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オーケストラ・アンサンブル金沢第328回定期公演PH
2012年10月18日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
2)ストラヴィンスキー/バレエ音楽「カルタ遊び」
3)ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調
4)(アンコール)ドビュッシー/前奏曲集第1巻〜亜麻色の髪の乙女
5)ベートーヴェン/交響曲第2番 ニ長調, op.36
●演奏
高関健指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,5,ハオチェン・チャン(ピアノ*3-4)
Review by 管理人hs  

10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)フィルハーモニー定期公演には,高関健さんが登場しまた。高関さんは,現在最も信頼の置ける指揮者の一人だと思います。OEKとも,毎回よく考えられたプログラムでビシっと締まった演奏を聞かせてくれています。今回の公演も,新古典主義的なストラヴィンスキーとラヴェルの作品とベートーヴェンの交響曲第2番を組み合わせた,OEKにぴったりのプログラムでした。高関さんは,いつもキビキビとした音楽を聞かせてくれますが,今回も聞いていて元気が出てくるような演奏の連続でした。

前半はロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲とストラヴィンスキーの「カルタ遊び」の組み合わせでした。実はこの2曲にはつながりがあります。「カルタ遊び」の中に「セビリャの理髪師」のメロディが引用されているのです。聞いてみて「なるほど!」と思った方も多かったのではないかと思いました。

「セヴィリアの理髪師」序曲は(プログラム解説で響敏也さんは「セビリャ」という表記の方が相応しいと書かれていましたが,ここでは一般的な表記に従っておきます),冒頭から,率直明快な演奏でした。ヴァイオリンをはじめとして,特に弦楽器の音が非常にすっきりと奇麗に聞こえてきたのが印象的でした。第2主題はちょっとユーモラスな感じになりますが,この部分に入る直前の部分での気分の変化が非常に鮮やかでした。その他,どこかいつもと違った風に楽器が聞こえてくるようなところがあり,聞き慣れた曲にも関わらず,とても新鮮に感じました。曲の最後の部分でのテンポアップもとても楽しいものでした。

続く「カルタ遊び」は,OEKが演奏するのは初めてだと思います。冒頭に出てくるトランペットを中心としたファンファーレから非常に明晰でした。このファンファーレは,曲の区切りごとに出てきて,トランプがシャッフルされ,ゲームが改まったことを描写します。この曲では3ラウンド・ゲームが行われますので,ファンファーレは3回出てくるのですが,曲の最後の「手がぬっと伸びてきて終わり」という所にも出てくるので,合計4回登場することになります。こういう「トランプ」を題材にした作品は他にはないかもしれませんね(よくよく考えてみると,前回のOEKの公演で演奏された「テレビゲーム」の元祖?)。このファンファーレが非常に丁寧に演奏されており,曲のしっかりとした骨格を作っていました。

ストラヴィンスキーの新古典主義時代の作品というと,「コンパクト」という印象を持っていたのですが,高関さんとOEKは非常にじっくりと克明に曲想やリズムの変化を描いており,聞きごたえがありました。編成的にもホルンの追加2本,トロンボーン3本,テューバが加わっており,低音を中心に響きが豊かでした。

第2ラウンドは,ファンファーレの後,穏やかな行進曲調になります。まろやかさと同時に,ちょっとジャズ風味のある軽妙さも感じられる演奏で,「実際は,どういうステージになるのだろう?」という興味が出てきました。曲想がいろいろと変化するので,バレエとしても楽しめそうだと思いました。また,そう思わせるような生き生きとした演奏でした。

第3ラウンドは,ファンファーレに続いて,テンポの速いワルツになります。その後は,過去の作品の断片がいろいろと出てくる部分になります。特に「セヴィリアの理髪師」序曲のメロディは非常にはっきりと現れます。非常にキレが良く,切迫感のある演奏で,「トランプゲームが白熱してきているのかな」と思わせてくれました。

高関さんについては,「一見穏やかそうだけれども,実は目だけは鋭い」といった印象があります。この演奏については,そういう感じだったかもしれません。

後半の最初に,ハオチェン・チャンさんとの共演で,ラヴェルのピアノ協奏曲が演奏されました。この方の演奏は,約2年前のアジア民族音楽フェスティバルで,ショパンの24の前奏曲全曲の素晴らしい演奏を聞いたことがあります。「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで辻井伸行さんと優勝を分け合ったピアニスト」という紹介をされることが多いのですが,その後も,順調に活動の場を広げているようです。今回の演奏も非常に鮮やかな演奏で,どこか天才的な凄みのようなものを感じました。速い部分の天衣無縫な軽やかさ,ゆったりとした部分の音のまろやかな美しさと雄弁さ。この曲はOEKが頻繁に演奏している曲ですが,ピアノに触発されるように,いつもにも増してスリリングな演奏を聞かせてくれました。

第1楽章冒頭,ムチの音がパチッと決まった後,キラキラとした鮮やかな音が続いたのですが,その次の瞬間には,ピアノの方は一転してたっぷりとしたメランコリックに変わっていました。堂々とした歌いっぷりと速い部分での曲芸的な軽やかさ。ちょっと他のピアニストには真似できないような才能を感じました。楽章の最後の部分での,オーケストラとピアノが一体になった生き生きとした疾走感もお見事でした。

