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オーケストラ・アンサンブル金沢 第329回定期公演PH
2012年11月1日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂
1)スメタナ/歌劇「売られた花嫁」序曲
2)タバコフ/コントラバス協奏曲
3)ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調op.88
4)(アンコ―ル)タバコフ/ブルガリアン・ダンス
●演奏
エミール・タバコフ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),マルガリータ・カルチェヴァ(コントラバス*2)
プレトーク:池辺晋一郎
Review by 管理人hs  

11月最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。指揮者は,OEKを指揮するのは今回が初めてのエミール・タバコフさんでした。タバコフさんはブルガリア出身。演奏される曲はドヴォルザーク。協奏曲で登場する楽器のはコントラバス...ということで,のどかな田園風景を思わせるノスタルジック演奏会になるのかなと思っていたのですが...逆に強烈なインパクトの残る演奏会となりました。

指揮者のタバコフさんは,日本での知名度はそれほど高くはないのですが,熱くならずに強靭な音楽を聞かせてくれる,どこかハードボイルドな雰囲気に強く惹かれました。実演は聞いたことはないので憶測で書いていますが,ゲオルク・ショルティとかアンタル・ドラティなどハンガリー系の指揮者に通じるようなソリッドな感じのする音楽を聞かせてくれました。この只者ではないベテラン指揮者,タバコフさんを発見できたことが今回の演奏会のいちばんの収穫でした。

最初に,スメタナの「売られた花嫁」序曲が演奏されました。冒頭から音が鋭角的で,タバコフさんの指揮ぶりもエネルギッシュで明快でした。演奏全体に満ちているスピード感に加え,弦楽器の精緻な音の動きも聞きものでした。

2曲目はタバコフさん自身の作曲によるコントラバス協奏曲でした。独奏者は,OEKの客演首席コントラバス奏者としてお馴染みのマルガリータ・カルチェヴァさんでした。OEKの首席コントラバス奏者は,このところずっと客演の方が交替で登場していますが,その中でも特に印象的な方です。どのオーケストラにも,弦楽器には女性奏者は多いのですが,首席コントラバス奏者が女性というケースはあまり多くないと思います。にこやかな表情のカルチェヴァさんが舞台にいるだけで,演奏の印象が変わるような気がします。以前,青島広志さんがカルチェヴァさんについて,「世界でいちばん美しいコントラバス奏者です」という紹介をされていたことがありますが,同意される方も多いと思います。

そのカルチェヴァさんがソリストということで,優雅な演奏かと思っていたのですが...冒頭から「おっ」と声が出そうなくらい,ゴツゴツ,ゴリゴリした感じの強靭さと前衛的な気分がありました(この曲だけではなく,タバコフさんの曲は,暴力的といって良いほどの強さが特徴だということが後で分かりました。)。

編成にピアノが加わっていたのも特徴的でした。オーケストラの音の迫力が増していました。曲自体にも,バルトーク風のシリアスな雰囲気があり,不規則なリズムに特徴がありました。ただし,ただし,独奏楽器としてはコントラバスはやや地味で(音量が少し足りない気がします),どちらかというと,他の楽器と一体となったような,「オーケストラのための協奏曲」的な雰囲気があると思いました。

第2楽章は,静かな楽章でしたので,カデンツァを中心にコントラバスのモノローグのような音の深さを実感できました。第3楽章は一転して,速い動きが連続する,無窮動風になります。カルチェヴァさんの確かな技巧も素晴らしかったのですが,所々に出てくるスネア・ドラムの音も格好良いと思いました。

演奏後,カルチェヴァさんは,女子中学生(多分)のグループから花束をもらっていました。どういう繋がりがあるのか興味がありますが,どなたからも愛されるキャラクターの方なのではないかと推測しています。これからもOEKの定期公演を中心に,カルチェヴァさんの演奏に注目をしたいと思います。

後半のドヴォルザークの交響曲第8番ですが,OEKが演奏するのは非常に珍しい曲です。以前定期演奏会で取り上げられたことはありますが,その時はOEKではなく,南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団による演奏でしたので,もしかしたら今回が初めてかもしれません。ということもあり,低弦を中心にいつもより編成を増強していました。弦楽器は10−8−6−6−4という編成だったと思います。ちなみに,コントラバスにはカルチェヴァさんも参加していました。こういう所がまた良いところですね。

