ではいちばんよく知られている曲ではないかと思います。私自身,聞くのは2回目です。ただし,今回はピアノではなく,ハープで演奏されました。演奏会の最初に東洋のハープを演奏していた佐々木さんが今度は西洋のハープを演奏されていましたが,ピアノで聞くのとは違った色合いがあり,大変魅力的でした。この曲についても,演奏者の姿が見えにくかったので,水面をじっと見て聞いていたのですが,まさに瞑想という気分になりました。音楽自体が気持ち良く,シンプルで簡素だからこそ味わえる贅沢さのようなものを実感できました。

一柳慧さんの「限りなき湧水」という曲は,一柳さん自身のピアノ独奏で演奏されました。一柳さんは,故岩城宏之さんと同世代の方ですので,80歳ぐらいだと思うのですが,その力感溢れる演奏力に驚きました。演奏している姿は見えなかったのですが,曲のタイトルどおり,「限りないエネルギー」が湧き出てくるようでした。

ケージのナンバー・ピース・Vは,この日の出演者が全員登場する作品でした。ただし,全員が一斉に力強く演奏する部分はなく,反対に沈黙と静けさを強く感じさせてくれました。ピアノの音はかなり変わった音を出していました。どうやって演奏しているのか分からなかったのですが,特殊奏法(ピアノの弦を弾いていた?)で演奏しているようでした。建物の構造上,全奏者が互いの姿を見合いながら演奏することはできないので,出たとこ勝負の「あうん」の呼吸に任せるようなところがあり,不思議な緊張感が漂っていました。

この曲でも,演奏中,目の前の水面を眺めながら,半分瞑想するような感じになりましたが,「鈴木大拙館でケージ」というのは,最高の取り合わせだと思いました。

最後に演奏されたバッハのヴァイオリン協奏曲第1番は,ピアノ伴奏版で演奏されました。ここまで演奏されてきた一柳さんやケージの作品に比べると,「普通のクラシック音楽」ということで,とても人間的で有機的な音楽に感じられました。ここまで俗世の雰囲気だったのが,現実世界にちょっと戻されたような感じでしたが,その分,「ほっ」とした所もありました。中澤沙央里さんの演奏は,しっかりとまとまったものでした。この曲の演奏も建物全体の雰囲気にマッチしており,特に第2楽章は,「秋の庭」の気分にぴったりでした。水面だけではなく,背景に広がる「本多の森」の深い緑を見ながら,バッハの世界に浸ることができました。

以上で演奏会は終わりました。長さは1時間ちょっとでしたが,かって味わったことのない面白い雰囲気でした。ケージと一柳さんの曲が交互に演奏されたり,和楽器と洋楽器による重奏があったり,東洋と西洋を融合させたような面白さが伝わってきました。ただし,和洋折衷という感じではなく,和でも洋でもない,ユニバーサルな気分がありました。鈴木大拙館の建物自体にも,そういう雰囲気がありますので,演奏のシチュエーションとしては最高だったと感じました。

通常のクラシック音楽の演奏会場では,静けさや沈黙があると「音楽がない」ことによる緊張感のようなものを感じるのですが,この場所だと沈黙さえも音楽の一種のように感じられました。そのことは,一柳さんやケージの音楽の重要な要素です。そういう意味では,この場所は現代音楽を味わうのにもぴったりの場所と言えそうです。

この日は結構寒く,休憩なしで1時間以上野外に居たので風邪気味になりそうでしたが,薪能気分で味わう室内楽というのは,非日常的なイベントとしても大変面白いものでした。今回は水辺に敷かれた座布団に座って聞いていたのですが(大変珍しいケースです),演奏会の時間をもう少し短くし,色々と館内を歩きまわりながら聞くというスタイルでも面白い気がしました。いろいろと冒険的な試みができそうな場所だと思います。

というようなわけで,「大拙館でケージ」の続編を期待したいと思います。この場所ならば,「4:33」も面白い気がします。ハープや笛の独奏にもぴったりな場所ですので,武満徹やドビュッシーのフルートやハープの作品なども聞いてみたい気がします。「水」つながりのピアノ曲もぴったりかもしれません。その他,サティの音楽なども環境にしっくり溶け合う気がします。機会があれば,是非,この雰囲気で再度音楽を味わってみたいものです。

PS. この公演は,10月13日と14日の二日連続で行われました。私は13日の方に参加しました。
(2012/10/17)

演奏会の前は21世紀美術館にも寄ってきました。今回の演奏会は,「場所は鈴木大拙館だけれども,21世紀美術館主催」という演奏会でした。
夕方のタレルの部屋
人気の時間帯のようで,かなり多くの人が夕空を見上げていました。。
この日の夕焼けはピンク色でした。 終演後,再度,21世紀美術館前を通りました。この不思議な展示も,すっかり街の風景の一部になっていますね。



関連写真集

公演のポスター


開演前の鈴木大拙館入口


格子の影もどこかミステリアス


虫よけスプレーが置いてありました。


開演前の思索空間。まだ,この時は明るかったですね。建物の周りに座布団が並べてありました。


水鏡の庭の背景に本多の森が広がります。


だんだんと幻想的な雰囲気に


これはヴァイオリンを演奏していた辺りです。


終演後


この日使っていたピアノです。やや小型でしょうか?


水辺のハープ。


滅多に見られない空間ということで,皆さん名残惜しそうに写真などを撮影していました。