第2楽章の最初の部分はシンプルな歌が続きますが,ハオチェン・チャンさんのピアノには何も力みがなく素直な音楽が流れて行きました。しかしそこには,たっぷりとしたボリューム感とまろやかな味わいもあり,最上の音楽のように思えました。この楽章で活躍する木管楽器群によるインティメートな演奏もこの雰囲気にぴったりでした。ただし,イングリッシュホルンは,いつもの鮮やかさに比べると,やや冴えがなかったようでした。

第3楽章は第1楽章以上に鮮やかで軽やかな音楽となっていました。自由自在に動き回る音楽でしたが,音楽が崩れることはなく,常に安定感がありました。すべての音が生きているような見事なラヴェルでした。

アンコールに応えて演奏されたドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」では,この曲の持つすっきりとした美しさを堪能させてくれました。何も変わったことをしていないのに,素直に曲の美しさが,暖かく広がって行くような,とても気持ちの良い演奏でした。

最後にベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。この曲も高関さんらしく,とても率直で,引き締まった演奏でしたが,締めるばかりではなく,どこか余裕もあり,音楽全体に円熟味のようなものも感じました。OEKの魅力をしっかり引き出した見事な演奏だったと思います。

第1楽章の出だしから,清澄さと強さが漂い,演奏全体に明るい透明感がありました。主部に入ると弦楽器を中心として流れの良い音楽が続きました。ストレートで緻密な演奏からは,古典派の交響曲に相応しい折り目正しさも感じました。楽章最後では,トランペットの協奏を中心に大きく盛り上がり,フライングの拍手がパラっと入るほどでしたが,それも納得という感じの勢いがありました。なお,呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章については緩徐楽章という印象を持っていたのですが,今回の演奏はそれほど遅いテンポではありませんでした。調べてみると「ラルゲット」というのがベートーヴェンの指定ということで,それに相応しいテンポだと感じました。美しさに沈潜するというよりは,美しい景色の中をゆったりと歩きながら進んで行くような気分のある演奏でした。ベートーヴェンは,この曲を作曲していた時期,有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていますが,この楽章に漂うような天国的な気分でウィーン近辺を散歩し,危機を克服したのかな,などとこの日の演奏を聞きながら勝手に想像してしまいました。

比較的速いテンポながら,とてもしっかりと歌われており,暖かい味わいがよく染みていました。大げさな表情付けはなく,楽章の最後の方などでは,質実で素朴な雰囲気も感じました。所々,ホルンが合いの手のように出てくるのも印象的ですが,この部分については,もう少し滑らかに演奏して欲しいかな,と感じました。

第3楽章のスケルツォは,反対に落ち着いたテンポで,丁寧な音楽になっていました。その分,トリオの部分などではティンパニ(この日は久しぶりにトーマス・オケーリーさんでした)がパンチ力のある響きを決めており,ダイナミックさを感じました。

第4楽章は大変爽快で小気味の良い演奏でした。ベートーヴェンの交響曲を何回も演奏してきた「さすがOEK」という演奏だったと思います。深刻ぶらない率直な爆発力と気持ち良く流れるような軽やかさが鮮やかに交錯し,最後の部分では,自然に熱気が増していくような見事な演奏でした。

OEKの定期公演では,室内オーケストラと思えないほど多彩なプログラムを演奏していますが,やっぱりベートーヴェンがプログラムの最後に来ると落ち着きます。高関さんは,以前から隅々まで目が行き届いた,聞きごたえのある音楽を聞かせてくれていましたが,今回の公演からは,律儀さだけではなく,演奏全体から自然に出てくる余裕のようなものも感じました。演奏後の団員の様子を見ていると,しっかりとした信頼関係に結ばれていると感じました。そのことが反映していたのではないかと思います。

というようなわけで,今後もこの組み合わせの公演には注目をしていきたいと思います。特に,ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」のような演奏頻度は高くないけれども,面白い味わいを持った作品をような曲を積極的に取り上げていって欲しいものです。

PS. この日は,プレトークは無く,代わりにプログラムに高関健さんによる「プログラミングのテーマ」についての文章が書かれていました。プレトークは,とても良い制度なのですが,長く続いてきた分,「ややマンネリかな」と感じることもありました。毎回行うのではなく,特別な曲の時だけプレトークを行い,それ以外はプログラムの文章で済ませるという形の方がスマートなやり方かもしれませんね。
(2012/10/20)


関連写真集

演奏会の立看


クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタルの宣伝の大きなボードも出ていました。プログラム変更のお知らせも出ていました。別途ご紹介したいと思います。

この日は,サイン会が行われました。

ハオチェン・チャンさんのサインです。実は2年前にも同じCDにもらっていたので,今回はレーベル面に書いていただきました。まだまだ若い方です。

眼鏡の感じからすると,将棋の羽生名人といった優しい雰囲気でした。中国人アーティストの来日がキャンセルになったりしている中,演奏を聞くことができてとても良かったと思います。


高関健さんの分かりやすいサインです。