今回の演奏からは,スケールの大きさを感じました。タバコフさんの指揮には,常に全体を見通しているような冷静さがあり,音楽に強烈なアッチェレランドが掛けても乱れるような感じはなく,常に安定感が感じられました。指揮の動作にも無駄がなく,大きく手を広げると,音楽もぐっと大きく広がるような感じで,OEKを自在に操っていました。ドヴォルザークの8番は,美しいメロディが沢山出てきますが,それに溺れることなく,音楽の立派さや強さを際立たせる辺り,本当に素晴らしい指揮者だと感じました。

第1楽章は比較的速目のキリっとしたテンポで始まりました。ノスタルジックな情に溺れず,容赦なくグイグイ迫ってくるような演奏で,ハードボイルド風ドヴォルザークといった感じでした。いろいろな楽器の音が浮き彫りになったり,アッチェレランドの掛け方にもキレの良さがあったり,所々個性的な部分のある演奏でした。この日のティンパニは,トーマス・オケーリーさんでしたが,楽章の最後の部分での強打の炸裂も印象的でした。

第2楽章は反対に遅めのテンポで,各フレーズを克明に演奏していました。巨大な構造物を作り上げていくようなスケール感があり,大変聞きごたえがありました。途中に出てくる,アビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏もいつものように冴えていました。

第3楽章は滑らかに演奏されていましたが,流れ過ぎることはなく,どこか重く暗い表情を湛えていました。中間部も陶酔的になることがなく,全体的に辛口な演奏になっていました。不思議な説得力を感じさせてくれる演奏でした。

第4楽章は,すっきりとしたストレートなトランペットのファンファーレで始まった後,独特の重みを持った主題がしっかりと呈示されました。その後,変奏が続きますが,所々炸裂するように出てくるホルンの強奏が印象的でした。この楽章の聞きどころであるフルートの独奏もお見事でした。楽章全体として,ふくらみのある音というよりは,ソリッドに締まった音が中心で,泥臭さのない演奏だったと思います。楽章の最後の部分も熱く盛り上がるというよりは,重量感のあるテンポを維持したまま,強烈さをアピールするように締めていました。

曲全体を通じて,全体の構成感をきっちりと考えた演奏でバランスが良いのですが,要所要所での音の迫力や凄みが素晴らしく,いかにも交響曲らしい,聞きごたえ十分の演奏になっていました。

この日の公演では,最後に演奏されたアンコール曲も大きな聞きものでした。パーカッションが炸裂する「何じゃこりゃ」というぐらい強烈なインパクトのある東欧風の曲でした。この曲は,大受けで盛大な拍手が続きました(終演後のCD売り場で,「アンコール曲の入ったCDはありませんか?」と言っている人が何人も居ました)。

後で掲示をみると,タバコフさん自身の作曲によるブルガリアン・ダンスという曲でした。名前からして吹奏楽曲でお馴染みの「アルメニアン・ダンス」を彷彿とさせますが,聞いた印象からしても,中高生が吹奏楽コンクールなどでも演奏しても盛り上がる曲だと思いました。

この日のオーケストラの楽器配置は,下手側から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロと並ぶオーソドックスなものでした。また,タバコフさんは,全曲を暗譜で指揮をされていました。変わったことをしていないのに凄みが出てくる辺り,只者ではない指揮者だと思います。タバコフさんは,マーラーの交響曲全集など大編成の曲のCD録音も多数残しているようです。是非,再度聞いてみたい指揮者です。再度OEKでも聞きたいし,大編成オーケストラを指揮するのも聞いてみたいものです
(2012/11/04)


関連写真集


演奏会の立看板


ロビーでは,ブルガリアの写真展を行っていました。


アンコールの掲示

この日は,カルチェヴァさんとタバコフさんのサイン会がありました。

カルチェヴァさんのサイン。この写真は,実際の雰囲気と少し違いますね。


今回の公演を聞いて,「タバコフさんの作品は面白そうだ」と思ったので,タバコフさんの自作曲のCDを買い,その表紙にサインを頂きました。どこか,へ音記号風のサインでした。

このCDは,タバコフさんの交響曲第3番です。アンコールで聞いた「ブルガリアン・ダンス」同様,強烈な作品でした。